11-15 教会からの依頼
通常運行宣言をしたばかりですが、ローラのピンク展開の余波を充分すぎるほど残してしまいました。
三日間アンリと二人で過ごして「おぼえて」しまったローラでした。
もうしばらくありません。次はたぶん、ベアトリーチェご成婚の折でしょうか。
翌日、ぼくとローラは昼すぎにギルドを訪れた。
「じゃあ、ちょっと見てくるね」
ギルドでぼくたちが狙っていたのは、最近のめぼしい仕事の情報集めだ。美味しい仕事があるかどうか、ではなく、依頼の傾向から何か出てきたりしないかと思ったのだ。
ローラは知りあいだという受付担当者を見つけ、ぼくを待たせてカウンターに歩いて行った。モデルのような美しい歩様で歩くそのスッとした後ろ姿を見ていて、ぼくはつい今朝方の彼女を思い浮かべ、慌ててそれを振り払った。
ローラとその受付担当者はかなり親しいらしく、少しの間笑いながら話していたが、やがて担当者が帳簿のようなものを開き、その一カ所を指した。ローラも帳簿を覗きこむ。
「エッ!!」
ローラが短い叫び声を上げ、慌てて口を手で覆った。うん、あれはつい声を上げたことを気にした仕草じゃなくて、そういう反応をしたことをぼくに知られたくないときの仕草だ。なにかあるに違いない。
「どうしたの、ローラ?」
「あ、いや、なんでもな……ヒッ!!」
ぼくは彼女の脇腹が特に敏感だということを知っている。誰にも気づかれないようスッと撫でると、彼女は一瞬背中を反らせて硬直し、慌ててまた口もとを押さえる。そのすきにぼくは担当者が示した一つの仕事を確認した。
「教会からの護衛依頼?」
「ローラさん、こちら、お知り合い?」
横から口を挟んだぼくを、担当者はいぶかしげに見た。ローラはというと、少し伏せた顔を真っ赤にしつつぼくを上目遣いに睨んでいる。
「はじめまして、ローラの弟分のリアンです。ランクはCです」
「あら、見かけによらないのね。で、何が気になったの?」
「その依頼、教会からみたいですけど……」
指さされていたのは、教会ギエルダニア本部の司教の、カルターナまでの護衛以来だった。
教会とギルドはあまり縁が深くない。護衛や討伐のような大きな案件は、教義や独自のしきたりとの関係もあってギルドに依頼することはまずない。そもそも教会は独自の騎士団を保有しており、異端審問系の戦力など、タチの悪い傭兵とあまり変わらなかったりする。また、奉仕系、採集系の仕事は、金を払ってギルドに依頼するより信者に無償奉仕を呼びかける。信仰という形のないものを存立基盤とする教会にとって、金を払わなければ必要な仕事が処理されないというのは、その基盤が脆弱であると言っているようなもの、であるらしい。
「普通はそうね。ただ、このスミルノフ司教様は特別だから」
「特別?」
「あまり詳しくは言えないけど、過去にも何度か依頼があったわ。司教様自身が、すぐれた魔法使いでいらっしゃるそうよ」
「ちょっとアンリ! ソニア、ごめんね」
そこまで聞いたところでぼくはローラに腕をつかまれ、ロビーの片隅の椅子まで引っ張って行かれた。木の質素な机を挟んで向かい合うと、ローラはメチャクチャ怒っていた。偽名を使うのも忘れている。ぼくは速攻で頭を下げた。
「ゴメン、ローラ。ちょっと調子に乗りすぎたかも」
「かも、じゃないよ! ヒドいよッ! 人前でなんて信じられないッ!」
人前でなければいいのか、とも思ったが、いまはそれを言うときではない。
「お昼、おごるから……」
「足りない!」
「服を買った店で見てたペンダント、買ってあげる」
服がけっこう高かったので言いだせなかったみたいだが、けっこう長い間見ていたのは気づいている。
「ホントだね?」
ぼくは無言で何度も頷いた。これでなんとかなりそうなあたり、やはりどこかチョロい。
「で、ローラは何を驚いていたの? 教会からの護衛依頼なんて、確かにあまり見ないけど、それに驚いたって感じじゃなかったよね?」
「うー、あまり言いたくなかったんだけど……スミルノフ司教、ナターリャ・スミルノフっていうんだけど、知りあいなんだよ。ぼくより五つ年上で、昔、近くに住んでたんだ」
「それって、ローリエとしての知りあいってことだよね?」
ローラは黙って頷いた。彼女としてはいろいろ考えるところがあるみたいだけど、依頼自体は護衛対象者のランクといい、三日後からという時期といい、けっこう興味深い。
