10-6 収束、そして帰郷
本日2本目の投稿になります。今回で小競り合い介入編は一応収束です。
アッピアと女王国の間のレイハナ攻防戦は、気持ち悪いくらいに計画通りに運び、計画通りの結末となった。ぼくはなにもしなかったと言って良いが、デキる仲間がいると本当に助かる。ただ、ぼくが土壇場で思いついたバルのスケルトンによるレイハナ防衛の演出は想像以上に効いたらしく、ビットーリオが絶賛してくれて、今回の一件で役に立っていないボクの株が下がるのを防いでくれた。いや、なにもやらなかったことには変わりないんだけどね。
一方で、最高殊勲選手は誰かといえば、これは決めるのが難しい。レイハナをみごとにカラにしてくれたリュミエラ、ストレスのたまるであろう待機を耐えて始末すべきを確実に始末し、最後にアッピアの指揮官の惨殺を演出してアッピア軍に大混乱を招いてくれたシルドラとニケ、それから、ビットーリオの指示であちこち動き回って情報を取り、場合によって偽情報も流してくれたヨーゼフとフレドも殊勲大だ。
しかし、やはり最大の功は女王国王室勢だ。もちろん、ぼくの意図を汲んでくれたシャナ王女にはどれだけ感謝してもしたりないのだが、シャーリーとブリギットの両脳筋王女の機敏な動きがなければ、いくらバルの牽制が効いたとはいえ、レイハナの街が傭兵や冒険者に荒らされることは避けられなかっただろう。いや、二人は単に一刻も早くアッピアの軍勢を蹴散らしたかっただけで、ぼくの意図と彼女たちの動きはまったく関係ないのだけど、一日始動が遅ければ、被害はだいぶ広がっていたはずだ。被害が抑えられたことで、「聖女」を今後も活躍させる道筋までできたのだから、まったく彼女たちに足を向けて寝られない。もちろん、本人たちにそんなことは言えないけどね。
「シャナさま、今回のご協力、本当にありがとうございました」
騒動が収まってすぐ、ぼくはマイヤとともにシャナ王女のもとを訪れた。マイヤをともなったのは、彼女がシャナ王女からアポなし訪問を許可されているからである。一人で訪問しようとしても、結局彼女に日程調整を頼むことになるため、気は進まなかったがマイヤ同伴となったのである。
「わたしは別になにもしていない。言われたことを説明しただけ。現場で働いたのは姉さまたち」
「それはわかっていますが、シャーリーさまやブリギットさまはシャナさまでなければ動かすことはできませんでしたし、ぼくから直接お礼を言うこともできません。どうか、お二人への感謝もまとめて受けとって頂ければ」
相変わらず無表情なシャナ王女だが、肩をすくめてうなずいた。
「わかった。こんど少し優しくしてあげることにする」
そ、それは……。三人の関係の実態はどうなっているのだろう?
「シャナさまにぜひお礼をしたいと思うのですが……」
「気にしなくていい」
「いや、それではぼくの気持ちが収まりません。ぼくをもういちど助けると思って、なにかお礼をさせてください。できることなら、なんでもさせてもらいます」
その瞬間、シャナ王女の目が鋭く光った。
「じゃあ、合宿がしたい。マイヤの作業場があるアンリのところで」
「は?」
頭の機能が完全に停止して、ぼくはそのひと文字しか発することはできなかった。だが、横でマイヤがうなずいている。
「それはよい考えです。わたしがいつでも出向けるとはいえ、時間を気にせずに作業をする機会は貴重です」
なんの作業だよ!?
「ちょ、ちょっと待ちましょうよ。そりゃなんでもするとは申しあげましたがぁ、うちで合宿って、そりゃどう考えてもムリでしょ……ムリですよ! シャナさまが王宮を何日も空けるってことですよね!? ありえなくないですか!?」
「それをシャナさまのために考えるのが、アンリさんの気持ちの示し方ではないのですか?」
シャナ王女は、無言でウンウンと頷いている。
「……参考までに伺いますが、いったい何のための合宿でしょう?」
シャナ王女がマイヤに視線を送り、マイヤが大きく頷く。
「いま、二人で本を作ろうとしています。王宮を舞台にした作品で、リアルなものに仕上げるにはシャナさまの力は不可欠です。ですが、わたしが通いで作業する形では時間がかかりすぎます。どうしたものか、と悩んでいたところでした」
「……あー、そうなんだぁ……」
ぼくは虚空に視線をさまよわせながら、なんとかそれだけの言葉を絞り出した。本って、やっぱり薄いヤツなんだろうなぁ。
ほとんどミッション・インポッシブルといってよい難題だったが、いや、人脈ってやっぱり大事だ。ダメもとでヘレナさんにシャナ王女不在中の身代わりを頼んでみたら、快く引き受けてくれた。もっとも、話をする状況になればすぐにバレてしまうため、王女が引きこもりでなければさすがに無理な話であり、綱渡り的な解決ではあった。また、シャナ王女とヘレナさんが意気投合してしまい、ヘレナさんが王女の侍女としてそばに控える、という案が進行しているとかいないとか。バルは、自分の足もとから腐敗が進んでいることについて、どう思うだろうか。彼の配下には生物的に腐敗している存在も多いから、気にしない可能性もあるか。
