14-5 カルターナへの帰還
アッピア編はこれで前編が終わりです。次回からのエリーゼ結婚編が終わった後、すぐかどうかはともかくとして、後編が始まる予定です。
ずいぶん余裕があると思っていたカルターナに戻るタイムリミットは、いったん調べごとを始めるとあっという間に近づいてきた。ぼくはボルダンまでの旅程を見こんだリミット一日半前にへレスベルグを発つことにした。ベルメイリアはぼくたちをカルターナに送り届けて、体力回復後アッピアに戻ることになる。
「それじゃペドロ、よろしくお願いね」
「バレリオに伝言よろしくお願いしますよ。十日で来るようにきっちり伝えてください。あとは、だいたいその間隔で交代でここに詰めることにします。いいですか? 交代のたびに、ボルダンにぼくもバレリオもいない日が二日できることを忘れないでくださいよ?」
「わかった! わかりました! できるだけ早くめどをつけるようにする。エマニュエルが首を縦に振ってくれたら、彼にここに詰めてもらうことも考えるから」
「そうなってくれるといいんですがね……」
ペドロはちょっと疑わしげだ。信用ないな、ぼく……。
ボルダンに到着すると、カーライルさんはまだ滞在していた。
「カーライルさん、ボルダンを見ていると、女王国がここを攻め取って維持できるとは思えないんですけど、ボルダン以外に侵攻が可能なルートってあるんですかね」
できるだけ無邪気なトーンで尋ねてみる。この人は鋭いので安易な質問は簡単にこちらの真意に疑いを持たせてしまう
「うーん、その昔はいろいろ試してみたらしいけど、成功したっていう話は聞いたことがないわね。あればとっくにアッピアはなくなっていると思うわよ?」
「ですよね~。ヘレスベルグでも話を聞けば聞くほど、なんでこの国が生き残ってるのかわからなくなりましたよ」
「魔族の力を借りてるとか、そんな噂が立ったこともあるけどね~」
「人族至上じゃなかったんですか?」
「魔族の存在を隠すためじゃないか、っていう人もいるわよ」
「へ~、さすがにカーライルさん、よく知ってますね」
ここまでだろう。これ以上突っ込むとあぶない。
「カーラって呼んでくれたらもっと口が軽くなるわよぉ。好みの男の子と親しくなるためなら何だってしちゃうわ」
全身を震えが駆け抜けた。やはりこの人はヤバい。なんとしてもここで会話を止めなければならない。
「か,考えときますぅ……」
ぼくはローラと共にベルメイリアに優先して転移させてもらい、その日の夕刻カルターナに戻った。予定の日より一日早いが、王宮でのおつとめを屋敷に戻る前にすませておこうと思ったからだ。また、アッピアでの調査に関連して、みんな、特にエマニュエルと早めに打ち合わせをしたかったというのもある。
まず公務を片づけてしまうことにしたぼくは、夕方に顔を出してくれたリュミエラから、カデルとシンシアにそれぞれ依頼した調査事項の結果を受け取ると、軽く水を浴びて着替えをすませて王宮に向かった。
「いずれかの王女にこの国を訪問してもらうという考えについては、たぶんあちらは前向きに考えると思います。女王国と公式の接触を図るなら、あちらからでむかせるという形をとることで体面も保てるかと」
女王国の現状、女王宮内の勢力図、脳筋判定されている二人の王女についての評価、積極好戦派の一部がドルニエと対峙することも想定しているという事実を淡々と陛下に伝えたあと、ぼくはそれをつけ加えた。
「どんな情報でもかまわんとは言ったが、こんな大きすぎてもてあますような話を持って帰ってこいと言ったつもりはないぞ?」
「お考えになったことはあるのでは? ドルニエがいま女王国を相手にして後れをとるとは思いませんが、外から見る情報だけから判断するよりは、重要人物から直接聞ける話も判断材料にするほうがよいと思うのですが」
「いちいちそのとおりだがな、その話を実現させるとして、誰にどう説明してやらせるというのだ? わたしはそなたの言を疑ってはおらぬ。だが、王宮内全体で言えば、まともに受け取るもののほうが少ないと思うぞ?」
「陛下、自分はこれを推し進めるべきだと進言申しあげているわけではありません。単に女王国の情報の一つとしてお伝えしただけです。どう扱うかは、ひとえに陛下のご判断かと」
「賢しいことをいってわたしを追い詰めるか……。フォーゲル男爵、そなたがどのようにしてこのような情報を持ち帰ってくることが出来たか、説明する気はあるか?」
言えるわけねーだろ。
「申しわけありませんが、自分もそれなりに動き回って情報を持ち帰っています。そのやり方や成果はわたしの財産ですので、軽々しくお渡しするわけには……」
シャーリーをわたせと言われているようなものだからな。それに、ぼくも両王女がそこそこ前向きだと知っているだけで、事務的にそれを詰める手だてを持っているわけじゃないし。
「十五歳のなり立て男爵のセリフではないな。そこまではっきりわたしの言に逆らって見せて、無事に済むと思うのか?」
