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10-5 母と子、そして姉と弟

休暇と大量の仕事で三週間も間を開けてしまいました。

また気持ちも新たに頑張りますので、お付き合いいただければ幸いです。

「父様、ぼくは学舎を卒業したら、しばらくドルニエや他の国を回ってみたいと思っています」


 ぼくはロベールに、嘘にならないギリギリの説明をした。回った先でなにをするかは言えない。だけど、卒業してすぐ仕事に就く気がないことは伝える必要がある。


「それはかまわないんだけど、どうしてそれが婿入りと関係するんだい?」


 ロベールがそれを許してくれるだろうとは思った。思ったが、なんの引っかかりもなくそこを素通りされるとも思ってなかったよ、おい。


「そ、その前に、いいんですか、本当に? 定職に就かない三男坊なんて、あまり聞こえも良くないし……」


「もちろん、卒業したからには、すべて親がかりでは困るよ。だけど、うちはアンリにすぐに働いてもらいたい事情があるわけでもないし、きみは小さいときからどこか遠くを見据えるようなところがあったからね。自分の行動の責任を自分で取る覚悟があるのなら、アンリの思うとおりにしたらいい。悪くいう人がいても、そんなのは放っておけばいいさ」


 あ、やっぱりニートはダメなんだ。でも、あまり家にいることのないロベールが、ぼくのことを結構よく見ていてくれたのは、正直嬉しい。卒業後の進路の話があっさり片付いてしまったな。


「ありがとう、父様」


「で、婿入りの話はどう関わってくる? とにかくそこが気になってしょうがない」


 井戸端のオバサンか、あんたは?


「ぼくがいま話したことは、ベアトリーチェも知っています。その上で、ぼくにとことん情けない夫になってほしいそうです」


「意味がよくわからないんだが……」


「外から見たら、ぼくがベアトリーチェをたぶらかしてニスケス侯爵に取り入り、侯爵の力で爵位を得て、定職に就かずにいつもどこかをフラフラ遊び回っているようにみえる、そういう状態が理想なんだそうです。そんなダメ夫を支えて家をうまく盛りたてていける女性は、女性の世界でも一目置かれるんだとか」


「何というしたたかな子なんだ……」


 ロベールはこめかみを押さえて首を横に振った。まあ、そうだよな。ぼくなんか、最初彼女の言ってる意味がわからなかったもの。


「それは否定しません。たぶん、その立ち位置からドルニエ貴族社会に君臨する道を歩くんじゃないでしょうか。」


「で、アンリの見たところ、彼女はそれをやってのけると?」


「間違いなく。彼女は彼女のやり方で家を守るつもりです」


「誰かに守られなくても、ニスケス侯爵にすきはないと思うがね。でも、なんかきみが踏み台にされているようで、少しスッキリしないかな」


「その『家』には、ド・リヴィエールもぼくも含まれているんですよ。そして、彼女は最後に言ったんです。『これなら、アンリくんが気になるわたしの気持ちも満足させられる』って」


「なんだい、その殺し文句は!? しかも、それを最後に持ってくる?」


「父様、首をタテに振る以外にぼくになにか出来たでしょうか?」


「なあ、アンリ……」


「はい?」


「女の子って、怖いだろう?」


 めいっぱいしんみりとした口調だった。ロベールも昔なにかあったのだろうか? 




「アンリくんえらいわ! イネスちゃんが息子をもうひとりプレゼントしてくれたし、早く娘もほしかったのよ!」


 ロベールと一緒にマリエールの居室を訪れ、おそるおそることの次第を説明したあとのマリエールの第一声がこれだ。まさか褒め称えられるとは、あいかわらずマリエールの感性は斜め上だ。


「いや、マリエール、形としてはどちらかというと、イネスもアンリも、ほかの家に取られるのだけど……」


 ロベールは舞い上がるマリエールをなんとか地上に引き戻そうとする。じっさい、ぼくもイネスもド・リヴィエール伯爵家を出ることになるのは間違いないのだ。ぼくたちが家を去って寂しがるのではないかと思いきや、テンションを振り切っている。


「関係ないわ! アンリくん自身が選んだ子よ? アンリくんと同じくらい愛しいわ! イネスちゃんも自分の意思でアウグスト様を選んだのだし、わたしはなんて幸せ者かしら!」


 そうか、そういう考え方もあるんだ。イネスはギエルダニア皇家の人間になってしまうし、ぼくもニスケス侯爵一門に名を連ねることになる。子供が二人とも家を去ってしまうことを悲しむかと思いきや、マリエールはぼくたちが自分の望む結婚を自分の意思で決めたことを、心から喜んでいるのだ。ロベールも苦笑しながらマリエールを優しい目で見ている。


 考えてみれば、伯爵家なんていう、ある意味中途半端な位置づけの貴族の子供に産まれて、いわゆる恋愛結婚などほとんどありえない話のはずだ。二人の子供がどちらもそのありえない道を歩むとは、マリエールもまた不思議な運命を背負っているのかもしれない。ぼくに「英雄」なんていうタグをくっつけたのも、ひょっとしたらマリエールの引きなのかな? 