いまぼくは馬車に揺られて伯爵領からカルターノに戻る道中である。なんだかんだで夏期休業終盤まで忙しかったために、また実家に帰るタイミングを失しそうになったのだが、シャルロット様に直接婚約の話を報告しなければならないため、短い滞在になるのを承知でこうして久々の馬車の旅とあいなったわけだ。リュミエラやシルドラを含め、仲間は誰も来ていない。マリエールがドルニエにいる間、帰郷のため長期で休暇を取っているというタニアも不在で、思えば、自分に注意を払う人間の少ないこういう時間は久しぶりかもしれない。
じつは、ぼく自身はシャルロット様への婚約の報告をまったく失念していたのだが、マリエールが、ぼくが直接知らせないとシャルロット様が拗ねるから困る、というのだ。たしかに、いつもニコニコして優しいシャルロット様がいちど拗ねると長引くのは事実だ。そして、その被害は、同じ敷地の中にいることの多いマリエールだということも。いわば、人助けである。だが、シャルロット様が、実の子のことのように喜んでくださるのを見たら、やはり報告に来て良かった、と実感せざるを得なかった。
結婚については、ニスケス侯爵はベアトリーチェの提案をほぼそのまま受けいれた。というか、ニスケスを名乗らせてもいいとまで言ったらしい。あの人もどこかおかしい。まともな職に就かないことがわかりきっているぼくに、ドルニエ興隆期から続く名家であるニスケスを名乗らせてどうしようというのか。
もっとも、来年には学舎生代表になることが確実であり、学舎卒業後の身の振り方がずいぶん前から貴族社会最大の関心事となっているベアトリーチェが、定職に就く予定のないしがない伯爵家三男坊のぼくのようなものと卒業後すぐに結婚する、なんてニュースが巻き起こす大騒ぎは気になるらしく、卒業までは厳秘扱いとすることで関係者一同が合意した。侯爵もさすがに彼女が騒ぎに振り回されることが心配なのだと思う。「こういう情報は、一気にすべてぶち上げるほうがおもしろい」と呟いていたが、娘を心配する姿を見られるのが照れくさいのだろう。そう信じたい。
そして、この間は当然ながらベアトリーチェに結婚話が舞い込み続けることになるが、彼女は普通に「お見合い」をするつもりらしい。「会いもせずに断り続けていたら、まわりが不審に思うわ。それに、それなりの立場にある人たちの人となりを見定めるいい機会よ」というのが彼女の意見だ。彼女のリクエストで、ぼくは「お見合い相手」の情報(特に、あまり表沙汰にならないようなたぐいのもの)を集めることになっている。婚約者のお見合いを手伝わされているようで多少複雑だが、「ちょっとは妬いてくれると嬉しいな」という締めの台詞で黙らされている。すでに今後の力関係が明らかになりつつあるような気がしてならない。
慌ただしい実家への滞在だったが、その一日を使ってお祖父様のセリエ卿を訪ねてみた。婚約の報告にはわざわざ出向かなくても良いといわれていたが、そのついでにセバスチャンさんのことを聞いてみたい、という思いもあったからだ。
「アンリ坊やがもう結婚話とはな。わたしも老け込むわけだ」
ちなみに、セリエ卿はいかにも武人、という豪快な人で、六十歳に近いとは思えない若々しさだ。それでいて学問も良くたしなみ、伯爵家を継ぐまではやはり近衛騎士団に籍を置いていた人である。ロベールも同じで、フェリペ兄様はまったくもって正当派跡継ぎ、というわけである。
ひとしきりベアトリーチェとのなれそめについて話をさせられたあと、ぼくはセバスチャンさんの話を切り出してみた。
「おお、セバスチャン・リッケルか。よく覚えているよ。たしかにすばらしい剣の腕だった。わたしとの勝負は五分、いや四分六分で多少分が悪かったか」
ちょっと口ごもったところを見ると、三分七分ぐらいの分の悪さだったとみた。
「何度か稽古をつけてもらったのですが、気がつくと急所に剣を当てられてしまってました」
「あの男の剣はとことん理にかなった剣だからな。たいていの相手は構えた瞬間に詰んでいたよ」
「でも、第一騎士団で『狂犬』と呼ばれていた、と伺いましたよ? お祖父様の話はぼくの経験とうまくかみ合うんですけど、その呼ばれ方に違和感を感じてしまったんです」
「『狂犬』か……。まあ、気性の激しい男ではあったんだが、あの頃の第一騎士団はちょっと腐っていてな。理にかなわないことが大嫌いなあの男には耐えがたいことが多かったんだろうよ。理屈に合わないことは受け入れない上に、上官であろうととことん追い詰め、叩き伏せてしまうのだ。その融通のきかなさが疎まれたらしい。それで、悪意を込めて『狂犬』という呼び名が出てきてしまったらしいのだよ」
なるほど、微妙に順番が違うのか。「狂犬」と呼ばれる部分を疎まれたのではなく、疎まれたから「狂犬」という悪意ある呼び名がつけられた、と。不思議と、それなら納得できてしまう。
「いまはザカリアス教官と本当にうまくやっていらっしゃるようでしたよ。それこそ理に合わないことも平気で流していらっしゃいます」
「ザカリアス師はふところの深いかただ。たぶん今のあの男は心から満ち足りているのだろう」
ぼくもそう思いますよ、お祖父様。ジルのふところが深いところは、十分見せてもらってはいませんけど。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




