その店長、怠惰につき
「明日からアルバイト一人増やすから教育よろしくー。」
短髪でスポーツマン風の彼は、脱力系店長としての呼び声が高い。細い目は寝ているのか起きているのかがわからないほどで、全体的に緩慢、だらだらとした動きだ。
実は店長ではなく、ただのアルバイトなんじゃないかと疑ってしまうほどの仕事ぶりだが、採用面接はこの人としたので店長で間違いないんだと思う。そういえば、昼間をメインで入っているパートのおばさんが、店長を任されるようになってから長いとか話していたか。見えないところできっちりと仕事をしているんだろうか。
普段、朝5時からの勤務は自分と店長だけだ。俺が通う大学前にあるこのコンビニは、8時くらいにならなければ客の入りがほとんどない。逆に8時から授業の始まる直前までは全てのレジの前に20人以上の客が並ぶという地獄絵図を見ることができるのだが。
現状で早朝シフトは俺と店長と、さらにアルバイトが一人。俺が週に5日入れると伝えているが、実際は3日から4日程度で、もう一人のアルバイトと一週間を分けている状態だ。早朝をアルバイトだけで回すときは店長が休むのだが、実質はほぼフル稼働状態である。それだけに気持ちはわかる、わかるのだが……。
「いやー、俺もさ、もう32だし?彼女の一人くらい欲しいわけよ。合コンとかも行きたいわけよ。」
それを露骨にアルバイトの俺に出すってのはどうなんだろうか。
そこでふと、店長が昼間や夕方にも店に出ていたことを思い出す。んーなに出ずっぱりで労働基準法とか大丈夫なんだろうか。いや、その前に心配なのは店長の体か。
「店長も結構大変なんすね。」
その言葉に、くわっと目を見開いた彼を見て、しまったと思った。
「そう!大変なんだよ~。いやさ、うちのコンビニって売り上げはいいんだけど、お客様が入るときはもう怒涛の勢いで現場大混乱なんだよね~。そうなるとミスが増える、クレームが増える!マネージャーが怒る!給料が減る……。そんな中で独自に教育プログラムを作って社員を育成し、就任一年目のころからクレームを減少させている俺のことを誰も誉めてくれない!ともすればエリアマネージャーの評価とかになって、俺の仕事が正当に評価されないだなんて、そんなのおかしいと思うだろ!?思うよな!?思え!?ってなくらいに俺が憤慨してるってことが言いたいんだけど、そんなことをしたら目をつけられてしまう!いじめられるのか俺!?みたいな恐怖を必死に抑えてでもやっぱり言いたいことは言うべきなんだよね。そのためには自分を守ってくれる仲間!権力者!が必要ってエリアマネージャーにやっぱ言わないとダメかー。しかし、俺がこのまま屈することは考え……」
「ハイハイ、住吉さん、そのくらいにして下さいね。」
早朝6時のアイドルタイムに来る客の中には、遠方への出張前に買い物をという目的の人がいる。店長を制した女性も、スーツ姿であり、出で立ちとしては前述のそれかと思ったが、やけに軽装なのと、レジに立っている店長をめがけて歩いてきたのを見ると、そうではないらしい。もっとも、親しげに話しかけたところで、そうではないと確定したが。
「おー、有理香ちゃん。どのくだりから聞いてた?」
「俺のことを誰も誉めてくれないーってとこです。『ちゃん』って年でもないんですけど……」
髪の毛をシュシュで一纏めにした有理香ちゃんと呼ばれた女性は、店長にA4サイズほどの封筒を手渡す。顔はかなりの美人で、スタイルは細身。束ねられた髪は少し茶色に染めているように見える。
「これ、この間のエリア会議の資料です。あとマネージャーからの伝言。」
すう、と彼女は大きく息を吸い込んだ。
「今度休んだら減給じゃー!!」
店内に響き渡るほどの大声で叫んだ有理香さんは、くるりと踵を返すと、
「じゃあ、確かに伝えましたから。」
そう言って颯爽と出て行こうとして、自動ドアの前で立ち止まった。
「住吉さん、よくやってると思いますよ。」
顔だけこちらに向けた後、にこりと笑いながら手を振って去っていく。
「御影君は内さんと会うの初めてだっけ。」
「うちに居ましたっけ。あんな人。」
店長は茶封筒を開封し、中身の資料に目を通している。
「あの人は俺の同期で、駅前店の店長だよ。エリアが同じだからまあ、会議とかでちょくちょく会うんだけど……。」
中途半端なところで、つかつかとスタッフルームに下がってしまう。俺はため息をついた。
いつもながらマイペース、話の途中でも自身に興味のある物事に気を取られてしまい、「どこまで話したっけ?」とか「ごめん聞いてなかった。」という事が多々ある。
合コンに行ってもその調子ならば、きっと彼女なんぞはできないだろう。まあ、彼女も居なければ合コンの誘いもない俺にとっては新人バイトが入って店長が休むたびに彼に殺意を覚えそうだが。
ふとそこで、店長の言葉が頭の中でよみがえる。
ってか、俺が教えるのかよ。
もう一度大きなため息をついた。