一騎当千
「もう疲れましたよぉ〜…今日は休みましょうよ〜」
村を出て一週間。確かにこいつには少し辛いかもしれない。
「なら帰れ。そして野垂れ死ね。」
だが、関係ない。
「……この人優しくなんてない。」
泣き言は言うものの、俺との距離は離れない。俺はペースを落としてないし、アイラに最低限しか気をかけていない。そこそこ根性があるのだろう。
「言っておくが俺は強くなんてない。俺が死んだらお前は逃げろ。」
そう。いくら力をつけても俺は弱いままだ。優しくないから。
「あなたの強さはひどく曖昧で、分かりにくいですけど、あのときのあなたは私にはヒーローに見えましたよ。あのときは。」
「……ほう?今は?」
「鬼畜のドS悪魔でホモ。」
「は?ホモだと?なんでだ?」
鬼畜のドS悪魔までは分かる。だが、ホモだと?
「だってこんな美少女が隣にいるのに手をだそうともしないし、それどころか着替えを見ても勃たないし!」
「女が勃つとか言うな。そもそも本物の美少女は自分を美少女なんて言わない。」
「ならロストさんはどんな女性が好みなんですか?そもそも好きな人なんていたんですか?」
「……いたよ。誰よりも強い子だった。俺の憧れさ。」
「気になります!その人のことを教えてくださいよ!」
「俺の幼なじみで、モンスターに両親を殺されても挫けずに凛としていた。誰にも勝てない俺を励ましてくれて、自分も辛いはずなのにいつも俺に気にかけてくれて、情けねぇ俺のことをヒーローって呼んでくれた。」
「その人は今どうしてるんですか?いい人と結婚してたりして?」
嫌味たらしくニヤつきながら聞いてくる。しかし、俺が黙りこくっていたため地雷踏んだ、と思ったのかアイラはアワアワしだす。
「……死んだよ。」
「え……。」
「俺の目の前で犯されて、初めてを穢されて、痛がってたんだ。泣き叫んでたんだ。なのにあいつらはやめようとしなかった。」
こんなこと言いたくないのに、思い出したくないのに、言葉がスラスラ出てくる。
「俺は何も出来なかった。ただ見させられているだけ。彼女は俺に真っすぐ生きろ、という言葉と指輪を残して自ら命を絶った。」
「あの瞬間から俺は死んだんだ。今の俺はスィーレに命をもらった。もう死なないために俺は優しさを、捨てる代わりに絶対に死なない力を手に入れる。二度と彼女を死なせない。そのために俺は生きてる。」
「……うぅ。」
アイラは泣いた。大号泣。「ごべっ、ごべんなざい!」とか言っていた。
「俺が勝手に話したことだ。気にするな。」
「ヒック…スィーレさんは、強い人ですね。」
「ああ。世界で一番強い。」
「でも、やっぱりロストさんも強いです。スィーレさんの次に。」
真っすぐな瞳で俺を見たアイラは、言葉を続ける。
「だって、あなたは真っすぐな人じゃないですか。誰にでもできることじゃないですよ。あなたは優しくて、とても強い人です。」
照れくさくなって、「そうか。」と話を切る。
一晩明かし、日の出とともに出発する。
眠いが、街までの我慢だ。ここじゃモンスターやら盗賊やら危険が多い。
「もうすぐディーン王国ですよ!」
と言うが早いか、城門が見えた。
「旅人か?悪いがステータスを見せてくれ。」
まずアイラが見せる。アイラはレベル1だった。ステータスも前の俺よりずいぶん低い。
「そっちの君も見せてくれ。」
素直に見せると、「なっ!」とか言い出す門番。
「レベル…3!?」
周りの奴らも驚愕していた。ついでにアイラも「えええ!」とか言ってた。
「少し待っていてくれ。…ください。」
全力ダッシュで、どっかに行く門番。
「何が俺は強くない。ですか!ステータスだけでも聖騎士長クラスですよ!それに強いスキルを発現してたら……」
「宿でスキルを教えてやるよ。もちろん他言無用だ。」
戻ってきた門番が、「えっと、こちらで少し待っててもらえます…?」と言っていたしかわいそうなので待つことにした。
2分弱で、フル装備した女騎士が、来る。
「キミがレベル3の男?」
俺は「そうだ。」と一言言うと、近くの部屋に連れられた。
「織りいって頼みがある。」
「断る。」
周りの兵士が荒立てるが、女騎士がそれを抑止する。
「話だけでも聞いてくれ。実は王国に魔族の軍勢が迫っていて、応戦するのだが君も来てくれないか?」
「行くと思ったか?俺にメリットはない。却下だ。」
「まぁ最後まで聞け。しっかり報酬は出そう。5億でどうだ?」
「悪いが金のために命をかける事はしないんだ。他を当たれ。そもそも王国なんだ。俺クラスはいるだろう。」
不穏な空気にアイラが涙目になり、小さくなる。
そろそろ切り上げないとかわいそうな気がしてきた。
「気が変わったら伝えてくれ。」
「ああ。変わることはないがな。」
そう切り捨て、適当な宿を探しに行く。
「良かったの?」
「当たり前だ。なんで俺が死地に行かなきゃならないんだ。勝手にやってくれ。」
そして金も勿体ないから二人で一部屋使い休息をとる。
そして、夜中、
カンカンカンカン!
