第九話 試練の迷宮
迷宮内部は真っ暗で、要所要所に設置された篝火や松明がなければ真っ暗だった。
視界が悪ければ、地形も悪い。
底の見えない、切り立った断崖絶壁を歩かされたり。
似たような光景が続くせいで方向感覚が馬鹿になったり。
あとシェアルの町中と違い、どこか空寒い。
そして勿論――敵だっていた。
がああうっ!!
不意に現れ、襲い掛かってきた大犬型のモンスター【デス・ハウンド】。そいつが今まさに飛び掛かってきた!
「このっ!」
反射的に右腕に全体に硬化の魔術を施す。淡く菫色に光る右腕。
と同時に、躾けのなってない犬に渾身の裏拳を叩きこむ!
ぎゃわん!?
殴られた鼻っ面がひしゃげ、側面へと吹き飛ぶ犬っころ。
手の甲にはトゥバルキンお手製の、楕円状の手甲を装備している。こいつに殴られればかなり痛いだろう。
そして隙だらけだ。
踏み込みと同時に腰から夜空の短剣を引き抜き抜いた。
エルザヴェータさんの教訓その一! 『攻撃する時は迷い無く、思いっ切り』!
よろよろと立ち上がり、こちらに気付いた時にはもう遅い。
その眉間に、正確に短剣を突き込む!
骨を貫く、嫌な感触。
その一瞬後、デス・ハウンドはさらさらと砂のように崩れ落ちた。
「よし! まず一体! エルザヴェータさん、見てた!? ちゃんと戦えたよ僕!」
僕は後方からやや離れてついてくるエルザヴェータさんに喜びを分かち合おうと振り返るが。
「くすっ。その程度の相手で喜ばれてもねぇ?」
…何だよ。まるで子供扱いじゃん。
はしゃぐ子供を微笑ましく見守る親のような――そんな目を向けられ、むすっとした。
いや確かに、相手はモンスター図鑑にも載っている、下級のモンスターだったけど。
それでも初めて実戦で危うげなく勝利したのは嬉しいじゃん。
「それと。勝利の余韻に浸っている暇は無さそうよ?」
ぎゃうぎゃうがうがう、と。遠くから犬たちの鳴き声が聞こえる。
嫌な予感がする。
広場の奥に視線を向けるとさっき倒したデス・ハウンドと同種の犬達がざっと十体近く現れた!
「うげ…っ」
数が多い! 接近戦じゃ捌き切れないぞ!?
「【霊光弾丸】…!」
先手必勝! 左手を銃の形にし、素早く人差し指先にオーラを収束――射出する!
初級用の魔術本にも載っている、簡易な魔術だ。イメージがしやすく、発動までの時間が兎に角短い。
威力は低いが、その用途は主に牽制や様子見だ。
案の定、高速で飛来するオーラの弾丸を、デス・ハウンドの群れは左右に割れるようにして回避した。
避ける、か。単発射出型の魔術じゃ、駄目だ。でも接近戦になったら対応しきれるか分からないぞ。
どうする……どうする!?
ゆっくりと考えている暇は無かった。デス・ハウンドの群れが攻勢に転ずる。
群れの内半分は僕に向かって突撃し、もう半分は牙をむき出しにして大口を開ける。
その口内に、赤い光が灯った。
ぼぅん!
デス・ハウンドの口内から炎が射出される!
「ととっ!?」
僅かに放物線を描く軌道で、火球が僕へと飛来するが、ルカルサ直伝の加速魔術を駆使したステップで回避。
しかしそうこうする間にも目の前には間合いを詰めてくるハウンドが六体!
――これは、不味いかもしれない。
「一時撤退!」
回れ右。戦略的撤退である。
そして視界に入る、エルザヴェータさん。
――待てよ。エルザヴェータさんにこの犬っころを押し付けられないかな?
そうだ。戦闘は手伝わない、と言っていたけど、おとりになってもらって敵のヘイトを分散させるくらいなら!
「あら。私はお邪魔のようね」
そう言うとその体が突如霧散し、無数の蝙蝠へと姿を変えた!
ああもう! ズルは出来ないって事!?
