11-4 捨て身www
少しずつ、感覚が戻ってきた気がします。
もうしばらく、不安定な時期が続くかもしれませんが、お付き合いいただければ幸いです。
屋敷と学舎の往復には、伯爵家の馬車をあえて断って、「学舎で手配してくれる」とおおボラを吹いて自前の馬車を使った。もちろん、招かれざるお客さんが来ること前提なので、馭者はプロの方ではない。ヨーゼフだ。なにかあったときにいささか心許ないのでは、という意見もあったが、どのみち護衛の本命はシルドラとテルマなので、小回りのきくヨーゼフで充分だ。
さすがに、最初の週末にはなんのイベントも起きなかった。まあそうだろうね。ぼくが狙い目だとラーム伯爵の手のものに伝わったのがせいぜい二日前。末端の判断にはちょいと大きすぎる作戦の変更だし、ぼくの行動もすこしは調べないといけない。なにせいま、ドルニエとギエルダニアにはおおきな火種といえるものはないのだから、三男とはいえドルニエ貴族の子息に手を出して、下手な騒ぎを起こしてはマズいはずだ。
大きい判断が出来る人間がこちらに出てきていたとしてもう一、二週間で動きが出る。本国に連絡をとっているようだと一ヶ月以上はかかるだろうから、ぼくがイネスの結婚式のためにシュルツクに出向く二ヶ月後を狙うほうが賢明だ。このぼくの行動は、カラ振りに終わる可能性もあるのだ。
ただぼくは、カラ振りはないだろうと踏んでいる。それが出来るなら、フィルマン公爵のような頼りになるかならないかわからない人物を通す必要もない。むしろ、できれば二ヶ月後までにおぜん立てを全部済ませておこうとしているのではないか。
そして、その一週間後の今日なわけだが、屋敷からの帰路でヨーゼフが馬車の速度をゆるめ、無言のまま後ろ手で指二本を振ってみせた。サインなどは示し合わせてないが、その必要もない。アタリだ。問題は、力づくでくるのか、いちおうの礼を尽くしてみせるのか。それで相手の器量がわかる。とりあえず、テルマに最初の念を送っておいた。
扉が開くと、そこには仕立てのよい服を着た姿勢のよい中年の男が立っていた。この局面で想像していたより、いくぶん存在感のあるキャラだ。ぼくと目が合うと、胸に手をあてて深々と頭を下げた。
「アンリ・ド・リヴィエールさま。お急ぎのところをお邪魔し、たいへん申しわけありません。我が主が、ぜひお話申しあげたいことがあるとのことで、すこしだけお時間をいただけませんでしょうか? 今夜、さほど遅くない時間に学舎にお戻りいただくことをお約束いたします」
ここでのぼくの対応もけっこう難しい。あくまでなにも知らない子供と思わせなければならないが、話の通じない小物のガキと思われても困る。
「あなたは?」
「わけあって主からは、この場で身元を明らかにする許しを得ておりません。主よりすべてお話しする予定なれば、その点はご容赦を」
ふむ、人さらいにしては破格の礼のつくし方だな。しかも、たかが学生相手にへりくだってみせることに何のためらいも見せていない。気のゆるみも見せない。ウチのジョフレと甲乙つけがたいくらいに有能な人だ。
「わかりました」
「それでは、馭者の方は当方の馬車のあとを追っていただくようお願いします。アンリさまにおかれては、たいへん失礼とは存じますが、わたくしの同乗をお許しください」
ぼくが無言で頷くと、男は馬車に乗り込み、後ろ手で静かに扉を閉める。それを合図にしたように、ゆっくりと馬車が動き始めた。あれ、シルドラたちの気配を感じないんだけど、大丈夫かな?
