11-12 急転
ちょっと展開が大きめになります。もうちょっと前にサブタイの番号を12-にしておくべきだったかもしれませんが、後の祭り。これも、自分の見通しの甘さのせいで、反省です。
ド・リヴィエール伯爵家は、七日をかける多少のんびり風味でギエルダニア皇都シュルツクに出発した。宿泊を含む行程は同じだが、イネスはマリエールとともにギエルダニア皇家が仕立てる車列に入る。代わりに、と言ってはなんだが、うちの車列にはウォルシュ男爵がカトリーヌ姉様、それぞれの使用人一人ずつと一緒に入っている。護衛は、ドルニエ領内はドルニエの近衛騎士団が、ギエルダニアに入ったあとはあちらの近衛がつく。ものものしく護衛がつく立場になる経験は滅多にないため、多少落ち着かないのは事実だが、こればかりはしょうがない。ぼくはあくまで伯爵家の末っ子だしね。
途中の宿泊も、さすがに野宿などはしない。五泊をドルニエ領内の貴族の領都で、ギエルダニア領に入ってから、皇家の手配で一泊する。なんの偶然か、ラーム伯爵と知り合うきっかけになったゴタゴタの原因であるボスマン公爵の領都だが、ゴタゴタ自体が一応の決着を見ているし、公爵とぼくの間に具体的に何かがあったわけでもないので問題はない。
それに、途中の領主の本邸に宿泊するのは、イネスと侍女、ロベールとマリエール、王都屋敷のジョフレ配下の若手の執事とタニア、伯爵家の後継ぎであるフェリペ兄様、そして護衛の近衛の隊長だ。それ以外は、事前の調整で領都内の宿屋に宿泊する。第二夫人等が住まう別宅で、という話も宿泊地によっては出ていたが、別宅のないところもあったため、全行程を通して宿屋への宿泊となったのだ。これはけっこう気楽でありがたかった。
明日にはギエルダニア領内に入るという夜、夕食後に兄様、姉様、義兄様たちとしばし雑談したあとに自室に戻ると、そこにはここにいるはずのないタニアがいた。
「わあっ、出た!」
とたんに殺気がぼくに向かってくる。今のぼくが瞬殺を覚悟するほどの圧力だ。
「アンリ様はもう少しお命を大切にされたほうがよろしいかと」
「してる! 大切にしてるから、そのヤバい気配をおさめて!」
次の瞬間、圧倒的なプレッシャーがウソのように消え去った。腰を抜かしてちびりそうになるのをなんとか耐えきった自分を褒めてやりたい。
「今のを気を失わずに耐えてくださいましたか。サボってばかりではなかったようで何よりです」
「殺る気だったの!? ねえっ!?」
「いえ、ただのご挨拶です。こうしてアンリ様の戦闘力を確認させていただく機会を持つのも久しぶりですので」
絶対にけっこう本気でプレッシャーかけてきてたな、これ。
「ご、合格点をいただいて何よりだよ。それで、今日はどうしたのかな? ぼくを試すためにわざわざ?」
「いえ、本日はただの使い走りを。テルマを通して、お仲間からぜひ直接報告したいことがあるとのことです。差し支えなければ、これからアンリ様を外にお連れして、テルマに引き渡させていただこうと思いますが、よろしいでしょうか?」
引き渡す……って、罪人かい、ぼくは?
「それはかまわないけど、このままタニアがそこまで連れていってくれればいいんじゃない?」
「残念ですが、どこでどなたがアンリ様をお待ちか、わたしは承知しておりません。テルマの口ぶりからも、わたしにそれを話す気はなかったようですので、これ幸い……いえ、残念ながら彼女に任せるしかございません」
「これ幸いって言ったよね!? 厄介ごとに首を突っこみたくないってことだよね!?」
「それも否定はいたしません」
おい、否定しないらしいぞ。
「しかし、わたしの手の届かないところであれこれ面倒に巻きこまれるようになったアンリ様を見るのが、悪くないと思ってしまう自分がいるのも事実です」
タニアはそう言ってニッコリ笑った。く、くそっ、ズルいぞ、そのニッコリは。ちょっと見とれちゃったじゃないか。
「……いいよ、もう。連れていってもらえる?」
「承知いたしました」
ぼくはタニアの手を取り、彼女はすぐにテルマのところに跳んだ。
テルマによってカルターナに戻されたぼくは、カデルから急ぎの報告があることをリュミエラから聞かされた。ぼくに直接、ということで内容は聞かされていないらしい。
「えっと、ちょっとシャレにならないような話だったりしそう?」
「それもまったく想像がつきません。なにも読み取る材料をいただけませんでした」
「了解。とりあえず話を聞いてくる」
カデルの報告を聞いて、今回の遠征のことをジルと話していたときのことを思い出す。
(ちょっとやそっと学舎の評判を落としたところで、すぐにどうなるわけでもないか。そのセンは放置していいのかな)
そんなことを確かにぼくは考えた。はい、フラグ立ててました。ごめんなさい。
報告によると、高等学院を仕切るエルナンド侯爵のうしろにルミナリオ教会がいて、本気で学舎の地盤を揺さぶろうとしている、ということが今回の無茶な遠征の背景ということで間違いないらしい。
ルミナリオ教会は、前回の人間界と魔族界の戦いの中で、被災した人々の救済活動をベースにできあがってきた、カルターナに本山のある組織だ。単純に言えば、その教義は聖母ルミナリオをこの世界のすべてを統べる存在とすることにある。人魔の戦いも、彼女がおごった人間に課した試練だとして、信仰篤きものは聖母の慈悲のもと、幸せな来世を得ると説いている。
