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Unholy Kingdom -ゴーストになった僕-  作者: 乙×平
第一章 光と影の姉弟
8/11

第八話 試練に向けて

 ルカルサと顔を合わせてから十日が過ぎた。

 勿論特訓漬けの日々だった。魔法は【魔術】の基礎をシャンタちゃんと一緒にみっちりと。

 ルカルサとは最悪の顔合わせになったけど、今はすっかり仲良くなり一緒にランニングや、街中の屋根を飛び移りながら追いかけっこをする、というなんともアクロバティックな方法で機動力強化の訓練に付き合って貰っていた。


 そして男の子なら誰でも夢見る接近戦の修行は――


 きぃん! 甲高い音を立てて僕が手に持った【夜空の短剣(タンザナイト・ダガー)】が空高く弾き飛ばされた。

 直後に150センチを超える長大な木刀の剣先が僕の喉元に突き付けられる。

 それを僕に向けているのは戦闘用の衣装を纏ったエルザヴェータさんだ。


 金の縁取りが入った白いマントと赤いショルダーガード。裾がミニスカート状になった、赤と白のサー(袖なし)コート。袖口にたっぷりレースを使ったブラウス。ガータ付きの黒のストッキング。そして膝から下を覆う真っ赤な足甲(グリープ)

 まるで勇ましい騎士と、可憐でエレガントな令嬢のイメージを足したような、エルザヴェータらしい衣装だった。

 

「判断が甘い。何度も言っているでしょう? 重くて強い攻撃は躱して、軽くて速い攻撃は流しなさいって。重い攻撃を真正面から受ければ、貴方の軽い剣なんて簡単に弾かれてしまうわよ。今みたいにね」


 エルザヴェータさんが視線を向けた先、宙を舞っていた夜空の短剣(タンザナイト・ダガー)が砂利まみれの鍛練場の地面に上手い事突き刺さった。


 短剣の刀身は篝月の光を反射して碧く輝いている。空を見上げると碧い月は下弦の形をしていた。地上の時間で言うと午後四時くらいか。


 ルカルサとの鍛練で僕の肉体と身のこなしが仕上がってきたのを感じ取ったのだろう。

 昨日からエルザヴェータさんからの提案で、模擬戦闘の訓練を始めていた。

【血の貴婦人】、【レディ・ブラッド】などの異名を持つ彼女から直に手ほどきを受けられるなんて、これはいい機会だ、と思ったのも束の間。

 割とガチ目に攻められ、何度も瞬殺されていた。

 兎に角馬鹿強い。

 先ず、あのルカルサよりも足が速い(・・・・)。それと繰り出される攻撃が早すぎて、反応出来ない。

 結果、模擬戦開始の合図と共に一瞬で距離を詰められ、武器を弾かれて決着――という瞬殺劇が何度も発生していた。完全に弱い者苛めである。


「超速で距離を詰められた挙句にそんな物騒な物を力いっぱい振り回されたら体が縮こまるって」


 150センチ以上の長さと広辞苑並みの分厚さ広さを持った木刀を、新聞紙ブレードでも持ってるかのように軽々振り回してくるんだよ? ビビるに決まってる。


「馬鹿な事を言わないで。練習だから武器を弾くだけで終わってるけど、実戦ならそのままグサりよ?」


 いやそうなんだけどさ。実力差がありすぎて、流石にメンタル折れそうなんだけど。


「……あのさ。疑問なんだけど。これ、訓練になってる?」


「ええ。勿論」

  

「いや。実力差があるのは分かるし、負けるのも分かってるんだよ。けど、ことごとく瞬殺、って……」

 

「ノワ。強くなるための近道って分かるかしら?」


「あ、分かった。自分よりも強い奴と戦う事だ、って言いたいんでしょ?」


「ええそう。でも普通、自分よりも強い敵と戦った者は死ぬわよね?」


「まあ、道理だね」


「でも貴方はこうして生きている。つまり、どんどん強くなれるって事よ」


 まさかの脳筋思考!?


