Interlude 5 シルドラ
大変面目ない次第です。前回の更新からひと月半あいてしまうというこのていたらく。
十月前半に少し軌道に乗り始めた更新でしたが、半ばに再び体調を崩して一週間ほど、それが回復するかしないかの状態で、現在出張で日本を離れております。
ヒマヒマに更新を、と思いましたが、やはり仕事が引っかかっているとなかなかうまくいかず、三週間経ってようやく一つだけ仕上がりました。もう一週間ほどで日本に戻る予定です。戻って何日かは仕事の整理でおわれるでしょうが、そのあとは、また頑張っていきたいと思っています。
そんな難産の「間章」ですが、どうか楽しんでいただけますように。
「問題なのはこの四人ですね。あとは、多少むずがる人が残っていますが、なんとかできると思います」
リュミエラがわたしにみせたのは、男三人、女一人の名前と所在を記したリストだった。
わたしとリュミエラ、そしてローラ、ローザ、エマニュエル、姉さん、猫娘がこのレイハナの街に入っておよそひと月が過ぎた。もっとも、リュミエラは女王家のお墨付きを持った教会の管区長の特使、エマニュエルはその補佐の修道士、ローラとローザは同じく補佐の修道女という肩書きで正面から堂々と入っているのに対して、わたしとニケは夜の闇に乗じて入りこみ、日中はこの教会の屋根裏部屋にこもりっきり、という無茶な話になっている。一週間が過ぎたあたりからは、猫娘は野生に戻って街の外で捕食生活を楽しみ始め、教会に戻ってこなくなった。ちなみに姉さんは、勝手にやってきて三日目にこれみよがしに教会に結界を張ったあと、さっさとカルターナに戻ってしまっている。「必要なら呼んで」と言い残していったが、絶対に呼ばないつもりだ。
深夜はたまに外出できるとはいえ、あまり酒場などで顔を覚えられるわけにもいかない。憂さ晴らしをするあてもないままに四週間目に入ったころには、わたしもそろそろ猫娘と同じようにすごしてみたいと思ってしまうくらいに抑鬱感が溜まってきている。
そもそも、わたしたちをこの部屋に押し込めたのは、最初の日だけ一緒にこの街にきたアンリさまだ。この部屋最高じゃん、とか言って部屋をわたしと猫娘にあてがい、抗議をニッコリ笑って聞き流した。わたしたちが人目についてはマズいというのはわかるし、教会全体の気配を探り、いざというときの戦闘の拠点とするのにうってつけだというのは間違いない。昔からそうだが、無茶ぶりにそれっぽい理屈をくっつけるのが本当にうまいのだ。なにをさせても十分な才能をみせるアンリさまだが、本当の才能はその口先にあるのではないだろうか。そして、そのアンリさまを口先で圧倒してみせたというベアトリーチェ嬢とはいったいなんなのか?
「……たった四人でありますか?」
「わたしとしては、四人も残ってしまったことが不本意なのですが……」
思わず失望を表に出してしまったわたしに、リュミエラは苦笑してみせた。彼女がわたしに渡したのは、このレイハナの街をカラにする前にこの世から消滅させる必要のある人物のリストだ。二千人からいる街から、財産を全部残したまま全員を避難させるというトンデモばなしなのだから、あくまで抵抗する人、良からぬ企みをめぐらす人が少なからずいてもあたりまえなのだが、ふたを開ければたった四人。これまで蓄財に忙しかった司祭を追放したあと(もちろん、追放という形をとっただけで、すでに彼はこの世にいない)、三週間ほどでリュミエラは予定どおりすっかり聖女扱いされるようになり、彼女の言うことなら、ということで異論は打ち水をしたあとのようにしぼんでしまった。批判的なことを口にする人が出ても、リュミエラがなにか言う前に、街の人たちのほうでその批判を潰してしまうのだ。そして、わたしはこの抑鬱感を、どこで発散すればよいのだろうか?
