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2-7  冒険者登録

学舎で地味な生活を送るはずのアンリは、冒険者としての世界を、もう一つのホームグラウンドとすることになると思います。


でも、冒険者ギルドって、テンプレを使おうが使うまいが、書いていて楽しいですね。


1月22日 08:47 本文微修正

(あれえ?)


 街の中心部の外縁にある冒険者ギルドにはいると、いきなり空気が凍りついた。みなこちらを見てはいるのだが、どうも期待していたのとはちょっと違う。心なしか、そこにいる人たちの目には恐怖が浮かんでいるような。


「『キョウジュウ』だ」

「『キョウジュウ』が来た」

「今日はなんなんだよ……」

「おい、外に出た方が……」


 なにやら、いろいろ聞こえる。「キョウジュウ」ってなんだ? 「凶獣」か? 「兇獣」か? それとも「狂獣」か? あるいは、「獣」でなくて「銃」か? いずれにしても、えらい物騒だな。


 シルドラは、かまわず受付らしい、眼鏡をかけたおとなしそうな女性のところに進んでいく。その女性は、シルドラを見ると、わかりやすく顔をこわばらせ、そしてこわばった顔に笑みを貼りつける。


「ア、アメリさん、い、いらっしゃいませ。ほ、本日はどのような……?」


 女性は明らかにおびえている。「キョウジュウ」と関係あるのかな?


「こんにちはでありますよ、ミア。今日はお願いがあって来たであります」


 ミアと呼ばれた女性は、さらにもう一段階表情を引きつらせた。やっかいごとのニオイをかぎ取ったのだろう。


「この子は、リアンというのでありますが、わたしの師匠の愛弟子であります。わたしは師匠から、リアンのパートナー役を任されたであります。そこで、とりあえずリアンの冒険者登録をお願いしたいでありますよ」


「こ、この子を冒険者に、ですか!?」


 ミアさんの声はほとんど悲鳴に近かった。わりと大きめのやっかいごとらしい。そりゃそうだ。十二歳からしか登録できないとすれば、見た目どうみても十歳に届いてはなさそうなガキンチョを冒険者にしろとか、ムリがすぎる。本来、問答無用でお引き取りいただくケースだ。やはり、シルドラには特段の考えはないようだ。


「そうであります。お願いするでありますよ」


 シルドラさんは平常運転である。


「あ、あのですね、アメリさん! ぼ、冒険者登録は、きっ、規則で十二歳以上と決まっていて、そ、その子の登録は当分は……」


「だめでありますか?」


 シルドラさんは依然、平常運転である。


「だ、だめというか、そのっ!」


 ミアさんの声はもはや、完全に悲鳴である。必死に断ろうとしているのだろうが、それにしても、なぜそこまでうろたえるのだろう?


「だめでありますか?」


 シルドラさんは平常運転だ。だが、少し魔力が漏れてきている。一生懸命お願いしてくれていて、熱が入るあまりつい、というところだろうか。


そのとき、ぼくの肩がポンポン、と叩かれた。テンプレか? 「子供の来るところじゃない、さっさと帰れ、授業料おいていけ」ってところか?

 ワクワクしながら振りかえると、そこには表情のこわばったヒゲのおっさんがいた。


「ぼうず、おまえさん、狂獣の知り合いかい?」


 あれ、なんか期待したのとちがう。おっさんは、ものすごくまじめな顔でこちらを見ている。子供を見くだす目ではない。


「狂獣って、アメリさんのことですか? ええ、知り合いですけど、それがなにか? それに、狂獣、ってなんです?」


「ああ、狂獣ってのはな、アメリの嬢ちゃんのあだ名だ。あのとおりで、普段はフワフワしていて気のいい嬢ちゃんなんだがな、いったんぶち切れると、味方がいようがどうしようが魔法をまき散らすクセがあってな。それに、なんというかタマに、そう、言葉が通じないような気分になるときがある」