「あぁそうそう。勘違いしては駄目よ? ちゃんと何故負けたのか。どうすれば一秒でも長く生き残れるのか。どのタイミングなら反撃できたのか。負けた後でそれらを考えなければ、意味が無いわ」


「成程。反省と試行錯誤、ね」


 つまり。死ぬ事はないのだから、『勝てない相手にどうすれば勝てるようになるのか、勝てるようになるまで考え続けろ』って事を言いたいんだろう。

 ハードモードのゲームと一緒で、トライアンドエラーの繰り返しをしろ、って事だ。


「それと簡単な目標を設定しましょうか」


「目標?」


「ええ。ダラダラと続けても身に付かないでしょう? だから段階的に小さな目標を設定するの。目標を達成出来れば、自信に繋がるでしょう?」


 成程、ノルマか。確かに、先の見えないゴールを目指すよりも建設的だ。


「決まりね。では、そうね――まずは八秒生存を目指しましょうか」


「分かった。宜しく頼むよ」


 八秒か。いっその事ガン逃げしてやろうかな。それとも魔術を使ってみようか、今まで文字通り瞬殺されてたけど、牽制にオーラの弾丸でもばら撒けばそれだけで延命できるかもしれない。

 あと接近戦はマジ無理。僕が才能無いのと、エルザヴェータさんが強すぎるのでお話にならない。

 などと戦術を練っていると、横合いからエルザヴェータさんの声が飛ぶ。


「あとそれから。これからは寸止めは止めて、きちんと当て(・・)に行くから♪」


 良い笑顔で言ったエルザヴェータさんの言葉に思考がフリーズした。


「――――――ぇ…?」


「だって、痛みがないと必死にならないでしょう? ペットを躾けるのと同じよ♪」


「いやいやいやいや! エルザヴェータさんにそんな物で殴られたら死んじゃうよ!?」


「安心しなさいな。力加減は得意だから。そう、まるで粗相をしたメイドに折檻するように――優しく、叩いてあげるわ…」


 ちろり、と舌なめずりをするエルザヴェータさん。

 脳裏に何故か、アンナさんのお尻を嬉々として引っぱたくエルザヴェータさんが思い浮かぶ。

 ――――あれ? マジでやってそうじゃない?


「さあノワ。復習よ。重い攻撃は避ける。速い攻撃は流す。攻撃する時は迷い無く、思いっきり。武器の特性を理解する。武器の相性を理解する。間合い管理に気を付ける。自分の手札を軽々しく見せない。相手の思考・戦術を看破する。相手の攻撃の癖を見付ける。地形を把握する。周囲を観察し、利用出来るものは何でも利用する。それから――」


「そんないっぺんに覚えられるかーっ!?」


「――それから敵の【霊技(れいぎ)】に気を付ける」


「…霊技(れいぎ)?」


「熟練の術師が必殺の魔法を持つように、熟練の戦士にも必殺の技を持っているの。それが霊技(れいぎ)。培った技にオーラを乗せて放つ、文字通りの必殺技よ」


 何それカッコ良さそう!


「え、ひょっとしてエルザヴェータさんも持ってるんですか!?」


「ええ、勿論。見せて上げるわ。」


「やった!」


「貴方に向けて、放ってあげる♪」


 ――――回れ右した。


「手加減してあげるからせめて避けてみなさいな!」


「ひいいぃぃっ!? 許してぇっ!」


 そんな訳で、エルザヴェータさんスパルタ修行が本格的に始まったのだった。



 ***



 更にそれから二週間の時が流れた。

 修行は順調に進み、貧弱だった肉体にもそこそこのスタミナと、近接能力を得た。ちょっと筋肉も付いた?

 他にも、ルカルサには及ばないが、放射魔術を応用した高速移動――通称【加速】魔術もそこそこ物にしている。今もルカルサと一緒にシェアルの町中を屋根伝いに飛び回ってきた所だった。


「ヴィンガルフの地下に迷宮?」


「そ。新人の訓練と実戦練習を兼ねてね、地下にダンジョンを掘って野生のモンスターを放ってんの」  


「まさか、新人訓練の最終試験としてそこを攻略させようって話じゃ…」


「ノワっち冴えてる~♪ 当たりだよん♪」


 ここは大通りからやや離れて位置に存在する小さな料亭だ。

 こじんまりとしており、お酒の品揃えもあまり多くは無い。文字通り料理を楽しむ、この世界では少しニッチな客層を狙った、穴場の食事処。そこにルカルサと二人で来ていた。


「ああそうだ。今日で奢りは無しだかんね?」


「はいはい。今までご馳走様」


 この店は誰かさんがストリップショー(・・・・・・・・)をやった時に、『美味しい店があるから』と言っていた――あの店である。

 あの後、本気で僕にびびっていたルカルサが、僕にお詫びと言う形で何度もこの店で奢ってくれていた。元々金にうるさい性格の彼女だけど、このお店は店主が道楽でやっているお陰か、値段が相場よりもかなり安く、その上黄泉の使者はシェアルではどこでも定価三割引き特典(!!)が付くので僕もルカルサもちょくちょく通っていた。


