3-2 ある冒険者の週末・春(前)
前話のタイトルと引っかけて「~の一日」としようとして気づきました。
「一日じゃない!」・・・・・はい、遅いですよね、気づくのが。
学舎にはいってひと月ほどが過ぎたある五の日の夜、ぼくはマルコがぐっすりと眠りに落ちたのを確認して、中庭に出た。隣室の気配も静まりかえっているし、中庭も人の気配はない。
周囲が寝静まった時間は、ぼくの個人的なトレーニングの時間である。サーベルを一本とレイピアを一本、ぼくは入寮の時に親からのお祝いのプレゼントということで持ちこんでいる。いまは、そのうちのレイピアを手にしている。
静かに構えて息を落ちつけ、後ろに引いた左足のつま先に力を込めて突きを出す。空中に想定した的を貫き、元のポジションに戻る。次はその同じアクションを二度連続。的の真ん中を貫いたはずだ。一度肩の力を抜いて大きく息を吐く
「正確に喉を突いているでありますな。いい感じであります」
前ぶれなくかけられる声に、つい身体がこわばる。最近は、驚きに声を上げることこそなくなったが、あいかわらず心臓に悪い。
「ひとつ、ギルドにおもしろい仕事があったでありますよ」
とりあえず、屋根の上に転移させてもらって腰を下ろすと、シルドラが話し始める。
「でも、時間がかかる仕事はムリだよ? 夕食には寮にいなきゃならないんだから」
「まえに、六の日なら一晩くらい寮を空けられる、と言っていたでありますな?」
それは確かに言った。月一くらいなら外泊にお目こぼしはある。ぼくはまだ、そのお目こぼしをもらってないから、たしかにむりではない。
「仕事自体は簡単なのでありますよ。オプシウムの葉を採ってくるだけであります。そこそこの量が指定されているでありますが、問題ないであります。オプシウムが生えている場所も心当たりがあるであります。一日半あれば戻って来られるであります」
「オプシウムって、痛みを抑える効果がある薬草だよね」
「そのままではたいした効果はないでありますが、まとまった量を集めて、パルムと混ぜて煎じれば、かなり上質の鎮痛剤になるであります」
「パルムって、ふつうの傷薬をつくる薬草だよね。それをまぜるのはなぜ?」
「混ぜないと、煎じるときに毒が発生するであります。でも、パルムを混ぜないで煎じれば、これまたかなり需要の多い麻薬になるであります」
こわ! かなりヤバい薬草なんだな。たしかに、前世でも鎮痛剤と麻薬って、意外と距離が近かったような記憶がある。
「でも、どっちを作るにしても需要の多そうな薬草だよね。だとしたら、そんなにおもしろい仕事、ってわけでもないんじゃ……? どっちかというと、あたりまえの仕事なんじゃないの?」
「おもしろいのは、仕事の対象ではなく、仕事を依頼したディルーカという人物であります。バルデという商人がやっている店の雇われ番頭でありまして、いろんな商品を手広く仕入れてはさばいている、なかなかの商売上手として知られている男であります」
「どこがおもしろいの?」
「バルデは裏ギルドの顔役であります」
「おもしろいっていうか、ヤバいでしょお、それ!」
いやいや、そういえばタニアが、裏ギルドの方がいいかも、とか言ってたこともあったけどさ、まさかホントにこうやってその世界が顔を覗かせるとか、思ってなかった……って、あれ?
「でも、そんな人物がなぜ表のギルドに、そんなふつうの仕事を依頼するのかな?」
裏ギルドの顔なら、そちらの方面の方々にたくさんの知り合いがいらっしゃるだろうし、手下だって多いだろう。報酬を払ってまで表のギルドに頼む理由がない。
シルドラがにっこり笑った。
「いいところに気づいたでありますな」
うん、シルドラが壊れていることはわかっているが、この表情で褒められるというのは、やはり男としてはかなりのご褒美だ。
「そこで追加の情報であります。つい先週のことでありますが、馬車が三台、深夜にこの街に入ったようであります。バルデが入門の手続きをしたためにカルターノの門番は中を確認しなかったようでありますが、トルノという街をその馬車が出たときには、人間を満載していたようであります」
「どこから仕入れてるのさ、そのヤバすぎる情報! 知ってるだけで命が危ないんじゃないの、それ!?」
「まあ、餅は餅屋でありますよ」
あ、この世界にあるんだ、餅。
「で、最終的にその馬車はどこに行ったの? 馬車に乗っていた人たちはきっと奴隷なんだろうけど、奴隷商人のところに行ったなら、それはふつうの商品の搬入だよね?」
「バルデは奴隷も扱っているでありますが、その馬車は街外れの倉庫に向かったであります。倉庫の持ち主は、ローランという男であります。行商人でありますが、変わった商品を扱う行商人でありますな。かさばって不便でありましょう?」
「いや、かさばるとかそういう問題じゃないと思うな。そうか、裏のルートは使えない仕事か」
