14ー3 詩人の歌
話がちょっと妙なほうへ……
バレリオさんの名前を出したことでペドロのためらいは消え、ヘレスベルグにはペドロが自ら同行することになった。
「いっそのこと、命令してもらった方が気楽なんですけどね。逆らおうなんて思っちゃいないんですから」
「それじゃ意味ないよ。ぼくはペドロに力を貸してほしいんであって、手下になってほしいわけじゃない」
「わからないでもないから、こうやって結局つきあっちまうんですけど……」
ペドロが出してくれた脚の早い馬車のおかげで、まる一日の旅でぼくたちはヘレスベルグに着いた。彼の知っている宿に部屋をとって、食事のために外に出る。近場の適当な食堂に入ると、ニケとベルメイリアは競ってあり得ない量の注文を出す。ローラもお品書きとにらめっこしている。
「いきつけの美味しい店とかないの?」
「実はそんなに足を運ぶことはないんですよ。正直、裏町に関して言えばボルダンの方が栄えていると言いきれます。それだけのことをして来た自負もありますしね。だから、ここに来てもあまり得るものはないんです」
なるほど、最初にためらったのはそういうこともあったかと納得した。ただ、王都を放置するわけにはいかないので、そこは折り合いをつけるところを探す必要がある。
「王都より辺境の町の裏町が栄えているって、国としてはかなり不味いんじゃない?」
「大きな声では言えませんが、あまり長くはないと読んでます。街全体の活気が今一つなのは、見たらわかるんじゃないですか?」
「たしかに……」
店のなかを見回してもみな静かに食事をしており、大衆食堂にしては静かすぎる。行儀が良いともとれるが、エネルギーに欠けることは間違いない。店のなか、対角線上にあたる席の近くで歌っている吟遊詩人の歌声もはっきり聞き取れるくらいだ。
……吟遊詩人? テンプレ的にはそろそろ来てもおかしくないジョブだ。
歌っている吟遊詩人の声に耳を傾けると、彼が紡いでいるのはどうやら人と異族の関わりの物語だ。
人と異族が種族を越えて友情を育む。貧しい原野に力をあわせて街を興し、国を作り、そしていつしか袂をわかつ。二つの種族が別の道を歩き始めたその国はやがて力を失い、滅びに瀕する。人属は王都で、そして異族は残された最後の砦とともに……。
ぼくはベルメイリアに聞いた百年前のエピソードを思い出していた。彼は森人族ともいっていないし、アッピアの名前も出していない。だがこの国で耳にするその物語が、ベルメイリアが語ったことと無関係にも思えなかった。
「きみみたいな子供が興味を持ってくれるとはね。ぼくの歌は若いひと受けする派手な話ではなかったと思うんだけど……」
ぼくはチップを弾んで吟遊詩人にテーブルに来てもらった。齡三十前後の飄々とした男性だ。マイヤが見ていたら、「箸がころんでもテンプレに見えるお年頃なんですか」とか言いそうだ。
「いえ、なかなか泣けました。絆によって生まれたものが絆を失うことで壊れていく、とても胸に迫る物語だったと思います。ひょっとして実話ですか?」
「さて、どうだろうね。ぼくは祖父からこの歌をもらっただけだから」
吟遊詩人とはそういうものではない。同じように酒場を渡り歩いても、誰かの歌をそのまま歌うだけなら、それは流しの芸人だ。吟遊詩人は自分の心を震わせた物語しか口にしない。「もらっただけ」の歌は歌わない。この人は、この物語の真実を知っている。そして、それはぼくが泣けてくる真実なのだ。
「実話かどうかに興味があったりは?」
「……ないよ」
「わかりました。つきあってくださってありがとうございます」
吟遊詩人は、ぼくらのほうを振り向くこともなく、妙に足早に立ち去った。
「ベルメイリア、どう思った?」
「え? なんの話?」
ベルメイリアは口一杯に肉を詰め込んだまま顔をあげた。
「慌てて詰め込まなくても、先に食べていいよ。ゆっくり待ってるから」
頬を膨らませたまま、ベルメイリアは面白くなさそうな表情になる。そして、あっという間に肉を咀嚼嚥下した。
「アンリ様ってときどき察しがよすぎてイラッと来るのよね」
「そりゃどうも。で、実話でしょ、あれ?」
「愛だの恋だのがあんなに盛られているとは思わなかったけど、あんなことじゃないかとはみんな思ってたわね。バカじゃないかしら。裏切られただの、心が通わなくなっただのと思ったら、さっさと戻ってくればいいのに」
「まだ愛しているんじゃないのかな? その人のことも、その人と一緒に作ったこの国も」
ボソッとローラが言った。全員が一斉にローラのほうを見る。予期せぬ反応にローラが慌てた。
「な、なに?」
「いや、女の子みたいな意見だなって」
「女だよ、ボクはっ!!!」
吟遊詩人の歌が真実を語っているとすれば、姿を消した森人族は今もどこかで人知れずこの国を守っている。それがどこか見当がつけば、ベルメイリアの同族の行方を知る手がかりがつかめるだろう。それがぼくに何をもたらすかはわからないが、追いかけるならまだ時間がある今のうちだ。
