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10-3 教会対策

アンリに新たな難題が……。

 女王国における「教会」とは、マリーエン聖教会という、女王を教主とする国家宗教だ。もともとは女王国もアッピアも、カルターナに本部のあるルミナリオ教会の信者が多数を占めていたのだが、七十年ほど前に女王国はルミナリオ教会との絶縁を宣言し、国内の教会を女王を頂点とする組織に改変した。現在は、教主である女王の下で八つの管区を区長がおさめ、その下に各街、村ごとに司祭が置かれる。人口が五千を超えるとような街では司祭長が置かれて、その下で司祭が教会を管理する。レイハナの規模の街であれば、司祭が全権を持って教会を管理しているはずだ。


 その教えは、聖母マリーエンがすべての人の母であるという点を基本とし、世界が危機に瀕したときに、復活した聖母が正しきものを救う、というもので、ごく常識的な宗教であると言える。女王は聖母の代理者であり、復活を待つ聖母の意思をこの世に伝える存在だとされている。これも、ありがちなパターンである。




「シャナ殿下に口をきいてもらうとしても、レイハナを管轄する区長に話を通すくらいだな。末端の司祭なんかは、話が大きすぎて、まともにこちらの話を聞くようになるまでにアッピアが攻め寄せてきちゃいそうだね」


 ローザからマリーエン聖教会の概要の説明を聞いて、ぼくはまたまた頭を抱えた。もともと女王の権威付けが第一の目的だったと見えて、教義はともかく、構造的にはシンプルかつ放任主義だ。腐った区長の下には腐った司祭が集まり、やりたい放題になる。


「とにかく、レイハナを管轄する区長に話を通していただいて、現場で自由に行動するお墨付きを戴いてはどうでしょう? その上で、司祭の方がすぐれた方なら教会と協力すればよいですし、そうでなければお墨付きをたてにすればよいのです」


 リュミエラは真剣だ。なにせ「聖女」として現場で大活躍する予定だからな。そして、残された時間がそう長くないことを考えれば、細かい調整をしているヒマはない。基本はそれでいくのかな、と思いかけたところにエマニュエルが待ったをかけた。


「話を通すだけじゃ足りないと思うよ。こっちが切羽詰まっているときにつまらない横槍を入れてくる可能性がある。女王宮が関わっているとなると、何か美味しい話が転がっているんじゃないかと勘ぐっても不思議はない」


「エマニュエル、言っていることはわかるけど、時間がない。現地の様子を確認して、口を出されちゃ困ることをあぶり出さないと、完全に黙らせることは出来ないし、それをやっている余裕はないよ」


 とにかく一刻も早く「聖女」の行動を軌道に乗せなきゃならないのだ。よけいな調整に時間はかけられない。


 だが、そこは商人であり、人生経験千五百年の男だった。


「そこまで時間がないのであれば、口出ししないことがその区長の利益になるようにしてしまえばいい。鼻薬をかがせるでもいいし、シャナ殿下に話を通して昇進をちらつかせるでもいい。司祭が使えないヤツなら、首を飛ばしてそいつが抱えていた利権を区長にくれてやればいい。ぼくらは、別にレイハナを救おうとしているわけじゃないんだろ? 極端な話、一年後のレイハナがどうなっていても、ぼくらに関係ない。世界の情勢が動き始めれば、どのみちあのあたりはグチャグチャになるしね」 


 やはり、こいつはぼくに絶対に必要な人材だ。かつて自分の転生を終わらせるためにボルダンを消滅させようとしたように、目的を達成するための手段を考えるときに、エマニュエルは、余計な配慮で思考を停止させない。「そこまでやるとまずいかも」という発想をしないのだ。ある意味で人間をやめている。いまの件でも、別に彼は悪役を買って出ているつもりはない。思いついた最も有効な手段を示しただけなのだ。


 場はシーンとしてしまっているが、ぼくは自分の責任を果たすことにする。エマニュエルの貢献を無駄にしてはいけないのだ。


「了解。いちおう区長と司祭の人となりを見定めてからだけど、両方ともダメな人ならそれでいこう。それから、司祭を飛ばすにしても、修道女や修道士の中に、リュミエラと協力してくれる人材を見つけとかなきゃいけない。リュミエラはそれを頭に置いといてくれる?」


「承知しました」


「そういう人が見つかったら、ローラが接触の窓口にならなきゃいけないよ。自分で希望した役回りだから、しっかり頼むよ?」


「わかったけど、なんとなく信用してないような言いかただね? ぼくが女性らしい役回りに憧れて希望した、とか思ってない?」


 うちはエスパーの集まりですか?!




