11-20 リュミエラの心
7月は死ぬほど忙しく、そのダメージで8月は心身ともに調子が悪く、執筆が著しく滞ってしまいました。楽しみにしていてくださった方、申しわけありません。8月はただ調子が悪かっただけでなく、調子が悪いのに上司のスケジュールとの関係で休めなかった、というのがいちばん効きました。
9月11日から二週間弱休暇で、また執筆が遅れそうなので、それまでできるだけ更新したいな、と思っています。
リュミエラがシルドラとともに、ぼくが拉致したガブリエラという少女を連れて別室に下がり、エマニュエルが別棟の研究室に行ってしまったため、そこそこ広いラウンジにぼくは一人残された。ロングソファにごろっと横になる。
(ちょーっと早まったよなぁ、どう考えても……)
教会に伝手はなく、時間もそんなに余裕がない以上、どこかで力技が必要になった可能性は高い。その時に同じ行動になっている公算も低くないだろう。だが、後先考えず、というのはいかにもマズい。これまで「考えるより動く」で結果オーライだったことが多いから脇が甘くなっていたかもしれない。ここから先、茶々を入れることになるイベントのスケールは大きくなっていくだろう。一つ一つの動きに慎重さが求められていくことは間違いない。
(リュミエラとシルドラにツケを回しちゃった形だ。反省、だな……)
いつしかぼくは、フワフワとしたまどろみの中に落ちていった。
「アンリ様……リュミエラが呼んでるであります……」
シルドラのいくぶんフラットな声でぼくは目を覚ました。窓の外を見ると、もう外は夜の闇の中だ。ぼくに声をかけたシルドラのほうをみると、彼女は感情のようなものが抜け落ちた、声のトーンと同じようなフラットな表情をしている。少し魂のようなものが出ている感じだ。
「あ、シルドラ、どんな感じ?」
「……一段落したであります」
「なにかあった?」
「わたしは、今後尋問や拷問のたぐいから手を引かせてもらうかもしれないであります……」
シルドラはわりと拷問大好きっ子だ。そのシルドラがこんなことを言うのは異常事態と言ってよい。
「どうしたのさ、シルドラらしくない。シルドラから拷問を取ったらなにが残るの?」
ちょっとだけ煽ってみるが、反応は薄い。
「リュミエラは自分の部屋であります。わたしは少し疲れたであります」
ちょっとフラフラした感じで彼女はソファに崩れ落ちるように腰掛けた。これはますます尋常じゃない。
(とりあえず、行ってみるか。この感じだと、状況が悪化したってワケじゃなさそうだし……)
「リュミエラ、入るよ?」
声をかけてリュミエラの部屋のドアを開けると、彼女はいつものとおりスキのない立ち姿でぼくを迎えてくれた。開いた窓から風が吹き込んでくる。一気に換気されたにもかかわらず、部屋の中の空気は少し湿っぽく、ちょっと女性っぽい香りが満ちすぎている気がする。シングルソファにはガブリエラが座っているが、その姿には力はなく、肘掛けにもたれかかっているような姿勢だ。シャツの襟元が少し乱れている。頬は紅潮して、瞳は潤んでいる。全体として、なんかこう、エロい感じだ。
「えっと?」
「……少し彼女と話をさせていただきました。おそらく、ご存じのことについてはあるていどお話を聞かせていただけるかと思いますが……」
「あ、そうなんだ。ありがとリュミエラ!」
うまく尻ぬぐいをしてくれたらしいぞ。さすがリュミエラだ!
