2-2 入舎
当のアンリが音をあげるぐらいの会話の少なさ……。
うまく会話と説明を混ぜながら進めていくのは、本当に難しいです。
カルターナへは、馬車で二泊三日の旅だった。隣の領地を治める、ロベールの弟であるド・リヴィエール男爵の屋敷に、やはり学舎に戻るために馬車に便乗する男爵の長男のセルジュと長女のサンドラを拾いがてら、一泊させてもらう。翌日は父が懇意にしているモーリヤック侯爵の屋敷で世話になった。
僕らを迎えるために、侯爵はわざわざカルターナから領地に戻ってきてくれたのだが、歓迎の晩餐が豪華すぎて、食べ過ぎた僕らの翌日の馬車の旅はかなりつらいものとなった。乗り物に弱いらしいジョルジュ兄様は、顔色が青を通りこして真っ白だった。
カルターナの伯爵家の屋敷では、カトリーヌ姉様が迎えてくれた。すでに学舎を卒業しているカトリーヌ姉様は、カルターナにとどまって領地経営の勉強をしつつ、社交界で顔を売っている。ただ、勉強をしているといっても、自分で爵位をとることを考えているわけではないらしい。
「カトリーヌ姉様は、なぜ戻ってこられないのですか? シャルロット様も寂しがっておられますよ。ぼくも寂しいです」
ぼくが子供らしさを心がけつつ、姉様に尋ねる。
「嬉しいことをいってくれるわね、アンリくん。その調子でクラスの女の子に話しかければ、すぐに大人気よ」
姉様がぼくに片目をつぶってみせる。
「わたしもそのうち結婚することになるはずだけど、爵位を与えられている旦那様であれば、家を空けることも多いの。そのとき、領地をかわりに切り盛りするのは、臣下の行政官なのだけど、旦那様のそばにいる人間が領地のことをどれだけわかっているかは、旦那様自身の信用に関わるのよ。母様も、実は伯爵領のことは知り尽くしているのよ」
「そうなんですか?」
「ええ、フワフワしてるから、とてもそうは見えないかもしれないけどね」
ちなみに、すでに結婚話はいくつか来ているらしいが、どれも父様のおめがねにかなわないらしく、カトリーヌ姉様には話はつながっていないらしい。娘コンプレックスでないことを祈ろう。
カルターナに到着した翌々日は、いよいよぼくの入舎式の日だ。ぼくはフェリペ兄様、ジョルジュ兄様、そしてイネスのあとにくっついて馬車を降り、学舎に向かう。タニアのもとを離れて、自分だけで道を切り開いていく生活が始まる。少し身震いがした。
(ひとり? あれ? シルドラさんとやらは、いったいどうやってぼくと連絡をとるんだろう?)
そんなことを考えていると、学舎の大きな内門が見えた。貴族や大商人の子弟を預かる学舎は、警備もなかなか厳しく、門やカベの作りもしっかりしている。部外者は近寄らせない、というオーラを感じる。まあ、タニアといっしょに一度来てみたけどね。あっさり入れたよ。
「わたしたちに恥をかかせるんじゃないわよ!」
そうイネスが言い捨てて自分の友人の方に歩いて行く。ああ、いや、あれは友人というより取り巻きかもしれない。
フェリペ兄様とジョルジュ兄様は、ちょっと苦笑いしながら、ぼくの頭や肩をポンポンと叩いて、それぞれの校舎の方に向かった。
カトリーヌ姉様は首席のまま学舎を卒業した。フェリペ兄様は騎士課程の筆頭で座学も群を抜いているらしい。イネスも、属性は多少脳筋とはいえ騎士課程で頭角をあらわしている。ジョルジュ兄様は逆に、ちょっと引きこもり気味だが成績は非常に優秀で、魔法課程から移籍の誘いが来ているらしい。みな、すばらしい兄、姉だ。ぼくは四人が大好きである。
……だからこそ、ぼくの人生と四人の人生が交差することは、たぶんない。
新入生は正面広場に集合である。総勢七十二人がかしましく集まっているところで、クラス発表が始まった。
