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11-3 布石

前回の公開後、丸二日で想像以上の方にPVをいただきました。見捨てられていなかったのだ、と涙が出るくらい嬉しく思いました。本当にありがとうございます。

 フィルマン公爵に接触してきたギエルダニアの人間がラーム伯爵の配下であることは、翌日には確認が取れた。ぼくはその翌々日、ジルの小屋でベアトリーチェをつかまえた。その前日に図書館で接触することも出来たが、あまりぼくたちの取り合わせを人に見せない方がよいし、話の内容としても人目につくところでするものではないため、あえて一日待ったのだ。ジルなら、聞かれたとしても今さらだというのもある。


 ことのあらましをざっとベアトリーチェに説明すると、返ってきた問いは一つだった。驚いた様子もなければ、特に難しい表情をするわけでもない。


「ミゲルおじさまに完全に手を引いていただけばいいの? それとも、ド・リヴィエール伯爵に手を出さないようにしていただけばいいのかしら?」


「ええっとぉ、その辺のさじ加減できちゃうの? というか、知りあい?」


 ぼくの説明から、すぐその二択が出てきてしまうのはとても普通じゃないと思うんですけど。


「お父様に連れられて何度かお屋敷にお邪魔させていただいたことがあるわ。下のお嬢さまのフランカ様がわたしの二つ上なの。それで?」


 ううん、このぶんだとベアトリーチェの頭の中では、この一件はたいした難事ではなさそうだ。だとすると、ひとつ試してみてもいいか。


「父様に話を持っていかなければそれでいい。その限りでフィルマン公爵がなにをしようと、どちらの肩を持とうとかまわないかな。ここまでみた限りでは、ギエルダニアの次の皇帝がハンスになるかユルゲンになるか、よりも、国をわった争いがギエルダニアの力を弱めるかどうかの方が重要だし」


「アンリ、またなにか悪いことを考えとる顔をしておるぞ」


 うん、ジルも鋭いね。考えてみれば、もうずいぶんつきあいも長いしな。


「ラーム伯爵という人にすこし興味があるんだ。あるかないかもわからない暗殺集団との関わり、そして、ビットーリオとローラが口をそろえて『判断できない』と言ったところが気になって。あのふたり、それなりに人を見る力はあるから」


「で、自分を囮にするつもりかの?」


 ジルの問いにベアトリーチェの表情が動いた。あきれかえったという顔でひとつため息をつく。そしてぼくを軽く睨んだ。


「あまりアンリくんのやることに口を出す気はないけど……もうすぐ自分ひとりの身体じゃなくなる、ってことだけは覚えておいてね?」


 うう、なんと萌えるクギの刺されかたか! 率直に言って、この子の「天才」には、男心を惑わす才能も含まれていると思う。だが、ただそれに骨抜きになりっぱなしでいるわけにもいかない。


「わかったよ。だから、『ド・リヴィエール伯爵家は末っ子に甘い』とか吹き込んでくれるといいかな」


「あのね、わたしの言ったこと、聞いてた?」


 ベアトリーチェは、ぼくの意図を正確に理解したようだ。


「聞いてるってば。だから、ひとりで動くことはしないよ。しばらく、シルドラとテルマにぼくのまわりに気を配っておいてもらうようにする。そうすれば不測の事態は起きないと思うよ」


 ジルが天を仰いで首を振った。


「というか、テルマひとりですでに過剰防衛じゃろ」


「ということだから、大丈夫。お願いできる?」


 ぼくは顔の前で手を合わせて見せた。ベアトリーチェがもう一度大きなため息をつく。


「まったく……。わかった。わたしはまだアンリくんのために動いてみせることはできないけど、お父様はふたつ返事で引き受けると思うわ。アンリくんに貸しを作れて嬉しそうな顔が目に浮かぶ……」


 本筋ではないけど、それも狙いのひとつだからね。さすがにそれは言わないけど。




 さて、いくらシルドラとテルマがいるからといって、いちおう、あちらさんがどう動いてくるかは心づもりをしておかなければならない。


「そのまえに、事前の相談がまったくなかったでありますよ! 明日から何日か、食べ歩きをする予定だったのであります!」


 とんでもない理由で計画が頓挫しかけた。シルドラの中で食べ歩きとぼくの安否と、天秤はどちらに傾いているのだ?


「いやそこは延期してよ! コトが終わったらすこしはごちそうするからさ!」


「明日から中央広場で肉祭りが開催されるのであります! 楽しみにしていたのでありますよ!」


 あちゃ、それはさすがにマズい。たしかに、そのネタは聞いたことがある気がする。だが、肉祭りで食べ歩きとか、シルドラがいくつか店を食べ尽くしちゃわないだろうか?


 と、テルマが気配もなくシルドラの頭を抱えた。ふいに動きを封じられたシルドラがモガモガワケのわからない声をあげる。なだめてくれるらしい。


「肉祭りはわたしも楽しみ」


 わお、なんだかんだで姉妹だ。そういえばこのふたり、食の好みも似ているのだ。しかし、さすがにぼくも命が惜しいので、テルマを強行突破するのはちょっと……。どうしよう?


