3-1 学舎の一日・春
学舎での生活が軌道に乗ってきたところからのスタートとなります。
相変わらずの自転車操業ですが、少しずつお読みいただいている方が増えている様子なのが、何よりの力です。
学舎に入って、まもなくひと月がたとうとしている。
学舎生活は、一の日から五の日(前世で言うところの月曜から金曜にあたる)までが授業の行われる日で、六の日と聖の日(土曜日と日曜日だね)は自由学習となっており、まあ、言ってしまえば休日だ。
はじめの二週間ほどは、みな緊張にピリピリしながら授業や鍛錬に臨んでいたが、それをすぎると、徐々に学舎生活のリズムに身体がなじんできたせいもあり、目に見えて雰囲気がリラックスしてきている。休憩時間や昼食時間も、それぞれに余裕が出てきて、時間をうまく使えるようになってきているようだ。。
自由学習の日の過ごし方は生徒によってまちまちで、一回生の場合は、剣術の鍛錬を主にする生徒、図書館にこもる生徒、理由をつけて街に出る生徒、自室にこもる生徒、等々にわかれる。
ちなみに、街に出る生徒については、上級生になると街で買い物や息抜きをするものも出てくるが、下級生の間は、街に出るもののほぼ全員がカルターノにある自分の実家のもつ屋敷に顔を出している。本来、学年末までは親元には帰れないことになっているが、これが建前と本音というヤツで、毎週になったりすると厳しく注意されるが、 ひと月に一度程度であれば外泊すら黙認される。
ぼくはといえば、自分の身の置き方を探る意味もあって、わりあいと淡々とした毎日を送っている。
午前中の授業は毎日まじめに受けている。とくに新しい知識は吸収できないが、自分の年齢で得る知識のレベルがわかるし、ほかの生徒の授業中の反応などを見ていれば、集団の中で自分がどうふるまうべきかが見えてくる。
……それは授業をまじめに受けているとは言わないって? それは言わない約束というものだ。
昼食は、マルコといっしょに食べることが多い。教室の席は男女が交互になっているが、今のところ男生徒と女生徒は、おたがいに様子を見ている雰囲気が強く、食事の席をともにするほどに親しくなっている例はあまりない。なので、隣席が女子である以上、寮の同室者以外に特別に親しくなる相手は作りにくいのだ。
ただ、リシャールとルカがときどきぼくたちの席にかなり強引にはいってくるのは、リシャールのところに押しかける女生徒から逃れるためらしい。ルカがそっと教えてくれたが、そのせいでぼくとマルコの、女生徒に対するウケが非常に悪いらしい。まったく理不尽というものだ。ぼくなら、女子が同席を求めてきても、受け入れるよ?
クラスの全体像も見えてきた。
男子はリシャールの存在感が群を抜いている。なにか行動を起こすときにも、それとなくみながリシャールの様子を見ている。そのリシャールにライバル意識を燃やしている生徒がふたりほど。ペタッキ伯爵家のアンドレアくんと、モーラ男爵家のパオロくん。今のところリシャールとの実力差は明らかだが、がんばってほしいものだ。ちなみにマルコは、クラスでは中の下というところだ。もちろん、第一クラスにいるのだし、全体としてはきわめて優秀だけどね。
女子は、適性試験を三番目の成績で通過したニスケス侯爵家のベアトリーチェさんが、まわりから一歩抜けた存在となっている。侯爵家の令嬢としての立ち居振る舞いも堂に入っているが、中身もきちんと伴っているようだ。八歳児だからもちろんお子ちゃまだが、将来の才色兼備のタマゴと言ってよい。六年後には今年の総代のように歓迎のあいさつをしているかもしれない。そのほかの女子は、横一線のダンゴ状態かな。特に目を引く存在はいない。
選択授業が行われる午後は、二の日に行われる初歩魔法学以外はすべてスキップして、図書館ごもりをしている。初歩魔法学の選択は、武術系に比べて魔法の習得はゆっくりと行ってきているし、実用本位の学び方をしてきているので、ここで少し体系立てて学び直せれば、と考えてのことだ。
ただ、魔法課程へ進むことを真剣に考えているもの以外は、あまり一回生の段階で魔法の学習に興味を示さない。ぼくが魔法を使えることでもわかるとおり、初歩魔法学は体系的な魔法の概念を学ぶもので、知らなくても魔法を習得することはできるからだ。
自分の使う魔法が全体の体系の中にどう位置づけられるのか、魔法学を基礎から学ぶことで、それが理解しやすくなる。しかし、個々の魔法を学ぶわけではない。だから、学んだ魔法から、さらにその応用を考えていこうとするものでなければ、必須の科目とはいえないだろう。
初歩魔法学を選択しているのは、第一クラスでは、ぼくのほかにはルカと、女子ナンバーワンのベアトリーチェだけだ。ちなみに、ベアトリーチェは初歩魔法学だけではなく、一の日と三の日に行われる剣術実技、五の日に行われるプロトコール概論もすべて選択しているという前向きなお嬢様である。
生徒が三人しかいない授業をともに受けている結果として、マルコ以外では、ルカとベアトリーチェとの会話の機会が、ぼくにとっては最も多くなっている。ああ、もちろんぼくからみて、ということで、ベアトリーチェお嬢様からすれば、当然ながらぼくはワンオブゼムだけどね。
「いまさらだけど、アンリはなんで剣術を取らないで初歩魔法学を取っているの? ぼくは身体を動かすことが苦手だから、剣の道は考えていないんだけど、アンリはそうじゃないでしょ?」
