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Interlude 6 ビットーリオ

恥ずかしいことに、前回の更新から二ヶ月以上が経過してしまいました。この間、出張が年末ギリギリまでと長期にわたったことで作品に頭を振り向ける余裕を失い、一時はモチベーションすら消えかかる有様でした。年明けからいろいろな作品を読んだり、自分で考えたりしてモチベーションアップを図り、ようやく更新にこぎ着けました。

まだ読んでくださる方がいる、ということがわたしの心をつなぎ止める最大の力だったことはいうまでもありません。本当にありがとうございます。

今日は、おそらく四回分ほどまとめて更新できると思います。朝は読み直しを終わった一本だけですが、夜には残りを投稿できると思います。

「なにか新しい話は入っているかな?」


 ボルダン出発を翌朝に控えた夜、わたしはデスクのむこうで書類と格闘しているペドロに問いかけた。


 ここはボルダンのスラムの中心から少し外れたところにあるジュゼッペ一派のの拠点、すなわちスラムの心臓部にあたる小さな建物の中のペドロの執務室だ。ちなみに、街の中の主要な直営の施設からは、隠し通路がこの建物に通じている。今日のわたしは、酒場の地下室に設けられた通路を使っている。


 アンリくんが最近手に入れた隠密集団は、定期的にレイハナからの情報を伝えてくる。その情報の受け渡し場所がこのペドロの執務室、というわけである。レイハナの防衛施設の概要、街の主要施設の見取り図、結界が張られている施設の一覧などは既にこちらに伝わっている。


「二日前に市民の避難が始まったそうです。シルドラ姐さんとニケは街が落ちつくまで街の外で魔獣でも狩っているとか」


「どこか目立たないところに潜んでいるはずじゃないのかい?」


「欲求不満が限界を超えそうなんだとか。なんでも、始末する人数が予定よりだいぶ少なくなってしまったらしいです。街の人がほとんどリュミエラさんに魂を抜かれてしまったみたいですね」


「ああ、なるほど……」


 その情報には苦笑するしかなかった。ニケは捕食活動の延長のはずだし、本来暴れるのが大好きなシルドラは、最近アンリくんに気を使って控えているぶん、今回の役回りには期待していたからな。指揮官のゴルドフはわたしが始末するつもりだったけど、譲ってやった方がいいかな?


「そういえば、わたしも気づかなかったのですが、今日、アンリくんがこちらに顔を見せたそうです」


「へえ、いったい何しに?」


「ジュゼッペと地下で仕合っていたらしいですよ。あとは、どこかで手もとの情報を更新していたんじゃないですかね」


「おいおい、ジュゼッペと? 大きなケガでもされたら困るぞ? 剣は刃引きだろうが相手が相手だ」


「ときどきやっているみたいですね。ジュゼッペから聞きましたが、けっこういい感じだそうですよ。ここ最近は、防戦一方でもなくて、たまに悪くないのを入れられかけるとか。そのせいで、あいつの欲求不満も溜まりかたがユルくなってきてます」


 まあ、アンリくんは事故につながるようなことは決してしないから、大事にはならないという自信はあるのだろう。そのへんの読み違いはしない子だ。そして、大事にならない限りは、剣の腕を高い水準に保つために最高の相手だからな。彼のことだから、凌いで凌いで隙を突くのだろう。そういえば、魔法の訓練はテルマを相手にしていると聞いたことがある。


「それで、伝言です。バルさん……ですか、その方がレイハナの中から百発くらい花火をあげるとか」


 ああ、なるほど。それは名案だ。バルの使役するスケルトンが防衛の真似事をすれば、無抵抗を不審に思われることもないし、占領後も街に戦力が潜んでいるかもしれないとなれば、傭兵たちに略奪にうつつを抜かさせるわけにもいかなくなる。しかも人的被害は出ない。




「ビットーリオさんは、この先ずっとアンリさんと組んでいくんですか?」


 ん? 妙なことを聞いてくるな。


「まさか、ぼくらとの縁を切りたいとか、そういうことを考えていたりするかい?」


「いやいや、いまのところはまったく。ただ、今のまま街が軌道に乗っていくと、わたしもどこかで守りにはいってしまうかもしれないと思うんです。失うことをおそれはじめたら、アンリくんにはつきあえない気がするんですよ」


 なるほど、ペドロもそれなりによくアンリくんを観察している。守るために攻め続ける、というのがアンリくんの基本だからな。攻めるために守る、という部分のあるスラム経営とは相性はあまり良くない。


「あまり深く考えない方がいいんじゃないかな。アンリくんが与えられるものを利益だと思えないヤツには、アンリくんは無理強いしないよ。そして、それだからといって関係が悪くなることもないと思う。アンリくんは人とのつながりを大切にする子だからね。この先、きみがどういう選択をしても、かりにアンリくんと対立する道を歩いたとしても、きみが危機に陥るようなことがあれば、アンリくんは全力できみを助けようとするだろうね。ただ、そういうことは起きないと思うけど」