教会は戦いの末期から戦後の不安定な時期にかけて、一気に大陸に勢力を拡大した。ただ、社会が安定し、人々の暮らしが豊かさを取り戻すにつれて、その勢いは鈍る。ラグシャン女王国は女王を頂点とする独自の教義を掲げて、国内政治への教会の影響力を遮断したが、ほかの国においてもその影響力は徐々に低下しており、教会としても巻き返しを図りたい状況であることは間違いない。今回の事案も、貴族の子弟に対する影響力を強め、将来的にその存在感を強めていこう、という意図から来ている。
ぼくはリシャールたちに協力することを決めているし、決めている以上、遠征を失敗させる気もない。そして、学舎に対して母校という意味で愛着は感じているが、将来にわたって高等学院に対して優位に立っていて欲しいと思っているわけでもない。率直に言えば、その辺はどうでもいい。
どうでもよかったのだ。教会、そしてエルナンド侯爵たちが考えていることが、それだけなら。
カデルの報告は、教会について、ぼくが決して看過できない情報を含んでいた。
「教会は高等学院を『英雄』の母校にするつもりらしい。そのために、すでにその『英雄』は高等学院にいて、教会の支援を受けているんだって」
「アンリ様、それは……」
カデルの報告の、本当に見過ごせない部分を拠点でリュミエラとシルドラに伝えると、シルドラからは表情が消え、リュミエラの表情はハッキリと硬直した。ニケは寝ていて聞いていない。ちなみに、エマニュエルは別館の実験室にこもっており、ローザ、ヨーゼフ、フレドもやはり別館の自室に引き上げたあとだ。ローラとビットーリオはシュルツクでぼくと合流するため、既にロザリアを出発している。
「まさかとは思うでありますが、教会からアンリ様になにか話でもあったでありますか?」
「ないよ。これまで教会とまともに接触したこともない」
「シルドラさん、念のために訊きますけど、魔族界で魔王が出現した、というようなことは……?」
リュミエラの問いに、シルドラは即座に首を横に振る。
「これっぽっちもないでありますよ。むしろ、姉さんが魔王になると宣言したら、そのままになってしまうかもしれないような状況であります」
「それでは、高等学院にいらっしゃるその方は、英雄では……」
「あるはずがない。いま英雄が現れるとしたら、それはぼくなんだから」
ぼくは吐き捨てるような口調になるのを抑えられなかった。このふたりの前でこれだけ心がささくれだったところを見せてしまうのは、一回生の時のマッテオの一件以来だろう。できればもっとサラッと話したかったが、無理だった。
「アンリ様、久々の大まじめモードでありますな」
「まあね。これまであれこれ考えて、いろいろ慎重にやってきたことを、全部ひっくり返してくれるような話だからね」
ぼくは、英雄が必要な状態、すなわち魔王の脅威が現実のものになっている状況を作りたくない。そのために自分を作り、まわりを欺き、あれこれ今後の布石を打とうとしているつもりだ。だけど、ここで英雄をでっち上げられてしまうと、それが逆に魔王を生み出すきっかけになりかねない。魔王が英雄をつくるならば、逆もまた成り立つ可能性は高い。
もちろん、ぼくの意思なんか教会の知ったことではない。教会がいま英雄を真に必要としているのであれば、それもまた状況のひとつとして、戦略の修正を考える気になったかもしれない。しかし、この英雄は教会がみずからの勢力拡大のために祭り上げる存在だ。そんなもののために、自分の今後にリスクを背負わされてたまるものか。
「ならば、アンリ様はどこまでおやりになるおつもりですか?」
そう言ったリュミエラを見ると、かすかに微笑んでいる。これは、確認だ。
「リシャールたちの遠征を完全に成功させたうえで、カラクリを暴いて全部表に出してやる。そして、英雄とやらを教会から切り離して、場合によってはこっちに引き込む」
教会の大看板にしようというのだ。それなりの資質を備えた人材かもしれないからね。
「大まじめモードのうえに、悪い顔になっているでありますよ。これは期待できるでありますな」
シルドラも、なんだか楽しそうだ。なにを期待しているかは聞かないでおこう。
「英雄とされている方の特定はできているのですか?」
そう尋ねてきたリュミエラの表情は、先ほどに比べて微妙な感じだ。
「いや、全然だけど、なぜ?」
話自体、数時間前に聞いたばかりだし、「こちらに引き込む」云々など、ついさっき思いついたことだ。大目標は教会の思惑をたたきつぶすことだし、そのあたりの枝葉末節は徐々に情報収集していけばいいことだと思うが、どうしたんだろうか? リュミエラはなにを気にしているのかな?
「高等学院ですと、その英雄とされている方は、かなりの確率で女性ではないかと思うのですが、引き込むとなると、いちおうベアトリーチェ様の耳にも、どこかの時点で入れて差し上げたほうが……」
あ……。やべぇ。
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