11-21 ナターリャ・スミルノフ見参
見参、といいつつ……ほとんどは彼女抜きの話です。
翌朝、リュミエラはぼくの部屋を訪れ、拉致してきてしまったガブリエラ・クロワールから引き出した情報を説明してくれた。
ガブリエラは「英雄」、ではなく、「英雄」が表舞台に出たときにその補佐を務めることになっている存在だった。そして、それまでの間、本命の存在をごまかすためのダミーの役割も果たすことになっていたらしい。少し驚いたのは、高等学院に入学する前から「英雄」を送り出す過程は始まっていたと言うことだった。
「入学前には、十人を超える少女が同じ目的の下に教会で神への奉仕の準備として訓練を受けていたそうです。その中から五人が高等学院に入学しています。ガブリエラさんは二回生に進んだ時に、自分の役割を教えられたと言っています」
あれ? ちょっと聞いたのと話が違ってきてないか?
「五人? 三人じゃなくて?」
「実は、そこが問題です。わたくしも何度か確認したのですが、彼女は残っているのは『英雄』になるはずのフェルナンデス教務局長の二女エリザベートさまだけで、それ以外は高等学院に残っていない、と」
「え? 三人でも五人でもなくって、二人ってワケ? カデルの情報と違っちゃってるよ……」
「ええ、最後の一人、アマルフィ伯爵の四男テオドアさまについては、同学年の生徒として名前は知っているそうですが、それだけのようです。それに、最初に集められていた方たちはすべて女の子だったと言っています」
もちろん、カデルの情報であっても間違いが混ざる可能性はある。だが、彼も入手したネタを検証もせずにぼくに上げることはしないはずだ。とすれば、彼が「三人」と考える何らかの根拠が存在するはずだ。例えば、まったく違う環境で、同じ目的のために仕込まれていた、とか……。
「彼についてはもう少し調べてみよう。それはそうと、十人以上の子たちが二人になって、残りはどうしたんだろう?」
「知らないそうです。高等学院に入学しなかった方たちとは、入学する少し前から一度も顔をあわせていないとか。また、二回生になるときにはほかの三人も学院からいなくなっていたようです」
「いなくなっていた、って言っても、そりゃ退学したんでしょ?」
「普通に考えればそうだと思います。ただ、ガブリエラさんも三人が突然姿を消したのは気になったようで、学院側に聞いてみたらしいのですが、『教会でのおつとめのために学院を離れた』という回答だけで、正式に退学したのかどうかもハッキリしなかったとか。教会と接触した際にも改めて問いただしたようですが、答は得られず、そのままつい先ほどまでそのことを思い出すこともなかったと言っています」
「意味がわからない。なんでそれほど気になったことを、一年以上も忘れたままでいられるんだろ? どう考えても普通じゃないよね?」
「教会で何らかの処置をされた、といったようなことでしょうか? でも、どうやって?」
「わからないけど、忘れていたのではなく、忘れさせられていた、と考えるほうが自然だね。リュミエラが彼女の記憶を呼び戻したんだろうね。そうすると、そのいなくなった子たちは、普通には生きていない気がするなぁ」
「殺されている、と?」
「いろいろ情報を与えられていただろうから、その可能性もある。だけど、『英雄』候補として訓練するのにかけた手間を考えると、教会がガブリエラみたいに「処置」した上で、どこかで別の役割を与えられているかもしれないね」
「いずれにしても……」
「うん、うさんくさいことこの上ないよ。間に合うかどうかはわからないけど、このあたりも探ってもらうことにする」
もしかしたら「英雄」になるかもしれなかった子たちだ。物騒な役割を与えられている可能性もある。頭に置いておく必要がありそうだ。
ガブリエラ・クロワール嬢はリュミエラにつきそわれて、というかしがみついて、昼頃高等学院に戻っていった。最後まで、ぼくに対しては無機物を見るような視線を向け続けて。ちょっと悲しい。昨夜、リュミエラが彼女を「尋問」する前には、ぼくにも役割があるようなことを言っていたのだが、結局なにもしていない。
なんでもリュミエラは当初ぼくに彼女に「とどめ」を「刺させる」つもりだったらしい。言われていれば、それをイヤがるつもりはあまりないが、最後の最後で、ぼくが彼女と関係するのを見るのがイヤになったらしい。「奴隷にあるまじき勝手な行動だった」と繰り返し詫びてきた。いや、いいんだけどね。そんなリュミエラの気持ちも、それはそれでウェルカムだし。
ちなみに、彼女にしたようなことをぼくに対してもできるか、と訊いてみたら、チラッとぼくの下半身を撫でるように触ってみせた。テントは瞬間的に立ち上がった。あれはヤバい。いやマジで。男を尋問することは禁じようと思う。うん、シルドラにも役割を残さなきゃならないしね。
ガブリエラが出て行ったのと入れ替わりで、ローラ、ビットーリオ、ニケ、ヨーゼフの護衛任務組が戻ってきた。みな元気そうだが、ローラだけは、ちょっと憔悴している。
ビットーリオとヨーゼフはそれぞれにソファに座りこんだが、ニケは食べ物を求めて速攻で食堂に向かってしまう。
「終わったぁ……。アンリ、ちょっとこの荷物、部屋まで運んで!」
