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11-7 ラーム伯爵(後)

ラーム伯爵、当初の想定よりもちょっと存在感を増してしまいました。


昨日夜にも一話更新しております。最新話からいつも更新するような朝の時間に入られた方、ひとつ前の投稿もご確認ください。

「いやいやいや! そんなことができるわけないでしょうが!」


 さすがに言葉を取りつくろう余裕はなかった。とんでもないことを言ってくれる。そりゃ、魔王候補とか世代最強とか穏やかでない言葉は耳にしていたけどさ。横では、さすがのテルマさんの無表情も少し動いているぞ。


「なぜだい? その二人を同時に相手どって個人で勝てるものは、魔族領にいないと思うよ」


「だとしてもです! だいたいぼくは魔族じゃないですから!」


「関係ないさ。弱ければ排除される。強ければ従える。それだけがわれわれの掟だよ。わたしがいまギエルダニアに居ついているのは、そういう掟に従うのがいやだったという理由もある。わたしはあまり強くないからね」


 伯爵は、ニヤニヤ笑いながらぼくを見てる。その表情を見てぼくは少し自分を取り戻した。どうやら、試されているらしい。


「話になりません。二人は、そういう形で力を借りるような人たちじゃない。テルマさんはたまたま気が向いてぼくに力を貸してくれているだけで、ぼくが彼女の興味の対象じゃなくなれば、すぐにどこかに行ってしまうでしょう。タニアはぼくの考えを理解してくれて、ぼくを鍛えてくれたし、できる範囲で力も貸してくれているけど、あくまで彼女は母の侍女であって、ぼくに尽くす義理はないんです」


「ちょっ、ちょっと待ってくれ。ノスフィリアリが……侍女?」


 余裕を取り戻していた伯爵の表情が再びこわばった。


「それはわたしも驚いた」


 テルマが無表情に戻って口をはさんでくる。


「いろいろ事情があるのでありますよ」


 舎弟……いや、眷属としてシルドラはなにかを知っているようだ。


「事情……ね。よっぽどのものがあるんだろう。でなければあの絶対女王が誰かの侍女になど……」


 絶対女王? 「死神」に続いて、第二のふた来ましたぁ!


「それに、ぼくが魔王になってもなんの解決にもなりません。仮にそれで魔族側を力で抑えられたとしても、人間と魔族の争いは、魔族だけに原因があるわけじゃないですからね。おおかた、伯爵はぼくを試されたのでしょうが、こんな見え見えの与太よた話には乗れませんよ」


 ちょっとだけ心が動揺したのは秘密にしたい。見え見え、と言ったのは、まさにぼくの「見栄」だ。


「言っておくが、一割ぐらいは本気だったよ? 二人が協力するとなにが起きるのか、ちょっと興味があるし」


 お願いですから、そんな危険な実験はほかでやってください。




「だいたい、きみときみを取りまく状況は理解した。きみに今日持ちかけた話も一度撤回しよう。その上で、あらためてわたしを手伝ってくれる気はないかね?」


 タニア・ショックをなんとかやり過ごすと、伯爵はまたひと癖ありそうな微笑を浮かべながら、ぼくにちょっと生臭なまぐさい話を持ちかけてきた。


「確認しますが、それはぼく個人に、と考えていいんですか?」


「もちろんだ。ほかの誰に頼むつもりもない」


 さて、どうしたものか。手伝いというからには、アウグスト様への口利き、とかそのレベルの話には収まらないんだろう。多少危ない橋を渡ることも含んでいると考えたほうがよい。現状でユルゲン皇子が劣勢である以上、正攻法だけでなんとかなるとは思いにくい。


「まず一つ質問です。ぼくになにをさせようとしてます?」


「いろいろ思い浮かぶんだが、とりあえずはハンス派の揺さぶりとこっち側の引き締めだね。アメはこちらで引き受けるから、主にムチのほうだ」


 おいおい、危ない橋どころの話じゃないよ。学生に何させようっていうのさ。しかも「とりあえず」って言ったか?


「言っておきますが、むこう一年はぼくは学生ですよ?」


「それがなにか?」


「テルマやタニアをアテにしての話ならお断りです」


「関係ないよ。そりゃ、二人が手伝ってくれたら凄いが、制御する自信がないから、違う意味で凄いことになってしまうかもしれない。ああ、きみのシュルツクとの行き来はわたしが魔方陣を用意しよう。シルドラがいれば問題なく使えるだろう?」


 伯爵のコメントは不信感を取り除くには十分だった。もちろん、ぼくだって自信はない。凄いことになる気もビンビンする。




「ユルゲン皇子をぼくが支持する意味は? 二人の皇子の間に、資質の違いや考え方の違いがハッキリあれば聞いておきたいですね。あと、ドルニエに対する領土的野心だけは、ぼくのやらなきゃいけないことが増えるんで困りますよ?」


「資質に大差はないね。凡庸と良王の中間ちょっと凡庸寄り、っていうところか。今より良くなることはないと思う。どちらも内政に力を入れるようなことは言っているが、ギエルダニア自体がああいう国だし、ほどなく外征に意識が持って行かれるだろう。ドルニエを狙うかどうかはわからんが、本気で狙ったらギエルダニアもそこまでだろうね。ボスマン公爵がなだめにかかるだろうが、もしもの時はわたしがドルニエに移り住めるように計らってくれると嬉しい」


