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11-11 姉弟

R15だからというだけでなく、もちろん一線は越えていません。その手前も越えてません。

ただの、ちょっと相互コンプレックスが強めの姉弟のお話です。

 ギエルダニアにド・リヴィエール伯爵家ご一行が出発するまで残り七日となった。今日からぼくは学舎への滞在を免除される。学舎生は、規則上は学期ごとに授業の行われる日数だけ、学舎内に物理的に存在しなければならない。日数が足りなければ、休暇期間に入っても引き続き学舎にいなければならない。今、ぼくはそのルールからの逸脱を認められており、要は特別休暇に入ったということだ。

 といっても、拠点でゴロゴロしていられるわけではない。本当はそれを密かに期待していたのだが、昨夜、屋敷からわざわざジョフレが学舎にやってきた。


「アンリさま、明日からは王都屋敷に戻るように、と、旦那さまからの指示がございました。朝食をお済ませになるぐらいの時間にお迎えに上がります」


「なんで!? そんな話聞いてないし、ぼくのやることなんてなにもないでしょ?」


「なにをおっしゃいますか。旦那さまも奥さまも、イネスさまを伴って王宮に詰めっきりでございます。王都のかたがたからのご挨拶、贈り物の受け付けなど、やらねばならぬことはヤマほどありますぞ。」


 ああ、そういえばそうか。イネスはこの国の貴族の立場を離脱してギエルダニアの皇家の一員になる。しちめんどくさい手続きがヤマほどあるわけだ。そして、うちは一応名門と呼ばれる家の端くれだから、お祝いを言いに顔を出す人たちや、届くご祝儀も半端ないのだが、ロベールとマリエールが王宮に缶詰状態で、フェリペ兄様もジョルジュ兄様も仕事があるから、すべての使者に対応することはできない。学舎の生徒という半人前のぼくであっても、いないよりはマシということだ。親孝行、姉孝行と思ってやるしかない。




「やあ、アンリくん、久しぶりだね。元気にしているかい?」


 ガラにもない決心を固めて屋敷の門をくぐったぼくを迎えたのは、カトリーヌ姉様の夫であるウォルシュ男爵だった。


「ウ、ウォルシュ男爵、なぜここに?」


「なに、伯爵とマリエール様が王宮に詰めっきりだろう? 来客に応対する人間がいないのもマズいだろうから、ぼくが代役を務めさせてもらっているんだよ」


 あれ、それをぼくがやるということで、ジョフレがぼくを迎えに来たはずだが……。


「でも、ウォルシュ男爵にも仕事がおありでしょう?」


「それが、急に休暇がもらえてしまったんだ。どのみち来週からは君達と一緒にギエルダニアに向かうから、来週からの休暇はずいぶん前に申請したんだが、ニスケス侯爵が『落ち着かないだろうから、いっそ早めに休暇に入れ』とおっしゃって、無理矢理休みに入らされてしまったわけ。カトリーヌにそれを言ったら、これも問答無用でここに連れてこられて、受付役を務めることになったのさ。アンリくんこそ、ずいぶん早く屋敷に戻ってきたんだね。学舎は休みじゃないだろ?」


 ウォルシュ男爵は財務部に身を置いている。そのトップはニスケス侯爵だ。


「学舎は今日から滞在免除期間に入ったのですが……ウォルシュ男爵はいつからここに?」


「一昨日からだよ」


 なら、ジョフレの意思と行き違いということはないはずだ。ぼくは経緯いきさつをまとめてウォルシュ男爵に説明した。


「ああ、なるほどね。それはジョフレが気を利かせたんだと思う。本当に優秀な執事だね、彼は」


「どういうことでしょう?」


「伯爵とマリエール様がここに戻るまではもう少しかかるだろうが、イネスちゃんはたぶん今夜には帰ってくる。そのためじゃないかな」


 ……そっか。イネスは今日屋敷に戻ってきて、一週間後にはギエルダニアに出発する。婚姻の儀が終わってしまえば、彼女はぼくの姉である前に、ギエルダニア第三皇子夫人だ。

 アルベルト殿下は結婚後も引き続き大使にとどまるらしく、ぼくたちからしばらく遅れるがロザリアに戻ってくる。もちろん、イネスも一緒だ。でも。たとえ同じ街であっても、彼女がいるのはここではない。この屋敷にぼくの姉であるイネスがいるのは、あと一週間なのだ。

 ジョフレは、ぼくが屋敷に戻りやすいような理由を作って、ぼくとイネスが姉弟として過ごす時間を作ってくれたのだろう。認めないだろうとは思うが、ニスケス侯爵も同じだと思う。感謝……だな。




その日の夜、フェリペ兄様と夕食を済ませてしばらくたったころ、イネスが屋敷に戻った。玄関ホールまで迎えに出ると、二人の侍女を従えたイネスが入ってくる。

 正直、びっくりした。たまに屋敷に出入りはしていたので、イネスが婚姻の儀に向けて「女」として磨かれていっているのはわかっていたが、ぼくの観察は不十分だったらしい。ここまでお姫様然とした彼女は想像していなかった。姿形すがたかたちがソックリの偽物かと思えるくらいだ。


「おかえりなさいませ、姫」


 ぼくは精一杯ていねいな礼とともに彼女の帰りを迎えた。だが、ホールは静寂に包まれたままだ。空気が凍りついた感じもする。おかしい。なにか間違いを犯しただろうか?