いちど気配を絶ってリュミエラの仕事ぶりを見に行ったが、震えが止まらなくなった。笑顔の作り方とそれを見せるタイミング、あいづちの打ち方とタイミング、すべてが計算されている。おそらく、彼女は自分がどのような表情をしていて、他人からどう見えているか、つねに把握しているのだろう。
声も同じだ。ふだんの彼女の声よりもほんの少しだが低めで、甲高くもなく、低すぎもせず、リラックスさせるような響きで相手を包み込む。また、目線の置き方がスゴイ。上から見下ろす角度を決してとらず、常に少しだけ相手を見上げるようにしている。これだと相手によって姿勢を変え、目の位置を調節しなければならないのに、その動きを感じさせない。そして、一人を見つめている状態から皆を見渡すようにするタイミングも絶妙だ。
リュミエラはわたしから見ても美しい。だが、もってうまれた容姿だけでは,いまの彼女と同じことはできない。彼女は戦闘においてローラほど活躍することはたぶんないだろうし、彼女自身がそれを知っている。自分をアンリさまの役に立てるにはどうしたらよいのか、そのことだけを常に考え続けているのだ。初めてシュルツクに行ったとき、変態ビットーリオが彼女の情報収集の才に舌を巻いていたが、善悪という基準を逸脱しているアンリさまの役に立つことだけを考え、実行し、いまも聖女の顔で処分者リストを手渡す彼女はやはり壊れている。彼女を初めて見たときのわたしの見立ては正しかったといえる。
「それから、ビットーリオさんたちがいらっしゃるまで、あと七日か八日ほどだと、さきほど」
アンリさまが最近手に入れた情報の専門家集団から、アッピアの攻め手があとどのくらいでここに到達するかの見通しが入ったようだ。
「すると、やるのは今日か明日、ということでありますか?」
「ええ、そんな感じでお願いします」
リュミエラはレイハナの人々に見せるような笑顔で頷くと、静かに部屋を出て行った。慣れているわたしですら、フラフラと「おまかせください!」と直立不動で言ってしまいそうになる笑顔だった。
考えてみれば、わたしもアンリさまと行動をともにするようになってもう六年以上になる。
ノスフィリアリさまは、わたしにアンリさまの意思をご自分の意思と思って従うように命じ、「アンリさまが命を落としてシルドラが生き残っているようなことがあれば、わたしがシルドラをその場で殺します」と付け足した。わたしだってノスフィリアリさまに忠誠を誓った身として、その言葉に異を唱えるつもりはもとよりないが、アンリさまのご母堂、マリエールさま以外の人間にずいぶん思い入れを持ったものだと感じたのも確かだ。かつて怒りのあまり自我を完全に喪失しそうになったノスフィリアリさまを身を挺して正気に引き戻したというマリエールさまに、ノスフィリアリさまが強い感謝の思いを抱いているのは知っているが、そのかたの子供だというだけでそこまでの気持ちは持てないだろう。もっとも、それを口に出したときは、半死半生をさらに突き詰めたところまで追い込まれてしまったのだが……。
ただ、いまもノスフィリアリさまの指示だからアンリさまと行動をともにしているのかというと、少し微妙だ。アンリさまは最初に会ってから今まで、自分の進む道を見定めながら、その中でわたしの意思を常に尊重しようとしている。姉さんに愛のムチという名のシゴキを受け続け、その後ノスフィリアリさまの言葉に従って生きてきたわたしにとって、この六年と少しはなかなか新鮮だった。今だって、なんだかんだいってアンリさまは、そろそろちょっと暴れたいというわたしや猫娘の気持ちを察して役割をあてがってくれたのだと思う。アンリさまがご自分の望みどおりに平穏な死を迎えるとして、せいぜい五~六十年ぐらいのものだから、回り道だとしてもたいした長さではない。アンリさまがわたしを必要とするのであれば、つきあってもいいかな、と思っている。
「シルドラさん、入っていい?」
「かまわないでありますよ」
わたしの返事を待って、ローラが静かに部屋に入ってきた。このへんの彼女の立ち居振る舞いは洗練されていて、もともと彼女が貴族の出であることを思い起こさせる。ただ、修道女の姿にさほど違和感を感じないのは、そろそろ彼女が女であることに慣れてきたためだろう。最初のころは、女らしくしようとすればするほど、男っぽい仕草が飛び出してきたものだった。
「リュミエラさん、来た?」
「さっきやってきて、この紙を置いていったであります」
わたしはリュミエラが四人の名前を書き記した紙を彼女に渡した。彼女は、「ああ、やっぱり……」とか呟きながらそれをざっと確認した。
「じつは、お願いがあるんだ」
ローラは紙をわたしに戻しながら言った。
「なんでありますか? ひょっとして、一人自分にやらせろ、とかだったりするでありますか?」
「なんでわかるの!?」