 なかなかやらかしてますな、シルドラさん。そして、最後の部分はぼくもなんとなく同感だ。


「そ、それはちょっと……すごいですね」


「ああ。でも、実のところ、ベテランはそんなに恐れちゃいねえ。それでちゃんとした結果を出すヤツだし、こっちもわかっていればどうにでもなるしな。正直、俺も何度かあいつに助けられている。だが、駆け出しや、ミアみたいな若手のギルド職員は、噂だけ聞いてビビっちまっているところがある」


「そうでしょうね。あだ名をきいただけで逃げていく人もいそうです。でも、なんでそれをぼくに?」


 ヒゲの冒険者はひとつ大きなため息をついた。


「ぼうず、あのアメリがおめえをパートナーだというなら、おめえは見た目どおりのガキじゃないんだろう。ひとつ、あそこで追い詰められてるミアを助けてやっちゃくれないか。たのむよ」


 どうも、すでにテンプレは期待薄のようだ。でも、ギルドのお姉さんを助ける、というのはイベントとして重要だ。たしかに、シルドラの魔力のせいもあって卒倒寸前にみえるしね。


「わかりました。やってみます」


 そうヒゲの冒険者に言って、ぼくはカウンターの方に歩み寄った。


「アメリさんアメリさん、ちょっと落ち着いてゆっくり相談しませんか?」


「ん? ああ、リアンくん。どうしたでありますか?」


 シルドラがこちらを向いた瞬間、漏れ出した魔力はあっという間に消滅する。ミアさんは大きくため息をついて身体の力を抜いた。

 ぼくは、ミアさんの方を向く。


「ミアさん、はじめまして。ぼくはリアンといいます。実は田舎から出てきたばかりなのですが、カルターナでたよれるのが、アメリさんだけなんです」


「そうなの? それは大変ね。でも、すぐに冒険者に登録する必要はあるの?」


「アメリさんは、ご存じのとおり名のとおった冒険者です」


 いったん落ちついたミアさんが、ふたたびピクッと身体をこわばらせる。


「アメリさんが依頼を受けている間は、ぼくはカルターナでほかに面倒を見てくれる人がいません。なので、ぼくはアメリさんが街から出るときは、ついて行くことになります。でも、そこでなにかあった場合、いまのままでは、ギルドに所属する冒険者が一般人を巻き込んだ、ということになってしまいます」


「でも、それは……」


「ええ、冒険者に勝手についていった一般人です。でも、ギルドに対して悪意をもっている人にとっては、難癖をつけるネタにはなりますよね? おねえさんたちの仕事をふやす原因になってしまうのはつらいんです」


「……」


 よし、こっちのペースになってきたぞ。シルドラはシルドラで、ポカンとしてぼくを見ている。


「ぼくが冒険者なら、なにがあっても自己責任です。ぼくが事故や事件に巻きこまれても、ギルドに迷惑はかかりません」


「それはそうなのだけど……」


 もうひと押しだな。


「これでも、訓練はそこそこ積んでいます。もちろん、ベテランの皆さんのようにはいかないでしょう。でも、十二歳になっていれば誰でも冒険者になれるんですよね? であれば、その十二歳の冒険者の何人かは、ぼくよりまちがいなく弱いと思います。なんなら、ひとりでは依頼は受けない、という制限がかかってもいいです。どのみち、アメリさんについていくための登録ですから」


「……わかったわ。わたしの判断ではなにもできないけど、上の人に相談してくるから、待っていてね」


 そう言って、ミアさんは事務室の奥に消えていった。



「なにがどうなったでありますか?」


「アメリさんが、受付のおねえさんをビビらせてくれたおかげで、あとの説得がやりやすくなったんだよ。いい仕事してくれたね!」


 ビビった相手に優しく語りかけて、うまくこちらのペースに乗せるというのは、ある状況では常套手段である。だが、シルドラはしきりに首をかしげている。


「わたしはビビらせてなどいないでありますよ? ミアにふつうにお願いをしていただけであります」


……あれだけビビっていたのは、まったく目に入っていなかったわけか。たぶん、魔力が漏れてたのも気づいてないんだろうな。それでよく斥候ができると思うのだが、たぶんオンとオフの切り替えがすごいのだろう。