「わたしがアンリくんと対立することはない、と?」


「いや、対立した時点で、アンリくんのまわりの怖い人たちが牙をむくよ。怖い人たちにはいるかどうかはわからないが、もちろんぼくもね。アンリくんが進もうとする道を邪魔する存在は、アンリくん自身が手を出さなくてもすべて排除する」


「……ビットーリオさんだけで十分怖いです。頭に置いておきますよ」




 思えば、アンリくんとのつきあいももう六年近くになる。


 シュルツクのギルドで、かつてわたしを何度も天国に運んでくれたシルドラ、そのときはアメリと名のっていた彼女を見かけたとき、思わず声をかけてしまったわけだが、その瞬間、リュミエラとともにシルドラが、子供、つまり当時八歳のアンリくんの盾になる位置に身を置いたのだ。かつて何度か仕事でシルドラと組んだことはあったが、誰かを守るという発想はついぞ彼女から感じたことはなかった。いささか驚いててその子供を観察してみると、無邪気と成熟が交互に顔を出しているような奇妙な印象を受けたわけだが、それが気になって彼を見つづけているうちにどんどん引きずり込まれていってしまったという部分が少なからずある。


 もちろん、今となってはその無邪気と成熟の混在の理由もわかっている。彼の風変わりな思考の一端は、彼の前世とやらによるものだとも聞いている。だがそのことは、守るべきものを探してさまよい続けていたわたしにとっての彼の吸引力をいささかも弱めはしない。


 わたしは剣を持つとき、なにかを守っているという実感がことさらに欲しくなる。子供のころからそうだった。騎士養成学校に入るまでは家族を、入学したあとは皇帝と国を守るのだと考えながら騎士をめざしていた。考えてみれば、そのときから自分をごまかしていたのかもしれない。たぶんわたしは知っていたのだ。騎士になったとしても、守るための道具になるだけで、自分の力で守ることなど出来ない、ということを。そして自分が道具になってまで守られるものが、自分に縁もゆかりもない誰かの、自分に無関係な意思に過ぎないということも。


 無駄と知りつつ、訓練でも実戦でも必要以上に相手の攻撃に身をさらし続けるわたしを、次第に周囲はうとむようになり、ほどなくわたしは騎士団を去った。部隊としての動きを乱すものは不要、ということだろう。未練はなかった。もっと目に見えるものを守りたかったから。そうして出会ったのがアンリくんだったわけだ。


 自分が慈しみ、自分を愛してくれる小さな世界を守るために自分のすべて、自分自身すら投げだそうとしているのがアンリくんだ。「勇者になってしまって死ぬのがイヤだから」と彼はいつも話しているし、それは一つの真実だろうが、根っこにあるのは彼の、自分のまわりの世界に対する愛情だと思う。それを見ているのが、わたしにはなんとも心地よい。自分の力がもし助けになるのなら、彼がいつまでもその愛情を注ぎ込み続けられるよう、彼を守り続けたい、と思う。


「ぼくとアンリくんの関係、というのはそんな感じかな」


 小さなたき火を囲みながら、そこで言葉を切ったわたしはヨーゼフとフレドを見た。


 ここはレイハナの街の少し外側だ。アッピアのレイハナ攻撃軍が陣を張っている。割り当てられた場所で持参した簡単な夕食を平らげたあと、ヨーゼフやフレドと一緒に割り当てられた場所に野営の準備をしたのだが、そのときに二人がわたしとアンリくんの関係を尋ねてきた、というわけである。


 狙いどおりバルの使役するスケルトンの攻撃に警戒を強めたアッピア正規軍は、混乱を避けるために傭兵・冒険者の混成軍を二つの領地軍と同じ外縁部に野営させ、小規模の部隊で街中の調査を行っている。もぬけのカラであることはじきに確認されるだろうが、このわずかな時間が大きい。アンリくんの読みでは、明日中には女王国の主力がここからそう遠くないところまで到達する。防衛線を構築するのが遅れた上におそらく数で圧倒されるアッピアは、そう長く持たずに退却せざるを得なくなる。


「ん? なにかおかしいところがあったかい? そんなにポカンとして……」


 せっかく説明したというのに、二人はわたしの頭の上に視線を置いている。こころなしか表情が引きつっているのが気になる。


「ビ、ビットーリオさん、うしろ……」


「うしろって、さすがに今の時点ではなにも……」


「なにカッコよく自分語りをしているでありますかこの変態がぁっ!」


 シルドラの声が先だったか、座って力を抜いていたわたしの脇腹に強烈な衝撃が襲ったのが先だったか、わたしは覚えていない。シルドラの気配の消し方がみごとだと思ったこと、ゴロゴロと地面を転がりながら、とてつもなく幸せな気持ちが全身を満たしていったことだけが頭に残っている。



お読みいただいた方へ。心からの感謝を!


変態の内心は思ったよりまともでしたが、やはり変態は変態です。

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