第六話 夜空の短剣
「修行をして欲しい、ですって?」
吸血鬼のエルザヴェータさんとの顔合わせをした後、折角だからと彼女とお茶をする事になり、その折に僕が頼み込んだのだ。今はリビングのような部屋に通され、シャンタちゃんが出してくれたお茶とお菓子を僕とエルザヴェータさんの二人で頂いている所だ。
シャンタちゃんが焼いてくれたクッキーは美味しかった。朝食を食べてから結構時間が経っているので、バクバクと食べてしまった。
「はい。僕は生前、平和な国で育ったので戦い方を知りません。ましてやここは僕にとって異世界で、知識だっておぼつかない。僕ら黄泉の使者にはアイドネア様から一か月後に使命を定められていますが、今のままじゃ使者として役に立てるとは思えません。そしてエルザヴェータさんは黄泉の使者中でも腕利きの戦士だと聞きました。ですから、実戦について何か教えてもらえればと」
彼女は僕の目を見た。
白人系の端正な顔には少女の持つ愛嬌や愛らしさ、そして大人の女性が持つ色っぽさと美しさが同居していた。
綺麗で可愛い。それがエルザヴェータさんの印象。
しかし血のような真っ赤な瞳や縦長の瞳孔、それに口の端から覗く凶悪な牙が彼女を否が応でも人外として意識させる。
正直、怖い。オカマミーのセティさんと違って人間に見える部分が多いけど、エルザヴェータさんは圧が違う。
目を合わせただけで心臓を鷲掴みにされたような気分だ。
「どうかお願いします」
でも彼女は、あの偉大なるアイドネア様が選んだ黄泉の使者の一員で、紛れもなく僕の仲魔となる人だ。【ノワ】の住んでいた村人達を助ける、という使命の為にも、エルザヴェータさんの協力は必要な筈だ。
だから僕は頭を下げた。
「へぇ……成程ね」
関心したようなエルザヴェータさんの声。
「貴方の言いたい事は理解したわ。顔を上げて頂戴」
神妙に顔を上げる。
エルザヴェータさんは呑気にお茶を啜っていた。でもその動作すらもどこか優雅で、艶やかさを感じる。
今更だけど、その所作に、品格に、彼女が格式高いお嬢様なんだと認識した。
カップを静かに置いて再び僕と目を合わす。生前の僕ならソニックブームでも発生しそうな勢いで目を反らしていただろう。けどそれじゃ駄目だ。ハートに鞭打って彼女の視線を真正面から受け止める。
び、びびびびびビビるな僕!
「ぷっ――くくくっ」
と、いきなりエルザヴェータさんが堪らない様子で噴出した。その動作すらもどこか優雅で、持ち前の美人可愛さも相まって思わず見惚れる。
同時に威圧感がほぼほぼ消え去り、自然と体から力が抜けていくのを感じた。
「えーと。あの……」
「あぁごめんなさいね。少し脅かしていたのよ。でもまあ……ふぅん? 平和に浸っていた、という割には良い胆力を持っているわね? どうしてかしら?」
「どうしても何も……使命の為だから」
「へぇ? 使命の為? ふぅーん。それじゃあ貴方は使命の為だから――異世界から連れて来られた挙句、見ず知らずの人間を救う為に殺し合いに参加するのも平気――って言いたいのかしら?」
言われて僕は言葉を失った。
エルザヴェータさんの言う通りだ。今から僕は黄泉の使者になって見知らぬ人間を助ける為に過酷な試練に立ち向かおうとしている。黄泉神アイドネア様から授かった使命を、それがさも当然のように受け入れてるのだ。
これは、おかしい。何で使命を、当たり前のように受け入れてるんだ僕は?
