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15-3 教皇(?)突破

結婚披露パーティーは、強行突破で開催します~。

「そちはわしの話を聞いておらんかったのか? わしは第二夫人の地位はエリザベートにはふさわしくないと言ったのだ。それを愛人とは、いったい何なのだ?」


「愛人は愛人です。お互いの自由な思いが結びつける関係、と申しましょうか、婚姻という形に縛られない恋愛関係にある人のことですね」


「そんなことは訊いておらん!」


「自由な関係ですので、猊下のお許しを得る必要もありません。納得して頂く必要もありません。エリザベート嬢が同意してくれさえすれば成立いたします。これであれば、エリザベート嬢が『泥棒猫』などと後ろ指をさされることもありません」


 同意してくれるか、はもちろん不明だ。だけどエリーゼは事情を知れば、それでいいと言ってくれる気がする。そして、筆頭大司教おとうさんの「娘をよろしく頼む」という言葉にぼくは縋っている。


「それをわしが許すと思ったか? 男爵風情がエリザベートを愛人だと? ふざけるのもたいがいに……」


「ですから、お許しを頂くつもりもない、と申しあげています」


 ぼくは烈火のごとく怒ってこちらを睨みつける教皇を正面から見返した。最悪も覚悟している。


「言ってくれたな? そこまでわしを愚弄して無事に済むとは思っていまいな? だれか! こいつを……」


 やはりそうきたか。拘束されて幽閉、は間違いないとして、誰か助けてくれるかなぁ。父様や兄様、ニスケス侯爵も動いてくれるとは思うが、じつはほんとうに心配なのはそこではない。ぼくに万一のことがあったとき、タニアがどうするか、なのだ。「死神」の復活は避けなければならないのだが……。




「猊下、少しお耳を」


 枢機卿総代おじいさんが教皇に近寄って耳に口を寄せた。なにやらボソボソと耳打ちしている。しかも結構長い。そして、次第に教皇の顔が口惜しげに歪んでくる。


 枢機卿総代おじいさんが教皇から離れ、教皇がぼくを睨みつけた。怒りは去っていないが、そこに少し逡巡も見られる。


「不愉快だ! 覚えているがいいぞ!」


 わかりやすい捨て台詞を吐き、教皇は席を蹴るように立ち上がって退室していった。




 しばらく跪いた姿勢のまま固まっていたぼくは、両膝をガックリと落とし両手を床についた。覚悟の上とはいえ、もう身体に力が入らなかった。息も荒くなっている。


 四つん這いになってしまっているぼくの背中がポンと叩かれた。


「とりあえずわたしの部屋に行こう。ロベルトも気をもんで待っているだろう」


 そう言った枢機卿総代おじいさんは、ぼくの脇に腕を入れてグイッと立たせた。結構な膂力だ。年配の聖職者とはとても思えない。歩き始めて少しふらついたぼくを支えてくれる。


 枢機卿総代おじいさんの執務室に入ると、ソファに座っていた筆頭大司教おとうさんが立ち上がって心配そうな目をぼくのほうに向け、そして枢機卿総代おじいさんに視線を移す。


「お父さん、その様子はいったい……?」


「まあ、猊下の不興は買った。だが、それは覚悟の上だ。明日については問題ないと思っていい」


「そうですか……」


 筆頭大司教おとうさんは安堵した様子を浮かべた。だが、ぼく自身は全然安堵していない。


「あの、予定どおりやって、やっぱり教皇猊下が来た、なんてことには……?」


「たぶんそれはあきらめたと思うよ。なにか別のことを考えるかはわからんがね」


「そういえば、なにか教皇猊下におっしゃっていたようでしたが、あれは?」


「なに、きみの実家がド・リヴィエール伯爵家で、一家がみな家族思いであることと、ニスケス侯爵がきみの奥方を溺愛していることを思い出させただけだ。それと、きみがスミルノフ元大司教と懇意であることもね」


 は? ちょっと意味不明だ。なにゆえここでナターリャの名前が出てくるのだ?


「猊下は彼女を大変苦手にしているんだ。以前に一度チョッカイを出してひどいしっぺ返しを喰らったらしい。以前はしばしばカルターナに用務で来ていた彼女だが、そういうわけで最近こちらに来ることもなかったのだよ」


 筆頭大司教おとうさんの説明に納得した。物腰が一見柔らかなナターリャは、その下にトゲどころじゃなくてバルカン砲を隠しているからな。蜂の巣同然にされたことだろう。


「まあ、かなり荒っぽかったが、よく頑張った、と言っておこう。わたしはエリーゼさえよいなら、きみが愛人として迎えたとしてもかまわんよ」


「あの、お父さん、その話は初耳なのですが……」


 その件が少しの悶着の後に片付いたところで、ぼくはとりあえず屋敷に戻ることになった。筆頭大司教おとうさん枢機卿総代おじいさんと少し突っこんだ打ち合わせをするとのことで、ぼくの屋敷に来るのが少し遅れるらしい。執事の控え室でロジェと合流し、屋敷に向かった。彼はなにも言わなかったが、少し目が潤んでいた。