「必要なものは、いまから当たりをつけて集めた方がいいね。基本、移動は歩いてもらうにしても、歩けない人のために最低限の馬車は用意しなきゃならないし、食料と水、着替えも用意した方がいい。ほとんどの人は動くのを渋るだろうから、あるていどの出血覚悟で臨んだ方がいい」


 エマニュエルが、今度はいかにも商人の気配りだ。身ひとつで動いても不自由をさせないように、ということだろう。


「不在の間の財産も心配だろうね。そこはどうしようもないかな?」


 直接人々と接触することになるローラも、少し心配そうだ。街を明け渡せば、どうしても侵入者のやりたい放題になる。それを心配して、街に残ると言い出す人は少なくないだろう。なんとかそれを食い止めるテはないものか……。


「いない間の警備、といっても信用されないだろうね」


「警備が残るなら自分も残る、と言いだされるのがオチだね」


 ビットーリオが非常にまっとうなコメントを返してきた。もぬけの殻にするというのがポイントであって、「だれかを残す」とこちらが言いだせば、最悪の場合こちらの目的が誤解されてしまうのだ。


「姉さんに結界を張ってもらうのはどうでありますか?」


「それだ! シルドラでかした! すごいよ!」


「え、そ、そんなたいしたことはないでありますよ……」


 おお、シルドラが照れている。だが、シルドラからテルマの力を使うという提案が出るというのは、彼女から見て状況がほぼ詰んでいるように見えたからだろう。まさに天のひと声だ。


「テルマ、十日ぐらい、だれも侵入できないような結界を張ることって出来る?」


「結界は張ってしまえば解除するまで効果は変わらない。十日でも、一年でも問題はない」


 よしよし。


「じゃあ、どれくらいの大きさの家なら結界で包めるかな? 置いていく財産をひとところに集められれば、管理もしやすいんじゃないかと思うんだ」


 テルマは人差し指をアゴに当てる「ちょっと思案中」のポーズを作った。ちょっと可愛かったりする。なんとか頑張ってもらって、この家と隣の宿舎をカバーするくらいの結界を張れれば、だいぶ人々も動く決断を下しやすくなるのではないか。


「アンリの学校くらいならなんとか」


「デカすぎだよ!」


 やはり最強候補はとんでもなかった。


 



 結局、そこまで話を進めたところでお開きになった。どうするにしても、まずシャナ殿下と話をつけなければならないのだが、彼女のところに行くときは、マイヤを連れていかないと良い顔をされないのだ。そして、彼女を連れていくと、どのような用件がぼくにあっても、まずは両巨頭間の腐談義が最優先となる。自分の用件を話せるタイミングが訪れるまで、ぼくはずっと心を殺して腐った会話の通訳を続けなければならない。


 いちど、ひとりで乗りこんだことがあったのだが、シャナ殿下の反応は、それこそ「何しに来た?」というような感じで、けんもほろろの扱いだった。マイヤの都合を聞いた上で、出来るだけ早いタイミングで行くことにするしかない。


 ボルダンを見ているペドロの読みだと、兵が動き始めるまであと二十日ほどだ。使える週末は二回とみていいだろう。ふつうの日も使って準備を進めないと、時間切れになりかねない。ぼくは久しぶりに背筋がビリビリくるような緊張を感じていた。




 寮に戻ると、言付けありというメッセージが寮のバトラーから残されていた。改めて管理室に顔を出すと、言付けを残したのはジョフレらしい。筆頭執事が残していくメッセージというのは尋常ではない。冠婚葬祭に関わることがほとんどだ。……ん? 冠婚葬祭?


ぼくは、あわてて蝋で封がなされている書簡を開く。。


読み進めるにつれて、ぼくはイヤな感じの汗をダラダラかきはじめた。内容のポイントはみっつだ。まず、いまロベールがマリエール、イネス、そしてタニアをともなってカルターナに明後日まで滞在しているということ。これは、アウグスト殿下との関係らしく、問題はない。つぎに、ぼくの卒業後のことについて、いちどゆっくり話したい、ということ。ぼくの現状を考えると少し微妙だが、これもそうおかしなことではない。


三つ目が問題だった。ロベールが、十日ほど前にニスケス侯爵と話したらしい。その事実だけが書いてあるところが、逆に何を話したかを浮き彫りにする。このメッセージをジョフレが持参したということは、明日か明後日には屋敷に来て直接説明しろ、と言うことだと考えるのが普通だ。


正直、卒業までは今のままだということで、最終学年になる直前の春期休暇に実家に帰って、と考えていた。説明のしかたも、それまでにゆっくり考えようと思っていた。どうしたものだろうか……。

お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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