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11-6 ラーム伯爵(中)

ラーム伯爵関係、二話でいけると思いましたが、ちょっと筆が滑ったこともあり、無理でした。

「さて、わたしとしてはこれは尋問ではなくて、会話だと理解しているのだけど、そろそろ、さっきのわたしの質問に戻らせてもらうことは可能だろうか?」


 まあ、そろそろそう来るだろうとは思った。むしろ、伯爵は文句も言わず、ここまでよく素直に答えてくれたと思う。


「ぼくがなぜ実家に話さずにこういう危ない橋を渡っているか、ということですか?」


「そこまでギエルダニアの政争に関わりたくない理由も、できたら頼むよ」


「父や姉がギエルダニアの後継者争いに関わることは別にかまわないんです。姉は自分の意思でアウグスト殿下と結婚してギエルダニア皇家の人間になることを決めたわけですから、関わることがむしろ自然だと思います。それが父や姉たち自身の選択ならば」


「ふむ、今回のきみの行動を考えるとむしろ意外だが、きわめて普通だね」


「ただ、その選択を誰かが強いたとすれば、父や皆が望まぬ選択を受け入れるのは、家族を守るためです。その中には間違いなくぼくが入ってしまう。ぼくは、ぼくの大切な人たちがぼくを守るために犠牲を払うことが耐えられないんです。だから、その可能性を見つければすべて排除します」


「ふむ、なぜそこにそれほどこだわるのか、訊いてもいいかな? こういってはなんだが、きみの行動はただの独りよがりとも言えるんじゃないか?」


 伯爵のぼくを見る目が、ほんの少し鋭くなった。


「まあ、そうでしょうね。父も姉も、そして母や兄たちも、ぼくにそんなことを望んじゃいない。こんなことを皆が知れば、激怒するし、悲しむでしょう。きっと、ぼくの自己満足です」


「ならばなぜ? きみがそれほど大切に思っている家族なら、たぶんきみを守ることを何の負担にも感じていないと思うよ」


「人間と魔族の物語の最後に、必ず英雄が登場することをご存じですよね?」


 伯爵は意表を突かれたらしく、ぼくを見定めようとする視線の焦点が急に甘くなった。


「あ、ああ。われわれの同族からは殺戮者さつりくしゃと思われているがね」


 まあそうだろうな。視点を裏返せば当然だ。タニアやシルドラ、テルマやバルたちと関わってきた今は、仮に「中途半端」の特性がつかずにアンリとしての力がフルに発揮できたとしても、英雄になって魔族を討つ、なんてことは決してしたくない。


「ぼくがその英雄なんですよ。正確には、英雄になるべき人間なんです」


 思い切ってこれを口にし、ぼくは伯爵の反応を待った。濡らした唇が乾くぐらいの沈黙のあと、表情をいくぶんこわばらせてぼくを凝視していた伯爵はゆっくりと口を開いた。


「だいじょうぶかい? 子供のころによくかかる病気の話を聞いたことがあるが……」


「さんざんもったいつけて言うことはそれですか!?」


 そして、どうやらこの世界にも中二病が存在するらしいことにもビックリだ。


「いやいや、しかしそれ以外にどう反応すればいい? いきなりそんな話を聞かされたほうの身にもなってくれ」


 ぼく? ぼくが悪いの!?


「そ、それじゃもう少し説明させてもらいます。それを聞いてもらえれば、きっと信じてもらえますから」


「ああ、うん、どうぞ」


 伯爵の視線は依然として生暖なまあたたかい。くそ、どうしてこんなことになった? 少なくとも、頭を打った、とかはいわないほうがよさそうだ。


「ぼくは三歳の時、ちょっと大きなケガで生死の境をさまよいました。この身体が意識を失っている間、ぼくは『この世界を観察している存在』と話しました」


「ちょっと待った。いろいろ問いただしたい点があるのはとりあえず横に置こう。それはわれわれにとっての『神』といわれている存在なのかな?」


「たぶん違うと思います。この世界を作ったわけでもないし介入することもできない、見つめるだけの存在だ、というようなことを言っていましたから」


 魔族にも「神」という存在があるのか。これはあとで訊いてみよう。


「わかった。とりあえずそういうことにしておこう。次に、三歳の子供がどうやってそういう存在と会話を成立させるのかな? きみはたしかに学生にしては大人びているが、三歳のころからそうだったわけではあるまい?」