「アンリくん!」


 屋敷に戻ると、ベアトが抱きついてきた。ふだん人前で完璧少女を崩さない彼女が、使用人のいる前で泣きじゃくっている。ぼくも彼女をギュッと抱き返した。


「ただいま」


 ぼくもベアトを抱きしめ返し、どさくさ紛れに唇を重ねる。普段こういうところでの身体接触を避ける彼女だが、今日はそこまで頭が回っていないのか無抵抗で受け入れてくれる。既成事実、ひとつゲット。




 二階のラウンジではカトリーヌ姉様がリュミエラと話していた。


「迷ったけど、お義姉さまを頼ったの。お義姉さまならわたしもなんでも話せるし、最善の行動を教えてくれると思ったから……」


 ベアトを振り返ったぼくに、彼女が姉様がいる理由を教えてくれた。たぶん、それが正解だろう。フェリペ兄様とはベアトもまだ少し他人行儀が残ってる段階だし。


「フェリペくんにはわたしが話したわ。家のことは気にするな、という返事をもらってる。あと、大至急でお父様にも使者を出してもらったところ」


 さすが姉様、過不足なくベストの結果だ。


「お父様も同じ。『やりたいようにやれ』って」


 ニスケス侯爵のこの無駄に厚いぼくに対する信頼がときどき重いんだよね。


「ローラさんはあちらで待機中です」


 カトリーヌ姉様の手前リュミエラもみなまではいわないが、情報共有はできている、ということだ。


「リュミエラ、ナターリャを呼んできてくれる?」


 皆の顔に「?」が浮かんだが、リュミエラは即座に立ち上がって部屋を出る。すぐにナターリャを連れて戻ってきた。


「おや~、なんか女性が増えてますね~。またやらかしですか~?」


 事情を知らない彼女が空気を読まない一発をかましてくれる。


「いや、これはぼくの姉でウォルシュ男爵夫人カトリーヌ。姉様、こちらは教会でこの間まで司教をしていて、いまはぼくがお客さんとして迎えているナターリャ・スミルノフさん」


「それは失礼を~」


 全然失礼と思っていない口調でそう言うと、ナターリャはカトリーヌ姉様と挨拶を交わした。なんとなくスムーズに話ができていていい感じだ。さすがは対人スキルカンストの姉様。




 関係者がすべて集まったところで、ぼくは教会本部での出来事を、事前事後の枢機卿総代や筆頭大司教とのやりとりも含めて説明した。聞き終わったときの皆の様子は、ベアトが少し身を縮めているほかは特段の変化なし。カトリーヌ姉様の目が少し獰猛な光を帯びているのが気になる。


「アンリくん、わたしの立場なんて、本当にどうでもいいのよ?」


「朝も言ったけど、ぼくにとってはどうでもよくない。それに、向こうの思い通りになったときに、いちばんつらい思いをするのはエリーゼだよ。ぼくがいちばん腹が立ったのも、教皇がそれを少しも考えようとしなかったところだ。たぶんあの人は、エリーゼをもっと利用価値のありそうな相手に嫁がせたかったんだ。可愛がっているなんて、とんでもない」


「正解だと思いますよ~。あの親父は器の小さい超俗物ですから~。それに、目先の欲に素直な人ですから~、歩み寄ろうとすれば調子に乗ってあれもこれもと言い出していたでしょうね~」


 ナターリャからストレートなコメントをいただいた。それにカトリーヌ姉様が頷いている。


「アンリくんの対応で悪くはないんだけど、欲をいえばもう少し激しくぶつかってきてくれると、こちらの出方が決めやすくて良かったと思うの。それで一日か二日地下にでも閉じ込められてくれたら、こちらも腹をくくって戦えたのにね。教皇猊下がナターリャさんのいうとおりの人物だとすればなおさら、かしら」


 姉様、あれでも甘かったとおっしゃるんですか~? ベアトなんか、ちょっと引いちゃってるじゃないですか。


「まったくです~。言動に若さが感じられませんね、この男爵さまは~。もうちょっとで『死神』の降臨が見られたかもしれないというのに~」


 自分の屋敷の中というもっともホームな環境でなぜここまでアウェイにならなければいけないのか、ぼくは理解に苦しんだ。あと、最後の一言はヤバすぎる。みんな意味がわからないから「?」を浮かべているだけだが、ぼくが真剣に心配したネタそのものだ。


「姉様、一日二日閉じ込められると、明日の宴を取りやめなければならなくなります」


「それもそうね。じゃあ取り消し。よくできました」


 ぼくはカトリーヌ姉様に頭を撫でられた。


 結局、この打ち合わせはこの緩い雰囲気に終始した。面目を失う覚悟を決めていたベアトと、戦う気満々だったカトリーヌ姉様に、ぼくが肩すかしを食らわせた形になったためだ。翌日の予定はそのまま何ごともなかったように、それ以降は臨機応変に対応、というあってなきがごとしの結論だった。




お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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