 ある意味で空気を読まずにそのまま頭を垂れた姿勢を維持したが、ついに耐えきれずに顔を上げると、なにかがこちらに飛んできて、次の瞬間、視界が完全にふさがれて目の前が真っ暗になった。姿勢を崩しながら少し手間取りつつ飛んできたものを頭から外すと、それはイネスのぬくもりが残るガウンだった。

 顔を上げると、数限りなく見たおぼえのあるイネスの射抜くような視線がぼくに突き刺さってくる。


「あいかわらず、イネスの神経を逆なでする天才だな、アンリは……」


 ぼくに遅れてホールに入ってきていたフェリペ兄様が、ため息とともにそう言った。




「それ持ってついてきて」


 ガウンを替えそうと歩み寄ったぼくに、イネスがそう囁いた。あれ、そういうのは、まさにそこにいる侍女たちの仕事じゃ?


「ぼくが?」


「あんた以外に誰がいるのよ」


 意味がわからない。


「あなたたちはもうさがっていいわ」


 侍女たちに向かってそう言うと、イネスはぼくを見てアゴをクイッとしゃくった。異論は認めないらしい。ぼくはあきらめて、ガウンを抱えたままトボトボと彼女のあとをついていった。




 それからの六日間、ぼくはイネスの小間使いとなった。朝食を部屋に運び、着替えを手伝い、身体がなまったからという理由で剣の稽古につきあい(ちなみに、身体や顔に傷をつけてはたいへんなので、ぼくは防御しか認められない)、食事時はいつも隣に座らされて彼女の好物を差し出すことを強要され、街に出るときの荷物持ちになり、夕食後は就寝までギエルダニア皇宮関連のあれこれの勉強や無駄話に寝るまでつきあう。夜の着替えもぼくだ。付き従っていたはずの侍女二人はまったく姿を見せない。どうやら、誰ぞに言い含められているらしい。


 まあ、ほとんどは昔どこかの時点でやっていたことなのだが、はっきりいって着替えとかはマズい。イネスはもともと、女として持って生まれた素材はマリエール譲りで抜群なのだ。つい最近までそれを磨く努力をあまりしてこなかったのだが、婚姻の儀を控えたここ最近で急速に戦闘力を増してきている。胸部装甲こそ普通だが鍛え抜かれたプロポーションは女らしさを加え、汗の香りの代わりに熟しかけたフルーツみたいな香りが花をくすぐる。十四歳の弟としてはまだしも、ぼくの中の中年のオッサンにとってはとても危険な爆弾がいつも目の前にあるようなものだ。




 そして、いよいよギエルダニアに出発する前の晩が来た。王宮に詰めっきりだったロベールとマリエールも戻ってきて、家族としてのイネスがいるこの屋敷での最後の晩餐も終わる。


「今日は一緒に寝て」


 部屋での雑談も終わりに近づいた空気の中、イネスがとんでもないリクエストを投げつけてきた。


「はあ?! さすがにそれはまずくない?」


 たしかに、ぼくが学舎に入る前あたりまでは、イネスがぼくと同じベッドで寝ることがしばしばあった。休暇で帰ってきたときに、ぼくの成分を補充するのだとかワケのわからないことをいっていたのだが、さすがに今は世間的にもぼくの中のオッサン的にも危険だ。


「いいでしょ? これで本当に最後なんだから」


 だがしかし、そう言われてしまうと断れないのは、イネスが弟コンであるのと同じくらい、ぼくが姉コンだからなのだろう。オッサンがどうこうとは別に、ぼくの心もイネスの成分を欲しているのを自覚してしまう。




 二人でベッドに入ると、すぐにイネスが抱きついてくる。イネスの香りと、記憶にあるよりもはるかに柔らかさを増した身体がぼくに絡みついてくる。頭の片隅で「色即是空」と唱えながら無駄話のつづきをしていると、ふいに沈黙が生じ、そしてイネスがそれを破る。


「こっち見て」


 念仏を唱えながらベッドの天蓋を見ていたぼくが顔をイネスのほうに向けると、彼女の目はまっすぐにぼくを見ていた。


「なにがあっても、あなたはわたしの弟よね?」


 答はひとつだろう。ただの確認だ。


「うん。なにがあってもイネスはぼくの姉さんだよ」


「弟なら、わたしが困ったらいつでも駆けつけてくれるわね?」


 これも確認だ。


「もちろん」


 イネスは表情をほころばせ、ぼくの肩に頭を軽くこすりつけたあと、すぐに小さな寝息を立て始めた。




 いくら一緒に寝ることを承諾したといっても、朝まで一緒はさすがにヤバさがボーダーを超える。引き続き念仏を唱えながらぼくに対するイネスの拘束が緩む瞬間を待ち、夜半に訪れたその瞬間をとらえて自分の部屋に戻った。あれほど間近にイネスを感じることは、このさき二度とないだろう。ぼくは、つい先ほどまで感じていた彼女を心に刻み込みながら朝を迎えた。不思議と、オッサンは自己主張をしなかった。



お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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