「わたしはシルドラと一緒にいる。なにかあったら念で呼べばいい」


「なんでせっかくの肉祭りに、姉さんの顔を見ながら行かなければならないでありますか!?」


 シルドラが奇跡的にテルマの腕から抜け出してそれだけ言ったが、またすぐに抱え込まれた。まあ、そこはあきらめるしかないよ、シルドラ。テルマの提案で妥協することにするから、ガマンしてくれ。


「それで、狙いをぼくに定めたあちらさんがどう動くか、なんだけど……」


 シルドラがモゴモゴ言っている。さしずめ、「スルーでありますか!?」とかいうところだろうけど、ここはスルーさせていただく。


 まず反応したのがビットーリオだった。


「学舎の中にはさすがに手を出せないんじゃないか? 仮に学舎にいるアンリくんに手を出せるようなら、それはさすがに警戒が必要だろう」


 確かにね。いちおう学舎には物理的に壁を越えての敷地の出入りを魔法で検知できるていどのセキュリティが存在する。だからこそいつも転移で外に出ているのだ。これを回避できる力を持った人材をラーム伯爵が抱えているなら、それはおもしろ……ゲフゲフッ……警戒しなければならない。だが、仮にそんな人材がいたとしても、いきなりそれはない。ぼくの本当の姿を知っている人はごく少数であり、そこまで最初から用心してかかる理由がないのだ。


「ニスケス侯爵がフィルマン公爵にクギを刺し終わったら、しばらく週末はうちの屋敷にいることにするよ。移動中とか、特に狙いやすいだろうし、いちおうフェリペ兄様に注意喚起はしておきたいしね」


 この案には一同納得したようだ。なにかあっても、シルドラとテルマはすぐに駆けつけられる……よな? それに、第一段階からそんなにレベルの高い相手は出てこないだろうから、最悪、力づくでなんとかなるだろうとは思う。その場合、相手の警戒レベルが上がって次の動き方が難しくなるから避けたいんだけどね。


「あと、リュミエラとローラとビットーリオは、ほかにギエルダニアの接触を受けたものがいるか、わかる範囲で情報を集めてくれる? 貴族街近くの酒場でわかるていどの話でいい」


「了解」


「わかった」


「承りました」


 このふたりが武装を解いて酒場に行くと、それはそれは目立つのだ。目立ちすぎて、具体的にそこでなにをしていたか、まるで周囲の記憶に残らない。


「わたしはなにかやることがあるです?」


「ニケはシルドラたちと一緒に行動してて」


「食べ歩いていればいいです?」


「いや、まさかの時は助けに来てよ!……ただ、うまく気配を消せる? そんなに切羽詰まってないときは、相手に悟られないようについてきてくれる方がありがたいんだけど」


「うう……自信ないのです」


「わたしがなんとかする。アンリは心配しないでいい」


 テルマさんの「心配するな」が出た以上、心配は無用だ。心配してはいけない。




 ニスケス侯爵の仕事は早かった。翌々日にはベアトリーチェを通じてミッションコンプリートの連絡を受けたのだ。よほど張り切ってくれたのだろうな。いずれ、ドヤ顔で貸しを回収しに来るに違いない。


 というわけで、屋敷に戻るのはそのすぐあとの週末からになり、いささか屋敷の人間をあわてさせた。ほら、ぼくもいちおうお坊ちゃまだし。


「で、急に屋敷に顔を出す気になったのは、どういう風の吹き回しだ? なにもないときは、呼んでも顔を出さないくせに」


 フェリペ兄様がちくちくと問い詰めてきた。ただ、顔は笑っているから、マジではない。


「学生としてここに大手を振ってこられるのもあと一年だしね。卒業したら、もっと顔を出せなくなる可能性もあるし」


 なにせ、卒業したらすぐ、ド・リヴィエールの人間ではなくなるのだ。


「まあいい。ここは今もこれからもおまえの家だからな」


 じつは最近、フェリペ兄様のこういう男っぽい気遣いが本当に嬉しいのだ。ジーンときてしまう。


「それと、ちょっとご注進。ニスケス侯爵経由の怪情報」


 フェリペ兄様の表情が引き締まった。ちなみに、こういう説明のしかたはベアトリーチェとすりあわせ済みだ。


「話せ」


「ギエルダニア皇家からドルニエの主要人物の何人かに接触があったらしいよ。たぶん、後継者争いの件だと思う。巻きこまれる可能性がないわけじゃないから、身辺には念のために注意した方がいい。ジョルジュ兄様はフェリペ兄様に任せるとして、伯爵領とウォルシュ侯爵には兄様から手を打っておいて」


 フェリペ兄様が表情を緩め、ため息をついた。


「わかった。わかったが、いくら将来の義理の親子だからって、ニスケス侯爵もこんな話を学舎の学生を通じて伝えるかな……」


 まあ、そこはそれ。それに、その程度の感想ですむあたり、すでにフェリペ兄様も慣れちゃってるよね。



お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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