内心ちょっと焦る。反撃の糸口が見つかるまで、兎に角今は逃げよう。
加速の魔術を使い脱兎の如き撤退。風を切りながら入口へと逆走する。
その途中、ちらり、と一瞬だけ振り返るとヘル・ハウンドの群れから少しづつだが離れているのが確認できた。
よし、この調子で一旦距離を取って仕切り直し、
「うわぁっ…!? っとっ…!」
何かに足を滑らせ、態勢を崩す。無様に倒れずに済んだのはルカルサと行っていた加速魔術の鍛練の成果か。
高速での移動はバランス感覚の向上にも一役買っていた。
一体、何で足を取られたんだ?
疑問はすぐに解決する。デス・ハウンドの群れから逃れ、移動した先の空間。
氷柱状の岩や隆起物など、鍾乳洞を彷彿とさせるその広い空間には天井のあちこちから水が滴り落ち、地面にうっすらと水が張っていた。
「――水、か」
教訓その二。『周囲を観察し、利用出来る物は何でも利用しろ』。
「――あ!? 使える!」
敵の足が速くて魔法が当たらない。数が多くて接近戦では不利。そんな時はどうすればいいか。
簡単だ。敵の足を封じればいい!
「冷たき者【スノエル】よ! 凍てつく北風にて彼の者達の猛りを鎮めよ!」
詠唱を終えたと同時にタイミングよく通路の陰から続々と現れるデス・ハウンド達!
タイミングばっちり! 行け!
「【極北冷波】!!」
足元に水色に光輝く魔法陣が現れる。それは精霊にオーラを譲渡し、霊術を発動させるサイン。
同時にデス・ハウンドに向けた左掌から、指向性を持った冷気が放射される!
氷点下を余裕で下回る冷気の波が、浅い水面とハウンド達の足を凍り付かせ、癒着させた!
「よくも追い掛け回してくれたな!」
文字通り手も足も出ないハウンドの群れに突っ込みながら、魔術のイメージを練り上げる。
それは騎乗槍よりも長い、長大な剣。
短剣を鞘に納めると両手にオーラを収束させ、菫色に輝く霊光の刀身を形成した!
「【霊刀一閃】!!」
全長4メートル近くの、オーラの刀剣が顕現。
それを横一線に振りぬくと、デス・ハウンドの群れをまとめて切り裂いた!
「――やった! ざまーみろ犬っころ!!」
塵となって消えていくハウンド達を見ながら中指をおっ立てる。
戦えてる、ちゃんと戦えてるぞ僕!
自分の成長を実感した。
こちら側に来た頃、只の学生だからと戦う事に疑問を抱いていたのが懐かしく思える。
そして自分でも予想外だったのは。
「霊術、使える…!」
昨日夜更かししてまで覚えた霊術が大いに役に立っている。
無風で、植物もないようなので今僕に使用できる霊術は影、地、水、氷の四属性だけだけど。それでも戦う為の手札としては申し分無い。
「やるじゃない」
背後を振り返ると、いつの間にか蝙蝠の姿から人間の姿に戻っていたエルザヴェータさんが居た。
「でもまだまだ、先は長いわよ?」
僕は頷くと歩きだす。
この先にどんな危険が潜んでいるかと思うと、不安でならない。けど今は、高揚感の方が勝っていた。
***
どれくらい迷宮を歩いただろうか。
時に犬どもを倒し、時にはゴブリンどもを倒し。また時には古典的な落とし穴トラップや吹き矢トラップに引っ掛かりながら、何とか先を進んでいる。
迷宮の中には篝月も時計も無い。時間の感覚がおかしくなりそうだった。
魔法を使い過ぎたせいか、体内を巡るオーラを使い切ってしまっている。
腰の左側のサイドパックからネクタルを取り出し――僅かな逡巡の後、意を決してグラスを傾ける。
「――トニックウォーターの味がする!?」
ミントとフルーツの甘味を加えた微炭酸飲料の、アレである。
普通に美味しくてグビグビいきそうだった。うん。ピーチ風味か。
それと同時に、体中に暖かいオーラが巡っていくのが分かった。
「はぁ、シュワシュワ美味しい…」
「ふふ。全部飲んじゃいそうね?」
「そ、そんな事しないよっ」
名残惜しいけど、栓をしてサイドパックにしまう。
微笑ましく僕を見ているエルザヴェータさん。少し気恥ずかしくなって、誤魔化すように早足で歩き出した。
((――ミィ!))
