11-1 課題
本日三本目になります。あと一本いけると思いますので、そちらもよろしくお願いします。
アッピアがらみのドタバタが収束するころには、七回生の一年もすでに半分を過ぎていた。最高学年である八回生は、言わずと知れた学生最後の一年だが、ニートになる予定のぼく以外の学生にとっては社会に出るための準備で相当の時間をとられる一年だ。就職先も八回生に上がるころにはだいたい見えてくる。ぼくについていえば、卒業後の準備として学舎でやることは知識の吸収以外にないので特段変わりはないだろうが、まわりのみんなはそうはいかないので、おそらくはほとんど誰もかまってくれない、ぼっちの一年になるだろう。
「もう一度言ってくれんか? 最近耳が遠くなっての」
ある放課後、ぼくはジルの小屋を訪ね、ベアトリーチェとの件を報告したのだが、ジルの第一声はそれだった。
「ベアトリーチェと結婚することになりました」
「よしアンリ、そこに立て。今からわしが成敗してくれる」
「何でそうなるの!」
「あれほどの美少女を独占するなど、天に対する許しがたい反逆じゃ! 天にかわってわしがこの手で……」
「意味わからないよ! そして、ふだん天に尻を向けてるジルのセリフじゃないよ!」
「だいたいおまえは何歳じゃ!?」
「同い年だよ、ベアトリーチェと!」
「ちがーう! その前の二十何年があるじゃろうが! 許しがたい罪じゃぞ!」
ごめんなさい、そこは考えないでもなかったです。
「落ちついてください、旦那さま。アンリさま、本当におめでとうございます。わたしはお似合いだと思いますよ」
セバスチャンさんが割ってはいってくれてようやく場が鎮まった。その後もジルはグチグチと文句を言い続けたが、本心ではないと言うのもよく伝わってきたので、おとなしく受け止めておいた。本当に美少女が絡むとダメダメな爺さまだ。
「で、結婚するのはええが、卒業したあとの進路は決めたのかの?」
少し落ちついたらしいジルが、ぼくの将来に水を向けた。
「しばらくはあちこちを見て回ろうかと……」
「セバスチャン、ノスフィはいつごろここにやってくるかの? アンリが卒業後は定職に就かずに自堕落な生活を送るつもりじゃと、教えてやらねばならん」
「ちょっと待って! その微妙に悪意のある説明のしかたはやめて!」
タニアが長期休暇を取っているために、結婚の話はまだ説明できていない。 その段階でそんなバイアスのかかった説明を吹き込まれては、ぼくの命がいくつあっても足りない。
「旦那さま、ノスフィリアリ様はいま旅の途中かと」
「チッ、そうじゃったの……」
微妙にぼくに対するジルの悪意が感じられるが、それはともかく二人はタニアが今どうしているのか、知っているのだろうか?
「タニアがどこにいるか知ってるの?」
「魔族領のどこかじゃろ」
ジルが、「なんじゃ、知らんかったのか?」という表情をする。
「里帰りって聞いているけど?」
「おまえさんの姉のためじゃよ」
「イネスの?」
「イネス様のドレスを作るために、魔族領に生息する邪煉蜘蛛の糸を集めに行かれました。あの方なりのご結婚のお祝いということでしょう」
「もちろん、ド・リヴィエールの家にはそんなことは言っておらんがな」
「どうしてドレスをわざわざその糸で?」
その蜘蛛の名前も初めて聞いたぞ?
