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112/205

11-2 最終学年

本日はこれにて打ち止めです。

思っていたよりもずっと多くの方が、二ヶ月以上作者に打ち捨てられていた不憫な物語の続きを見にやって来てくださいました。本当にありがとうございます。


明日すぐに、とはいかないかもしれませんが、次の更新まではそんなにた時間はかからないと思います。ぜひ、また見てやってください。

そして、リハビリがすんだら、他の作品の更新にも手をつけます。そちらものぞいてやっていただければ幸いです。

 今、ぼくは学舎の講堂にいる。今日は新しく学舎に入る子たちの入舎式の日だ。


 壇上では、ベアトリーチェが学舎生代表として、新入生を歓迎するスピーチをしている。七年前には、ぼくもいま新入生たちが立っている場所で、ジュリア様のスピーチを多少鼻の下をのばして聞いていた。今年の新入生たちも、ベアトリーチェにボーッとなっている。男女問わずだ。そうなってしまう要因は、今はよくわかる。文句のつけようのない美少女が七十を超える新入生ひとりひとりと常に視線を絡み合わせながら話しているからだ。考えてみれば、リュミエラもカトリーヌ姉様も、話すときには視線を常に意識していた。こういうところ、「抜きんでたお嬢さま」になるには絶対に必要なポイントなんだろうね。ぼくなんかは、前世でむしろ、話すときに極力他人と目線を合わせないようにしていた。ダメダメだ。


 今日からぼくは学舎の最上級生であり、これから学生としての最後の一年が始まる。日本では成人までまだまだ余裕がある年齢だが、この世界では学舎を卒業したらそうはいかない。「若造」とは言われても「子供」と言われることはなくなるのだ。


(役に立たないこと、小手先の技術ではないことをこそ学んでください。それが子供の時間の特権なのです。その特権をもう一度使えることを喜んでください)


 七年前、タニアはぼくにそう言った。


(あまり急ぐでない)


 これは、同じ時にジルが言った言葉だ。


 思いがけず手に入った二度目の子供時代も、この一年で今度こそ終わる。学舎での学生としての生活をなるべく大事にしようとこれまでも意識してきたが、最後の年は心残りのないように、卒業してしまえば決してできないような、学生らしい経験を積み重ねていこう。




「そう決心したばかりなんだけどねぇ!」


 ぼくは目の前のシルドラに当たり散らした。彼女はポカンとしている。


「ど、どうしたでありますか? わたしはヨーゼフが聞きかじってきた話を伝えただけでありますよ?」


 もちろん、百二十パーセントぼくの八つ当たりだ。シルドラが言うところのヨーゼフが聞きかじってきた話とは、ギエルダニア皇家の後継者争いに関わる話だった。ドルニエの軍務局のトップであるフィルマン公爵に、ギエルダニア第二皇子ユルゲンの手の者が接触を図ってきたというのだ。重要な話ではあるが、ぼくが学生らしい一年を過ごすために役に立つ話ではない。さっそく、年初の決心が土台から揺らいでしまったのである。


 ユルゲンと第一皇子ハンスの後継者争いが第三皇子のアウグスト殿下に飛び火する可能性については、以前から想定されていた。イネスとアウグスト殿下の結婚を二ヶ月後に控え、いよいよこれが現実の話になってきたというわけだ。


 現在、騎士団全体を統括しているのはロベールだが、国王の最側近として軍のトップにいるのは軍務卿たるフィルマン公爵だ。ユルゲンの動きは、当然ながらロベール、そしてド・リヴィエール伯爵家に影響力を持つことを狙ったものだろう。そしてぼくは、自分のまわりの世界に降りかかる妙な圧力をすべて排除することにしている。残念ながら、見過ごすことの出来ない情報なのだ。


 アウグスト殿下が二人の兄のどちらを支持するか、あるいはどちらも支持しないか、それはギエルダニア第三皇子としての殿下の問題だ。自由に決めてもらって、何ら差し支えない。イネスが殿下の妻としてどう考えるか、それも第三皇子第一夫人としてのイネスの問題だ。二人の皇子がどちらも極端に腐った果実ではないと判断している現状では、率直にいってどうでもいい。ただ、これをウチの家の問題にしてもらいたくないのである。


「リュミエラ、フィルマン公爵についてなにか知っていることはある?」


 リュミエラはぼくの問いにすこし顔を傾げた。


「わたくしが知っていることはだいぶ古い話だけですが……ひとことで言えば『流されやすいかた』と言えるかと思います」


 うわあ、いちばんありがたくないタイプの人だよ、こういう局面には。そういう人が軍のトップって、どうなのよ?


「フィルマン公爵をどう抑えるかはおいおい考えるとして、あとは、ギエルダニア皇室が今どういう状況か、ということかな」


 皇帝に健康の不安があるという話は伝わってきていない。クーデターでも起きない限りはすぐに皇位が移るということはないだろう。となれば、そのクーデターの可能性がどれくらいあるかを把握することが喫緊の課題だ。


「ローラ、ユルゲン皇子がこういうときに誰を使うか、とかに心当たりある?」


「そうだね、ユルゲン様の最大の支持者は皇帝の従兄弟すじのボスマン公爵なんだけど、実働部隊としていちばん活発に動いていたのは、ボクの記憶では公爵の取り巻きのひとりだったラーム伯爵かな」


 おっと、あまり期待せずに口にした問いだったけど、ローラの回答は思いのほか明快だったぞ。久しぶりに、彼女が十三歳にして近衛騎士に任官されたスーパーガールだったことを認識してしまった。剣の腕が立つだけでは近衛にはなれない。教養も洞察力も一流でなければならないのだ。