「いまは時間がないけど、近いうちにもう一度来てみようか。むかしから女王国が仮想敵だったとしたら、たぶん王国とのあいだにある山脈のどこかじゃないかな。厳しい条件のなかでも、ボルダン以外に女王国側からの突破が不可能じゃないところがあると思う。そこを今も守っているとすればつじつまも会うし、話としてもロマンチックこの上ない」
「この場合、ロマンチックは関係ないんじゃないかな?」
「ここでロマンを理解しないローラに、自分を女の子だと主張する資格はないと思うぞ」
「悪かったね!」
「あの……アンリ様」
ぼくとローラの言い争い、というかじゃれあいに、ベルメイリアが超シリアスモードで割り込んできた。
「な、なにかな、ベル?」
「あ、あの、逃げようなんて思ってない。約束する。だから……少し……追いかけさせてくれない……かな?」
興味無さそうなことをいっていたベルメイリアだが、やはり同族の行方について無関心を貫くことはできなかったらしい。そしてぼくも少しはこの展開が頭にあった。
「追いかけてどうするつもり?」
「わ、わからない。でも、とにかく探すだけは探したいの。キリエとも話したいし……」
何だかんだでベルメイリアが意外に情で動くヤツだということがわかった。キリエさんとのコネクションも強められる可能性があるとなると、やり方によってはありだ。
「いくつか条件がある。まず今回の旅の目的は最優先だから、ボクはどこかに拠点を確保してボルダンに向かって、それからカルターナに帰る。それまでは勝手な行動はダメ。拠点にはペドロ……?」
「わかりましたよ! オレかバレリオがいるようにします。なるべく早くカタをつけてくれるよう、お願いしますよ」
「感謝! ペドロかバレリオさんがいるから、マメに連絡をいれること。あと、単独行動は禁止。キリエさんと話すというなら、うまくキリエさんも巻き込んで一緒に行動してほしい」
「え~、なんでキリエと?」
「ボクも訊きたい。キリエさんを引き込みたいだけじゃないの? あまり欲張らない方がいいんじゃないかな」
ベルメイリアだけでなく、ローラまでが異論を唱えてきた。欲張らない方が、とか言っているが、ローラにはキリエさんに苦手意識があるのだ。おおかたその辺りからの異論だろう。
「それもないとは言わないけど、ベルが単独行動してまた教会の話みたいなヤツに引っ掛かったらどうする?」
「あー、そうか。ベルメイリア、やっぱりキリエさんとよく相談しなよ」
「ぐぅ……わかったわよ!」
「ペドロはせっかくだから例の王太子の話、もうちょっと追いかけといてくれない?」
「……ったく、さすがにその辺はタダ働きはごめんですよ?」
「了解。ボクも卒業して少しは時間ができるから、じっくり話そう」
「頼みますよ……」
翌日、ぼくはローラとデートがてら街に出た。アテもなくぶらぶらしていたが、あらためてペドロが言っていた「活気のなさ」を実感する。レイハナの活況とは真逆といおうか、「どうせ自分達はダメだ」と皆が思っているような感じだ。
「ここまで元気がないと、同じ商品でもくすんで見えちゃうよね」
ローラが装飾具屋でおねだりのネタを物色しながら言う。いま手に取っているものは、カルターナでぼくに買わせようかを迷ったのと同じものだが、その時ほど魅力的に見えないらしい。
「無理に買う必要はないんだよ、ローラ?」
「なんとなく、いま買ってもらわないと、どこかでうっかりシャーリー王女のこと、口が滑っちゃう気がするんだよね」
クッ、なにが「二人だけの秘密」だ! なにが「信じてくれないかな」だ!
「ローラ、それは秘密の共有じゃなくて脅迫って言うんだ……」
「冗談だよ、冗談。行こう?」
ローラは商品をおいてぼくの手を取り、店を出て街をずんずんと歩いていく。八年前、シュルツクをはじめて彼女と歩いたときも結構こんな感じで振り回されていたのを思い出す。そして、それが全然不快じゃなかったことも。
「ローラ、覚えてる? シュルツクでもきみ、かなり強引にぼくをつれ回してくれたよね」
ローラがピタリと足を止める。表情はわからないが耳が赤い。つないだ手の温度もカァッと上がっている。そしてぼくのほうを振り向いた。
「あ、あのときは外で自由に行動できるのが嬉しくて……。アンリがどうこういうんじゃなくて……」
「それはわかってるよ。あのときのローラは男の子だったわけだしね。男の子をそういう意味で気にするはずないのはわかってるよ」
「そ、そうそう、そうだよ。決まってるじゃないか……」
言いつつ、ローラの表情が膨れっ面に近くなる。ぼくは軽くローラを抱き寄せた。
「でも、楽しかったよ、あのときも。いまと同じようにね」
ローラは何も言わず、軽く頭をぼくに預けた。
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