11-17 高等学院
ちょいエロはもう終わりだと宣言したはずなのに……。なぜ抜け出せない!
目が覚めた。しかし、あちこちの筋肉が凝っているうえに、上からの圧迫感で自由がきかない。窓の外は早朝の明るさだ。上を見る。
(よく知っている天井だ……)
そう、ここは拠点のラウンジだ。記憶も蘇ってくる。ぼくは昨日、寝室には戻らなかった。ぼくが寝ているのはラウンジのロングソファ。どうりで身体が凝り固まっているはずだ。そして、上からの圧迫感の正体はリュミエラ。夕べ、急に身体の力を失った彼女を受け止めたぼくは、疲労困憊の中でそのままソファの上で眠りに落ちてしまったのだ。
「リュミエラ、起きて」
リュミエラの耳もとで囁きかけると、彼女はうっすらと目を開くが、そのまなざしはトロンとしており、目元の涼やかないつもの彼女はどこにもいない。
「うぅ……アンリさまぁ……おはよう……ございます……んんっ」
リュミエラがぼくの頬を両手で挟み、唇をぼくの唇に押しつけてきた。細い金色の髪がぼくの顔を撫でる。胸に押しつけられている彼女の柔らかいものが微妙に形を変えて非常にヤバい。だが、ここで流されてはいけない。ラウンジにはいつ誰が入ってきても不思議はないのだ。
「リュミエラ、片づけないと……」
ぼんやりしていた彼女の目に光が急に宿り、ガバと身体を起こしてあたりを見回す。カルターナ中を見てもそう並ぶ者はいないであろう、みごとな胸部装甲がぼくの目の前で揺れる。
「も、申しわけありません!」
ラウンジには、ぼくとリュミエラの服や下着があちこちに脱ぎ散らかされている。確信はないが、室内にはあまり他人に感じてほしくない、すぐにそれとわかる香りが満ちているはずだ。
リュミエラはパッと起き上がり、昨日着ていたシャツだけを羽織ると、すばやく床の上の衣類を拾い上げ、すべての窓を開けてからラウンジを駆け出て行った。
「あれ、ぼくはこのまんま?」
素っ裸のぼくの独り言には、誰も応えてくれなかった。
「今日は、どうされますか? まだ学舎に届けている帰着日にはすこし余裕がありますが……」
スッキリとよそゆきモードになったリュミエラが尋ねてきた。ラウンジではエマニュエルとローザがそれぞれにお茶を入れてくつろいでいる。ローラと違って、どれだけ乱れたあとでも、人前に出た彼女はいっさいのスキを見せない。このあたり、十年にひとりと言われた、社交界を泳ぐ貴族の女性としての才能と言えばいいのだろうか。そして、それを見るたびに彼女を乱したくなるぼくは、やはり手玉にとられているのだろう。ええい、心の中のオッサンの存在が憎い。
それはともかく、どうしたものだろうか。ビットーリオやローラが帰ってくるまではもう一日か二日。それを待って今日くらいゆっくり心身を休めてもよいのだが、残りの日数を考えると少しもったいない。
「テルマは今どこにいるかわかる?」
「ここ」
一瞬あとに聞こえてきたその声は、ぼくの真後ろからだった。
「うわあ!」
「なにか用?」
ぼくの驚きなどまったく意に介していないように彼女は尋ねてきた。こっちは、まだ心臓がバクバクいってるんだぞ。
「あ、あのさ、高等学院っていうところに潜り込んでみたいんだけど、できるかな?」
テルマを除く全員から「えっ?」という声が聞こえたような気がしたが、肝心のテルマは表情をまったく動かさない。
「それがどこかは知らないけど、問題ない。場所だけ教えて」
そうか、知らないのに問題ないんだ。すごいという感想しか湧かない。
「アンリ、さすがにそれは危険じゃないかい? 学院自体がそう広くないし、学生の数も学舎に比べても少ないから、部外者がウロウロしていたらすぐに見とがめられるよ?」
エマニュエルの指摘は正論だ。高等学院は確か、一学年が五、六十人で三学年。日本の私立の中学校や高校でいえば一学年におさまる人数である。そして、ほとんどの学生が貴族の子女だから、みな積極的に人脈を広げようとするだろう。全員が顔見知りだと思って間違いない。ただ、狙いを絞れば悪いアイデアではないはずだ。
「ひとり、英雄候補で変わった経歴の子がいるんだよ。その子は、あまり人が集まらない場所にいることが多いんじゃないか、と思ってるんだ。そういう場所を狙ってうろつけば、そんなに目立たないんじゃないかな」
カデルの報告の内容は、まだ誰にも明らかにしていない。みんなからすれば、ぼくが何を言っているのかサッパリだろう。だけど、まだ情報を共有するタイミングではない気がする。知ってもなにもできない情報は、知らないほうがいい。
「どうしても行かれますか?」
リュミエラがぼくの意思を確認してきた。翻意をうながしても無駄だということを感じたのだろう。
「行くだけ行ってみる」
「わかりました。それでは少しお待ちください」
リュミエラはそう言い置いてラウンジを出て行った。ほどなく、少し大きめの紙を持って戻ってくる。地図みたいなものみたいだ。
「念のために作っておいた高等学院の見取り図です。人があまり集まらないところといえば、校舎裏のこの森、外れにある池、それから寮の周辺でしょうか。転移されるのでしたら、森の、校舎と反対側の外れのあたりがよろしいでしょう」