ラウンジに入るなりのローラ姫のご命令だ。背負っていたリュックもどきを投げてよこす。そんなに大きな荷物じゃないし、自分で持っていけよと言いたいが、依頼をムリに受けさせた引け目があるので黙って従う。
部屋に荷物を入れると、ローラがいきなりぼくに背中を向けてブラウスを脱ぎはじめた。な、なにを……、と思っていると、そのまま上半身裸に……はならなかった。脇あたりからへそ上にかけて、さらしのようにして布を巻いている。動き回るときは、こちらのほうが落ちつくらしい。
「これ、はずして」
背中を向けたままローラがさらに命令を追加してきた。もちろん、自分でやれ、なんてことを言うつもりは微塵もない。ローラにバンザイをさせると、背中から前に手を回して布の固定具を外し、そのまま布を下に落としていく。今度こそ何にも覆われていない上半身がそこにあらわれた。ローラはそのままでこちらを向くと、ぼくの首に手を回し、唇を重ねてきた。ライトなキスかと思ったが、けっこうディープなヤツ。控えめなりに厚みを増してきている胸部装甲が、ぼくの胸の上で潰れる。しばらくして唇がちょっと糸を引きながら離れた。
「ホントに疲れたんだからね」
「ごめん。そしてありがとね。バレなかった?」
「気づいてないと思う。最後まで、一度もそれっぽい話は出なかったし」
「お疲れさま。戻ろうか?」
ローラはふだんの部屋着である長袖Tシャツもどきをさっと被り、パンツを脱ぎ捨ててこれもいつもの装いである長めのスカートを身につけた。まだまだ男らしさが残ってる。あ、でもシャツの胸のところ、ちょっと硬くなった先っちょが浮き出てる。ごちそうさまです。
ラウンジでビットーリオから報告を聞いた。リュミエラはまだ戻ってきていないが、食堂から戻ろうとしないニケ以外は勢揃いしている。あ、テルマは寝てる。
護衛対象のスミルノフ司教は自身の側仕え兼護衛の女性二人だけを連れていたそうで、護衛のやり方についてはすべて任せてくれたらしい。いい客だ。あまり地位を振りかざすこともなく、休憩や一度だけあった野営の際も非常にラクだったらしい。途中で一度、ちゃちな盗賊が襲ってきたらしいが、側仕えの二人にも手を出させずに片づけたとのこと。さすがである。
「一度も話題が教会ネタにならかったのは、ありがたかったがちょっと驚いたな。魔力の強さは感じたけど、それ以外はフワフワした感じの人だった」
ビットーリオがこの数日の様子をまとめた。
「ちょっと抜けた感じでしたが、世間ズレしてないんですかね」
「いや、それはないよ。昔から本当に油断ならない人だったんだ」
ヨーゼフの印象をローラが即座に否定した。その表情は、本当にイヤそうに歪んでいる。
「いくらなんでも、魔法以外に取り柄がないような人じゃ、司教にはならないだろ。政治的には、むしろなってからその地位を維持するほうが大変なはずだしな」
「カルターナについてからの話は何か出た?」
「いや、まったく。用心していたのかもしれないが、さわりも出なかったぞ」
「そっか……。わかった。みんな、お疲れさま。そして、ありがとう。とりあえずゆっくり休んでよ」
「そうさせてもらうわ。風呂はいりてぇ……」
ビットーリオとヨーゼフがブツブツ言いながらラウンジを出て行った。エマニュエルも速攻で実験室に戻っていく。シルドラは屋台のハシゴをしてくると言って、ローザ、フレドと一緒に家を出た。ちょっとローラに気を利かせた部分があるかもしれない。
テルマ以外の姿がなくなると、ぼくと同じロングソファに座っていたローラが身体を寄せてくる。爽やかなローラの香りにほんの少しの汗を加えた微妙な刺激がが鼻をくすぐる。テルマは依然として寝たままだが、最近はみな、寝ている彼女のことは気にしないし、彼女もこちらを気にしない。さすがに最後までしようとは思わないが、ローラを抱き寄せるべく腕を回しかける。
……突然、テルマがガバッと跳ね起きた。慌ててぼくは腕を戻す。
「……結界が破られる……」
なんですって!?
テルマは知る人ぞ知る同世代魔族最強候補だ。当然、そのテルマが展開する結界の強度はハンパない。知る範囲で破る可能性があるのはタニアぐらいじゃないか? だが、タニアは結界通過承認済みだ。
「誰?」
ちょっとシャレにならない危機? ここを襲撃される可能性なんて、考えたことなかったぞ?
「属性の相性が悪い。少しずつ削られてる」
テルマの表情が戦闘モードへの移行が進んでいることを示している。ぼくらも武器を手もとに引き寄せて身構え、ゆっくりとエントランスのほうに進む。
「破られた」
最悪のニュースをテルマが伝えてくる。凍りついたような時間がしばし流れたあと、ドアがゆっくりと開きはじめる。それと同時にテルマの魔力がふくれあがった。ぼくとローラも、剣を握る手に力を込める。
ドアが開いた。姿を見せたのは……両手を上に上げた妙齢の女性だった。二十歳過ぎぐらいだろうか。非常にソフトな印象の顔立ちで、あまり緊張感のない表情だ。教会の式服を身につけているが、その胸は破壊的な盛り上がりを見せている。と、ローラが剣を取り落とした。
「ナタ……、スミルノフ司教!?」
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