「っ!?」
すぐ近くから鳴き声のようなものが聞こえて、思わず身構える。
「ノワ? どうしたの?」
「今、鳴き声のようなものが聞こえてっ。それもすぐ近くからっ」
夜空の短剣を引き抜き、油断なく辺りを見渡す。
ここは岩肌に囲まれた見晴らしの良い空間だ。直ぐ近くの壁際に一つ松明が設置され、僕とエルザヴェータの影を空間内に映し出している。
「ふぅん? まあ、好きになさいな」
? エルザヴェータさんには聞こえなかったのか?
でも確かにこの空間内には何も居ない――か。でも、確かに聞こえた。そして今でも微かに気配はある。
――いや、気にしすぎてもしょうがないか。先を進もう。
僕は一歩、足を踏み出し、
((ミイッ!!))
さっきより声が大きい! 足もとに、何か居るな!
短剣を鳴き声の発生源に向ける。そこには――
((ミー…っ))
僕の靴に張り付く、手のひらサイズの小さな人影が居た。
「…え、何こいつ?」
姿形はそう――まるで真っ黒な全身タイツを被ったゆるキャラ?
全身真っ黒で手足が短くて、輪郭がボンヤリと紫色に光っている。目はまん丸で赤く、瞳も瞳孔も無い。
そんなマスコット的な何かが、僕の靴にしがみ付いていたのだ。
ぷるぷると、何かに怯えるように身を震わせながら。
「ノワ? さっきから貴方、一体何をしているの?」
見兼ねたエルザヴェータさんが僕に近づく。
彼女は僕と松明の間を遮るように立っていた。その位置関係が微妙にズレ、僕の足元が松明の光で照らされる。
じゅっ、と油を引いたフライパンで何かを焼くような音がした。
((ミーーーーーッッッ!!!?))
足元の何かが松明の光から逃れるように、一瞬で僕の足の影に隠れた。
よく見ると右手右足の先端が少し欠け、紫色の粒子がきらきらと零れている。
怪我をしたのか? ひょっとして、今の松明の光で?
「こいつ、まさか――」
「ノワ? もう。床にお金でも落ちているのかしら? それとも自分の足に見とれているの?」
「いや、影の精霊を眺めてる。多分…」
「…何ですって?」
松明の光で怪我をして、僕の影に逃げ込んだ。
影の精霊【シェイド】は光の中では生きられず、影の中でのみ存在できる、と霊術の教本にも書いてあった。
だから多分、そうなんじゃないかな。
((ミィィっ…! ミィィッ…!))
ああ、可愛そうに。泣いてるじゃん。
僕は松明の光に気を付けながらしゃがみ込み、【シェイド】に指先で触れる。
まるで豆腐でもつついてるような感触。触れられたシェイドが嫌々と顔を振るが逃がすまいと両手で優しくホールドした。
((ミーーーーーッッ!!))
可愛い声だけど絹を裂くような悲鳴、だったのかもしれない。
「ちょっと我慢して」
意識を集中。イメージを練り上げる。
体内に巡るオーラを、両手で掴んだ小さな体にゆっくりと流し込む。
循環の魔術。これは術者の傷を癒すだけじゃなく、自分のオーラを他人に分け与える事も出来る。
現に僕のオーラを2割ほど分け与えると、小さな精霊の傷はすぐに完治した。
「もう大丈夫?」
シェイドは治った自分の手足と僕の顔を見比べ、
((ミーィッ♪))
目を^^の形にし、両手を上げてぴょんぴょんとその場で跳ねる。良かった。元気になったらしい。
((ミッ、ミッ))
シェイドが空間の奥にある通路を指差す。
目を凝らしてよく見ると、松明の光が届かない通路の影に、似たような影の精霊が何体も居た。
向こう側にいるシェイド達は皆、まるで我が子を見守る親のような顔をしている。
あぁ、この子だけはぐれっちゃったのか。
僕は、はぐれシェイドを両手でゆっくりと胸元まで持ち上げると、松明の光を体で遮りながら奥の通路へと小走りに駆け込んだ。
「ほら。もうはぐれないでね」
((ミ。ミ))
ふと、掌に乗ったシェイドが僕に向けて手招きをする。
ん? 顔を近づけろって事かな?
