表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

129/205

11-19 成り行きの拘束

少女→動揺しています。

アンリ→動揺しています。


でも、展開にいちばん動揺しているのは作者だという……。

(ヤバいヤバいヤバい……)


 目の前の少女はいま、ぼくのいきなりの迷言に確かに激しく動揺しているように見える。しかし、自分が吐いてしまったセリフが招きかねない結果に、自分自身も激しく動揺していた。


(バカじゃねえの、ぼくって?)


 ぼくが言ったセリフの効果は、おそらく狙いどおり相手を動揺させるものだったかもしれない。だが、その動揺から立ち直ったとき彼女はどうするか? 仮に彼女が実際に教会が仕立てた「英雄」だったとして、いきなり物騒なセリフをぶつけてくるぼくと真っ向から対峙するとは限らない。仮に彼女がただこの出来事を教会に知らせることにした場合、ぼくは教会に追われる立場になる。たしかにぼくにはそれなりの強さはあるし、助けてくれるであろう仲間もいる。すぐに詰むとは思わないけど、歴史の中に身を隠すためにぼくがいままでしてきたことを、すべて台無しにしかねない。少なくとも、それなりに影響力のある教会がぼくを本格的に追いかけたら、カルターナに今のまま居つづけることはできないだろう。


 すべては、ぼくの脳が思った以上にラノベに毒されていたせいだ。よくある展開として、こういう状況で美少女に対して相手の意表を突く言葉を投げかければ、その言葉がいくぶん物騒なものであっても、なぜかその美少女は自力でその真意を探ろうとする。場合によっては、探る過程で相手に対する関心が恋愛感情まで発展してしまったりする。


(んなわけないじゃん……)


 人が抱く感情として、「好き」の反対は「嫌い」ではなく、「無関心」だ。相手に関心があるから、その言葉の真意を知ろうとする。その関心が、プラスであろうともマイナスであろうともだ。ぼくと彼女は初対面で、彼女にぼくに対する関心があろうはずもない。ぼくの言葉の真意も、どうでもよいだろう。もちろん、真意もなにも言葉そのままの意味ではあるのだが……。




「それは、『英雄』を殺すつもり、ということかしら?」


 しばしの沈黙のあと、目の前の少女は抑えたトーンで尋ねてきた。目は鋭くぼくを見据えている。


 一方、ぼくはと言えば、戸惑いが臨界点を超えて開き直りのプロセスに入りつつあった。それによって、逆に頭が少し冷えてくる。

 彼女が漂わせはじめた気配は、殺気の一歩手前の剣呑なものだ。確かにぼくは彼女に対してちょっとアプローチを間違った。それは認める。だが、この気配は早すぎる。曲がりなりにも「英雄」という看板を背負う存在であれば、ぼくを警戒させないためにも、この場面ではもう少し余裕を持ったスタンスが必要だろう。それができなければ、「英雄」など名乗っていけるはずがない。彼女の変化の早さは……そう、どんなスキも与えないという護衛のそれだ。どうやら、読みは外れていたらしい。


 いずれにせよ、ここまで雰囲気がこじれた以上、二人仲良くこの部屋を出ることはできないだろう。覚悟を決めたほうがよさそうだ。


「えっとね……」


 ヘラッと笑いながら少しずつ魔力を身体に行き渡らせはじめる。幸いなことに部屋は広くないので、うしろを取られるリスクは少ない。ぼくと少女を隔てるテーブルはけっこうしっかりした作りなので、ぼくに肉薄するためにはテーブルを飛び越えるか回りこむ必要があるだろう。


「そういうことも、なきにしもあらずかな……って」


 少女がスカートの下の右脚に装備していた小剣を引き抜きながら、左手をテーブルにつこうとする。瞬間、あらわになった彼女の美脚に気を取られそうになったが、気を引きしめ直した。あぶねええ。

 位置をずらして立ち上がりながら強化された視覚で左手に体重が乗る瞬間を見極め、タイミングを計ってテーブルを思いきり蹴りつける。彼女がバランスをわずかに崩して前のめりになった。長い黒髪が首のところで割れ、細い首筋がすぐ目の前であらわになる。ぼくは力の入れすぎに気をつけながら、そこに手刀を落とした。

 崩れ落ちる彼女の身体を受け止める。思ったよりも軽く、柔らかい。ぼくの顔を彼女の髪が撫で、シャンプーみたいな香りがぼくの鼻腔を刺激した。




「さて……」


 部屋にはぼくと、意識を失った女の子。床にはテーブルから落ちた茶器と菓子が散乱している。単刀直入に言って、シャレにならない状況だ。いま誰かにここに踏みこまれたら、ぼくは非常にまずい立場に追い込まれるだろう。貴族が個室を使っている場合は、客側から呼び込まれない限り店のものは入ってこない。この時代の不文律がギリギリのところでぼくを救っているが、それもしばらくの間だけだ。


(テルマさーん、ちょっと来てもらっていいですか?)