 ちなみに今では僕とルカルサはすっかり打ち解けて、仕事の同僚というより気の良い友達のようになっていた。


「で、どう? こわーいモンスター相手に戦えそう?」


 がおーっ! って両手を広げながら威嚇の真似をするルカルサ。可愛い。

 しかしモンスター相手か、具体的にどんな奴がいるのか知らないけど――


「エルザヴェータさんに鍛えてもらってるからね。多分大丈夫じゃないかな。あの人より強くて怖いモンスターなんてそうそう居ないでしょ?」


 誉め言葉だよ? 誉め言葉。うん。

 わーい、つよくてかっこよくてかわいいエルザヴェータさまはさいきょうのバンパイアだー(棒)


「いや~あたしだったらゴメンだわ~。エルるんとやり合うとか馬鹿じゃん? 今は何秒生きてられんの?」


「お陰様で30秒を超えたよ」


「30秒! 凄いじゃん!」


 からからと笑うルカルサ。いやホント、他人が聞けば笑い話だけど死に物狂いだからね?

 僕が上達する度に踏み込みと剣速を少しづつ上げてくるものだから、今まで楽が出来た事がない。あと痛い。

 まあそのおかげか、一秒で瞬殺される頃に比べれば反射神経とか、それに合わせた身のこなしとかホンット上達したし、青あざや内出血を治療する為に【循環】の魔術も練習出来た。

【循環】は体内のオーラを文字通り循環させ、自然治癒力や新陳代謝を向上させる効果を持っている。つまり回復に特化した魔術系統で、それを習得出来たのはまさに怪我の功名だった。


 でも何より上達したのは――駆け引きと、それから相手を冷静に分析できるクレバーさ、だろうか。


「でもなぁ……こっちの攻撃がなぁ……通らないんだよねぇ」


 避けられるか、当たったと思っても実は硬化の魔術で防御されていたり。

 何と言うか、決定打に欠けていた。


「そう言えば、ノワっち。魔法って、魔術ばっかり練習してるよね。なんで?」


「何で、って言われても。得意だと思ったから練習してるんじゃないか」


 ルカルサと初めて出会った日に、その場の勢いでぶっ放した適当な魔術。後で聞いた話だけど、あれは結構エグイ威力で、オーラを纏っていない地上の一軒家なら一発で崩壊させる程度のパワーだったらしい。

 そう、魔術は結構威力はあるし、始めての魔術でそんなものをぶっ放した僕は自他共に魔術師の才能があるのでは? と疑った。

 魔術の鍛練もずっと続けていて、いつぞやルカルサにぶっ放した霊光閃槍(オーラ・ジャベリン)を始めとして、オーラの連続撃ちや拡散撃ちなど、放射系魔術のレパートリーを取り揃え、尚且つ素早い攻撃が出来る――素早くオーラを練り上げるイメージトレーニングも続けてきた。

 お陰でエルザヴェータさんと切り合っている間にも、牽制代わりに魔術を差し込むくらいには成長した。


 けれど、魔術ばかりに頼っていては駄目だと、最近気づいた。


「でも魔術はぶっちゃけ、そんなに強くないっしょ?」


「そうなんだよなぁ」


 威力を高めようとすると隙は大きくなるし、避けられやすい。逆にばら撒きや連続撃ちは当たりやすくはなるけど威力に欠けて、簡単に防御されてしまう。魔術は魔法の中でも詠唱の要らない分類で使い勝手は良い。けど決め手に欠けていた。


「霊術も勉強すれば? 詠唱は要るけど、その分の見返りはあるよ?」


「今から? 身に付くかなぁ」


 運命の日まで――『ノワ』の村を救うという使命の日まで、時間が無い。今から四日後には、彼らは一人残らず、死に絶える運命にある。そして彼等を救える鍵となるのが僕、という話だった。