「織ると虹色の光沢の美しい生地に織り上がるんじゃが、それだけではない。その生地で作った服は高い魔法防御と、ちょっとくらいの斬撃なら撥ねつける物理強度を持つんじゃよ。ノスフィにしか用意できん素材じゃな。そして、おまえさんの姉にピッタリの贈り物じゃろ」
タニアがイネスの結婚祝いのために休暇を取って魔族領に行った。こころのどこかで、タニアは「ぼくの」師匠だ、と思っていたぼくは軽くショックを受けている。口惜しいとかそういう話じゃない。タニアはマリエールに仕えているのだから、その子供であるイネスとぼくに同じように接してなんの不思議もない。だけど、ぼくは自分のすぐそばのそんな絆に気づいていなかった。情けないったらない。
帰り際、見送りに出てくれたセバスチャンさんに、お祖父様のことを訊いてみた。彼がぼくの素性を最初からわかっていたかも訊こうかと思ったが、考えてみれば、お祖父様のことを覚えていれば、名前を聞いた時点で当然ぼくのこともわかっていただろうから、やめておく。
「もちろんよく覚えていますよ。セリエ様には、学舎ではよくしていただきました。学生時代から、騎士の鑑のようなかたでした」
「剣ではお祖父様が分が悪かったようなことを言っていましたけど?」
「たしかに、ほんの少しわたしに花を持たせてくださったかもしれません。ですが、騎士の道は剣のみで開かれるものではありません。セリエ様はわたしのあこがれで、目標でした。セリエ様とともに過ごした八年間はいまもわたしの宝ですよ」
セバスチャンさんは、初めて会ったときから変わらない優しい笑みをまったく変えずにそう言った。なんのためらいもなくそう言いきる、そのことが、ジルの執事としての今に心から満足していることを示しているような気がして、なんとなく嬉しくなった。ただのスケベ爺ではないのかもしれないね、ジル。
平時にこそ有事への備えに邁進すべし、というのは、いつの時代でも、どこの国でも、そしてどこの世界でも同じだ。
ここまでぼくは女王国のちょっとした企みを三度、アッピアの企みを一度頓挫させることに成功してきた。だが、その成功はいずれも「たまたま耳に入ってきた情報」から出発したものである。厳密には、ペドロからの情報は「たまたま」とはいえないが、別に情報をとってくることを期待してペドロにボルダンにいてもらったわけではない。運がよかっただけだ。そして、ぼくの知らないところで、ほかに頓挫させるべきだった企みが存在していたかもしれないのだ。
これから同じようなことを何度となく繰り返さなければならないぼくとしては、情報収集をいつまでも偶然や運にたよっているわけにはいかない。ニスケス侯爵から引き継いだカデルとシンシアは、ここまでのところは大変役に立ってもらっているが、何らかの状況を受けて収集を依頼した情報をもたらしてくれる存在であり、情報収集の基盤にはできない。あくまでも優れた道具だ。
ぼくは、秋も終わりに近づいたある六の日の夕方、用事をでっち上げて外泊許可をもらった上で、拠点のエマニュエルを訪ねた。
「改まってどうしたんだい、アンリ?」
エマニュエルは机の上に何種類もの薬品を並べて実験中であったが、途中で切り上げてくれた。ただ、一つの器の中で微妙に煙を出しながら発泡している薬品があるのが気になる。
「いや……だいじょうぶなの、それ?」
「ああ、吸いこみすぎなければね」
大丈夫じゃないってことですよね、それ?
「り、了解だよ。ちょっと今日は相談事。情報収集を強化したいんだけど、そのやり方について話したいんだ」
「なんでぼくだけと? みんなで話して決めることのような気がするけど?」
「最終的にはそうするけど、きみにしか頼れない部分があるんだ」
「そりゃまたどうして?」
「人手が圧倒的に足りない。といって、ぼくだけがかけずり回って人を探しても限界がある」
「というか、ムリだよ、それ」
「そう言っちゃうと、ホントにダメな気がして避けてるんだけどね。でも、仲間を増やすにしても、信頼できる協力者を獲得するにも、なにが必要か、ぼくと同じような見方で考えてくれることが、ふさわしい人材を見つけるために必要なんだ。いまの仲間の中に、残念ながらきみのほかにすべてを相談できる相手はいない」
「ふうん、そりゃまた厳しいね。みんな、頑張ってると思うけど?」
いや、たぶんエマニュエルはぼくの意図をわかっている。わかったうえで、わざとこういう訊き方をしているんだ。
「もちろん、みんなには全幅の信頼を置いてるよ。でも、この問題だけは別だ。ぼくは歴史の流れに手を突っこもうとしているワケで、どう流れをいじるかはぼくしか決められない。ぼく自身が直感でそれを決めているようなものである以上、潮目を判断できるのも本当はぼくだけだ。ぼくの目を共有できるとすれば、きみみたいに、ある意味で歴史の外側にいる人だと思うんだよ」
エマニュエルはひとつため息をつく。
「正解だと思うよ。ただ、ここから先はアンリも覚悟が必要だよ? ぼくと目を共有できるってことは、きみが歴史の外に出てしまうことでもあるんだ」
「わかってるよ」
時代の中に生きている人間が「今この瞬間」を歴史として考えるのは難しい。考えるためには、自分自身を時間の流れの外側に置く必要がある。
「言っておくけど、孤独だよ?」
「だろうね。それはきみが何度も感じてきたことだろう? ぼくは、まだきみがいてくれるから救われる」
「学舎でほとんど口をきいたこともなかった人間に言うセリフじゃないなぁ。ぼくにはきみにそこまで寄り添ってあげる義理はないよ? なんの得もないし」
それは困る!
「な、なにか要望があれば聴くよ?」
「思いついたら言わせてもらうよ」
ほんとに、「人間関係=ギブアンドテイク」の精神を地で行くヤツだ。だからこそ信用できるとは言えるんだけど、彼になにを与えられるのか、常に考えていかなきゃならないし、休みなく自分を高めていかなければ彼についていけなくなってしまう。彼が近くにいてくれるかどうかは、自分が前に進んでいるかどうかをはかる物差しだ。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




