15-2 教皇との対峙
超シリアス展開~!
「アンリ様、筆頭大司教様は教会本部入り口でお待ちするとのことです!」
「ベアト、あとのことは任せた!」
ロジェはありえない速さでエリーゼの父親とのアポを成立させてきた。すでに外出の支度を終えていたぼくは食堂を飛び出す。
ロジェを待っているわずかな時間で、ぼくとベアトはリュミエラを交えて今後の相談をした。彼女は即座に事態を理解する。情報の共有が必要なところはぼくの実家、ベアトの実家、ぼくの拠点だ。ロジェがぼくと行動をともにするため、動くのはロザリー、そしてローラになる。それだけを飲み込むとリュミエラはすぐに動き出した。
「ロジェ、来てもらったばかりでこんなことに巻きこんですまない。最悪の場合、ほんとうに短いつきあいに終わっちゃうけど……」
教会本部への道中でぼくはロジェに詫びた。ぼくに万一のことがあれば、ロジェも無事では済まなくなる可能性がある。
「アンリ様、寂しいことをおっしゃらないでください。アンリ様が今わたしをお連れになっていることは、わたしの人生最大の名誉です。わたしのことは、どうかお気になさらないよう」
「悪いけど、甘えさせてもらうよ」
連絡が行っていたらしく、教会本部のゲートは馬車での素通りを許される。エントランスではフェルナンデス筆頭枢機卿が待っていた。
「お義父様、わざわざのお出迎え、ありがとうございます」
「まだそう呼ぶのは早いよ」
「次にこう呼ばせていただく機会があるとは限りませんので……」
筆頭大司教は表情を引きしめ、来客用ラウンジにぼくを案内しながら想定外のことを口にした。
「……そうだな。いま、父が猊下への謁見をもぎ取りに行っている。少しここで待っていてくれ」
「お義父様?」
これからまさにそれをお願いしようと思っていたのだ。
「きみの執事がぼくに伝言を託していった。一刻も早く主の猊下への謁見を確保してくれ、とね」
彼はぼくにロジェの書面での伝言を見せた。彼が直接に筆頭大司教に話をする機会はないことを見越してのことだろう。謁見の調整をお願いすること、すべて自分の責任で主から指示はいっさい受けていないこと、一刻を争う案件であることを署名入りで伝えている。
「ぼくに万一のことがあったら、彼をよろしくお願いします」
「確約は出来ないが、出来るだけのことはしよう」
そこに枢機卿総代が入ってきた。
「四半時後に猊下がお会いになる。猊下は用件はわかってはいるだろうが、わたしからは詳しい説明はしておらん。それでいいな?」
「感謝申しあげます。お二人をこんな面倒ごとに巻きこむことになったこと、心からお詫びを……」
「それは気にするな。教会の問題でもある。わたしもロベルトもこんなことがエリーゼのためになるなどと思ってはおらん。ただ、わたしも立場がある。謁見には同席するが、それは猊下の補佐をする枢機卿総代としてであって、エリーゼの祖父としてではない。わたしからの助け船は期待しないでくれ」
「わかっております。ご理解いただけているとわかっただけで百人力です」
ぼくの言葉に頷くと、枢機卿総代は部屋を出て行った。
「わたしは同席できない。あとのことは段取ってあるかね?」
「ぼくの実家とベアトリーチェの実家には連絡を入れる手配をしてきました。エリーゼさんには?」
「いまは知らせていない。悪いほうへ事態が動いたときにわたしから責任を持って話す。それでいいかい?」
「いいと思います。知らせないですめば、それに越したことはありません」
「うむ。それではわたしは席を外す。娘をよろしく頼む」
「は? あの……」
呼び止めようとしたときには、すでに筆頭大司教はラウンジの外に姿を消していた。
一人になり、ほぼアウェイ状態から完全アウェイに移行したことを実感する。ぼくは残りの時間をイメージしながら最低限の状況の整理をする。
教皇がこのようなことを言いだした背景は、可能性として二つ。本気でエリーゼを第一夫人待遇にさせようとしているか、強硬手段で脅しをかけることでぼくと何らかの取引を狙っているか、だ。前者はさらに二つに分かれる。エリーゼ可愛さだけなのか、教会としての意向が反映される事情があるのか。また、後者だとすれば、ぼくから取ろうとしているものが想像できない。あるとすれば、ぼくの実家か、ベアトリーチェに関して……だ。
第一夫人待遇にする、という要求は検討の余地はない。それがすべてなら単純に撥ねつけるしかない。問題は取引だ。無理難題ならともかく、受け入れ可能なものだったらどうだろう……。
少し考えて、やはりどのような取引であっても撥ねつけるしかないという結論にいたる。取引に応じるということは、多少なりともエリーゼを第二夫人とすることに後ろめたさを感じているということだ。話が出た当初ならともかく、いまのぼくにはそういう気持ちは一切ない。ぼくにそう思わせてくれた周りの人々の思いに泥をかけるような真似は出来ない。
そしてラウンジに使者が現れ、教皇がこれから謁見を受ける旨をぼくに告げた。