 イネスへの説明はぼくひとりですることにしたのだが、マリエールほどスムーズには運ばなかった。結婚が決まった、と切り出したとたん、枕が顔めがけて飛んできた。よけることは出来たが、あえてそれを顔で受ける。


「この国を離れることになったらあんたを付き人として連れていこう、と思っていたわたしの計画が台無しじゃないのよ!」


「ムチャ言わないでよ! そんな話、ひとことも聞いてないよ!」


 実際のところ、イネスだってそんなことを本気で考えているわけじゃない。自分のオモチャだったぼくを、ほかの誰かに取られるのが面白くなくて、難癖をつけているだけだ。だからこそ、ぼくはイネスの駄々を受け流すことなく、あえて真っ向から抗議した。


「……相手はどこの誰よ」


「イネス姉も知っていると思うけど、同学年のニスケス侯爵家のベアトリーチェ嬢」


「……」


 さすがに、これにはイネスも絶句した。ロベールやマリエールは直接ベアトリーチェを知らないが、イネスは二年も学舎で重なっている。また、二回生になるころには、家柄と容姿と成績、そのすべてに関わるベアトリーチェの逸材ぶりは、全学舎にとどろいていたからな。


「そんな大物がなんであんたと? ニスケス侯爵は切れ者だと聞いていたんだけど?」


 暗に、ぼくをベアトリーチェと結婚させるという判断をしたニスケス侯爵をディスっている。


「なんでかはベアトリーチェにそのうち聞いてみてよ。ただ、ベアトリーチェはニスケス侯爵家を出ない。ぼくがむこうの一門に入ることになるんだ」


 イネスの枕元に装飾品として置いてあったこぶし大の輝石がすごい勢いで飛んできた。女性にしてはすばらしく手首のスナップがきいている。枕なら受けても問題はないが、これは命に関わる。あわててよけたが、輝石はぼくのこめかみギリギリを通り過ぎていった。アブねえ。急所狙いしないでほしい。


「あんたはわたしと赤の他人になるってことね?」


 イネスはぼくを睨みつけていた。怒っているようにも見えるし、涙をこらえているようにも見えた。


 形としてはその通りだ。ぼくがド・リヴィエール伯爵家にいる限り、ぼくはイネスにとって実家にいる人間として彼女とつながっている。だが、ベアトリーチェと結婚することでニスケス一門の人間となってしまえば、ぼくとイネスをつなぐ糸は切れる。この世界では、血縁だけのつながりよりも、血縁をもとにした一門のつながりの方が重いのだ。


 ぼくはそのあとも飛んでくるぬいぐるみやら置物を受け止めながら、イネスに歩み寄った。


「来るな、バカ!」


 罵声を浴びながらぼくはイネスのそばにたどりつき、そのまま彼女をギュッと抱きしめた。鋼の筋肉を隠しているとはいえ、前に同じように彼女を抱きしめたときよりも一段階柔らかみを増した感触と、昔と変わらない髪の香りがぼくに伝わってくる。少し抗ったのち、イネスはおとなしくなる。


「聞いてよ、イネス姉」


「……なによ」


「ぼくにとって、家というのはこの屋敷のことじゃない。もちろん、カルターナの屋敷でもない。父様や母様、兄様や姉様、タニアやジョフレ、ほかのみんながいるところがぼくの家なんだ」


「意味がわからない」


「だから、ぼくの大事な誰かがいれば、そこはぼくにとって、ぼくの家なんだ。そして、イネス姉はぼくの一番大事な、同じ血を分けた姉様じゃないか。イネス姉がどこにいても、イネス姉のいるところはぼくにとって一番大事な家だよ。それは、ぼくがどういう立場になったって変わらない」


 これは本心。ロベールもマリエールも、カトリーヌ姉様もフェリペ兄様もジョルジュ兄様もぼくは大好きだ。でも、イネスとは比べられない。血の濃さという事実を除けても、同じものを感じ、同じものを見た時間の濃さが違う。


「うまいこと言ってまるめ込もうとするんじゃない」


「ホントなんだけどな。それに、ぼくがニスケス一門に入るのは、卒業後定職に就かずにフラフラあちこちを旅するためなんだ。きっと、イネス姉のいるところにも何度もお邪魔することになる。そのときになって邪険に扱ったら怒るからね」


「なにそれ? ベアトリーチェさんはそれでいいの?」


 意外な展開に、ちょっとイネスが落ちついたようだ。


「その方がいいらしい。ぼくにその自由を与えるために、ニスケス一門入りを提案してきたみたいだよ」


「あの子は賢い子だと思っていたんだけど……」


 さりげなくベアトリーチェを、そして遠回しにぼくをディスらないでください。 


「だからさ、これからも、フラフラしてるぼくの家になってよ」


「あんたが寄りつかない家を用意しておくつもりなんかないからね。そう言った以上、家だと胸を張って言えるくらいに顔を見せなさいよ?」


「……努力します」


「そこまでえらそうに見得を切ったんだから、努力じゃ認めない。約束しなさい」


「わかった。家には出来るだけ顔を出します」


 そこでイネスはぼくを軽く突き飛ばして身体を離した。


「それじゃ、仮放免」


「釈放じゃないの!?」


「誠意は行動で示しなさい。言葉を違えたと思ったら、あんたがどこにいても剣を持って飛んでいくからね」


「うう、まるで犯罪者じゃないか。ひどい扱いだよ……」


 ガックリとうなだれるぼくを見て、はじめてイネスが笑った。

お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 〉女の子って、怖いだろう? 父と子がお互いを尊重し大事に思っている事がよくわかる会話ですね。しかし異世界でも旦那は嫁にかなわないんだな(笑)
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