「それはわかりませんが、自分を処分することで陛下が得られるものは無に等しいでしょう。そして話を進める足がかりを失うことになります。それでよいと思う程度のご関心だったとしたら、自分はそこを見誤ったわけですから、いま申しあげたことをすべて撤回して、いい国でした、という情報だけを差し上げることにします。それに……」
「なんだ?」
「自分がここに出入りしていることは複数のものが知っています。なにをしているかは、少なくともニスケス侯爵はご存じでしょう。自分の身になにかあれば、ニスケス侯爵はなにが起きたか想像されるでしょう。それを自分の父に知らせずに済ますかはわかりかねます」
陛下が本気じゃないと確信しているからこそここまで言える。ここまで言っておかないと、いざというときほんとうにあぶないからな。
「わかったわかった。ほんの冗談だ。それに、今さら言わなかったことになどさせぬ。フォーゲル男爵、この問題は、内々に打診はしても正式な申し入れはあちらにさせなければならぬ。女王国の伝手を明かせぬというなら、そこまでの段取りはそなたに任せるゆえ、やってみせてくれ」
大見得を切った段階でこの展開は予想していたが、陛下も単刀直入に来てくれたな。これ以上むずがってみせると、ほんとうに厄介なことになりかねない。あとはとるものをとることにすべきだろう。
「やってみろと言われるなら、やってみます。しかし、これは『陛下の話し相手』の仕事ではなく、行政官の仕事です。自分はこれを成し遂げた場合に、なにを得るのでしょう?」
陛下が渋い顔をした。おそらくはぼくが、一番突っこまれたくないところを突っこんだのだろう。
「男爵位のものが得られる最高額まで年金を引き上げる。わたしの直接の命令としてこれをマリオに伝える。それで納得せぬか?」
「承知しました。陛下の言、たしかに承りました」
こうしてぼくは、ドルニエと女王国、というよりは陛下と女王家のつなぎの役目を負うことになった。しかし男爵位として最高額の年金ってどれぐらいだろうか? 雀の涙ほどの増額でなければいいが……?
王宮への出仕をギリギリセーフでクリアしたぼくは、拠点に戻ってエマニュエルとヒザ詰め談判をすることになる。
「興味深い話だというのは認めるけど、もうギエルダニア行きの準備を始めちゃってるんだよ」
「そこをなんとか! これ以上負担をかけると、ペドロもキレちゃいそうなんだよ」
「そりゃそうだろう。現状、商売を考えたらヘレスベルグに長居をして実入りなんてあまりないからね。あの国、みょうに禁制品とか多くて取り締まりも厳しいから闇商売がやりにくいしね」
ふむ……そりゃまたどうしてだろう?
「その理由って知ってたりする?」
「だいぶ昔に薬物中毒が蔓延して以来、薬物には厳しいはずだよ。それから、やっぱりだいぶ昔に王都で大規模な反乱が起きてから、普通の人が武器とか持つのはほとんど不可能になってるし」
「だいぶ昔って?」
「知らないよ。調べたことがあるわけじゃないし、いまの話だっていつだったかにたまたま耳にしただけだもの」
それがやっぱり百年ほど前の話だとすれば……いろんなことが同じ根っこから出てきている可能性がある。調べないわけにはいかない。
「頼むよ、エマニュエル。いまの話を聞いちゃって放置するわけにいかないじゃないか」
「でもなぁ……。やっぱりヘレスベルグに行ったきりはキツいよ」
行ったきりがキツいのはよくわかるだけに、我慢しろとも言いにくい。ラーム伯爵にお願いするにも、ギブアンドテイクでこちらが何かできることがなければ切り出せない。
「エマニュエル、ギエルダニアで何かぼくがラーム伯爵に恩を売れるようなネタ、ないかな? そうしたら魔方陣を設置することを頼めるかもしれない」
「なるほどね……でも、しばらくアンリは動けないだろ? じゃあ、やっぱりぼくをギエルダニアに行かせてくれよ。それに集中は出来ないけど、なるべく早くネタを拾ってくる。それまではペドロさんに我慢させておいて欲しい」
これが限界……か。これ以上強く押すと、エマニュエルとの関係が壊れかねない。それはぼくとしても絶対に避けなければいけない。
「わかった。行き来は自由に出来るんだから、マメに連絡をくれよ? ネタだけあっても『どうやって』を考えなきゃいけないんだから」
「わかってるよ。請け負ったことはやる。アンリはエリザベートさんに集中してあげて。ぼくはもう結婚とか興味ないけど、それでも彼女にとってこれからの何日かがほんとうに大切だっていうのはわかるから」
「もちろん。一度やってるから、エリーゼにも今度はそれなりの気づかいは出来ると思う」
「その歳でそれが言えるヤツはそういないから、そこは理解しておいてね」
さて、これで新しいミッションに集中できる環境が整った。たぶんベアトの操り人形みたいになって動くんだろうけど、頑張っていこうか。
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