第三章 死なない娘
『とりあえず、安全な場所に行きましょうか』
疲労で眠ってしまった少女を背負い
詞に振り返る。
すると、さっきまで大泣きしていたはずなのに
すっかりいつも通りの元気そうな表情に戻っていた。
『そうじゃな!悪いがその娘はそのままおぶって行ってやってくれ。
華奢な娘じゃからそんなに負担もないじゃろう?』
『はい。平気ですよ。
ところで、今からどこへ行けば?』
その時、
ガサガサッ
僕たちがいる方と反対側の木が大きく揺れー
『詞!隠れるのじゃ!』
その言葉を合図に、僕たちは急いで木の影に身を潜めた。
『さて、今回はどうかですかな』
『確認してみるか?』
すると、向こう側の木の間から
ぞろぞろと男たちがやってきた。
『さすがの贄も今回ばかりは死んじまったんじゃないですかね』
『いやいや、神が我々に与えた“生け贄専用の娘”がこんなことで死ぬわけがない。今までだってどんなことをしても死ななかったのだからな』
ー神が与えた生け贄専用の娘?
その言葉にひどく疑問を覚え、詞の方を見やると、
今まで見たこともないほどの怒りをあらわにした表情で、男たちを睨み付けていた。
すると、男たちは湖にむかって
一人一人木でできた長い棒状のものを入れ、
ぐるぐるとかき混ぜ始めた。
『どうせまた生きてるって。
こんなことしたって見つかりっこないさ』
『まあまあ。とりあえずだよ、とりあえず。
それに、死んだ贄探しはいつもやってるだろ?
これも含めて神様に見てもらってんだよ』
『うーん。やっぱりいないですよねー。
おーい!命名 贄ー!
いたら返事しろー!』
ー命名、贄?
これは少女の名前か?
少女の両親はなんでまたこんな名前を……おかしすぎないか?
これじゃ本当に生け贄にされるために生まれてきたかのような名前じゃないか。
『ばか!死体が返事するかよ!
それに生きていて、もしまだ近くにいたとしても、俺らの呼び掛けに贄が答えるわけねぇだろう』
『まぁ、そりゃそうっすよね。』
『それにしても、それっぽいものはないね。湖の底を探っても、でてくるのは海草とかばっかり』
『やっぱりまた生きてるんじゃないですかね?』
『まぁ、我々にとっては生きててもらわなければ困るけどな。命名 贄が生け贄として生き続けなければ、今度は他の者が犠牲になることになる』
『そうですねー。じゃあ、今回も死体は見つからなかったし、良かった、ということで』
『そうじゃな。それでは今回はこれで解散じゃ!』
そうして、男たちは喜んだ様子で木々を掻き分け、どこかへ帰っていった。
『……あの…詞…今のは…?』
『見ての通りじゃ。この娘は、あやつらに何度も何度も生け贄として酷い目にあわされておる。そして、毎回生け贄実行後はあのようにして、この娘が死んでいないかを確認しているのじゃ。
この娘が死のうものなら、また他の生け贄を用意しなくてはいけなくなるからの』
『……そう…ですか…』
『………』
『………』
“神が与えた生け贄専用の娘”の意味、命名 贄という名前、聞きたいことは沢山ある。
しかし、きっとこのことで想像もできないほどに心を痛めているだろう詞に、尋ねていいものかと悩んでいるとー
『妾のせいなのじゃ。』
『え?』
『神が与えた生け贄専用の娘……これは、結果的にではあるが、責任は100パーセント妾にある。現に神が与えたー、この言葉に偽りは何もない。』
『……あの…』
『神が与えた生け贄専用の娘…、命名 贄という名前…、他にも色々とあるが、特にこの二つについて、お主は妾に聞きたいのじゃろう?』
………感服した。本当にどこまでも僕の心は詞には筒抜けらしい。
『そう…ですが…あ、いや、でも…詞が言いたくないのなら…』
『いや。お主には聞く権利がある。だから、話す。話させてくれ』
『………ありがとう、ございます』
『……それじゃあ、少しだけ、昔話を始めようか』