初めてその姿を見た教皇はただのおっさんで、あまり強い印象を与える人物には感じなかったが、ぼくが形どおりに自分の身分事項などを伝えるためにおこなっていた口上を遮って、用件に入るように求めてきた。この時点でぼくの中での彼のイメージはマイナスに振れ、気持ちが重なるいかなる部分も存在しないことを予期した。ぼくは、自分の考えを押し通すことを決心する。
「明日に拙邸で執り行います、自分と筆頭大司教フェルナンデス様のご息女との結婚披露の宴、猊下の臨席を賜る可能性ありやとうかがっております。大変光栄なことなれど、他に出席いただく方々とあまりに重みが異なりますゆえ、お楽しみ頂けないのではと心配いたしております。猊下には別途ご挨拶の機会を賜るよう努めますので、このたびはなにとぞ」
「そちにそのようなことを言われる筋合いはない。わしはフェルナンデス家より招待を受けた身。受けた招待に応えてなんの問題がある?」
それは形式的な話だ。ぼくとベアトの屋敷での披露の時も、国王陛下に招待を出している。欠席となることを前提で、だ。あくまで主君に対する礼に過ぎない。この場合も同じだ。
「今回はあくまで自分が第二夫人を迎える披露の宴でございます。みなさま、気楽なおつもりで来られる方ばかり。そこに猊下の列席を得るなど、例のないことでございます。今後に悪例を残さないためにも、どうか、お願い申しあげます」
「そちはわしが個人的な気持ちでこのようなことを言っていると思っておるか? ならばそれは思い違いだ。わたしの代理を務める立場でわしの跡を継ぐ可能性も高い、ここにいる枢機卿総代の長男たる筆頭大司教、その長女であるエリザベートが、男爵風情の第二夫人となり、たかだか侯爵の次女の下に置かれるというのは、教会として見逃すことはできんのだ」
ぼくは顔を伏せたまま(おじいさん)の様子をうかがった。彼は無表情で教皇の横に立ってはいるが、一瞬だけ顔をしかめた。このような形で自分の立場が使われることを快く思ってはいないと判断する。
「妻はすでに自分の第一夫人として国王陛下の認可を得ております。これはいかな猊下であっても動かせません。もちろん、自分はエリザベート嬢と妻のあいだにいかなる差も設けるつもりはありません。これを猊下にここで誓わせて頂ければ」
「差を設けるなと言っているのではない。わしはエリザベートを実質的な第一夫人として扱えといっている。それに、ここでそちに誓ってもらっても意味はない。誰もそれを聞いておらぬのだからな。形は第二でも実質は第一と言うことをみなに認識してもらわねばならんのだ」
「しかし、それでは人はエリザベート嬢がわたしの妻を押しのけたと見るかもしれません。彼女にもつらい思いをさせてしまうことになります」
「言いたいものには言わせておけ。教会が全力でエリザベートを支えれば、すぐにそんな雑音は消えてなくなる」
あんた以外の誰がそれを望んでるって言うんだよ! エリーゼだって、教会の人だっていい迷惑だろうが!
最悪だ。ぼくが避けようとしていることを、すべてやれといっているに等しい。そろそろ、ぼくも覚悟を決めるときが来たようだ。
「ただ、披露の場を壊したくないというそちの気持ちはわからないでもない。わしもエリザベートの晴れの場を壊すのは忍びない。ほんとうにそちが、わしが行くことで場が壊れると言うのであれば、別の形を考えてやらんでもない」
ぼくは無言で教皇の言葉の続きを待つ。これが彼からの歩み寄りであることを期待する気持ちなどとうにない。単にどういう角度から同じ結果を強要してくるかを確認するだけだ。
「そちの妻を教会の特級門徒とさせよ。その際に、自分が教会とエリザベートに従うものであることを明らかにさせるのだ。それであればわしは明日の宴への出席を見送ろう」
そう来たか。特級門徒になるには相当の寄付金を払う必要がある。同じものを取って、さらに金か。最悪の上に最悪を重ねて来やがった。これ以上、何かを待つ必要はない。
「猊下の考えは充分に理解いたしました。ならば自分は明日の宴、非常に残念ではありますが取りやめにすることといたします。ゆえに、明日猊下を煩わせることもございませんので、結婚披露の儀についてはご放念ください」
さすがに教皇の横の枢機卿総代の顔にも軽い驚きが浮かんだ。教皇はぼくを睨みつける。
「そうか。それはさぞかし列席を予定していた面々に迷惑をかけることになるな。それはかまわんというわけか?」
「やむをえません。不興は買うでしょうが、『教皇猊下が出席するとおっしゃっているが、お迎えする準備が整わない』とつけ加えれば、宴が第二夫人披露のものであることもありますので理解は頂けるかと」
「ふざけたことを言いおるな。だが、日をあらためても結果は変わらんぞ? フェルナンデスはわしに招待を出す。わしはそれを受ける」
「結婚披露は行いません」
「エリザベートとの結婚をあきらめるというわけか。情けない男よ。エリザベートもそちのようなものと結婚せずにすんでよかったと思うであろう」
「自分はエリザベート嬢を愛人として我が家に迎えます」
教皇は口をポカンとあけて絶句した。枢機卿総代も驚愕の表情でぼくをじっと見ていた。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




