11-10 ジルの特訓
お待ちいただいていたかたがたに、心からお詫びいたします。
お恥ずかしい話ですが、今回は完全に詰まって書けませんでした。体調とか仕事とかではなく、詰まりました。
じつは前回のあと、その先の執筆が以外と進んでいたのです。久しぶりの複数回投稿もいけるか、とか思っていた時もあったのですが、突如気づきました。「全然ダメじゃん」
けっこう展開を大きくはしたのですが、その展開、ここまでのアンリの行動原理と相容れないことに突如気づいてしまったのです。こうなると、前回終わりに戻って考え直すのですが、いくら振ってもなにも出てきません。前回終わりの時点までの内容は動かせないし、考えたのと違う展開をそのあとに続けるアイデアがない……。一時は強引な完結まで視野に入れました。
そんなプロセスを経て、ようやく出てきたアイデアでの展開のはじまりにあたります。構成的にははじまりとかではありませんが、遠征にアンリがどういう荷物を抱えていくか、頑張って書いていきます。
(この内容、活動報告のほうにも転載します。合わせて呼んでいただいている方は、今回の活動報告の更新は無視していただいて問題ありません)
「すこし怠けすぎでないかの、アンリ? 一回生のころのほうが、魔力をうまく使えとったぞ?」
小さな身体を精一杯そっくりかえらせて腕を組み、なんとも楽しそうな笑みを浮かべて見下ろすジルの足もとで、ぼくはヘロヘロの状態で両膝をついていた。端的に言えば、魔力切れ寸前である。ちなみに、マッテオとやり合ったとき、身体から魔力を強制的に放出するという奥の手を使ったが、その代償として僕は魔力切れで死にかけた。その直前の状態と言えばわかりやすいだろうか。
「そ、そんなこと言っても……他人に……魔力を作用させるなんて……これまでやったこと……」
ぼくはいま、強化系のパフを他人にかけるトレーニングをジルのもとで行っている。セバスチャンさんが自由に動くところに、指示されたとおりにパフをかけるのだ。自分の身体の中で魔力を操作すればいい自己強化のパフや、魔力を身体から放出すれば勝手に精霊がそれを持って行ってくれる属性の魔術と違って、他人へのパフは、勝手に動き回る対象に魔力を注ぎ込んで、狙った効果を起こすように対象の身体の中で作用させなければならない。パラメーターをアップさせればいいような、どこぞのRPGのパフとはワケが違う。魔力で他人の身体の中をいじくり回すようなものだ。何人か同時に、とか夢のまた夢だろ、これ。
それに、他人の身体をいじくり回すとか、ここだから言うが、パフをかける対象が女の子だとヤバいよね。こっちは別になにか実感があるわけじゃないけど、女の子のほうとしてはたまったものではあるまい。
「前から思っとったが、おまえさんの魔法は才能に頼りすぎじゃ。できることだけを力任せに、だけじゃなくて、もっと繊細な操作を覚えんと、じきに成長せんようになるぞ?」
耳が痛い。思えば、ぼくの仲間は戦闘のベテランか天才ばかりだ。自分のめんどうは自分で見られてしまうから、自分がなにをすればいいか、だけ考えればよかった。だが、今度のパートナーは、どちらかというと脳筋にベクトルが振れた騎士課程の学生四人だ。現時点ではリシャールさえその部類に入る。普通に戦闘をするだけなら問題のない連中だが、ヤバい相手と遭遇戦、というのがいちばん困る。パフを含めて準備万端ととのえて、というわけにいかないからだ。そして、今回のミッションはそうなる危険が非常に高いと見ている。
「旦那さまはああ言っておいでですが、アンリさまはじゅうぶん上達していらっしゃいますよ。わたしの力はほぼ限界まで発揮できるような状態にしてくださっています。あとは、どれだけ強化すればいいか、の見極めでしょうか」
セバスチャンさんがフォローを入れてくれた。
「あまり早くにタネをバラすでない。アンリ、セバスチャンの場合は、モトがじゅうぶんに研ぎ澄まされておるで、強化の余地が少ないんじゃ。だから、闇雲に強化しようとしても、あるていど以上は意味がない。要は、無駄なパフをかけまくって消耗している、と言うのが今のおまえさんの姿じゃ」
「そ、それならそう言ってくれてもいいじゃないですかぁ!」
「バカもん。そのぐらい自分で気づかんか。自分を強化するような気持ちで他人を強化しとってもダメじゃ。誰の、どういうところを、どれだけ底上げするか、それを見極めながらやるんじゃ」
さ、先は長いな。ギエルダニアに入ってからも、一人で練習しなきゃ。
「王立学舎をめぐる権力闘争みたいなものって、どんな感じになってます?」
この世界を動かす立場にあるような高位貴族、ぼくの知っている範囲で言えばバカはさほど多くない。もちろん、その判断基準は僕自身であり、別のひとから見ればけっこういるのかもしれないが、少なくともぼくがバカだと思えてしまうレベルのひとは、国の中枢に近づくまでに淘汰されてしまう。能力のない者が国の中枢にすわったり、経済の動きを左右したりできるのは、国が成熟しきった後の話だ。新進の者がその能力を示す機会がなくなって初めて、貴族社会の腐敗への道が開かれる。。