 正直、焦っている。この調子で本当に大丈夫なのだろうかと。


「ちなみに最終試験、明日らしいよん。んで村には明後日出発だってさ。これセティさん情報ね」


「やっぱ無理じゃん。霊術って確か――光、影、地、火、風、水、雷、氷、樹――の九属性でしょ? どれだけ術の数があんのさー」


 今から詠唱の必要な魔法を覚えるとか――徹夜でテスト勉強に励む学生か。付け焼刃にもほどがあるでしょ。


「ん~全部の霊術の詠唱を暗記する必要は無いっしょ。各属性から基礎の術を二つ三つ覚えれば充分充分。あと肝心なのは自分に相性の良い属性を見付ける事だかんね?」


「相性? そんなの、どうやって調べるの?」


「苦手意識とか、逆に好きなのとか」


 んな適当な。


「まあ、本当に相性の良い精霊はねぇ。目を良ーく凝らしてみると見える(・・・)らしいよ? あたしは見た事無いけどね~」


「見える、ってどこで?」


水精(ウィンディーネ)なら水の中、火精(イフリート)なら火の中。みたいな」


「そんな単純なものなの?」


「そんな単純なものなの」


 ふ~ん。一応、覚えておこうかな。



 ***



 その日の夜。ダメ元で部屋にあった『霊術-精霊の声を聞け』を軽く読んでみた。霊術を扱う初心者向けの本で、9種の属性と、それぞれの主な特徴。更に各属性から初級用の霊術がいくつか紹介されていた。

 霊術の特性はオーラを精霊に譲渡する代わりに、彼らに超常の現象を引き起こす事だ。まあ、平たい話がファイアーボール的なあれとかフリーズアロー的なアレである。そしてどんな霊術を使うのかを詠唱によって決める訳だ。

 霊術は異世界ファンタジーでも最もポピュラーな分類な魔法と言えるだろう。

 他にも、寒い所では炎の霊術が極端に弱くなったり、逆に熱い所では氷の霊術が極端に弱くなったりと、霊術を発動させる場合、環境が非常に重要なファクターとなる。

 それ故に、霊術使いは通常、複数の属性を扱えるようになるのが基本らしい。

 しかし何よりも重要なのは――

 

「――相性、か」


 本の最後は、自分に合った属性を見付けるべし、と締めくくられていた。確かルカルサも同じ事を言っていた。

 環境によって大きく威力を左右される霊術だが、術者と精霊との相性でも大きく威力が変動するらしい。

 術者が精霊に気に入られて、サービス(・・・・)してくれる、という理屈だった。


 つまり光、影、地、火、風、水、雷、氷、樹の九属性。この中から自身に合った属性を選ぶのはほぼ必須という話だ。


 僕自身は、東北にある海岸沿いの街で育ったから――水と氷? だろうか。

 ハーフエルフであり山奥に住んでいたノワとしては――風とか地とか樹、あとやっぱり氷か。

 あ、ゴーストだから影ってのもありか。


「――そう言えば出雲景の景って、かげ、とも読める、よね?」


 ノワ、はどういう意味だろう?


「まあ、いいか。それじゃあ、影と地と、風と水と、氷と樹の属性を勉強しよう」


 ――――――九属性中、六属性!? 多いわ!


「ホントに今晩は徹夜か畜生~!」


 文句を言いながら僕はページをペラペラと捲るのであった。



 ***



 そして翌日。最終試験の日がやってきた。

 案内されたのは鍛練場の中央に存在する大樹の前だ。


「心の準備は出来たかしら?」


 尋ねて来たのはエルザヴェータさん。今日も赤と白の戦闘用衣装だ。

 僕が神妙に頷くと、エルザヴェータさんが首元からのペンダントを取り出す。碧の篝月と同じ、青緑色をした宝玉がはめ込まれており、宝玉の内側にこの世界で『27』を意味する文字が浮かんでいた。

 

「このペンダントは黄泉の使者である証。同じ物がこの先の迷宮の奥にあるから、それを取って来れば合格よ。あとそれからこれを受け取りなさい」


 エルザヴェータさんから受け取ったのは、薄い紫色のグラス? と指輪だ。飾りっ気の無いシンプルなデザインの金の指輪。グラスは500mlの缶くらいの大きさで、ハイボールグラスのような凹凸の入った洒落たデザインだ。上部にはペットボトルを彷彿させるくびれ(・・・)と蓋があり、横から観察すると内側になみなみと液体が注がれているのが分かった。


「グラスの方は【神器ネクタル】。オーラを注ぎ込む事で、内側にオーラを回復させる水が湧きだすの。迷宮内には篝月の光は届かないから、シェアルの中ほど魔法は使用出来ないわ。だからこれはオーラが枯渇した時に使う、オーラの充填アイテムなの」


 MPポーションか!


「でも壊れないかな?」


「そのグラス自体が伝説級の霊格を持っているから、壊そうと思っても中々壊れないわよ?」


 とんでも回復アイテムだった!?


