11-18 化かし合い
久々のストイック展開です。ところどころ将来のちょいエロの布石があるように考えるかたがおられるかもしれませんが、気のせいです。
「ここの生徒……じゃないわよね? 父兄、という感じでもないし……。わたしの記憶だと、部外者はこの時間、学院の敷地への立ち入りはできないはずだけど?」
ぼくの目の前のかっこいい女生徒は、微笑を浮かべたままストレートにぼくに問いかけてきた。声をかけてきたその瞬間は、たたずまいが一瞬ローリエ時代のローラとカブって見えたのだが、正面から向き合ってみるとまるで違う。髪は短く長身でボーイッシュではあっても、物腰も醸し出す雰囲気もハッキリ女の子だ。出るべきところ、くびれるべきところのメリハリがすごく効いているところも違う。女の子として女の子にもてるタイプ、というのだろうか。宝塚あたりにいそうだ。
どう対応しようか考える。とにかくごまかすのが正攻法だろうが、ぼくの第六感は、「ごまかしきれない」と告げていた。目の前の少女は、自然に他人の関心を自分に引きつけるリュミエラとは違う、力づくで場を支配してしまうタイプの人間だ。普通に会話していると、間違いなく相手の術中に嵌まる。なにしろ、ぼくは性格的には生粋のモブで相性は最悪なのだ。むこうからすれば、嵌めるためにいるような人間と言えるのだからね。
「ちょっと人を探していてね。ここにいれば見つかるはずなんだ」
ぼくは積極的にカードを切っていくことにした。組み手争いで探り合いをするつもりの相手の機先を制するには、スキを見せないよう最小限の注意を払いつつ、いきなりの大技で体勢を崩すべし。
「へえ、誰を? ここは気持ちのいい場所だけど、あまり多くの人が通りかかるところじゃないと思うわよ?」
動じた様子はないが、話をこちらの土俵に持ってくることには成功したらしい。
「友達ととりとめもない話をするより、ここで一人で時間を過ごすことを選ぶような人、かな」
わかるようなわからないような言葉を返しながら、ぼくは離脱のタイミングを計る。ここに来る平民出身の貴族の養女、ということでぼくが前世テンプレ的に思い描いていたのは、ちょっとオドオドして他人の目にさらされるのを苦手とするタイプの子だ。決していま目の前にいるような、他人の目を強引に集めてしまうような、「持っている貴族令嬢タイプ」の子ではない。こういう子が先にこの場所を支配してしまえば、テンプレさんはここには来ない。せっかく来てみたが、今日はハズレ、ということだ。だとすれば長居は無用。
「それはひょっとして、わたしのことを言っているの? 初対面だと思うけど?」
およ、振り切れなかったか。ちょっと相手が土俵に慣れてきたかもしれない。早く場を乱して立ち去らないと、彼女のペースになってしまう。
「どうだろう? きみが英雄の候補ならそうかもしれないね。じゃ、これで失礼するよ」
もう一枚カードを切ることでもう一度出鼻をくじく。この一撃には彼女も一瞬言葉を失い立ち尽くす。そのすきに、ぼくは遠くに見える正門のほうに歩き出した。
「ひょっとしたら、あなたの人探し、手伝ってあげられるかもしれないわよ?」
立ち去りつつあったぼくの背中越しに声がかかった。これで逆に答えが出た。予想していたタイプとはずいぶん違うが、おそらく彼女が第三候補、クロワール子爵の次女ガブリエラだ。収穫ゼロかと思ったが、なんとか帳尻が合った。ここで体勢を立て直そうとするのはすごいが、それに気をとられると脇が甘くなる。
「やめたほうがいいんじゃないかな。お互いに不愉快な思いをするかもしれないしね」
言っていて顔から火が吹き出そうなセリフだが、なんとか噛まずに言えた。
「その時はその時ね」
いったん崩れたガードは完全には戻らない。ひび割れた部分から吹き出てしまう好奇心、というところだ。接する相手を自分のコントロール下におくことに慣れたものは、それに失敗したときに脆くなる。
……とかいって、やだね、オッサンって。相手の心理を読み切って翻弄してるつもりになってやがる……って、ぼくのことだよ! なんのことはない、バクチがあたってうまい方向に転がっただけじゃん。ああ、ちょっと自己嫌悪。
「なら一緒に来てくれる? きみの読みどおり部外者なんで、長居はしたくないんだ」
彼女は立ち止まり、アゴに指を当てて考えこんだ。ちょっとムカつく。だいたい、ほんとにアゴに指を当てて考えこむヤツなんてそうはいない。たまにいても絵面はこっけいだ。このポーズがサマになってしまうこの子に嫉妬しているだけなのだけどね。そういえば、むかしローラがローリエだったときに、ときどきこういうポーズをしていたな。その時も、軽くムカついた記憶がある。
「あまり遅くならなければ……と言いたいところだけど、そう言うとあなたは『別に来なくてもいい』というのでしょうね。わかった。ご一緒するわ」