ざっ。
視界にノイズが走る。
何でって。普通に考えれば、メリットを見出したからだ。
ざざっ。
記憶にノイズが走る。
――――お主にチャンスを与えてやろう――――
ざざっ――――ざーっ。
ノイズ混じりの視界に、古いきおくが混じる。
――――ワシの世界に来い。そしてワシの為に尽くせ――
ざざざっ――ざざーっ。
それは欠落したきおく。いのちを失い、魂の存在になったぼくに、偉大なかみが手をさしのべた。
――さすれば、お主は再び――――
ざざざざっ。ざ――――――――――
ノイズ混じりの記憶が、ついにはノイズに埋め尽くされる。
でも、僕は知っている。
この過去の記憶、これから彼女が口にする言葉がとても重要な意味を持っていると言う事を。
ノイズの嵐の中、その言葉を一言一句聞き逃すまいと、意識を集中した。
ほんの一瞬だけ。ノイズが晴れ、黒い衣装を身に纏った少女の姿が垣間見えた。
――――『 』と出会う事が出来るであろう――――
尊大で、でもどこか悲しく、そして慈しむような口調だった。
じじ臭い喋り方の割に、ノイズまみれのその少女の声はまるで鈴を転がしたように、愛らしい。
僕はこの声を知っている。
それを肯定するように、シャラァンと錫杖を鳴らすような音が聞こえた。
これはアイドネア様の声だ。
「貴方! ちょっと大丈夫!?」
「ノワ様!? 如何されましたか!?」
「ごめん。平気。ちょっとぼーっとしてただけ」
「ほ、本当でございますか? 本当の本当に、大丈夫でございますか?」
「いやいや、平気だってシャンタちゃん」
「でしたら、良いのですが……」
渋々と納得してくれるシャンタちゃん。どうやら心配を掛けてしまったらしい。
――さっきの、ノイズ混じりの映像、あれは、どういう意味だろう? 僕の、記憶か?
そう言えば死ぬ前後の記憶や、向こうからこっちに来る時の記憶が無い。
さっきの映像は多分、その時の記憶か?
いやそもそもだ。死ぬ時の記憶や、どうやって死んでしまったのか――その理由すら思い出せないのは何故なんだろう。
分からない。でもはっきりしている事もある。
それはアイドネア様が、何か僕に隠し事をしてるって事だ。
「心配事が増えてしまったようね。任務の時に突然呆けないで頂戴よ?」
いつの間にか立ち上がっていたエルザヴェータさんが、やれやれと言った様子で座り直していた。
「……頑張ってみます」
「それはそうと修行の話だけど」
そうだった。僕の欠けた記憶も大事な事だけど、今は何よりも強くなる事が重要なんだ。
いつまでも、分からない事に悩んでいてもしょうがない。
「相手をしてくれるの!?」
「残念ながら論外よ」
ばっさり切って捨てられた。
えー? めっちゃ凹む。あーもう。結構頑張ったのにー。
「今は、ね」
「? どういう事?」
「そもそも貴方。戦う為の知識も何も無い状態でしょう? そんなところから教えていたら時間が幾つあっても足りないし、訓練以前の問題だわ。だからまずは、自分の戦い方を見付けなさい。どんな適性があるのか。魔法戦が得意なのか。接近戦が得意なのか。攪乱戦が得意なのか。それが見つけられたら、相手をしてあげるわ。あとそれと、」
エルザヴェータさんが綺麗な人差し指をゆっくり持ち上げ、僕を――正確には僕の体を指差す。
「その服、戦闘用の物ではないでしょう? 仮に今訓練してもすぐにボロボロになるわよ?」
今着ているのは【ノワ】君が着ていた余所行きの服だ。シャンタちゃんがやってくれたんだろう、洗濯はきちんとされていて、汚れも皺も無く、洗剤らしき良い香りもするけど、戦闘に耐えうる丈夫な素材か? と聞かれれば自身が無い。
装備、か。確かに、今のままでいいとは思え無いかも。
「成程。確かに」
「じゃあ決まりね。アンナ」
大き目の声で部屋の向こう側に居るアンナさんを呼び出した。
すぐにノックの音が響くと、女性が一人現れる。
一本結びにした藍色の長髪。ゴシックカラーのクラシックなメイド服。それらに身を包むのはモデルかと思うほどの美貌を持つエルザヴェータさん専属の使用人、アンナさんだ。