「三歳のころからこうだったんですよ。そのときぼくは、すでに二十年以上生きてましたから。ぼくはこことは違う世界で二十年と少し生きて、そして死にました。ただ、ぼくの魂はなぜか形をとどめたままこのアンリ・ド・リヴィエールに入りこんだようです」


 そして、たぶんぼくは本来のアンリを追い出してしまっている。もう、彼の存在を感じなくなって十年以上だ。


「……続けてくれ」


「その時ぼくは、このアンリが英雄となる運命とそれにふさわしい資質を持った存在であること、別の世界で中途半端な行き方をしてきたぼくの魂が、その資質に悪影響を及ぼしてしまったことを告げられました。英雄として召喚されたとしても、あっさり負けて死ぬ程度には悪い影響だったらしいです」


「ふむ、それで?」


 真面目に聞いてくれてるんだよね? そうだよね?


「意識が戻ってからタニア、あなたがたがノスフィリアリと呼ぶぼくの師匠とじっくり話しました。そして、英雄になってしまってまわりを混乱させたあげくに、あっさり死んで皆を悲しませるのが定められた道なら、英雄が必要な世界になってしまうことをできるだけ遅らせて、英雄になる前に一生を終えよう、と生き方を決めたんですよ」


「単にそういう死に方がイヤだったわけではなく?」


「それもあります」


「いろいろ台無しだね。それで、続きは?」


 うーん、意外とツッコミが厳しいな。


「……幸い、と言っていいのかわかりませんが、ぼくが悪い影響を与えてしまってなお、アンリには充分な才能が残っていました。ぼくは、それをぼくのまわりの優しい世界にずっとそのままでいてもらうために使おう、と決めたわけです。だから、その世界によけいなちょっかいを出されるのを放置するつもりはないんです」


「その世界がそのままでも、大陸の情勢が変わればどうしようもない場合も出てくるよ?」


「だから、歴史をなるべく動かさないようにしようとしているんですよ。そうすれば、いろいろ守りやすいし、英雄も召喚されない」


「スジは通るか……。または、病気をどうしようもなくこじらせてしまったか」


「あのっ!! やってることは、今回伯爵がたくらんでることと変わらないと思うんですがっ!?」


「ふむ、なかなか見上げた心がけだね」


「……」

 

だんだん、本当に話が通じるのか、疑わしくなってきたな。さらに重ねてボケてきたら、いちど打ち切ったほうがいいかも。




「冗談はともかくだね」


伯爵は、ぼくの心の声が聞こえたかのように話の流れをいきなり戻した。やるな……。ここまでで、けっこうメンタルを削られてしまった。


「少し整理させてもらってもいいかい? まず、ユルゲン様の件についてだが、われわれが直接アウグスト様に接触する場合には、きみはこれに関わらない。この理解は正しいかな?」


「そのとおりです。むしろ関わる理由がありません」


「次に、より一般的な話をしよう。ギエルダニアのものがきみの父君の協力をもとめようとする場合、直接父君と接触して交渉をする限りにおいては、やはりきみは関わらない。そして、父君の判断は尊重し、父君に協力する。これは?」


 ん? ややこしくなってきたぞ。話をどう持っていこうとしているんだろう?


「アウグスト様の件を除けば具体的な状況が思い浮かびませんが、そういうことですね」


 父様が自分の都合で他国の政治に首を突っ込むなど、天地がひっくり返ってもあり得ないけどね。そんなに愚かな人じゃない。父様がそういう人だったら、アッピアにも女王国にも関わってこないよ。どんな副作用があるかわからないもの。


「父君がそんな危ない橋を渡るはずがない、という顔だね。なら、きみ自身はどうなんだい? 家に迷惑がかからない限りで、そういう橋を渡る気はあるんじゃないかな?」


 やべっ! 表情を読まれた。


「いや……渡りたくてもこんな子供が渡る橋がないですよ」


 これでスルーは……できないだろうな。一瞬でふところにもぐりこまれた感じだ。


「違うな。きみの今後を考えれば、どうしたって渡らなければならない局面があるのだろう?」


「……どうしてそう思うんですか? だいたい、ぼくみたいな小僧が、どうやったらそんな大それたことができると思います?」


「大それたこと、か。ちなみに、さっききみは、『英雄が呼ばれる状況を作らない』と言ったね? きみはすでに、一つの答えを持っていることに気づいているかい? 正解かどうかはともかく、だ」


 なにが言いたいんだ? 素で意図が読めない。答えとやらについても、想像がつかん。


「どういうことでしょう?」


「ノスフィリアリとテルマが力を貸すなら、きみは魔王になることが可能だよ」


 ……………………はい?

お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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