 ぬ、抜け目ないな。それに、擁立ようりつしようとしている皇子に対するものとは思えないシビアなコメントだ。ただ、必要な情報は与えてくれている。どちらかに肩入れするかしないかは、見返り次第ということだ。そして現状、ハンス皇子を支持することによる見返りはない。


「協力することで、ぼくは何を得られますか?」


「先ほど言った魔方陣だが、わたしに気兼ねなく使えるようにどこか小さな家に用意しよう。そこは自由に使うといい。維持費もわたしが持とう。こちら側に設置する場所は、きみが指定してほしい。そして具体的な依頼ごとに、滞在費を含めた必要経費に五割を上乗せした額を支払う。あとは……きみがきみ自身のために必要なら、自分の首を絞めない範囲内で力になろう。そんなところでどうかな?」


 完璧に近い回答だ。これからぼくがなんとか手配したいと思っていたものをピンポイントで押さえている。ぼくとの会話の中から、ぼくが必要とするものを正確にイメージしたということだ。現金での報酬にさほど強い関心はなかったが、それも見透かされた感じがする。この飄々(ひょうひょう)とした伯爵がなかなか油断ならない人であることを再確認した。


「引き受けましょう。ただ、三つほど条件があります。まず、この件は父はもちろん、家の人間には絶対に秘密にしてください。それから、ボスマン公爵にもぼくの情報は与えないでください。あと、アウグスト様が後継者候補にあがってきた場合には、一度この話をご破算にしてもらいます。アウグスト様を支持しようと考えているわけではありませんが、さすがに身内にうしろから弓は引けません」 


「妥当なところだな。承知した」


 伯爵はぼくと握手し、後方の馬車に乗りこんでいった。その馬車が動き出すのを確認して、ぼくたちは学舎ではなく、拠点に扉のない馬車を向けた。




「報告します。ユルゲン皇子擁立に向けてラーム伯爵と手を組むことになりました」


 サロンでくつろいでいたみんなに、今日のドタバタの結果を伝えた。一同、ポカンとしている。


「……あいかわらず、いきなりの展開だね。そのユルゲン皇子の件でよけいなちょっかいをかけてこないよう、ラーム伯爵にクギを刺しにいったんじゃなかったの?」


「いろいろ話しているうちに、流れでそうなったんだ。生きていくうえでもっとも大事な言葉のひとつは、『臨機応変』なんだよ、ローラ」


「それならどう臨機応変だったのか説明してよ!」


 ローラがぼくのあおりに切れかかっているし、リュミエラもぼくを咎めるような目で見ている。このへんにしておいたほうがよさそうだ。


「わかったわかった。全部説明するから、質問があったらそのあとでね」



 最初は半信半疑でぼくの説明を聞き始めた皆も、ラーム伯爵が魔族だ、というあたりから表情が変わりはじめた。ローラなど、口を開きかけては、ぼくの「質問はあと」を思い出して口をつぐんでいる。


「状況はわかったが、あえてギエルダニアの政争に手を出す必要まではなかったんじゃないか? そりゃ、シュルツクに拠点ができるのはありがたいし、見返りは大きいと思うがね」


 言葉を切ったときに質問を投げかけてきたのはビットーリオだった。


「たしかに提示された見返りは、ぼくが必要としていたものだったんだけど、ぼくがいちばん欲しかったのはラーム伯爵だよ。そのためには、踏みこむしかなかったんだ」


「それもわかるが、本当に取り込めているのかい? 自分の首を絞めるような協力はしない、と今から言っているんだろう? 本気であてにしていると最後ではしごを外されるぞ?」


 今日のビットーリオはいつになく厳しい。きっと、ぼくの選択が意外すぎたんだろう。伯爵と直接話したぼくでなければ、あの呼吸はわからないかもしれないな。


「なにかの機会に彼に役に立ってもらう、というだけなら、確かに分が悪い取引だよね。でも、ぼくは彼をぼくたちの情報収集の起点としてあてにしてるんだ。だから、五年、十年の単位で役に立ってもらわなきゃ意味がない。彼の立場を危うくするような形で協力を求めることは、最初からありえないんだよ。だから、『自分の首が絞まらない限り』という条件でぼくが失うものはなにもない」


「もしかして……ラーム伯爵さまは、条件としてそうおっしゃったのではなく、アンリさまのその意図は承知している、と伝えるために?」


 ぼくはリュミエラのその問いに頷いて見せた。だが、ビットーリオはまだ納得し切れていないようだ。


「確信はあるのかい?」


「ある。ぼくと伯爵は同じ側に立ってるんだ。彼にぼくの目以上の役割を期待しない限り、彼がぼくの不利益に動くことはないよ」


「ビットーリオさん、ぼくもアンリと同じ意見だよ。話を聞く限り、ラーム伯爵は使えると思う」


「エマニュエルもそう言うなら、なにも言うことはないな。納得しよう」


 エマニュエルのひとことで、ビットーリオも引き下がった。あれ、ぼくよりもエマニュエルのほうが信頼厚かったりする? やっぱり、少しは働いてみせないとダメかも。

 

お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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