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15-1 悪意の端緒

エリザベート嫁入り編開始。なのに、なぜこんな物騒なサブタイになっているのか……。

「おかえりなさいませ、アンリ様」


 ぼくがローラを伴って屋敷に戻ったのは夜もだいぶ更けてからだった。予定の一日前なのでサプライズのはずだったが、ロジェは最初からこのタイミングで帰ってくるのがわかっていたかのように平然と迎えてくれた。


「ロジェ、予定を早めちゃったけど、ごめん」


「問題ありません。彼女よりカルターナにお戻りとは承っておりましたので」


「ベアトは?」


「奥様は今晩遅くにフェルナンデス家からお戻りになる予定ですが、さきほどアンリ様が戻られたと連絡を出しましたので、間もなくお帰りになるかと存じます」


 その時、正面玄関に馬車が着く音がした。




「アンリくん、予定どおり、と連絡をくれたなら予定どおりに帰ってきてね」


 ぼくとベアトは三階のラウンジで二人でお茶をいただいている。淹れてくれたロザリーは気を利かせて外しており、ローラもベアトとひととおりコミュニをとったあとは自分の部屋に戻っている。


 ふくれっ面をしてぼくに文句を言ったベアトは、それに続けて「少しおしゃれして出迎えたかったのに……」と呟いた。


「ごめんごめん。でも、今日カルターナに戻らなきゃいけない用事があったんだ。なら、わざわざ外に止まるのも不自然でしょ? それに、今日のベアトもかわいいよ」


「……まあ、いいわ。お帰りなさい。ごめんね、久しぶりなのに文句から入っちゃって。アンリくん、いつもどおりだからちょっとムッとしたの」


 ベアトは上目遣いでぼくを軽く睨んでから、パァッと花が咲いたような笑顔になった。相変わらず最強の破壊力だ。結婚後は少し艶も帯びて最強から至高にランクアップした気もする。


「ベアト、それは誤解だ。久しぶりに顔を見るの、けっこうドキドキだったんだよ?」


「そういうことにしておいてあげる。それで、エリーゼさんのことだけど……」


「ストップ。その話は明日からにしよう」


「アンリくん、でも時間がないのよ? ちゃんと気を入れてくれないと……」


 ぼくはベアトの手を握った。


「わかってる。ずっと心構えは作ってきたし、明日からはキッチリやるよ。でも、せっかく予定より少し時間が出来たんだし、その時間は二人でゆっくり使わない?」


 ベアトはじっとぼくの目を見て、目を見て、目を見て、さすがにちょっと不安を感じ始めたところでぼくの手を握り返し、笑顔を悪戯っぽく変えた。


「言っていて恥ずかしくならない? そういうところすごいと思うの」


 そう言ったベアトはそっと立ち上がり、テーブル越しにぼくにキスした。


「ありがとう。大好きよ」


 ノックアウトされたぼくは、ベアトから主導権を奪うことは出来ないということを思い知った。




「このひと月、何か変わったことはあった?」


 ぼくは背中からベアトを抱きしめながら耳もとで尋ねた。ベアトはくすぐったそうに身を捩り、長い首をひねってぼくに顔を向けた。


 ラウンジからベアトの部屋にお姫様だっこで彼女を運んだぼくは、彼女を寝台に寝かせ、そのまま……覆い被さろうとしてベアトに止められた。彼女はこのままでは落ち着かないと言って、着ていた外出用の服を素早く脱いで寝台横の椅子にかけ、四つん這いになってぼくにお尻を向けた。太腿に筋を作って光っている彼女の蜜を見てぼくは理性を飛ばし、着ていたものをむしるように脱ぎ捨てて襲いかかったのだ。


「特にないわ。あちこちのお茶会にんでいただいて、エリーゼさんやフェルナンデス筆頭枢機卿といろいろ相談をして、お父様やお母様にお願いごとをして、それだけ。忙しかったわ」


 そう言ってベアトは、彼女の蜜とぼくの精が混じり合ったものが漏れ出しているお尻をぼくのものに擦りつけた。ぼくを見る目に霞がかかる。


「寂しいのを感じないくらい忙しくしてたの」


「ごめんね。めんどくさいことをぜんぶ押しつけちゃって。感謝してる。大好きだよ」


 ぼくは、彼女の唇に自分の唇を重ねた。目を閉じた彼女は「ンッ」とうめき声をあげる。


「……アンリくんとの生活を落ちつかせるためだもの。めんどくさいなんて思わない。楽しかったわ。わたし、エリーゼさんがこの家に来るの、ほんとうに楽しみにしてる」


 ベアトは彼女のほうから唇を重ねてくると、体勢を入れ替えてぼくに覆い被さってきた。




「さて、今からアンリくんも頭を切り替えてね?」


 翌朝、食堂で向かい合って朝食をとりながら、ベアトは完璧少女モードで言った。昨夜とのこのギャップがほんとうにたまらない。今日も彼女が服を着るところは見せてもらえなかったので、まさに使用前使用後という感じだ。


「了解。段取りを教えてくれる?」


「お昼くらいにわたしとロジェがあちらのお屋敷に行って、明日のエリーゼさんの衣装や装飾品を受け取ってくるわ。その時に彼女も一緒にここに。彼女のご両親と侍女のアンナさんも一緒。アンリくんは正面でそれを出迎えるの。形式的なことはそれでおしまい」