図式は、ローランが奴隷を持ちこんで、バルデの手を借りて売りさばく、というものだろう。表の奴隷売買ルートをとおさない、しかも裏にも秘密とすれば、ふつうの奴隷だとは思いにくい。
「その倉庫から奴隷が移されたということは?」
「いまのところ、その兆候はないでありますよ」
「じゃあ、最初に戻ろう。奴隷を扱う人間がオプシウムを必要とするのはなぜかな?」
「言うことをきかない奴隷に言うことをきかせる、と考えるのがふつうであります」
この世界、表の奴隷はほとんど契約関係といっていい。契約が奴隷側にかなり不利になっていること、契約違反に対する罰則が厳しいことが特色だが、多くの場合、奴隷になる側も自分の待遇に納得している。そこまで追い詰められて、奴隷になることを選んだ人たちだ。
だが、裏はそうではない。裏にせざるを得ない、つまり表に出せない奴隷の用途がある。それを納得ずくで受け入れるものはほとんどいない。ゆえに、非合法な手段で集められた奴隷たちに、一部は金、大部分は脅しで言うことをきかせる。
「ちょっとその倉庫に行ってみようか」
シルドラは目を見開いてぼくを見る。
「これは……ちょっと想像の斜め上を行ったでありますな」
「だって、脅しがきかない、扱いかねている奴隷がいる、っていうことでしょ? それは商売としてはあまりうまくないよ。たぶん、商人の立場からすれば処分してしまった方が都合がいいし、ほかの奴隷への脅しにもなる。だけど、その踏ん切りがつかない。売れたときの実入りがそれだけいい、ってことだよね」
「その歳で愛玩奴隷は、さすがのわたしもあまりお薦めしないでありますが……」
シルドラが薄く笑いを浮かべた。いや、あなたなにを考えてらっしゃいますか?
「違うよ! 仕事の依頼主と会ったときに、裏の情報もできるだけあった方がいいでしょ? どういう奴隷をどう扱いかねているのか、知っておけばそれだけで優位に立てるかもしれないじゃない?」
「ものは言いようでありますな」
「いいから、行くよ! 転移よろしく!」
倉庫の中には、たしかにかなりの人数の気配がした。出入り口は警備が固めているが、今ぼくらは屋根の上だ。
「二十人ちょっとかな? 思ったより少ないかな」
「こんなところに押し込められているわりには、臭いもさほどひどくないでありますな。商品としての質を落とさないように気を使っているようであります」
「やっぱりそういう奴隷、っていうこと?」
「そういう奴隷ということであります。よかったでありますな」
「違うから! 全然違うから! だいたい、寮に入っている八歳児が愛玩奴隷を買ってどうするのさ! 使い道ないじゃん!」
「まあまあ、わかっているでありますよ。で、中に入ってみるでありますか?」
「絶対わかってないよ……行こうか」
ぼくとシルドラは、屋根のスキマから天井裏に入りこんだ。建物としてはけっこうガタが来ているため、下を覗けるような穴はけっこう開いている。そのひとつからそっと見おろしてみる。
倉庫の中には、女性ばかり、読みどおり二十人とちょっと。あきらめを全身から漂わせながら座っているものがほとんどだ。本来は輝くほど美しい女性たちばかりなのだろうが、まとう空気がくすんでしまっている。あきらめていないのは……いた。というか、こちらをまっすぐにらんでいるが、気付いているのか?
ぼくはシルドラに合図して、ふたたび外に出る。
「いたね、ひとり。しかも、ぼくたちの気配に気づいてたのかな?」
「なにかの気配は感じていたでありますな。全身でなにかのきっかけを探しているのだと思うであります。心の強さはたいしたものであります」
「だまされて売られたお嬢さま、という感じかな」
「そういう気がするであります。それも、生まれたときから誇りを植えつけるように育てられた娘だと見るであります。心が鍛えられているであります」
シルドラはぼくの考えに同意し、そしてぼくの目をのぞきこんだ。
「で、どうするでありますか?」
「どうするって?」
「あの娘を助けるのでありますか?」
「なんでさ。だまされて売られたのだとすれば気の毒だと思うけど、気の毒な人なんか数え切れないほどいるじゃない。自分と自分のまわりのためだけに生きるぼくが、安易に関わっちゃいけないよ」
シルドラは、またあのご褒美笑顔を見せてくれた。
「安心したであります。助けるとか言いだしたら、力づくで止めようと思っていたでありますよ」
寮に戻ったぼくは、朝食までの短い睡眠を取った。マルコといっしょに朝食をすませると、冒険舎生活用に荷づくりしてある袋をかつぎあげた。
「マルコ、屋敷に顔を出してくる。帰りは明日になるから」
「すごい荷物だな。まあ、ゆっくりして来なよ。お土産期待してるから」
「了解。じゃね」
「さて、アメリさん、行こうか」
「了解であります、リアン」
お読みいただいた方。心からの感謝を!