「アンリ、いま絶対に失礼なこと考えたよね?!」


「い、いや、そんなことないよ?」


 おっとっと、ローラもエスパーの一人だった。


「どうして語尾が上がるかな!?」


「き、気にしないで。それでさ、その人たちは最終的に分が悪いとなったら、実力に訴える可能性はあるのかな?」


「……まあいいや。ボスマン公爵はこれまできな臭い話にはあまり縁がなかった人だけど,ラーム伯爵は要注意人物だと思うよ」


「ぼくから少し捕捉しよう。ギエルダニアには『夜鷹』と呼ばれる暗殺ギルドの存在が噂されている」


 かつてギエルダニアを中心に冒険者活動をしていたビットーリオが口をはさんだ。


「もちろん、そんな名前を自分たちでつけたかどうかはわからない。ギルド云々にしても、暗殺なんて稼業でわざわざ足がつきやすい組織を立ち上げるわけもないから、それを探そうとしたところでなにも出ては来ないような気がするけどね。実在するとしても情報交換を中心としたユルい協力関係だとは思う」


 どうだろうか。単純に考えれば、闇に隠れなければならない仕事をする人たちが、自分たちに名前をつけるなんてのは考えにくい。やることは一つなのだから。外に対してアイデンティティを主張する必要はないからね。


「ビットーリオは、その程度のものは実在すると思うんだ?」


「まったく火のないところに煙は立たないと思うね。そして、ラーム伯爵本人については、一度護衛の仕事を受けたことがある。その時、二人ほど血の気配が濃いヤツが子飼いの護衛の中にいた」


「血の匂いのする人たちとのつながりはある、ってことか」


 知る人ぞ知る、にとどまるならまだしも、こうやってその名が人の口にのぼるようになってしまえば、それは自分たちの足を引っ張る材料になりかねない。それでも自己主張をすることにメリットを感じる暗殺集団となると……その存在自体を誰かに対する圧力に使う、ということか。だとすると、「金を払えば何でも」という連中ではなく、定まった目的を持っている繋がり、ということになる。


 ラーム伯爵のそばにいたのがその「夜鷹」の人間だとして、そこに存在するのはどういう関係だろう? 使いこなしているのか、はたまた利用されているだけか……?


「使いこなしているかどうかについては、率直に言ってわからない。犯罪者を抱え込む器量も度胸もあるようには見えないんだが、小物かというとそうとも言い切れない」


 顔に出たか。しかし、ビットーリオにしてはみょうに歯切れが悪いな。


「ボクもパーティーで何度か話したことがあるよ。伯爵本人からは、そういう危ない連中と深く関わっているという印象は受けなかったな。もっとも、清廉潔白というわけでもなさそうだったけど」


「英雄ローリエは新人騎士にして、あちこちのパーティーに引っ張りだこだったわけだね」


「アンリ、ボクは真面目に話しているんだけど!?」


「ごめんごめん。もう言わない」


 目的は達したしね。クールな外見のボクッ娘美少女がちょっと顔を赤らめてムキになるのって、たまらなく萌えるじゃない?


「……ったくぅ。それで、ボクもビットーリオと同じで、話してすぐわかる小物感、というのは感じなかったんだ。ちょっと、なにを考えているのかわからないところがありそうだよ」


 なるほどね。それならばいまの段階でやることは二つだ。


「フィルマン公爵については、出来るだけ早くクギを刺して、不用意なことをしでかさないように動きを封じる。これはユルゲンから接触があったという情報がある以上、あるていどあからさまに動いてでも早めに手を打った方がいいと思うんだ。だから、ベアトリーチェに頼む」


「ニスケス侯爵は動いてくださるでしょうか?」


 疑問を挟むリュミエラに、ぼくはサムアップで答える。


「たぶん、こういう話であればニスケス侯爵も乗ってくるんじゃないかな。彼の得意分野だろうし、王宮での今後の力関係に関わってくる話だ。それに、このテの話でぼくに貸しを作れるのは、侯爵にとって美味しい話だと思う」


「頼ってあげる、ということかい?」


 やはりビットーリオはカンがいい。何度かぼくが借りを返すころには侯爵はうしろに引き返せなくなり、一蓮托生以外の選択肢がなくなる、という寸法だ。ベアトリーチェの親だからということだけで、ああいうタイプの人をマルッと信用してしまうわけにもいかないし。


「まあ、そんなところかな。そして、ラーム伯爵については、ボスマン公爵とあわせて身辺の情報を急いで集めよう」


「釈迦に説法かもしれないが、今回はカデルよりシンシアじゃないか?」


 そう。ニスケス侯爵から引き継いだ二人だが、別にふだんから二人が協力して行動しているわけではない。収集する情報の性格に応じてどちらかに指示を出す、という形だ。そして、いろいろなソースをまんべんなく使っているらしいカデルと比べ、シンシアの強みは歓楽街のネットワークを集中的に活用するところにあると思われるのである。もちろん、ふたりとも自分のやり方は積極的に口にしないし、ぼくも訊かないことにしているから、確証はないけどね。


「え、どうして?」


 ローラがピンときていない顔で訊いてきた。そっちの方にはこの娘はまだお子ちゃまなのだ。


「そういうことを考えたり、していたりいる時には、口が軽くなる人が多いってことだよ」


 ローラはしばし首をひねり、そして突然顔を真っ赤にした。かわいいヤツめ。




お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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― 新着の感想 ―
[一言] [夜鷹]ってシンシアが率いている組織名な気がします。まあ向こうの世界に江戸時代の娼婦がいるとも思えないけど。
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