午後の授業、教官が来るのを待つ間に、ルカが話しかけてきた。
「この授業を取っているのは、単純に学問としての魔法に興味があるからだよ。剣術を取っていないのは、図書館に行っていろんな本を読む時間がなくなっちゃうから、という理由がいちばんかな」
「そういえば、ぼくが図書館に行くと、いつもアンリがいるよね」
「剣術を取っても図書館には行けると思いますけど?」
ベアトリーチェが割りこんできた。うん、正論だし、たしかにベアトリーチェさんは剣術実技が終わったあと、図書館によく顔を出してますよね。知ってます。八歳の女の子としては明確な問題意識に裏打ちされた、ほんとうにすごい学習意欲だと思う。
「ベアトリーチェほどのパワーがないからね」
「どういう意味です?」
「剣術でしごかれたあとに、図書館で本と格闘する体力が残ってないんだよ。ベアトリーチェみたいに、無限の体力と気力を持っていたらいいんだけど」
ベアトリーチェが、ちょっと可愛くむくれてみせる。
「ひとを人外みたいに言わないでください」
もちろん、真実は違う。自由選択の時間は、あくまで正規の授業時間だ。なにをしても良いというわけではなく、行動も制限される。つまり、マッテオがぼくを追いかけやすい時間なのである。だから、徹頭徹尾ふつうの生徒を演じる必要があるのだ。
午後の授業時間をそのように使わねばならない以上、そのあとの時間は、ふつうではない生徒として過ごす時間とする必要がある。自分自身の鍛錬と、シルドラとの連絡、冒険者としての活動など、すべてはこの時間帯に、マッテオの気配をすべて絶ってからこなさなければならない。しかも、夕食の時間には一度戻ってくる必要がある。ぼくもなかなか苦労しているのだ。
初歩魔法学の授業については、ほかの教官、それも魔法の専門家の授業だから、マッテオも特に手を出してこない。授業に出ていることはわかっているので、その必要もない。だが、図書館にいるときは、マッテオはごく微量の魔力をぼくにまとわりつかせている。当然、ぼくの動きを探るためだ。ぼくがそれに気づいていることは、マッテオも知っている。その上で、牽制としてやっているわけである。
ぼくも、図書館にいる間はその魔力を放置している。そして、午後の授業時間が終わった段階で、魔力をこれ見よがしに相殺して打ち消す。このあとはおまえには追わせない、という意思表示である。その上で、シルドラに学舎の敷地の外に転移させてもらうのだ。つまり、マッテオに対しては、ぼくがふつうではない行動をしている、ということ自体は隠していない。そこまで隠そうとするのは労力のムダだし。
この転移の魔法、なかなか便利だし(あたりまえだ)、シルドラに、ぼくも使えるようにならないかたずねてみたことがある。
「うーん、使えないとは言わないでありますが、時間がかかるでありますよ。この魔法は、けっこう複雑に魔力を制御する必要があるであります。生まれたときから魔力を制御している魔族と違って、人間は魔力の制御を学ばなければいけない存在でありますから、かなりの練習が必要でありますな」
シルドラからは、そんな返事が返ってきた。なので、敷地の出入りは今のところ完全にシルドラにおんぶにだっこだ。
この日は、ギルドの訓練室を借りてシルドラと剣術の訓練だった。ぼくが両手剣、シルドラが短剣二刀。けっこういい勝負だが、ぼくの打ち込みをシルドラが短剣で軽く流してみせるのは、ちょっと悔しかった。
冒険者として登録はできたのだが、実際に仕事をこなす時間は、実はあまりない。ちょっとした仕事でも、移動を含めると丸一日くらいはかかってしまうのだ。資格維持のための仕事を週末に、普段は訓練に、とギルドを活用するようになっている。たまにディノが訓練をのぞきに来ようとするが、シルドラが実力で阻止している。
夕食の時間少し前に寮に戻ったぼくは、とりあえず浴室で汗を流す。日本風の風呂は当然無い。お湯を上からかけ流すだけだが、お湯が出てくるだけでも、この世界ではけっこう贅沢だ。
夕食が終わったあとは、たまにマルコと無駄話をしながら、学舎の課題を仕上げる。
「アンリ、数学の課題終わった?」
「いいや、まだだよ」
「はやくやってくれよ。そして、ぼくに教えてくれ」
「そう言うと思って、あとからやることにしてるんだ。早く寝たかったら、自分でやったら?」
「くそ、性格悪いぞ」
たいした時間はかからないが、話しながらやり終えるころには、八歳児はそろそろ就寝時間である。あくまでもふつうの八歳児は。
ぼくは、マルコが寝ついたのを確認してから、しばらく魔力の制御の練習をする。目指せ、転移魔法だ。タニアに教わっていたときよりも、この魔力制御だけは一生懸命練習している気がする。はっきりした目標があると違うね。
魔力と格闘して地球的感覚で二時間ほどたつと、ふつうじゃないけど八歳児のぼくも、さすがに眠くなってくる。そこでムリせずベッドに直行するのだ。今日もぐっすり眠れそうだぜ。
今日の学舎の一日も、いつもどおりだった。
学園パートをどこまで書き込むべきか、なかなか難しいです。
冒険者としてのアンリとどうバランスをとっていくか、手探りでやっていきます。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