サイレンと警報が耳をつんざく。
『モンスターの軍勢が近くまで来ています。いち早く避難して下さい。繰り返します……』
なんて、タイミングできやがるんだ。クソが。
「チッ。アイラ、去るぞ。」
「…ねぇロストさん。本当にいいんですか?」
「……なにがだ。」
いつものように真っすぐな瞳で、話す。
「ロストさんは、そうやって自分に枷をつけて、本当は救いたいのに、自分を捨てる。」
「確かにロストさんは死ねない。でももっと自分に正直に生きていいんじゃないですか?そう、真っ直ぐに。」
「……お前に何がわかる。お前はスィーレじゃない。知った口をきくな。」
バシッ!
「今のあなたはヒーローなんかじゃない!スィーレさんも泣いてますよ!」
平手打ちをしたアイラはそう語る。そして、俺の剣を持って外へ出る。
俺は死ねないんだよ。こんなことで死ぬわけにはいかない。
『スィーレさんも泣いてますよ!』
クソがっ!てめえに何がわかるんだよ!
「……。チクショォォォォオ!」
俺は奔る。戦場に、誰よりも迅く。アイラを追い越し、さらに速度を上げる。
そして交戦する二つの軍勢。目に見えて人間が不利だ。
俺は人間が嫌いだ。見てるだけで殺意が湧く。だけど、スィーレはそれを望んでいるだろうか。
そんなことを考えながら魔物へと突き進む。
「死にたくなければ退け!」
兵士をかき分け、モンスターを一刀で切り裂く。
「イカれた悪鬼ッッ!」
元々レベル3の俺が何倍にも速く、強くなる。
何匹いるか分からないモンスターが徐々に勢いを失う。
武器はいらない。この拳で、この脚で。父の敵を叩きのめしていく。
「ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
体の限界である100%を超え、人の動きを超える。
もはや誰にも何が起こっているか分からないだろう。
「ハァッ!ハァッ!」
蹂躙の末、残るモンスターは2体。
筋肉はネジ切れ、リミッターを外したために、脳もうまく働かない。
しかし、俺の戦意は少しも落ちない。むしろ閉じた心の蓋から溢れでている。
強烈な殺意に混ざった僅かな優しさ
それが俺を駆り立てる。
「うぁぁぁぁぁぁあ!!!」
意思には関係なく動かなくなる身体。だが、残った力で2体を屠る。
魔物の軍勢は一体残らず殺した。
「これで満足か……アイラ。」
最後に脳裏に浮かんだのはスィーレではなくアイラだった。
……。気がつくと目の前にアイラの泣き顔。それも泣き腫らしたようだ。
「よぅ…。」
「よぅ。じゃないわよ!やりすぎよ!バカ!もうホントにバカですーーー!」
どうやら俺は3日寝ていたらしい。
身体中の筋肉が断裂していて、拳も粉砕骨折していた。
動こうと思っても指1本動かない。でも気持ちは悪くない。
代わりに全治1年だとさ……。
後日、女騎士と兵士が見舞いに来た。
「この度、貴殿の活躍のおかげで我々は死者0で魔物に勝利することができました!全て貴殿のおかけであります!敬礼!」
総員、片膝をつき胸へと拳を当てる。
そして、女騎士だけ残り、俺に話しかける。
「本当に感謝いたします。貴殿は単騎で3千の魔物を叩き伏せ、王国を守り抜いてくれました。私に出来ることであれば何なりと。」
「必要ない。俺が勝手にしたことだ。」
しょんぼりした女騎士はトボトボと部屋を出ようとした。
「……おい。お前の名前は?」
「え?あっ!わっ、私はセレア=クルゼレイと申します!」
「そうか。俺はロスト。……暇な時は顔を出せ。」
セレアはパァァァ!と笑顔になり、敬礼してスキップして帰った。鎧がガシャガシャうるさかった。
「……セレアさんには優しいんですね。」
「お前はあれをほっとけるのか?」
「……むりです。」
セレアは騎士だが恐らくアホだ。絶対明日も来る。
スィーレの髪の色と同じ真っ青な空を見上げた。