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2-4  教官(前)

じつは、学園パートは最も書きたいと思っていた部分の一つでした。

一方で、作品を書き始めるときに、貴族および貴族社会を腐敗したものとせず、活気のある社会システムとして描く、という決めごとを自分で作っていました。

すると、腐った貴族社会の象徴のような生徒、腐ってはいないまでも身分が固定化したことを象徴するような生徒は出せなくなります。身分を鼻にかけて威張り散らすバカとそれにゴマをする周囲、とか、取り巻きを引き連れたお嬢様、とかのテンプレが使えないわけです。これが意外としんどい、というのを今更ながら実感してしまいました。


1月20日 07:34 タイトル微修正


一夜明け、今日から本格的な学舎生活の始まりだ。


 兄様、姉様たちを見てもそうだったが、この世界、八歳の子供は日本の記憶にあるガキンチョにくらべてずいぶん大人びている。まだ顔見知りが少ない、というのもあるだろうが、教室内は妙に静かだ。


 大人数でわいわい騒いでいる子供らしいヤツらも、取り巻きに囲まれているようなお坊ちゃまお嬢ちゃまもいない。せいぜい、同室になったもの同士で抑えめの声で話しているヤツらが数名いるだけで、ほとんどは指定の席に黙ってすわっている。ぼくに指定された席は前から三番目の窓ぎわ。いい感じの席だ。見回すとほぼ全員そろっているようだ。男子が女子に比べて少し多い、という感じかな。


 しばらくすると、教官らしき男がはいってくる。


「今年一年、このクラスを担当するシリル・マッテオだ。わたしの専門は魔法史だが、今年についてはきみたちの授業を担当することはない。今年一年、学舎でのきみたちの相談役と考えてほしい。もっとも、生活面は相談相手として寮にポーターがいるので、もっぱら学業面、ということになる」


 うむ、まさに無難な教官だ。話しているあいだの視線の動きや眼の光りかたを見ていても、特段やる気がないとか、腹にイチモツ持っているとか、やる気がありすぎるとかいうわけではなさそうだ。一年生のクラス担当という職務にきっちり向き合っているのだろう。


「きみたちはみな、適性試験で優秀な成績をおさめた。だからこのクラスにいる。だが、一年たったとき、同じクラスにいられるかは、すべてきみたち次第だ。学舎のクラスわけは、純粋に成績のみで行われる。ほかのクラスの生徒ががんばって力を伸ばせば、この中のだれかはこのクラスから消える。そうならないよう、がんばってほしい。そのがんばりを手伝えるよう、わたしも全力を尽くす」


 ちょっとだけ教室の中がざわめき、緊張が走った。うんうん、競争だものね。みんな、まだ考えないようにしていただろうけど、少しでもいいクラスで、いい成績で学舎を卒業することが、へたをすると一生を左右する。成績によっては、家から切り捨てられてしまうヤツもいるだろう。


「それに、きみたちのうち、どれだけが同じクラスで二回生に上がれるかは、わたしの評価にも関係してしまう。だから、全力できみたちを助けると約束しよう」


 冗談のつもりなのだろうが、あまり生徒にはウケなかった。いや、半分以上は本気か。


「ときに、アンリ・ド・リヴィエール」


「はい」


 突然指名されて、立ちあが……ろうとして反射的に身体を止めた。そのまま立ち上がっていればちょうど顔があったであろうあたりを、ほんの弱い風の魔法が駈けぬけていった。喰らってもほとんどあとも残らないような弱さだし、八歳児たちは誰も気づいていないだろう。


 だがマッテオは、ぼくが回避すれば魔法がちょうど窓を抜けて外に出るような位置に、いつのまにか立っている。そのまま顔を上げると、マッテオは表情を変えずにこちらを見ていた。いったいなにを考えている? 魔法の効果範囲をあれだけ狭くして、なおかつ強さをあれだけ絞ること、それを気配もなしに発動させることは、なまはんかな魔法制御技術ではできない。なのに、マッテオがそれほどの魔法の達人であることを、ぼくはまったく見抜けなかった。


「なんでしょうか?」


 ぼくは、あらためて立ち上がったあと、笑みを浮かべながらなにもなかったようにたずねた。いま起きたことは、誰にも気づかせてはいけない。


「お父上からのことづけがあるから、あとでわたしの部屋に来るように」


 マッテオも、何ごともなかったように微笑を浮かべて言う。きっと、父様からのことづけなどない。おそらく、目立たない形でぼくを部屋に呼ぶことが目的だろう。なぜ呼びたいのかはわからないし、いま考えてもしかたがない。だけど、ただ呼ぶだけなら、いやがらせのように魔法を仕掛けたりする必要がないよな。


「わかりました!」


 ことさらに元気に返事をして着席する。だが、自分の顔がすこしこわばっているのを感じる。いや、こんな本気のハラの探りあいみたいなこと、三十年をとおしてもやったことないもの。前世なんかなんの役にも立ってない。


「では、朝の連絡は以上。今日一日、がんばってくれたまえ」


 マッテオはさわやかにそう言って、こちらを見もせずに出ていった。




 午前は必修の座学だった。


 ちなみに、一回生の間は言語理解、数学、歴史の講義が午前中に行われ、これは全生徒が必ず受講する。二回生になると行政が加わる。まあ、行政と言っても内容は王室儀礼のようなものらしい。三回生になると、これに戦略・戦術論、魔術基礎、領地経営が選択科目としてふえる。