「あ、それでですね……」
なにか言いたいことがあるらしいが、ぼくもちょっと安心感から気が急いている。
「えっと、ガブリエラさん、だったっけ? すこし話して……」
ガブリエラの前にしゃがんで彼女を見上げるように話しかけたぼくは、彼女のぼくに向ける視線に思いっきりさらされ、メンタルに深い傷を負った。
美少女が自分にむける「ゴミを見るようなまなざし」を、一部の人はご褒美と感じるそうだ。ぼく自身の感性はそれとは少し方向性が異なると思っているが、理解はできているつもりである。そういった視線のウラに潜む感情は「嫌悪」だ。ネガティブな感情ではあるが、感情のこもったアクションであることには違いはない。相手が自分という存在に影響を受けている、ということのあらわれなだと思っている。そしていま、ぼくはその考えの正しさを再認識させられている。
ガブリエラがぼくに向けた視線は、完全な無関心。彼女にとってのいまのぼくは道ばたの石ころや部屋の椅子と同列で、ぼくの問いかけに対して、「道ばたの石ころがなぜ自分に問いかけてくるのか本当にわからない」というリアクションを返しているのである。そのなんの感情も含まれてない「単純な疑問」は、ぼくから先を続けるいっさいの言葉を奪い去った。
「……」
茫然としたぼくの前で、リュミエラが彼女の頬にそっと手をあてる。リュミエラに移した視線には、直ちにポジティブに振り切った感情が宿る。頬の紅潮も、いくぶん強くなった感じだ。
「ガブリエラさん、淑女は礼儀をわきまえないといけません」
「はい、リュミエラ様」
彼女はリュミエラの言葉に素直に応じるが、だからといってこちらに視線を向け直すこともない。ただリュミエラを見つめ、頬にあてられた手を自分の手で包み込む。
「リュミエラ……?」
「アンリ様、いまご説明しようと思ったのですが、ガブリエラさんは、主にわたくしに心を開いてくださっている状態です。おいおい直接お話しいただく機会はあるかと思いますが、とりあえずはわたくしからいろいろ話を伺うことにさせていただければ、と……」
リュミエラは少しだけ申し訳なさそうな表情で言った。要するにそういうことだ。
「あー、それじゃお願い……」
ぼくもいくぶん魂を抜かれたような状態のまま、リュミエラにいくつか関心事項を伝えて部屋をあとにし、フラフラとラウンジに戻った。シルドラは依然として座りこんでいる。
「あー、シルドラ、話を聞かせてくれる……かな?」
「どうもこうも、見たとおり、想像するとおりでありますよ……。あの娘は、もうリュミエラに魂を完全に奪われた虜であります」
「なんでそういうことになるのさ?」
「それも想像のとおりでありますよ。あれだけ何度も追い詰められれば、人間の心の障壁などとても保っていられないであります。わたしの拷問なんかより、遙かに効率的で確実であります」
ちょっとその場面を想像して、こころなしか前屈みになる。シルドラがイヤな感じの笑みを浮かべた。ただ、それで彼女も少し落ちついたようで、座る姿勢に力が戻ってきた。
「なんでリュミエラがそんなことできるの?」
「彼女の持って生まれたものと、あとは努力でありますな」
「というと?」
「『聖女』を演じたときに、リュミエラがどれだけ人の心を自分に向けるのがうまいか、思い知らされたでありますな。そういう彼女が、心を身体ごと自分のほうに引き寄せる技術を身につけた、ということでありますよ」
「技術って、どういうこと?」
「あれは本来人間の使うワザではなく、魔族、それも淫魔族の特技であります。相手の身体に魔力を通して、それで弱いところを身体の内側からも責めると、外側からの刺激だけのときよりも遙かに厳しく追い詰めることができるのであります。もちろん、指先と同じくらいの繊細さで魔力を操れれば、の話で……なにを興奮してるでありますか?」
ぼくは思わず、もう一段階前傾を深めていた。
「ど、どこでそんなステキな荒技を……」
「同性から見ると、とてもステキとは言えないでありますが、リュミエラはときどきバルのところに行っていたであります。そこで魔族から教えを受けていたんじゃないかと思うであります」
「なぜそこまでしたんだろうか……」
「こう言ってはなんですが、リュミエラの戦闘能力は自衛の延長線にあるであります。普通の人間に比べればじゅうぶん高いでありますが、このさき戦闘の中心にいられるかというと微妙でありましょ? 自分の力がなにに適していて、それをどう活かすかは、リュミエラも悩みどころだったはずであります。要するに、彼女なりにどうアンリ様の役に立てるか、考えた結果だと思うでありますよ。アンリ様も幸せ者でありますな」
シルドラはそう言って、ニヤリと笑った。
彼女の言ったことは大半想像だが、おそらく当たっているのだろう。リュミエラはぼくの役に立ちたくて、戦闘ではそれが難しいと考え、別の方向に足を踏み出し、おそらくはたいへんな努力をして技術を身につけてくれた。それは、彼女の立場が奴隷だから、ということでは説明にならない。それだけぼくに強く寄り添おうとしてくれている彼女に、このさきぼくが応えつづけていけるのか。いや、いけるのか、ではなく、いかなきゃならない。彼女を従えているぼくの、それは義務なのだろう。頑張らなきゃ。
でも、それって相手は女性限定なのかな? ちょっと試してほしいような、怖いような。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