「これ、因みにどれくらいオーラが回復するの?」


「そうね。今の貴方のオーラ総量だと――3分の1も飲めば空になったオーラが全快するんじゃないかしら」


 三回、MPを満タンまで回復出来るって事か。

 剣よりも魔法が得意な僕にとって、これはかなり有り難い。


「それと指輪は【厄除けの指輪】と言われてるわ。そちらも伝説級の霊格を持った希少なアイテムよ」


「これも!? えっと、効果は?」


「装備者への物理的なダメージをある程度(・・・・)肩代わりしてくれるわ」


「僕の代わりに、指輪にダメージが入るって事?」


 え、これも馬鹿みたいに凄くない?


「ただし、肩代わりする量にも限度がある。首を切られたりとか、心臓を貫かれたりとか、即死レベルのダメージを受けたらその時点で壊れるから。効果が強いからって過信しないようにね」


「わ、分かった。基本、ダメージは貰わない方がいいからね」


「あと、痛みはそのまま(・・・・・・・)だから。これも要注意ね。負傷の仕方によっては、そのまま死んだ方がマシだった、って思えるくらい痛い目を見るから、気を付けて」


「ぜ、善処します!」


「あとこれは補足だけど。迷宮の中にはモンスター以外にもレアな宝が設置されてるわ。目標はあくまでペンダントの回収だけど、余裕があれば探索してみるのも良いかもね? 拾ったアイテムが、戦闘の役に立つかもしれないし」


「えと、今貰ったアイテムとか、迷宮内で拾ったアイテムっていうのは、試験が終わったら返さないと駄目なの?」


「そんな訳ないでしょう? 全部貴方の物よ」


 よし! 隅から隅まで探索しよう!


「何か質問はある?」


「中にモンスターが居るんだよね? 今の自分で勝てない奴が出てきたら、どうするの?」


「逃げなさいな。真正面からぶつかる事ばかりが正解ではないわ。ルカルサなんてずっと逃げ回っていたわよ?」


 あぁ、それは簡単に想像できる。ルカルサらしいや。


「ちなみに、死ぬ可能性もあるんだよね? いやもう一回死んでるけど」


「私が付き人として同行するわ。ただし戦闘や助言は一切しない。試験の続行が無理なほど、貴方が傷ついた場合は助けてあげる」


 手助けはしないけど、死ぬ事もないわけだ。


「他に聞きたい事は?」


「――大丈夫。始めよう」


「分かったわ――黄泉の使者エルザヴェータの名の下、これより裁定の儀を始める。試練の門よ、開け」


 エルザヴェータさんはペンダントを掲げると碧い宝玉が光を放つ。

 正面の木の幹が蜃気楼のように揺らぐと、人一人が通れるほどの空洞が現れた。

 澱んだ闇を湛えた階段が、遥か地下へと延びている。

 まるで巨大なモンスターが大口を開いたような感覚に、思わず体が強張った。


「ノワ、最後に一つだけ言っておくわ」


「え?」


 後ろを振り向く。あの、エルザヴェータさんが珍しく神妙な顔をしていた。


「貴方がこっちにやってきてから三週間と少しだけど、貴方は貴方が思っている以上に成長している。それは私にとってもルカルサにとっても喜ばしい事だし、貴方はその事に対して自信を持ってもいい」


「そりゃまぁ、あれだけ絞られたらね」


 おどけるように肩をすくめてみせる。冗談のつもりだったけど、エルザヴェータさんは真剣な表情のままだった。


「でもこれだけは忘れないで。貴方はゴーストで、ハーフエルフで、剣の扱いよりも、魔法の扱いの方が長けている」


「……それは、分かってるつもりだけど」


「ええ。貴方が一番理解しているでしょうね。けれど、念の為に言わせてもらうわ。ノワ。苦手だった接近戦も随分上達したけれど――それでも、貴方の剣は軽すぎる(・・・・・・・・・)。軽いと言う事は防がれやすい。弾かれやすいという事よ。その剣を振るうなら、必ず当てる気で、殺す気で振るいなさい」


「――軽い、か」


 腰に差した鞘からから、すっかり手に馴染んだ短剣を抜き放つ。

 確かに軽い、馴染んだ今なら猶更だ。

 でも、僕にはこの夜空の短剣(タンザナイト・ダガー)しか武器は無いし、もう他の武器では満足出来ないとも思う。

 だから、今はこいつに頼るしかない。


「分かった。肝に銘じるよ」


「そう。なら…今度こそ、本当に準備はいい?」


「ああ。行こう」


 剣を握りしめる手に力が籠る。

 さあ、鬼が出るか蛇が出るか。


 僕は大きな不安と、そして奇妙な高揚感を胸に抱きながら、階段を下りていった。



次回投稿は1/30(木)の予定です。

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