「ん、わかった」
無表情でテルマが頷いた。
「校舎に囲まれた部分は中庭となっていますが、人の行き来はそれなりにありますし、校舎内からも見えるので、避けたほうがよろしいかと思います」
うーん、中庭というのはそれなりのスポットなんだが、人目につきすぎると確かにマズい。今回はあきらめたほうがいいか。しかしリュミエラ、あいかわらずグッジョブ過ぎる。
「それから、学院には決まった服装はありませんが、服装規則はございます。お出向きになる前に、それに沿った服を入手すれば、多少は人目をごまかせるのではないでしょうか」
さらにグッジョブだ。ぼくはリュミエラにグッと親指を立てて見せたが、なぜか彼女はスッと目をそらした。どうしたんだろう? ま、いいか。
「了解。適当な服を買いに行こう。一緒に行ってくれる、リュミエラ?」
「もちろん、お供させていただきます」
辻馬車で商業区に出たぼくとリュミエラは、何度か利用したことのある高からず安からずの洋服屋に入った。主にリュミエラが時間をかけてあれこれ検討している。
この世界の洋服屋は、一定以上の品質と値段のものはオーダーメードが基本で、ぼくに合うサイズのものが出来合いで手に入るのは、その店のレベルくらいまでだ。右を向いても左を向いても貴族の子女である高等学院の学生は、まわりの目もあるから当然オーダーメードで高品質のものを作るので、ここで買うものでも当然質的に見劣りする。そのあたり、子供といえども目の肥え方をバカにはできないのだ。リュミエラが納得するものに巡り会うまで、前世時間にして二時間近くを要した。
店を出るとちょうど昼食時になったので、戻る前に食事を済ませていくことにした。ちょっとお高めの店に入ることにしたのだが、店のものとリュミエラがなにやら言葉を交わし、ぼくらは個室に通された。ぼくは肉料理、リュミエラは野菜を中心にしたメニューを選ぶ。彼女は肉も魚も好きなのだが、ときおり野菜ばかりの料理をとるのは、やはりダイエット的な何かなのだろうか。
「ところでさ、さっきこう親指を立てたら目をそらしたよね。なんで?」
「え?」
なぜかリュミエラは完全に固まった。
「え? え? 何か変なこと言った?」
「いえ、変なことでは……。本当にご存じないのですか?」
「だから何を?」
リュミエラのよそゆきモードが急に崩れ、頬が真っ赤に染まっていく。
「わ、わたくしったら……」
「どうしたのさ? 親指を立てるのって、少し下品だけど『よくやった』って意味じゃないの?」
「お、お気になさらないでください。問題ありませんから」
ここまできたらあとに引けないよな。
「いいから教えて」
「あの……殿方が女性に向かってあのように親指を立ててみせるのは……交わりの打診といいますか……。本当はもっと目立たずにするものですが……みなさんから見えない角度でしたし……てっきり……」
なんてことだ! ぼくはラウンジでみんなのいる中で堂々と「やらないか」と言っていたというわけだ。あれ? 彼女はいまこの時までその気で? まさか、この個室もそういうこと?
「だ、だって、普通に考えれば時間もないし……」
「……アンリ様、主のどんな望みにも応えるのが、愛玩奴隷のつとめですよ?」
少し開き直ったのか、ぼくが慌てているので逆に落ちついたのか、リュミエラは悪戯っぽくそう言った。そしてぼくの手を取り、高く盛り上がった自分の上着の胸元のあわせの下に導く。そこには下着の感触がなかった。
少し時間をかけた食事のあとテルマと合流したぼくは、さほど問題なく事前に推奨された転移ポイントに連れていってもらった。高等学院は街中にあり、しかも高い塀に囲まれていたが、周囲の人影が途絶えた瞬間にテルマは身体を浮かせて中に跳び、ポイントを把握して戻ってきた。そして改めてぼくを連れて転移、というわけである。
とりあえず校舎の周辺を避け、外壁沿いに寮のある方向に移動する。思った以上に周囲の注意を引いていないのを感じ、少しホッとした。
学舎は全寮制なので寮の施設も非常に大きいが、高等学院は自家の屋敷から通学する生徒が多く、寮もこじんまりしている。ぼくは、カデルの示した三人目の候補は寮に入れられているのではないかと当たりをつけていた。その上で、周囲の貴族の子女となじめなかったりするならば、寮の周辺は彼女が多くの時間を過ごすのにうってつけのはずだ
寮の裏手に回ると、こぎれいなベンチがあったので腰を下ろす。日を浴びながら座っていると、急速に眠気が襲ってくる。昨夜、さっきと頑張ったせいだろうか、ときおり意識が飛ぶ。
「あれ、見慣れない顔だね。わたしのお気に入りの場所にようこそ」
眠気は吹き飛んだ。振り返ると、長身のイケメン、ではなく、いわゆるボーイッシュな女の子が微笑みながらこちらを見ていた。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!
焦点が初出のキャラに移ったので、さすがにもう終わりのはずです。これでも続くようなら、マジにノクターンへの移籍を考えなきゃならなくなるかもですし、その気はないので、もう終わりです。




