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10-4 父子(おやこ)の対話

本作において、父ロベールがはじめて前面に出てきます。

「先日、ニスケス侯爵にいきなり、おまえをもらって良いか、と訊かれた。良いもなにも、ぼくはおまえの生き方に口を挟むつもりはもともとないし、おまえが承知してのことならなにも言わない。ただ、ニスケス侯爵のお嬢さまの名前はフェリペからも聞いてはいたが、おまえからなにも聞いてないうちに答えられる質問でもないだろう? なにがあったかを聞かせてくれるかい?」




 言付けをうけとった翌日の夕方、ぼくは学舎に外泊の許可をもらってうちの王都屋敷に出向いた。屋敷に入ってからの居心地の悪さを想像していたぼくだったが、いきなりマリエールがぼくを抱きしめてもみくちゃにするわ、イネスが拳や蹴りを入れながら最近のストレスのたまった出来事をまくし立てるわ、あまりの通常運行に頭の中は「?」だらけになった。フェリペ兄様をチラと見ても、兄様は首を小さく振るだけでなにも知らない様子だ。ちなみに、タニアの姿は見えない。


 そのままいつもどおりに夕食になり、さすがに、自分が少し大げさに考えすぎたか、

と考えはじめていたが、夕食が終わってロベールが書斎に来るようにぼくに言った。マリエールとイネスはロベールにしつく文句を言っていたが、ロベールは「たまには男同士の話を」で押し通した。その様子を見る限り、兄様たちを除けば話を知っているのはロベールだけと考えて良いだろう。




「ニスケス侯爵は、ただ『ぼくをもらう』とおっしゃったのですか?」


「そうなんだ。王宮で顔をあわせていきなりそう言われたときは、さすがに耳を疑ったよ。ニスケス侯爵といえば、不興を買えばうちの家など簡単に吹き飛ばせる実力者じゃないか。そんな大物から、たかが伯爵家の、よりによって三男坊をいきなり『くれ』と言われたときの、ぼくの驚きを想像できるかい?」


 自分に対する評価と他人からの評価が一致することはそうないのかもしれないが、ここまで食い違うと逆に面白い。ニスケス侯爵がぼくを自分の側に引き込みたいと考える理由の一部は、ロベールを敵に回さないということであるはずだ。実の親と義理の親候補がどちらも人を侮ることのない人物であるというのは非常に喜ばしいことだが、こちらとしても、こういった人たちは思いもかけない角度から斬り込んでくるので気が抜けない。それなりに大変である。


 しかし、どう説明したものだろうか。基本、嘘はつきたくないのだが、どうしてもいまは言えないようなこともある。そして、それがこの話の根幹部分だったりするから始末におえない。同級生としてベアトリーチェと出会ってから、ジルに紹介するあたりまでは、ギリギリ普通のなれそめといえないこともないからいい。それから、ベアトリーチェの婿取り宣言も。ロベールは驚くだろうが笑ってすませるだろう。序論と結論は問題ないのだ。だが、ベアトリーチェがぼくを気に入ったから結婚します、家の格の問題もあるから婿になります、ではこの世界の貴族はだれも納得しない。


「なにか言いにくいことでもあるのか? ハッ、もしやおまえ、ニスケス侯爵のご令嬢を……」


「なにかとんでもないことを考えてませんか!? そんな命がいくらあっても足りないようなこと、するはずないじゃないですか!」


 はっきり確認はしなかったが、ロベールがえげつない想像をしたことは間違いない。この人は、妙なところで感性がカッ飛んでいるのだ。


「とんでもないこととはなにかな? 説明してもらおうじゃないか」


「十四歳の三男相手に、なにを子供同士みたいな突っ込みを入れているんですか、父様。とにかく、そのような他人に後ろ指を指されるような事実は一切ありませんから」


「だったら、ぼくにもわかるように、なにがあったのか説明してくれよ」


 だからその説明のしかたを悩んでいたんだよ! ぼくが話を横道に逸らせたような言いかたはやめてほしいものだ。




 とりあえずぼくは、出たとこ勝負で乗り切るしかないと覚悟を決め、一回生での同級生としてのベアトリーチェとの出会いから、六回生の時に彼女の悩みの解消を手伝ったあたりまでを駆け足で説明した。ここまでは問題ないはずで、その先をどうするか……。


「ザカリアス、って、王室の魔法顧問のザカリアス師かい? ぼくも、ほんの一、二度しか見かけたことがないよ。なんでも、非常に気むずかしくて、意に沿わなければ国王陛下の呼び出しにも応じないとかいわれているんだが、魔法学科の学生でもないアンリが、なんでそんなに親しいんだい?」


 問題あった! 今となってはあまりに小物だったこともあって、マッテオの事件をうっかり忘れてた! 確かにあれがなければ、ジルとは顔をあわせることもなかったかもしれない。


「そんなに気むずかしいですか? ぼくにはただの怠け者の爺さんにしか見えないんですが……」


「なんて失礼なことをいうんだ……。どれだけ多くの人が、師に魔法の手ほどきを受けたいと願っているか、アンリは知ってるのかい?」


「もちろん知りませんし、ふだんのザカリアス教官の様子を見ていると、とても想像は出来ませんね。一回生の時に学舎裏の森をうろついていたらザカリアス教官の仮住まいの小屋を見つけて、それ以降ちょくちょくお邪魔しているのですが、いつもゴロゴロ怠けてますよ? 甘いお菓子がとてもお好きなようです」


「師の謹厳な印象が台無しだ……」


 ロベールは天を仰いだ。しかし、「謹厳」って、ジルからもっとも遠い言葉のような気がするぞ?