「お嬢様? どうされましたか?」
「カタリナの様子はどうかしら?」
「部屋で寝かしつけました。特に問題はございません」
「そう。ああ、今から少し出かけるわ。月が赤くなる前には戻ってくるから、それまで留守をお願いね」
「かしこまりました。ところで一体どちらまで?」
「【ヴィンガルフ】のお店を回って来るわ。頼りない新人君を、見た目だけでもなんとかしてあげないと、ね?」
挑発するように僕に流し目を送ってくるエルザヴェータさん。
どうせ僕はクソ雑魚ナメクジですよ。
***
そしてやってきたのは、大神殿の裏側に位置する大公園【ヴィンガルフ】。
広大な敷地内には噴水や池、植木などが設置され公園としてリラックス出来るようになっている。他にも鍛冶屋や道具屋、魔法屋、と一通りのショップが揃っていて、品揃えもシェアルの一般的に流通している物よりもランクの高いらしい。
昨日、シャンタちゃんに魔法を見せてもらったのは確か――敷地内の最奥にある訓練場だった。
しかし今日はショッピングだ。僕とエルザヴェータさんの二人でお店を訪れた。
ちなみにシャンタちゃんは、エルザヴェータさんが僕の付き添いをすると言い出すと、その間に僕の部屋のベッドメイクをしておきます、と言って別れた。ちょっと寂しい。
「お邪魔するわよ」
「お、お邪魔します」
エルザヴェータさんと共にヴィンガルフにある鍛冶屋に入る。
「…アー…いラっしゃい、まセ…」
応対したのは小豆色のワンピースに真っ赤なエプロンを着用した女の子の店員さんだった。
中学生くらいだろうか。お下げにしたオレンジ色の髪には、朝顔を思わせる青い花飾りが添えてあって、愛らしい。
でも、ふっくらとした頬から前髪の隙間から覗くおでこまで、暗く澱んだ緑色の肌をしている。つぶらな瞳は赤く、しかし意思の光は消えていた。文字通り死んだ魚のような目だった。
子供の、ゾンビ…
「あら【ナーマ】ちゃん。ご機嫌よう。お兄さんはご在宅かしら?」
「――アー? オニィちゃ、ん?」
考えているのか、フラフラと左右に揺れていた。時折アー、アーと呻く声が正直――少し、おぞましい。
「…アー…いル……お、お待ち、くだサ……」
ナーマと言われたゾンビ少女は、たどたどしく返事をすると緩慢な動きで店の奥へと消えていった。
無意識のうちにほっと胸をなでおろす。
「ゾンビは気味が悪いかしら?」
内心を見透かしたように尋ねてくるエルザヴェータさんに、思わずぎくりとした。
「…ちょっと、慣れないかもしれないです」
「慣れておきなさい。シェアルにはゾンビだって沢山いるんだから。あと補足しておくけれど、ゾンビが皆、あんな感じではないからね。ちゃんと普通に話すゾンビだっているし、肌の色が気持ち悪いって指摘されて怒るゾンビだっているんだから」
「そ、そうなんだ」
ゾンビもピンキリって事か。
なんて話をしていると店の奥から骸骨がぬぅっ、と姿を現した。
簡素な貫頭衣を着、腰から鍛造用のハンマーを下げているが、見た目全力でスケルトンである。
「おう。お嬢か」
「【トゥバルキン】さん。ご機嫌よう」
「おう――そっちのボウズは?」
「あ、初めまして。新しく黄泉の使者に加わったノワ、と言います。お世話になります」
「あぁ、ボウズが噂の異世界から来たゴーストか。って事はボウズの装備を見繕いに来たんだな?」
「ええそう。お願いできるかしら?」
「ふむ……」
ガシャガシャと足音を立てながら僕に近づくトゥバルキンさん。
僕の身長が低いせいかもしれないけど、間近で見降ろしてくる彼がやたらと大きく見えて、その威圧感に思わず後ずさってしまう。
「おいボウズ。力はあるか? 体力は? 物理耐性と魔法耐性、どっちを重視したい?」
「えっ!? えっと、多分非力な方だと、思います。なので重い鎧なんかは遠慮したいです」
「…エルフか。まあ、そうか。なら金属鎧は駄目だな。革製か、鎖帷子か。ところでボウズ、予算はどれくらいだ? いくらまで出せる?」
「え?」
お金持ってないよ!? というか昨日異世界に来たばっかりなのに持ってるわけないじゃん!?