馬車が止まったのは、貴族の王都屋敷が集まるエリアにほど近い高級宿だった。特に場所を隠さないのは、返すつもりがないからとも言えるが、男の様子から見て、それもなさそうだ。「子供だから場所などわかるまい」とか侮っている様子もない。ぼくはおとなしく、案内されるままに宿の中に入った。
案内された先は、見るからに貴賓室、という部屋の応接間だった。そこには、貴族らしい高級な仕立ての服に身を包んだ若い男が中央の椅子に深々と腰を下ろしており、護衛らしい男が数人控えている。立ち居振る舞いから見て、そこそこ腕は立ちそうだが、彼らだけならぼく一人でもなんとかなりそうだ。
「旦那さま、アンリ・ド・リヴィエールさまをお連れしました」
男の言葉に、主らしい椅子に腰掛けた男がうなずく。
「こちらは、ギエルダニアで伯爵位をいただいておりますラーム伯ヨッヘンさまにございます」
ふむ、本命がいきなり登場、というワケか。ビットーリオやローラは「小物感」はない、と言っていたが、パッと見たところ「大物感」もないんじゃないかな。
「アンリ殿、まずは、すこし強引にこちらに招待させてもらうことになったことをお詫びする」
そう言ったラーム伯爵は軽く頭を下げた。ぼくは小さく頷いてみせる。このへん、形だけでもきちんと詫びてみせるのは合格だろう。
「その上で、今日はひとつ相談をさせていただきたいのだ。わたしはギエルダニア第二皇子ユルゲンさまの側近であるボスマン公爵の意を受けてこちらにお邪魔している。いずれ起こる皇帝位継承に関わることと思ってもらえればいい」
ラーム伯爵が話していった内容は、あらかじめ想像していたとおりだった。そして、むこうの思惑どおりにアウグスト殿下がユルゲン殿下を支持することになった場合、ボスマン公爵がぼくの将来について最大限の便宜を図ってくれるらしい。希望すれば、ギエルダニア王宮に入ることも可能だとか。伯爵家の子息とはいえ三男坊だから、それもありっちゃあり。だが、これはぼくにとって渡りに船だった。
「すこしだけ時間をください。一週間で返事を差し上げることを約束します」
ラーム伯爵はしばらく食い下がったが、ぼくは「時間をください」の一点張りで通し、最後には他言は一切無用との前提で伯爵が折れた。継承問題に加えて自分の将来まで決まってしまうかもしれないのだ。特に、ドルニエに残るかギエルダニアに渡るかなんて、そう簡単に答が出せるわけがないよね……普通は。
貴賓室で足止めを食っていたのは二時、地球時間の二時間くらいだった。約束どおり、ぼくはいっさいの危険を感じることなく帰路につくことになった。帰りもあの執事ふうの男が同行してくれるらしい。ありがたいことだ。
特に会話を交わすこともなく、ちょうど男がちょっと前にこちらの馬車に乗りこんできたあたりにさしかかる。ぼくはテルマにゴーサインを送った。同時に男が身体をピクッとこわばらせる。あれ、バレた?
ぼくの念に反応したらしい男が素早く身構えて強い魔力を放出しはじめたが、馬車の扉をけやぶって風のように飛び込んできたシルドラが、男の首に腕をかけて鼻下にナイフをあてるほうがわずかに早かった。そういえば、物理ならテルマより自分、と言ってたな、前に。でも、あれ、けっこうきわどかった?
「これは何のご冗談でしょう?」
体勢的に完全に詰んだ男だったが、その言葉は落ち着き払っていた。まだ詰んでいないという自信があるように見える。ぼくはシルドラに油断しないよう目配せした。
「ぼくもあなたに話したいことが出来てしまったんですよ。単刀直入に聞きますけど、あなたがラーム伯爵ではありませんか?」
「なにをバカなことを!」
すこし漏れ出す魔力が強まった。制御している魔力の量、そこから漏れ出す魔力の量を考えると、あれ、この人はひょっとすると人間ですらない?
次の瞬間、男の気配が猛々しいものに変わり……そして、今度こそ彼の表情が驚愕に歪む。そして、闇の中からテルマさまがあらわれる。うん、真打ち登場、って感じだね。
「テ、テルマ! なぜおまえが……」
「ベルディソ? こんなところでなにしてる? 領地は?」
どうやら知り合いらしい。しかも領主のようだ。ということは、少し前まではバルよりも立場が上だったわけで、けっこうな大物だ。
「っていうことは、魔族の人がラーム伯爵に成りかわっていた、っていうこと? それとも、もともとこちらに長くいらっしゃって、正しい手続きで爵位を受けたんでしょうか?」
男はほんの少しの間ぼくとテルマを鋭く睨みつけて、それから力を抜いた。
「なぜわたしがラーム本人だとわかりました?」
シルドラは依然としてラーム伯爵の首に腕を巻いたままだし、テルマはぼくのすぐ横でスタンバっているが、伯爵はぼくの「すこし話したいだけで、これ以上手荒なことをするつもりはない」という言葉を受け入れてくれた。受け入れざるをえなかったとも言う。ここまでで十分手荒だ、という見方もあるかもしれないが、ギリギリ「お互いさま」の範疇におさまるのではないだろうか。
「最初からわかっていたわけじゃないんです。でも、ぼくの知りあいが、あなたを知っているんですよ。わりと人を見る目がある二人がそろって、伯爵の器をはかりきれなかったみたいでしてね。そして、ぼくが今日会った伯爵はそんな感じじゃなかった。むしろ、あなたのほうがずっとイメージに近い。帰りにまでぼくについてくる周到さで、ほぼ間違いないかな、と」
伯爵は深くため息をついた。
「アミにかかったのはわたしだったというわけですか。それにしてもテルマ、なぜあなたがここに? そしてわたしの首に手をかけているのは、妹のシルドラでしょう? 彼女はノスフィリアリにベッタリとくっついていったのでは?」
どうやらかなりの知りあいらしい。
「わたしは成り行き。シルドラはノスフィリアリの命令でアンリのそばにいる」
伯爵は驚きの目でぼくを見た。
「あなたはノスフィリアリと繋がりが?」
「小さいころからの先生なんですよ」
伯爵は今度こそ全身の力を抜いたように見えた。
「あなたをただの少年だと思ってしまったところで、こちらの負けが決まっていたわけですね……。いいでしょう。話があるというなら、お相手しましょう」
おいおい、別に勝負をしようというわけじゃないんだから、「お相手」はないでしょうよ。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!
捨てるつもりのサラサラない捨て身でした。