指示通りに? 顔を小さな精霊に寄せる。
掌シェイドは顔を伏せ、両手を腰の後ろに回してもじもじした後、
――ちゅ。と僕の鼻先にキスをした。
((ミィッ♪))
ぴょんっ、とおませな影の精霊は掌から飛び降り、群れと合流する。
おませシェイドは仲間たちから、飛んだり跳ねたり抱き着かれたり泣かれたりと感動の再会を迎えた。
ミー、ミーとうるさ可愛い声が響き――思わずほっこり。
((ミっ!))
リーダーらしきシェイドの掛け声。何十体と集ったシェイド達が僕に向き直る。
((((((((ミミミミーミミーミミミ))))))))
そして一斉に頭を下げた。
どうやら、お礼を言ってくれているらしかった。
「ううん。気にしないで。でも僕が危ない時には、助けてくれると嬉しいかな」
((((((((ミミミミッ!!))))))))
『任せろ!』とでも言うように全員同時に親指を立てる。噴出しそうになった。
そしてミーミ―言いながら僕に手を振るシェイド達。僕もそれに手を振り返すと、彼らは迷宮の奥へと消えていった。
いや、そのうち一体が僕を振り返ると、通路の壁面をミーミ―言いながら何度も指差す。
んん? 何のジェスチャー?
「本当にシェイドを見たの? どんな姿だった?」
「どんなって――全身黒タイツの小人? で、ミーミー鳴いてた」
露骨に怪訝そうな顔をされた。
いや、他にどう形容していいか分からないんだって。
「貴方、頭は大丈夫かしら?」
「ほんとに見たし、聞いたんだよ!? 今だってあそこにまだ!」
通路を指差すとさっきまで居た筈の最後のシェイドも消えていた。
鳴き声も聞こえず、辺りには松明の炎が燃える音しかしない。まるでさっきの出来事が夢だったみたいだ。
「まだ居るの? それとも貴方の頭の中にだけ居るのかしら?」
「…そんな意地悪言わなくてもいいじゃん」
もう。ほっこり幸せ気分が台無しだ。
イライラしながら歩き出す。僕はわざと足音を大きくたてて、怒ってますよアピールをした。
我ながらガキみたいだ。いや、ガキだけどさ。
「そう言えば、この辺りか」
通路を少し歩いた所で立ち止まる。確か、この辺りでシェイドが一匹、壁を指差していたよね?
ぱっと見、何も無いけど――隠し部屋でもあるのかな?
しゃがみ込み、岩肌をグローブ超しにペタペタ触る。
うん? 何も無い、か。いや、方法が違うとか。隠し部屋の開放は物理的な仕掛けではなくて、霊的なスイッチが必要だとかそんなオチじゃ…
試しに循環魔術で壁面にオーラを流し込んでみた。
するとどうだろう。
…フォン…
軽い、静かな音色を奏でて、壁面の一部がまるで蜃気楼のように揺らぎ、消滅した。
「嘘っ!? 隠し部屋!? 貴方、何でここに隠し部屋があるって知ってるの!?」
「だから言ったでしょ? シェイドを見たって。一匹だけ群れからはぐれてたから、拾って群れまで届けてあげたの」
狼狽するエルザヴェータさんに勝ち誇ったように僕は告げた。
「そのお礼に、隠し部屋の位置を教えてもらったんだ♪」
***
歩きながらグローブ超しに嵌めた指輪を眺める。
【厄除けの指輪】。それは装備者への物理的なダメージをある程度無効化、肩代わりしてくれる凄いアイテムだ。
今はそれを二つ装備していた。
一個は迷宮に入る前に渡してもらった支給品。もう一つはさっき見付けた隠し部屋の中にあった、宝箱からだ。
こんな凄い装備を二つとか、この先どんな強敵が出て来ても負ける気がしないね。
いや、エルザヴェータさんクラスの化け物が出てきたら無理だろうけど。
流石に、新人の試験でそんなエゲツない敵を配置しないだろうし。大丈夫だろう。