クラス発表といっても、入舎前の適性試験の成績順に呼ばれているだけだ。全部で三クラスで、ぼくは十七番目。第一クラス二十二人の上から十七番目だ。わかりやすい。あ、下から六番目ともいうね。
適性試験は知能テストのようなものと、運動能力テストだった。目立ちすぎる結果は出してはいけない。でも、悪目立ちもできない。適性試験の直前にタニアは言った。
「アンリ様には簡単すぎる試験でしょう。手の抜き方を気をつけてください。よすぎる成績は論外ですが、悪い方で目立ってもダメです。ド・リヴィエール家の子息が出来が悪すぎれば、かならずひとの記憶に残ります。そうですね、最上位クラスの中の下あたりを狙ってみましょう」
とても七歳の子供の試験前に出す指示ではない。正味三十歳越えのぼくだからできるさじ加減だ。「そこそこ」はぼくの得意分野だしね
というわけで、結果はまあ上出来だろう。ちょっと下すぎたが、許容範囲だ。
第三クラスまでの発表が終わると、入舎式のために講堂に移動させられる。新入生の顔はさまざまだが、みんながしっかり前を向いている。すごいな。八歳児が、自分にかかっている期待を理解し、それにこたえようとしている。これはドルニエの貴族社会の縮図なのだ。
だから、家柄を鼻にかけて威張り散らすやつも、「なあなあ」とかいって声をかけてくるやつもいない。ここでもぼくはテンプレに裏切られた。ちょっと、そういうやつを観察してみたかったんだけど。
講堂に入ると、すでに在舎生はそこに勢揃いしていた。中央に新入生が入って整列すると、時を移さずに式が始まる。
人のいい爺さん、という感じの学舎長の挨拶に続いて、在舎生代表の歓迎の挨拶になる。二年前にはカトリーヌ姉様がつとめた役割だ。総合課程の首席の生徒が任されるらしいが、今年の代表はすばらしい。イッツ・ザ・テンプレの金髪縦ロールのお嬢様だ。ドリルとまでは行かないが、許容範囲だ。アトレ侯爵家のジュリア様というらしい。
ちなみに、ほとんどの女子が総合課程に進むのに比べて、男子はかなりの人数が騎士課程に進み、優秀な生徒の進路が分かれるため、総合課程の首席がつとめる代表は女子となることが多いそうな。
キツめの美人……、おっと、これは無関係。気性は強いが素直。頭は問題なく切れるが、カトリーヌ姉様ほどではなさそう。身体のバランスからして、身体能力は中の上。プロポーションとしては好みだが、それもいまは関係ない。魔力はそこそこ感じられるが、魔法課程に進んでいない以上、彼女にとっては不要ということだろう。うん、とことんそつがない。道の上を走り続けるかぎり、どこまでも進んでいけるタイプだ。
……だから、ぼくには縁のないひと、ということだ。うん、たまに目の保養をさせていただければ最高だね。
新入生代表で挨拶をしたのは、先ほどのクラス分けで最初に名前を呼ばれた金髪のイケメン八歳児の、モンゴメリ男爵家のリシャールくん。さわやかな雰囲気が、八歳にして超リア充を予感させる。
さすがに、原稿を暗記してきた、という内容の挨拶だったが、それを十分そつなくこなしている。中身を理解して、自分なりにメリハリを付けているところなどは、十分な知性を感じさせる。身体能力は……実は、適性検査の時に、ぼくはリシャールくんを見かけている。身体のもつ力や俊敏さは、きわめて高いレベルにある。魔力はそこそこだ。総合評価として、かなりの高水準にある。適性試験トップは伊達ではない。これで腹黒イケメンだったりするとおもしろいが……まあ、ないだろうな。
ついでに、素早く目を走らせて、自分のまわりの同級生を見てみる。ほんとうに見るだけだから、たいしたことはわからないが、斜め前に立っている女の子が目を引いた。
かなり強い魔力を感じさせる。身体能力は……あまり期待できそうにない。身体はすでに前途有望だけどね。斜め後ろから少し見えるだけだが、顔つきはすこし臆病そうな雰囲気。