「で、どういう人なの、このスミルノフ、っていう人? さっきの受付の人は、すぐれた魔法使いだって言っていたけど」
「それは間違いないよ。ナターリャは小さいときからいくつもの属性の魔法を使えて、まわりの人からも魔法に関しては天才って言われてた。ぼくが騎士養成学校に入る少し前に教会にスカウトされて、それから会ってはいないんだけど、それ以前はけっこう親しかった……と思う」
タニヤ、イルマ、ジルといった規格外の人たちを除くと、ぼくのまわりで複数の属性の魔法を使える人は数えるほどしかいない。教官で一人、それから、火と風を使えるマイヤだ。十歳そこそこでそれなら、確かに天才と言われるだろう。
「ローラ、ビットーリオたちと一緒に、この依頼受けてくれない?」
「イヤだよ。ぼくがローリエと同一人物だってバレたらたいへんなことになるし」
「大丈夫だって。その人がローラと最後に会ったのって、騎士養成学校入学前でしょ? 少なくとも二回生の時のローラは、どこからどうみてもイケメン美男子だったよ。いまのローラは、それこそ誰が見ても文句なしの美人さんだしさ。油断しなければ、同一人物だと気づく人はいないって!」
「おだてたってダメだよ! それに、アンリだって、久しぶりに会ってすぐにぼくだってわかってただろ? やっぱり危険だよ」
「だって、ぼくはローラが女の子だって知っていたもの。リュミエラに言われてなかったら、きっと確信はできなかったと思うな」
「イ・ヤ・だ! どうしてもっていうなら、ぼく抜きで依頼を受けてよ。ビットーリオとシルドラがいれば問題ないだろ?」
「どうしてそこまでイヤがるのか、さっぱりわからないよ。その人と昔、なにかあった?」
ローラは硬直した。顔にはまるで「ギクッ」と書いてあるみたいだ。ホントわかりやすい。
「なにかあったんだね?」
「……いや、なにかこれといってあったわけじゃないよ。それどころか、ずいぶんよくしてもらってたと思うし、嫌いだっていうわけでもないんだ。ただ、その、ナターリャはずいぶんとぼくに強い興味を持っていたみたいでさ。密着しようとしたり、キスしようとしたり、何度断っても一緒にお風呂に入りたがったり……。女だとバレないように気を張っていた時期だから、ホントに精神的に疲れたんだ」
あー、なるほど。となりのショタさん、というわけでしたか。それもお風呂が絡むとか、かなり重度の。
「それに、あの時の彼女のぼくへの関心の強さを考えると、ぼくがローリエだと見抜いちゃうような気がする。ぼくがどこにいても、彼女と顔をあわせたくないと思っていても、すぐにぼくを見つけ出しちゃうんだよ」
すごいな。それはもう、センサーでローラの匂いをかぎつけてる、といえてしまうかもしれない。
ただ、場合によっては、そのスミルノフ司教を突破口にできるかもしれないし、それならこの護衛中にあるていど懐に入っておいたほうがいい。よほどのきっかけがなければ、ビットーリオやシルドラでは個人的に親しくなるのは難しいだろう。
「うーん、そのときはそのとき、っていうことで、なんとかお願いできないかな。いまの時点で手にはいる教会の足掛かりとしては、破格の大きさだと思うんだよ。食い込むために、若い女の子がいた方がいいと思うんだよね。そのスミルノフ司教、万一ばれたときに絶対にこっちの話を聞いてくれないタイプのひと?」
「少なくとも、昔はそんなことはなかったけど……。でも、その話もぼくにさせよう、とか思ってない?」
「いや、それは……。だって、ローラがローリエだってバレちゃったら、あとはそれがいちばん話が早いと思わない?」
「ひどいよ! バレる前もバレたあとも、めんどうなところ、全部ぼくじゃないか! アンリにはぼくに対する思いやりが欠けていると思う!」
あ、ヤバい。ローラがマジにキレかけてる。
「く、靴もいいのがあったよね。あとで買いにいこうか」
「ごまかされないぞ。本当に気が進まないんだ」
「じゃ、なんでもいうこと聞いてあげる!」
奥の手だ。効果はある程度期待できるが、鬼が出るか、蛇が出るか……。
「ほんとうだね?」
ローラがほんの少しだけ前に乗り出した。効果はあった。あとはダメージがどの程度か……。
「二言はないよ。約束する」
嬉しそうにニッコリと笑ったローラが、ぼくの手をとって指を絡めてくる。ぼくは、その指をギュッと握って応えた。
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