と、通路を曲がった先で見慣れないものが視界一杯に現れた。
「何これ? オーラの壁?」
菫色と白のグラデーションに輝く、光の壁。それが通路を遮っている。
壁の向こう側は何があるのか見えない。
見えないが――何か、とてつもない圧迫感がする。
心がざわつく。この光の壁を挟んだ向こう側にヤバい奴が居る気がした。
「その光の壁は一方通行。入る事は出来ても出る事は出来ない。試練を終えるまではね」
「もしかしなくても、この向こう側にボス的な奴が居たりする?」
「ふふ。入れば分かるわ。それとも、ここまで来て諦めて帰る?」
「冗談でしょ」
それじゃ、何の為に今まで頑張って来たのか分からない。
僕には、黄泉の使者としてノワの村の人達を助けるという義務がある。
そしてそれは――
――――ワシの世界に来い。そしてワシの為に尽くせ――
――さすれば、お主は再び――――
――――『 』と出会う事が出来るであろう――――
エルザヴェータさんの部屋で垣間見たいつかの記憶を思い出す。
そうだ。確かに状況に流されるまま使者を目指す事になったけど。
その先に、きっと僕の欠けた記憶の手がかりがある筈なんだ。
だから、こんな所で立ち止まっている訳にはいかない!!
「行ってきます」
「ええ。頑張って」
光の壁を潜り抜ける。まるで強い弾力を持った水面を抜けるような感覚。
同時に視界が開けた。
四方に松明を備えた、広いドーム状の空間だった。
天井からもカンテラのような物が吊るされおり、体育館程度の広さを持った部屋全体を隅々まで照らしている。
その中心に、巨躯の騎士が佇んでいた。
先鋭的なデザインの黒い全身金属鎧。
裾がほつれてボロボロになった土色のショートマント。
膝から首を覆う程の、巨大な黒い凧形盾。
そして、あれが彼の得物か。左腰には長大な剣の鞘を装備していた。
「よくぞ参られた。未来の同胞よ」
頭頂部から赤い弁髪が伸びるフルフェイスヘルム。そのバイザー越しに、理知的で整然とした男性の声が響く。
少し、拍子抜けする。チビな僕の身長の倍はあろうかと思われる巨大な身体から発せられたのは、まるで温厚な父親のようなダンディーで優しい男の声だ。
「最後の試練の前に、簡易だが説明をさせてもらおう。貴公の道は二つ。一つ。私を倒す事。二つ。部屋の奥にある『使者の証』を奪い取る事だ」
右手を部屋の奥へと向ける。
その先にあるのは石像だ。踊り子のような露出の多い黒い衣装を纏い、大鎌を左肩に担いだ人の像。足元に鴉らしき鳥を何羽も従えていた。顔は人の字状の長いヴェールによって隠されていたが――これは恐らく、アイドネア様の像だろう。
その像の首に、エルザヴェータさんが持っていた物と同じブローチが掛けられていた。
つまり最後の試験は、この騎士を倒すか、あの使者の証であるブローチを奪うか、どちらかを達成出来れば言い訳だ。
普通に考えれば、像からブローチを奪う方が簡単そうだけど……多分、そんな単純な話じゃない気がする。
「分かりました」
「ならば良し」
ズラり、と騎士が左腰の鞘から剣を引き抜いた。シンプルなデザインの直剣――しかしその長さは僕の身長を超えている。
「我が名は【アコース】。12番目の使者にして【裁定の騎士】。貴公が選ぶのは蛮勇なる挑戦か、それとも愚計なる知略か」
ゆっくりと右手の剣を持ち上げ、その切っ先を僕に向けて彼は宣言した。
「これより、裁定を開始する」
バイザーにある六つの横長の覗き溝。その奥で、赤い双眸が怪しく輝いた。
次回、白熱のボス戦。
投稿は2/1(土)AM8:00の予定です。