「ぼうず、ありがとよ。でも、すげえな、おめえの口のうまさ」


 後ろから、さっきのヒゲの冒険者が声をかけてきた。


「ディノさんでありますか。お久しぶりでありますな。リオンくんとなにか話したのでありますか?」


「アメリも元気そうだな。あまりミアを困らせるなよ」


「失礼でありますな。困らせてなどいないでありますよ」


 シルドラが、ちょっとかわいらしく口を尖らせた。だが、ディノと呼ばれたヒゲのおっさんは、「はいはい」という感じで手のひらを振った。


「ほんとうに見かけどおりのガキじゃないんだな、おめえ。いっぱしの詐欺師でも、あれだけの口上を、よどみもなしにまくし立てられるヤツはあまりいないぜ。しかも都合良く子供を強調してやがる。どんだけしたたかなんだ」


「思ったことを説明しただけです。ドキドキでしたよ」


「そういうことにしといてやるよ。おいアメリ。こんど、このぼうずの腕前をみせてもらうぜ」


「しばらくはリオンはわたしの専属の助手であります。当分はムリでありますな」


「なんだよ、ケチケチ出し惜しみするなよ」



「お待たせしました。あら、ディノさん、いらっしゃってたんですか」


 ミアさんが奥から姿をあらわした。ディノさんの姿に、少し驚いていた。


「おお、ミアがぶっ倒れそうになっていたんで、ちょっと心配でな」


 ディノさんがからかうように言った言葉に、ミアさんが少し顔を赤らめる。


「ぶっ倒れそうって……。それはそうと、アメリさん、リオンさん。上司と相談してきました。わたしの判断に任せてくれるそうです」


「なんだよ、アンソニーのヤツ、自分で出てこないのかよ。逃げやがったな」


 アンソニーというのは、ミアさんの上司のことだろうか?


「そこはわたしからはなんとも……。とにかく、わたしが判断しろと言うことなので、リオンさんが申し出てくれたとおり、単独での行動は禁止、という条件で、登録を認めることにします。こちらに来てください」


 ぼくは、ミアさんとともにロビーの隅にある机に移動して必要事項の登録をする。名前はリオン、歳は八歳、出身はアトレ侯爵領(在舎生総代の金髪縦ロール美人さんの領地を勝手に使わせてもらった)、両親とは死別。なにも証明する材料はないので、ウソをそのままだ。ようするに、ギルドがリオンとしてのぼくを受け入れた、という事実が、ぼくにとっても、街を管理する人たちにとっても重要なのである。


「それでは、手続きは以上です。こちらが登録証になります。説明は必要ですか?」


 登録証は、名前と番号を彫り込んだ、ただの金属の板だ。血を垂らして、というようなこともなかったから、マジックアイテムではないだろう。そもそも、マジックアイテムだったら、ウソの登録もできないよな。


「いまは大丈夫です。必要になれば、また質問に来ていいですか?」


「いいわよ。いつでもいらっしゃい」



「おわったでありますか?」


 ずっとディノさんと話していたらしいアメリがこちらを見た。


「うん。これが登録証。ドキドキしっぱなしだったから、疲れたよ」


 子供らしさを強調しつつ、今日はもう引き上げる、というメッセージをシルドラに送る。シルドラもそれは了解したようだ。シュタッと立ち上がる。


「それでは、今日は引き上げるでありますよ」


「ディノさん、お世話になりました。失礼します」


 ぼくはディノさんに一礼する。ディノさんもこちらに右手をあげてみせる。


「おう、またな」



 こんな感じで、ぼくの裏の居場所作りでもある、冒険者登録は完了した。あとはさっさと学舎に戻って、ふつうの生徒に戻らなきゃ。

 

読んでくださった方。心からの感謝を!

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