しかし、バカがいないということと、悪いやつ、腹黒いやつがいない、ということは当然ながらイコールではない。ニスケス侯爵は悪いひとではないが間違いなく腹黒いし、先代アンドレッティ公爵やジェンティーレ伯爵にしても、腹黒であり人間的にも最低に近いがまったくのバカだったわけではない。ロベールが腹黒とは思わないが、さりとて清廉潔白というわけでもなく、今の立場に至る過程でそれなりの腹芸を見せてきたらしい。仕事のできる清廉潔白な貴族が仕事のできる腹黒に足を掬われれば、掬われたほうがその程度の存在だったというだけのこと。もちろん、あくまでも「やりすぎなければ」ではあるのだが、そのへんのさじ加減も頭のでき次第である。
まあ、なにが言いたいかと言えば、足の引っ張り合いはこの世界でも至る所にあるし、それは学問の場、教育の場といえども例外ではないということだ。その辺の予備知識を持っておきたいと思って、パフ特訓後にお茶をごちそうになっているとき、ジルにこう話を振ったわけである。
「そうさな、王立学舎はもともとは王家に直結しとったこともあって、権力闘争の舞台には逆になりにくかったんじゃ。だが、最近は実質的にソレル公爵家が学舎運営を仕切っておる」
「運営を仕切って、なにか美味しいコトってあるんですか?」
学舎は単なる一つの学校だ。教育行政のすべてではない。そして、学舎は研究の場ではないから、研究行政とも切り離されている。運営を独占しても、さほど実利はなさそうに見える。
「高等学院ができる前は、貴族の子弟はほとんどすべてが王立学舎に通うことになっとった。直接的な利がなくとも、すべての貴族の子弟と繋がりが自動的にできる、というのは水面下の影響力という点ではバカにしたものではないんじゃよ。学閥、という点でもな」
なるほど、ひとつしか学校がない、ということの意味をウッカリ見落としていたな。ソレル公爵家は、現国王の曾祖父の弟に連なる家だ。たしかに、目だった功績が見当たらない割には存在感がある。もとの世界だと、個人がひとつの学校のすべてを仕切っても、影響力はそこまで圧倒的なものとはならない。
「ソレル公爵家から、学舎支配の実権を奪おう、とかいう動きはあったりしますか?」
「うーん、今のところわしの耳には入ってきておらん。ソレル公爵家は学舎の卒業生に対する影響力も目立たない形で駆使しつつ、王家の地盤を固めることにそれなりに貢献しておるし、なんだかんだ言うて王家の信頼も厚い。それは当代のカミーユも同じじゃ。ちょっとやそっと揺さぶったところでこゆるぎもせんじゃろう」
「高等学院ができてからはどうなんです?」
「高等学院は、エルナンド侯爵家の先代が、まさに王立学舎閥を崩そうと設立したものじゃ。設立から二十年はたっておるし、それなりに地歩は固めておるが、国に対する影響力という点ではまだまだじゃの。何人かまとめて傑出した卒業生を出す、とかいったことがない限り、なかなか状況は変わらないじゃろうな。就学年数が少ないこともあって、女子の学生が多い現状では、卒業後に挙げる功績がどうしても地味になりやすいで、それもままならん。リュミエラの嬢ちゃん、おまえさんの姉二人、ニスケスの嬢ちゃんぐらいの格の娘が同時に出てくるぐらいでないとつらいじゃろうな」
「リュミエラは十年にひとり、とか言われていたらしいですが……」
そのリュミエラは、ベアトリーチェを自分よりも上、と評していたよな。無理ゲーじゃん。
「そうじゃな。だから、つらいと言っておるんじゃ」
たしかに、これはちょっとやそっと学舎の評判を落としたところで、すぐにどうなるわけでもないか。そのセンは放置していいのかな。
「ときに、ニスケスの嬢ちゃんとはうまくいっとるのか、ん?」
急にジルの表情が多少下品な崩れ方をした。
「ご、ご心配には及びませんよ。仲良くやってます」
じつは、ここのところベアトリーチェが学生委員会の仕事で忙しいため、顔をあわせる時間が少なくなっている。学舎に入ってから、多少疎遠になっていた二回生、三回生あたり以来の接点の少なさだ。ただ、二週間にいちどくらいはデートの時間をとっている。側室の多い貴族と正妻の距離感よりは近いのではないだろうか。
「不埒な行為には及んでおらんじゃろうな? 年齢を考えれば、外に明らかにするまでは御法度じゃぞ?」
「なに考えてんですか! そんなことするわけないじゃないですか!」
そう。そんなことはしていない。基本的にはデートはニスケス侯爵邸か、図書館でのちょっとしたおしゃべりだ。まわりにもだいたい誰かの目がある。ちょっとそれが途切れた瞬間に抱き寄せてすばやくAをするくらいである。困るのは、そういうデートをするようになってから、ベアトリーチェがさらに女っぽくなってきたことだ。これは、学舎のあちこちでそういう声が聞かれることから、ぼくの気のせいではないと思う。
青き情動と中年の欲望を併せもつぼくがなんとか持ちこたえているのは、リュミエラと、そしてローラのおかげと言える。彼女らがいなければ、もしかしたらぼくは不埒な行為とやらに及ぼうとしてしまっていたかもしれない。
ちなみにローラに関しては、ベアトリーチェ公認、というか、ベアトリーチェに背中を押されてそういう関係になった。ぼくをリュミエラやローラと共有するつもりの彼女は、驚くべきことに、正式に結婚する前にローラと男女の仲になることをぼくに要求したのである。なんでも、結婚するときにはローラが自分と同じ立ち位置にいて欲しいんだそうな。よくわからないが、彼女がとんでもない子なのはわかった。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