 今日の午前の授業は数学と歴史だった。授業はただ講師が一方的に話すだけではなく、生徒を指名して積極的に参加させる。悪くない授業なのだろう。序列一位のせいか、なんどかリシャールが指名されていたようだが、そつなく答えていた。そのせいもあり、休憩時間には同じクラスの女子が彼にむらがっている。うん、もうすでに超リア充候補の「候補」をとってもいいかもしれない。




 ぼくはといえば、さすがにずっと上の空だった。


 マッテオは、ぼくが魔法を避けることを疑わなかったのだろう。でなければ、威力をしぼったとはいえ八歳の子供に、予告なしに撃ってくるはずがない。しかも、無詠唱といっていいスピードだ。予告されても普通はどうにもならない。なぜぼくが避けると確信できたのか。


 言ってはなんだが、学舎の序列十七位程度の一回生では、わかっていてもあの距離で撃たれた魔法を避けることはムリだろう。それを、ぼくは撃たれる直前に回避の行動をとってしまった。手の内をひとつさらしてしまったわけだ。


 そして、マッテオ本人だ。言い方は悪いが、ぼくは目的に必要なこととして、ひとを値踏みするトレーニングも少しはしてきた。それなのに、あれほどの魔法の使い手を、なんの警戒もせずに見過ごした。ヤバい。ヤバすぎる。あの男は、自分の能力を隠すすべを知っている。ほかにどういう力があるか、まったく想像がつかない。できるだけ早く、あいつの正体を知らなければならない。



「アンリ、食事に行かないか?」


 午前の授業が終わり、マルコが声をかけてきた。


「あ、ごめん。ちょっと教官に呼ばれてるから、そっちを先に済ますよ」


「ああ、そうだったね。じゃ、リシャールたちをさそおうかな」


「ルカはともかく、リシャールは女の子たちが離さないんじゃないかな」


「うーん、そうかもね。でも、とりあえず声はかけてみるよ」


 ぼくは手を振って、マルコを見送った。そして、マッテオの部屋……ではなく校舎の裏手に出る。こういうところでいじめの現場に出くわすのは、わりと定番だとは思うが、生徒がみな前向きなこの学舎は、たぶんいじめとは無縁だ。なので当然ながら誰もいない。


(とりあえず作戦を立てなきゃな……)


 しばらく頭をひねったが、ろくな考えは浮かんでこない。考えてみれば、いまの状態で頭をひねってもどうしようもないのだ。相手の情報がなにもないのだから、対策もなにも立てようがない。


「シルドラがこの辺にいればなぁ……」


 思わず独り言が口をついて出た。でも、寮のあたりにいてくれ、と言ったのはぼくだから、ムリだよな。


「お呼びでありますか?」


 昨日の夜にくらべれば驚きは小さかったが、それでも驚いた。ギリギリ声を出すのは抑えられたが、すこし身体が跳ねあがった気がする。


「い、いたんだ?」


「わたしはアンリ様の近くにいつでもいるでありますよ。いつわたしが必要になるかわからないでありますから」


 本来は突っこむべきところだが、今日に限ってはその考えに大感謝だ。時間があまりないので朝方の出来事をざっと説明した。


「それで、どうするでありますか?」


「うん、とりあえず今日は何があってもしらばっくれて、できるだけあの男の情報を集めてから、どうするか対策を考えようと思ってる」


「消滅させるのではないでありますか?」


 いきなりとんでもない提案が出てきた。冗談もほどほどに……と思って見ると、シルドラは真剣な提案のつもりらしい。


「させないよ! なにもわからないうちから殺しちゃってどうするのさ!」


「消滅させれば、あとはなにも悩む必要がなくなるでありますよ?」


「でもだめ! それは最後の手段だから!」


「最後には消滅させるでありますか?」


 なんでちょっと嬉しそうなんだよ! 別にそんなこと言ってないからね! 


「いまは消滅は忘れてくれるかな! とにかくだね、いまシルドラに頼みたいことは、シリル・マッテオっていう、この学舎の教官の素性を洗ってほしい、っていうこと。それ以上はダメだからね!」


 我知らず声が大きくなっていた。少し息切れがする。


「了解したであります。いまはお一人で行かれるでありますか?」


「ん? ああ、そのつもり。今度は警戒しているし、大丈夫だと思うけど」


「わたしが手前までいっしょに行くでありますよ。これでも本職は斥候でありますので、アンリ様が感じるだいぶ手前で向こうの気配は探れるであります。たぶん、向こうが感知できる範囲に入る必要はないであります」


 それもそうか。それに、力の気配を感じさせない、という手を一度使っているのだから、次は別の手で来るかもしれない。


「向こうが感知しちゃったら?」


「そのときは、あきらめてもらうしかないでありますな」


「ダメじゃない!」


「わたしの索敵範囲を超えてわたしを感じることができる相手なら、どのみち手の内を隠している余裕はないでありますよ」


 この人は、まったくダメダメな会話の中にときどきグウの音も出ない正論が入ってくる。やはりただ者ではない。いろんな意味でただ者ではない。


「わかった。お願いするよ。じゃあ、行こうか」


 ぼくは校舎の入り口に向かって歩き始めた。シルドラは転移で屋上に移った。……いいな、あれ。


 そういえば、確認してないけど、シルドラは人間なのだろうか。眷属、って言っていたから、やっぱり魔族なのかな?


読んでくださった方へ。深い感謝を!

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