第六章 恋慕と小さな記憶箱
『暁くんもいてくれることだし、今日のところはとりあえず安心ですね。』
暁くんの家に無事到着した僕たちは、生け贄の少女……向日葵さんを彼に託し、今は2人で詞の家にむかっている。
『そうじゃのう!暁に任せておけば安心じゃ。向日葵のことにおいては、暁ほど信用できる者はおらんからのぅ。』
『それほどまでにですか…。まぁでも暁くんを見る限り、あの2人、仲良さそうでしたもんね。』
そう詞を見やると、彼女はにやにやと笑う。
『ふっふっふ……お主にも分かるか?
そりゃあそうじゃ!なんせっ、あの2人は将来は夫婦になるのじゃからのぅ!』
『え!?そ、そうなんですか!!?』
『そうじゃそうじゃ。むふふふふ、本当に良いコンビじゃからのぅ。あの2人は。』
『た、たしかに、暁くんの向日葵さんへの愛情は、さっきの少しの会話の中だけでも凄いものを感じました…』
『そうじゃろう!そうじゃろう!』
あの2人のコンビが余程気に入っているのか、大変ご機嫌そうにぴょんぴょんと跳ねながら僕の前を歩いていく詞。
ーだから、詞が一瞬寂しそうに何かを呟いたのを、聞き取ることができなかった。
ー『まぁ…"その"時まで向日葵が生きていればの話だがな…』ー
『なぁなぁ神様』
前を歩いていた詞がふいにくるっと僕の方に向き直った。
『なんですか?』
『お主は、恋をしたことがあるか?』
『え?なんですか急に?』
『いいから答えるのじゃ。愛していた人はいるのか?』
『え…いや…そんなことは…て、ん?…その…あれ…?』
なんだろうこのもやもやは???
日々ただなんとなく生きているだけの人生だった。
そんな僕は恋人なんてもっての他、恋すらしたことなんてない。
ない。ない。ない。
ない……はず…なんだけど……
『ー詞』
そのとき、一瞬見覚えのある誰かが脳裏を横切った気がした。
が、それは本当に一瞬の出来事でー……
恋なんてしたことない。絶対にない。ない、はずなのに、何かが…何かを忘れているような…
『分かった』
ぐるぐるとした思考の迷路から、詞の声でふっと現実に戻された。
『あ、あの…僕…』
『その反応が見られただけで充分じゃ。ありがとうな』
そしてまたにやにやとした顔に……
『て!もしかして詞!僕のことからかいましたね!?』
『むふふ、どーうじゃかのぅ♪』
結局、詞は家に着くまでにやにやと、僕に変な質問を続けてきたのだった。