「とにかく、ベアトリーチェ嬢が魔法と剣術の修得効率の問題で悩んでいる時に、ザカリアス教官と執事のセバスチャンさんに、指導をお願いしたんですよ。それがうまくいって、それ以降ベアトリーチェ嬢がぼくを気にかけてくれるようになったんです」


「ちなみにアンリ、師の執事のリッケルさんだが……」


 リッケル? 「さん」? ぼくはもちろん、セバスチャンを呼ぶときは「さん」付けだが、ロベールがそう呼ぶのは少し引っかかる。家名もはじめて聞いた。


「父上と学舎の同級生だったのは知っているかい? 剣にかけては天才と言われていたそうだ。卒業後、第一騎士団に任官されたのだが、「狂犬」と異名を取っていたらしい。周囲に疎まれて罠に嵌められ、投獄されかけたところを師が執事として半ば強引に引き取られたと聞くよ。それ以降は家名を捨て、他人にはセバスチャンとしか呼ぶことを許していないとか」


 天才、というのは納得できるが、き、狂犬……? そして、お祖父様の同級生? 執事になるために生まれてきたような人だと思っていたんですけど!?


「そのベアトリーチェ嬢は、魔法をザカリアス師に、剣術をリッケル氏に指導されたことになるよね? そんな羨望を一身に集めるような人間が、この国に何人いると思う?」


 いや、たぶんぼくとベアトリーチェだけじゃないかな。


「……ザカリアス教官もセバスチャンさんも、彼女はスジがいい、と言ってました」


「おそらく、この国の社交界で最も強い女性になるだろうね」


 なんてことだ。ニート旦那の将来の奥様はそっちの面でも最強だった。




「ベアトリーチェ嬢がアンリを気にかけるようになった経緯はわかった。でも、そこにニスケス侯爵ご本人が関わってくるのがまったくわからないんだけど?」


 まあそうだろうな。ありのままを説明できたらどんだけラクか。


「そこのところは、正直ぼくにもわかりません。ニスケス侯爵から昼食の招待を受けた話は、フェリペ兄様から父様にも報告がいっていると思いますが……」


「うん、聞いている。そのときにベアトリーチェ嬢の名前も耳にしていたんだが、彼女の評判を少し聞いてね。たしかに、フェリペは万一の可能性を口にしていたが、とてもじゃないが格下の家に嫁がせるお嬢さんではないと感じた。アンリがとんでもないことをやる子だということはわかった上で、それでも家の格として成立する目はないと思えたんだ。これはぼくの落ち度だったね。すまない」


 いや、至って普通の判断だと思います。なにせ、第二王子や姉様の婚家からも既に話がいっているらしいですし。それから、ロベールの前でとんでもないことをやったおぼえはあまりないんですが?


「謝っていただくようなことは全くありません。ぼく自身、フェリペ兄様に指摘されるまで、そんな可能性は考えていませんでしたから。ニスケス侯爵からの招待の件についても、自慢の娘に近づく虫を追い払う意味合いかも、と思ってましたし」


「アンリだって、ぼくの自慢の息子だぞ?」


 こ、この親バカ親父が……。


「父様、今はそこはいいです。そのニスケス侯爵ですが、なにを思ったか、ぼくのことを気に入ってくれたのは確かなようです。ベアトリーチェ嬢に、『ぼくに関心を持つことを止めない』と言ったそうですから」


「すると、やはり本気なのか。これはちょっと、フェリペの結婚相手もよく考えないとな。雑音を気にするつもりはないが、なければそれに越したことはない」


 ふむ、つまり、ぼくの結婚相手の格が高すぎるために、妻の実家の力をあてこんで、ぼくを当主にかつごうとする輩が出てくるかもしれない、と。ロベールの決めたことに異を唱えるような人間が周囲にいるとは思えないけどね。フェリペ兄様も領地での信頼は抜群で、向こう何十年もド・リヴィエール伯爵領は安泰だと言われているのだ。


「あー、父様。そこは心配ないみたいです」


「どういうことだい?」


「ベアトリーチェ嬢はぼくを婿にすることをご所望です。ニスケス侯爵の口利きで新しい家を興すことを考えていますから、実現すれば、ぼくはド・リヴィエール伯爵家の人間ではなくなることになります」


「ええっ?」


 真面目に話していても、どこか力の抜けた雰囲気を守っていたロベールが、完全に固まった。


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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