まったくの当てずっぽう、というわけではなかった。魔族であり、邪魔は力で排除すべしという価値観で生きているわたしや、アンリさまをすべての価値判断の基準とするリュミエラと違って、ローラはついこの間まで、ギエルダニアの騎士として、ギエルダニアを守ること、そしてギエルダニアの正義を教えこまれてきている。そのせいで、いまだに善悪無視の荒事になると一瞬のためらいが見えるのだ。そして、彼女自身がそれを自覚し、悩んでいるのも知っている。
「顔に出てるでありますよ。しかし……思惑が外れてたった四人しか殺れないことになってしまったでありますから、そこからさらにひとり減るのはちょっと……」
「お、思惑が外れてって……?」
「おっと、気にしないで欲しいであります。もっとたくさん殺れ……いや、障害になるヤツらが出てくると覚悟していたのでありますよ。いまさらながら、リュミエラの人誑しぶりには呆れるであります。一回のニッコリで何人が魂を抜かれていることやら。しかも男女かまわず」
「ぶっそうな言葉が出かかった気もするけど……うん、リュミエラさんは最近ますますすごいよね。アンリが、もとの世界に、ナンチャラの笛吹き、とかいう話があったって言ってたけど」
「どういう話でありますか?」
「笛の音に街の子供たちが導かれて、そのままどこかに子供ごと姿を消しちゃうんだとか」
「確かにそれくらいはできそうでありますな。で、話は戻るでありますが、わたしとしては、ローラは少し思い違いをしているような気がするであります」
いまの時点で猫娘と分ければ二人ずつ。これ以上溜まった鬱憤のはけ口を減らされるのは困る。
「え? ど、どういうことかな?」
「これは、慣れればすむという話じゃないと思うであります。一人や二人殺したとしても、たぶんローラの悩みは解決しないでありますよ。ギエルダニアの騎士だったときのローラは、ギエルダニアの正義のために必要ならば人を殺す覚悟を持っていたのでは?」
「それはもちろん」
「なら簡単であります。ローラはアンリさまを守護するアンリさまの騎士になればいいのであります」
「今でもそうであるつもりなんだけど……」
「今のままでは、守る対象をギエルダニアからアンリさまに変えただけでありますよ。ローラの中には、ギエルダニアで騎士になるまでに教え込まれた正義やら価値やらが残っているように見えるであります」
正義というのは、見る角度が変われば姿を変える。ギエルダニアで植え付けられた価値観に基づく正義は、本来ギエルダニアでしか役に立たない。
「それは……」
「もちろん、その中には『人として当然』と思うようなものもあったはずであります。ただ、それも含めてギエルダニアの騎士がよって立つものは、ギエルダニアにとって正しいことであります。なら、アンリさまの騎士がよって立つものは、アンリさまにとって正しいことであって、ほかのことはどうでもいいのだと思うのであります」
「アンリにとって正しいこと……」
「だから、ほかの誰かにとって正しいかどうかも、どうでもいいのであります」
そう、アンリさまが誰でも受け入れることの出来るような正義によって動いていたならば、わたしはノスフィリアリさまに全殺しにされても、アンリさまの補佐を降りさせてもらっていただろう。自分や自分の大切にするモノを守り、それ以外はどうでもいい、というアンリさまの突き抜けた壊れ方があったから、そして、他人を利用するときには他人に利用されることを当然と思い、常に相手と対等であろうとする突き抜けた覚悟を持っているアンリさまだから、わたしは今もここにいる。
……決して、どんな無茶をやっても「アンリさまのためだ」という最後の心の免罪符があるからではない。たぶん。
「……」
「いちど、変態とじっくり話してみるといいでありますよ」
「ビットーリオさん?」
ローラにもピンとくるくらいには、認識は広まっているようだ
「あの変態は、心の随まで騎士であります。ただ、守ることを考えすぎて、誰を守るかに頓着しなくなった阿呆な騎士であります。だから、あの変態が誰かを守るときには、その誰かが守り通したいものがそのまま変態の守るものになるのででありますよ」
「アンリの守るものがそのままビットーリオさんの守るもの、か……。すごいね」
「いや、ただの変態でありますよ」
わたしの返答を聞いて、ローラは一瞬微笑を浮かべ、そのまま部屋を出て行った。
あの変態も、ただ壊れているだけなのだ。すごい、という言葉はそぐわないし、本人もイヤだろう。そして、たぶんローラも、もう一段階壊れなければいけない時期なのだ。
「猫娘! そろそろでありますよ!」
街の外に転移したわたしは、あらかじめ示し合わせていた場所で猫娘を呼んだ。
「やっとお仕事なのです?」
暗闇からあらわれた巨大なネコは、一瞬ののちに猫耳少女の姿になった。
「二人ずつであります。今晩のうちに終わらせるでありますよ」
「合点なのです。全部任せてもらってもいいのです」
「冗談じゃないであります。こっちが全部引き受けたいくらいでありますよ」
そんなふうに言葉を交わしながら、わたしと猫娘は街に戻る道を歩き始めた。
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