 テルマはここには来たことがないだろうから、直接転移することはできないはずだが、きっとなんとかしてくれる。


 待つこと数十秒。


「なに?」


 やはりなんとかしてくれた。しかも、目の前の状況にも表情を変えない。さすがだ。


「この子、うちまで連れていって拘束しておいてもらえますか? それと、ヘレナさんに彼女になってもらってここに連れてきてほしいんですけど、いいですか?」


「わかった」


 テルマはひとこと応え、けっこう身長のある少女を軽々と肩に抱えて姿を消した。本当に頼りになる人だ。人じゃないけど。




 テルマがヘレナさんを連れて戻ってくるまでが、だいたい半時程度。そのあいだに、ぼくもおおまかにこのあとの行動プランをまとめていた。もっとも、プランと言うにはあまりにも行き当たりばったりのものではあったのだが……。


「アンリ様、こんな感じでよろしかったでしょうか?」


 目の前には、さきほどまでぼくと向かい合ってお茶していた少女がいた。服も同じ、ということは、今ごろあの少女はうちであられもない姿にされているのだろう。


「ヘレナさん、完璧です。彼女は意識を戻しました?」


「ええ。リュミエラさんから、こちらを預かっています。門衛にわたして、クロワール本家で急用が持ち上がった、と伝えれば、数日の外出は問題ないはずだと」


「名前、確認できたの?」


「ええ、しばらく抵抗されていたようですが、リュミエラさんが少し話をされて、クロワール子爵の次女でいらっしゃるガブリエラ様、ということまでは聞き出せたと」


 渡されたのは、なにやら押印のついた封筒だった。想像するに、これはクロワール子爵家の印だろう。ほんの半時で名前を聞き出すまで相手を懐柔し、このような偽造文書をでっち上げるとは……。ドルニエの貴族の印と署名はすべて把握し、偽造可能と言うことだろう。リュミエラがどんどんびっくり箱になっていく。 


「了解です。それじゃ行きましょうか」


 ぼくはヘレナさんを席に座らせた上で店の人間を呼び、部屋を荒らしてしまったことを詫びた上で代金と茶器の弁償分に色をつけて渡すと、何も問わずに下がっていった。たぶん誤解はしているだろう。

 店を出て高等学院まで学院の馬車で戻ると、そこには御者席にヨーゼフを乗せたうちの馬車が待機している。門衛とヘレナさんがひとことふたこと話し、すべて問題なくおさまった。ぼくの勇み足で自体が混乱したはずなのに、ギリギリとはいえ無事にここまでを乗り切っている。ぼくは馬車の揺れに身をまかせながら、自分の周囲の人たちの有能さに深く感謝した。




 拠点に戻ると、ラウンジにはリュミエラ、シルドラ、エマニュエルと、護衛任務から戻っていないローラとビットーリオを除いたコアメンバーがいた。ヘレナさんは到着と同時にテルマと一緒に魔族領に戻っている。


「で、アンリ様、いきなり荒技に出てしまったようでありますが、どうするつもりであります?」


 シルドラが発したのは当然の疑問である。ぼく自身、つい一時くらい前はこんなことをするつもりはなかった。だが、サイは投げられてしまったのだ。行けるところまでは逝く、いや行くしかない。


「どうするかは、これから考える。でも、こうなっちゃった以上、ガブリエラには情報源になってもらった上でこっち側のコマとして動いてもらわなきゃならないよね」


 ぼくは彼女と出くわしてから意識を刈り取るまでのやりとりをかいつまんで話したのだが、締めくくったときには、一同のため息がぼくのメンタルを激しく削った。


「アンリぃ、行き当たりばったりも度が過ぎてるよ」


 エマニュエルは完全に呆れはてている。まあ、ぼく自身が自分にあきれていた位なので、やむを得ない。


「それで、情報を聞き出すにも、どうするのでありますか? 拷問でありますか?」


 シルドラはちょっと顔に期待感が浮かんでいる。


「エマニュエル、いい感じの薬かなにかは……?」


 チラッとエマニュエルをみると、彼は首を横に振った。


「壊すつもりならいくらでも可能性はあるけどね。そのあとにこっち側に寝返らせることができるような便利な薬はないよ」


 ですよねぇ……。




「アンリ様、とりあえず今晩はわたくしにお委せいただけませんか?」


 一同がしばらく考えこんだところで、突然リュミエラが言いだした。


「なにか策が?」


「策と言うほどのものではありませんが……皆様にお考えがないのであれば、少し試してみたいことがございます」


「どうするの?」


「それはのちほど……。少なくとも、状況を悪化はさせないつもりです」


 ぼくはちょっと頭をめぐらしたが、今すぐに試せる妙案はない。リュミエラが状況を悪化させないと言うならば、それは信じよう。


「わかった。報告はお願いね」


「いえ、最後の段階ではアンリ様のお力も借りることになるかと思います。夜中になるかもしれませんが……」


 ますますわからん。


「それからシルドラさん、少しお手伝いをお願いしても?」


「リュミエラ、まさか……?」


 シルドラの驚いたような問いに、リュミエラはすこし顔を赤らめながら頷いた。それをみたシルドラは、なぜか嬉しそうな表情になる。うーん、気になってしょうがないぞ。



お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