言おうと思っていたセリフを先取りされ、ぼくは返事をせずに正門の方に再び歩き始めた。言葉どおり、うしろに気配を感じる。門を出るときには、門衛になにか合図をしたみたいだ。門衛の反応を見ると、見とがめる必要なし、というメッセージだろう。どうやら、彼女は完璧に体勢を立て直したようだ。ここから先は、より気を引き締めねばなるまい。上から目線で余裕などかましていたら、足をすくわれかねない。
「……気を使わせて申し訳ない」
いま、ぼくは高等学院公用の馬車の中で、目の前の少女にひたすら頭を下げている。
学院の外に出たはいいが、ぼくはそこからの交通手段を用意していなかった。学舎より街の中心部に近いとはいえ、市街地まではけっこうある。一瞬立ち尽くしている間に、これから丁々発止の勝負をしようとしていた相手に、寮生や教官の外出用の馬車をカッコよく手配されてしまったのだ。
「気にしないで。どうやってここに来たのか、少し気になるけど」
足をすくわれるもなにも、自分で勝手に場外に出てしまったも同然である。ここからの逆転は、正直かなり厳しいと言わざるを得ない。
「で、どこに行けばいいのかしら?」
逆に、彼女は薄く笑みを浮かべている。
「商業区の南、ファロンっていうカフェにお願いします……」
ファロンというカフェ、ぼくは名前と場所を知っているだけで使ったことはなかった。アシがつかないようになじみの店は避けたわけだが、彼女は何度か入ったことがあるらしく、馬車を降りると前に立って店に入っていった。
「さて、あなたの言うとおりここまで一緒に来たわ。英雄さんについて何を話してくれるのかしら?」
案内されたのは、店の奥の個室だ。三角のテーブルでぼくの右側に座った彼女は、左側、つまりぼく側の肘掛けに身体をあずけながらぼくに問いかけた。その姿勢をとると、ぼくより少し身長が低いだけの彼女の顔が予想外にぼくの近くに来る。笑顔は少し妖しさを帯び、胸の下に回した右腕が戦闘力充分の胸部装甲を盛り上げる。主導権は帰ってこない。しばらくは耐える時間になる。
「マリーエン教会が英雄になる人物を見いだした、という噂を耳にしたんだ。その英雄候補が高等学院にいるらしい、というおまけ情報と一緒にね」
「まさか、そんなあやふやな情報をそのまま信じて、無断で学院の敷地に入ったのかしら? 無断侵入者はそのまま近衛騎士団に引き渡されて即決裁判よ。割に合わないと思うんだけど?」
「いつも正確な話を教えてくれる人から聞いたからね。よほどのことがない限り信じることにしてる」
「ふーん、まあ、それはいいとしましょう。身のこなしからして、あなたも貴族社会の人なのでしょう? 学院に伝手ぐらいあるでしょうに、どうして無断侵入までして自分で乗りこんできたの?」
そろそろ話の流れにくさびを打ちこんでみよう。このまま流されているわけにもいかない。
「それは、そうしたかったから、としか言いようがないね。それより、ぼくがまず話すべきことは話したよ? 次はきみの番じゃないかな? どうして、自分がぼくを手伝えるかもしれない、と思ったの? ぼくの言った、学院にいる英雄候補に心当たりがなければ出てこない言葉だよね?」
ここは、積極的に明らかにするような情報じゃない。こればかりは、彼女がぼくをひきとめるために口をスベらせた部分だったはずだ。
「そうね。確かにわたしは、あなたの探している情報に心当たりがあるわ。それは認めましょう」
迷っていたようだがそこで止めるか。簡単にはいかないな。
「では、英雄候補が存在する、ということを、きみはどうやって知ったのかを教えてほしい」
彼女は口もとを手で押さえつつおかしそうに笑った。その指は白く細く、美しかった。
「それは順番が違うわね。わたしがそれをどうやって知ったのかを話すかどうか、あなたをどう手伝うのか、それとも手伝わないのか、それはすべて、あなたがなぜ英雄候補を探しているかを聞かせてもらってからでないと決められないことじゃないかしら?」
正論である。もとから、これだけで素直に彼女が話すとは考えていない。これでペラペラと話しはじめるようなら、人を選ぶ目を含めて教会のレベルが知れるというものだ。ぼくが早めに引き出したかったのは、この彼女の「なぜ」だ。
「ぼくが英雄候補を探すのは、見つけ出して消えてもらうためだよ」
ぼくは顔を彼女の方に向け、正面から彼女の目を見て言った。グッと近づいた彼女の口もとから、息を呑む音が聞こえたような気がした。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!
真の英雄候補バーサス偽英雄候補(仮)の会話対決です。でも、なんとなくアンリのほうが偽英雄っぽく見えてしまうのは、わたしだけでしょうか……?