「どこまでもベアトにおんぶにだっこだな……」


「これはそういうものなんだから、気にしないで。そのあとは、わたしの時と同じだけど覚えているわよね? 彼女と一緒に徹夜よ? わたしとは歩き方も歩幅も違うし、きっちり合わせて差し上げて。彼女、もともとの歩き方が騎士らしくキビキビしてるのだけど、明日はアンリくんと二人であまり勇ましい歩き方にならないように、ゆっくりめを心がけてね」


「が、頑張る。エリーゼはそのままここで? 部屋の準備はどうなってるの?」


「エリーゼさんの部屋はもうできあがっているわ。ほんとうはしきたりに反するのだけど、スミルノフ様が、友人を呼ぶ、という形でここにエリーゼさんを招いてくださったの。その時に荷物もいっしょに。スミルノフ様にお礼を言っておいてね?」


「了解。ひととおりカタがついたら必ず」


 高くつきそうだけどな。


「お客様についてなんだけど、少し困ったことが起きるかもしれないわ」


「へえ、ベアトが『困ったこと』なんていうことがあるんだ?」


「わたしをなんだと思ってるの? たくさんあるわよ。でもこれは、それよりももう少し困るかな」


「なになに?」


「エリーゼさん側のお客様なんだけど、教皇猊下が来られるかもしれないの」


「それ『少し』じゃないよね!? 『ものすごく』困ったことだよね!? なんでなりたて男爵の第二夫人の結婚式に教皇が来るなんて話になるの!?」


「エリーゼさん、教皇猊下がすごくかわいがっていらっしゃったらしいの。結婚、しかも第二夫人になるというのを聞いてとても心配されていらっしゃるらしくて、エリーゼさんが軽んじられないよう、自分が出向いてひとこと言う、と……」


「なんなの、それ? ただのいじめ?」


「枢機卿総代も巻きこんで、フェルナンデス家でも懸命に説得していらっしゃるそうだけど、少なくとも昨日の段階ではまだ成功してないの」


 なんてことだ。一瞬、もっと早く言ってくれ、と思ったが、ベアトはぼくに心おきなく旅をして欲しかったのだろうし、フェルナンデス筆頭大司教や枢機卿総代が説得しても聞き入れないなんてことが想像できるはずもない。


 ぼくは必死に考えた。教皇が来ることは石にかじりついても阻止する必要がある。ベアトとの結婚の時は、思いっきりこじつけで考えてもジョシュア王太子が最高ランクだ。屋敷でのパーティーは公爵クラスが最高だった。第二夫人の結婚式に教皇が来てしまっては、ベアトの立場がない。周囲からは、エリーゼが実質の第一夫人のように見られてしまう。


「ロジェ、フェルナンデス筆頭大司教に教会本部でお目にかかれるようにすぐに手配して!」


「かしこまりました」


 返事をしたときにはロジェはすでに食堂を出るところだった。





「フェルナンデス筆頭大司教となにをお話しするの?」


 ロジェが出て少しの間があり、ベアトが不安そうに尋ねてくる。


「教皇に直談判させてもらう。パーティーに来てもらっては困ると言ってくる」


「そんな!! 会えるわけないわ! それに万一会えたとしても、そんなことを言って猊下のご気分を損ねたらどうするの!? 教会から睨まれたら大変よ! それに、ひょっとして戻ってこられないかもしれないじゃない!」


 ベアトがここまで激しい感情を表に出してぼくに話すのは初めてだ。沈んだところを見たことはあるが、激したところは見たおぼえがない。


「たしかに睨まれるだろうし、帰ってこられない可能性もある。それでも行く。行かなきゃフォーゲル男爵家が壊れる」


「どうして!? エリーゼさんのうしろに教会があるなんてこと、誰でも知っていることじゃない! それが少し強く印象づけられるだけのことよ!?」


「そうじゃない。ベアトもわかってるんだろう? 教皇にパーティーに来られたりしたら、エリーゼの立場のほうが強くなってしまうことを……」


「それは……でも、そんなこと、わたしは気にしないわ」


「ぼくは気にする。フォーゲル男爵家はベアトがいてこその家なんだ。ニスケス侯爵との関係云々じゃない。ベアトがいてくれるからぼくはド・リヴィエール伯爵家を出てフォーゲルを名乗る決心がついたんだ。ベアトがフォーゲル男爵家の要なんだよ。そのベアトがフォーゲルの第一夫人として正当な扱いをされなくなったら、ここはもうぼくの家とは言えなくなってしまう」


「……アンリくん……」


「ベアトよりエリーゼを軽く扱うとか、そういう話じゃない。ベアトもニスケス侯爵も、二人がなるべく同等になるように苦心してきた。ぼくもエリーゼをベアトと同じくらい大事にするつもりだよ。だけど、外からベアトが軽く扱われるのだけはダメだ。そんなことは許さない。教皇であっても、ベアトに対するそんな侮辱だけは許さない」


 ベアトはしばらくうつむいていたが、やがて顔を上げてぼくを正面から見た。


「……わかった。任せるね。そして……ありがとう」


「まだうまくいくかどうかはわからないよ」


「違うの。そう言ってくれたことが嬉しいの。アンリくんの今の言葉があれば、わたしは自分がどんな状況になっても頑張れる。そんな言葉をくれたアンリくんに感謝してる」


 ベアトは立ち上がり、テーブルを回りこんでぼくのそばに来た。ぼくの頭を抱きしめ、顔を上げさせてキスをしてくる。ベアトが家のものの前で初めて見せたキスだった。



お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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