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 瞬くと、まだあどけなさの残る、でも逞しい体をした生徒が切実な眼差しを向けていた。

「からかわないで」

 椎川泉水はだだっ広い視聴覚室の教壇を挟んで窓から差し込む斜陽に目を細める。

「先生、俺は真剣だよ」

 甲子園で活躍し、年末にドラフト指名を受けた目の前の生徒は、身長こそ自身を軽く超えていたが、それでもやはり高校生であるには違いなかった。ひと回り。即座にその差を頭ではじき出し、彼女は苦笑を噛み殺す。

 私たち、一二歳も離れているのよ―――開きかけた口を泉水は慌てて閉じた。私はその時点で恋愛の障害を提示することになる。そして生徒はそれを取り除くことで、恋の始まりの理由を手に入れてしまうのではないか。

「だから、からかわないでって言ってるの」

 だから彼女はもう一度、そのあどけなさの残る男性に教師としての眼差しを送る。この問題に関して一切の議論の余地がないといわんばかりに―――。とにかく取り合わない。それが女教師の採った選択肢だった。

「からかってなんかいない」

 生徒は言葉とともに泉水に一歩、歩み寄る。からかってなんかない―――男は自分に言い聞かせるようもう一度つぶやいた。

「ダメよ。先生を困らせちゃ」

 教科書で胸を強く抑え、後ずさりしてしまいそうになるのを堪える。背筋をピンと張り、毅然とした態度で近づく生徒を見上げる。視線を生徒に固めながら、後ろの扉との距離に意識を集中させた。

 ―――その時、遠慮がちに扉が開く音がした。

 思わず視線を飛ばすと、人ひとり分だけ開けられた扉の隙間からそこそこうまいムーンウォークで一人の男性が入ってきた。何となくの音階の鼻歌交じりに扉を閉めても日下部は泉水たちの存在に気づかない。

「日下部先生」

 振り向いた日下部に声をかけると、彼は、うわっと飛び跳ね尻餅をついた。ジタバタしている同僚は立ち上ろうともがくが、なかなか起き上がれない。仕方なく手を差し伸べると、でもなんでこんな時間に、と訊いてきた。

 間も無く生徒は走って教室を後にした。その背中に、さよなら、と底抜けに明るい挨拶を投げ掛けた教師はにこやかにお尻を擦りさすり立った。

「日下部さんこそなんでこんなところに」

 思わずそう訊ねたが、彼は愛想よく笑って答えをはぐらかすだけだった。


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