ほかに目を引く生徒は、適性検査三位、女子トップの、ニスケス侯爵家のベアトリーチェさんかな。成績以上に、存在が力強い。魔力に関しては、リシャール以上かもしれない。かなりキツい感じの美幼女だ。
入舎式が終わると、新入生は、今日はそのまま寮に向かう。明日からすぐに本格的な授業に入るため、寮での生活環境の整備は今日のうちに行わなければならない。そのために、今日は寮に直行なのである。引率の女性を先頭にゾロゾロ歩き出す。
七十二人のうち、男子が四十五人、女子が二十七人。比率としては、だいたいこんなものらしい。ドルニエの教育機関は、実はもうひとつ高等学院というのがあって、こちらは十二歳から十五歳までの四年制だ。基礎教育をほとんど家庭教師にゆだねている家が、教育の仕上げと人脈作りのために子弟をかよわせる。こちらは女子の方が多いと聞いている。
なんとなく人間的には学院の方がカッとんでるのが多そうで興味はあったのだが、こちらにかよいたいと言い出すと説明がめんどくさいし、多くの人を見る、という目的にはあわないので、選択肢から外した。
しかし、きょうは兄様たちやイネスとわかれてから、会話らしい会話をしていない。ちょっと心の水分が枯れてきた気がする。いや、「こうやって隣になったのも縁、仲良くしようぜ」とか、勝手に縁を見つけて寄ってきてくれる存在は、実はありがたいんだね。ラノベを読んでるときに、「またこのパターンか、ウザッ」とか考えちゃってたけど、ちょっと反省だ。
学舎の敷地をしばらく進むと、大きな建物がふたつ姿を現した。
「ここが、きみたちが三回生までをすごす寮です。荷物は、すでに君たちの家の方々が運びこんでいます。向かって左が女子、右が男子です。入り口で部屋番号を確認して、鍵をもらって部屋に入ってください。明日の朝までの詳細は、寮の管理人から説明があるはずですので、きちんとそれを理解し、明日の授業に遅れずに来てください」
引率の女性は、ぼくたちにそう言うと、来た道を引き返していった。わりと愛想がない。
ボーッと女性を見送り、まわりの様子をながめた。緑あふれるすばらしい環境、というやつだ。男子寮の前には、竹ぼうきで掃除をしている女性がいる。石だたみに竹ぼうきというのは、わりとよく似合う。しかし、太いほうきだな。
女子寮の方は、男子寮よりすこし小さめだが、構造は同じ感じ。どちらも三階建てで、三回生が最上階、という感じかな。さて、そろそろ入り口の混雑も収まったかな。
寮の入り口に向かって歩いて行くと、掃除をしていた女性が掃除の手を止めて深々とお辞儀をした。絵に描いたような使用人の礼だ。ほんとうはそこをそのまま通り過ぎるのがあたりまえなのだけど、日本人の心が残っているぼくは、つい軽く頭を下げてしまう。ほんとうは、貴族は使用人に頭を下げちゃ行けないんだよね。
そのまま入り口に向かおうとした次の瞬間、寒気が身体を駆け抜けた。反射的に大きく前に飛ぶ。振り向くと、掃除の女性が細身の剣をほうきに納めるところだった。あのほうきが太かったのはそういうことか……じゃねーよ! あっぶねえ!
「さすがノスフィリアリさまが目をかけて指導されたおかた。おみごとであります」
「ノスフィリアリって誰っっ!?」
ここまで読んでくださった方。深い感謝を!
今日は、だめだと思いました。
クラウドにおいたファイルを、昼休み、通勤時間等、状況に応じて、スマホかタブレットで編集しているのですが、二日前に開いたまま放置していたタブレットの画面でつい保存終了→→二千字ほど書き上げたそこまでの努力が完全に水の泡。
中途半端で投稿するのはいやだし、やるだけやってみようと帰宅してから何とかここまで。
少しでも読んでいただける、というのは、エネルギーですね。