「おいテメェ。まさか文無しか? 金も無いのに買い物とはどういう了見だ? あァ? 脳味噌入ってんのか?」
咎めるようにコツコツとトゥバルキンさんに指先で頭を小突かれる。
スケルトンに、脳味噌入ってるのか? って聞かれたよ……これ、自虐で言ってるのかなぁ?
でも所持金の問題については完全に盲点だった。黄泉の使者は英雄と同じだ、ってシャンタちゃんから聞いていたから、欲しい物は何でも手に入る、って勝手に思い込んでいたのかもしれない。恥ずかしい話だ。
それは兎も角、どうしよう。アイドネア様に頼めば貸してくれるかな? でもあんな偉い方への、しかも実質の上司への最初の神頼みが『お金を貸してくれ』だなんて情けな過ぎてもう一回くらい死んでしまいたくなる。
「私が支払うわよ?」
「ええっ?」
エルザヴェータさんが率先して立替を申し出てくれる。めっちゃ有難いんだけど。
「嬉しいけど、良いの?」
「ちゃんと返してくれればこれくらい構わないわよ。利子も要らないわ」
「えええっ!?」
エルザヴェータさんめちゃめちゃ良い人じゃん! 吸血鬼だし、いきなり血を吸う所を見せられて正直コワイ人かなって思ってたけど、誤解だった。
「エルザヴェータ様と呼ばせて下さい!」
「ふふ。気持ちは嬉しいけど、貴方はもっとプライドを持ちなさいな」
しょうがない新人君ね、とやんわりと微笑むエルザヴェータさんに思わず見とれてしまうのだった。
***
という訳で品定め完了。内訳は――
深緋色と焦げ茶色のまだら模様のフード付きマント。
ダークブラウン色のショートジャケット。
他にもカーキ色のチュニックとズボンのセット。
それにウェスタンな感じのブーツとグローブ。
以上。戦士と言うより、平凡の旅人のような格好になってしまった。
でも素材は良い物を使っているらしく触った感じ、どれも丈夫そうだ。特にまだら模様のフード付きマントは火蜥蜴の皮から作っていて炎に強く、ジャケットも飛竜の髭を裏地に編み込んであって下手な鎧よりも頑丈だとか。
他にも楕円形の手甲のような物を装備している。掌二つ分程度の大きさで滑らかな質感をした石とも金属ともつかない、乳白色の不思議な素材で出来ている。装飾らしい装飾も無く、緩く曲線を描いた極小の盾、のような物だ。それを手の甲から前腕に掛けてベルトで固定している形だ。重量は、結構ある。1リットルのペットボトルよりかは軽い、くらいかな?
それを両手に装備。何やら盾の代わりらしく、曲線的なファルムを利用して、攻撃を受けるのではなく、流して防御する事に特化した防具らしい。
これら一式、22万【マモン】。あ、【マモン】はこの世界のお金の単位らしい。
聞いたところによると鉄製のロングソード一本の相場が8千マモン程度らしく、これらの装備一式で鉄のロンソが30本弱買える値段との事。
この装備、見た目結構地味、とういうか普通なのにめっちゃ高くてびっくりした。
立替えてもらった分の料金、ちゃんと返せるかなぁ。
「あら。良く似合ってるじゃない♪ 分相応と言った感じで」
エルザヴェータさん。最後の一言余計じゃないかな。
防具は揃った感じかな。後は、武器か。どんなのがいいんだろう。無難に剣、とかが良いんだろうか。でも、ただ使うだけなら槍の方が簡単だとも聞いた事がある。でも槍はなぁ重そうだし、僕自身の身長も低いからなぁ。
「おい、ボウズ」
「はい? ――おっとと!?」
僕が返事するのと大事にトゥバルキンさんが何かを投げて寄越した。
それは鞘に収まったままの短い刀剣だ。
「抜いてみろ」
トゥバルキンさんに神妙に頷くと、鞘からゆっくり刀身を引き抜く。
刃渡りは50センチ程度で細く短い。刀身は僅かに暗い白銀色で、店内の照明を反射して煌めき輝いていた。
反りの無い、細い刀身だ。刺突剣かと思ってしまう。
いやこれは確か――スティレットっていうタイプの短剣だったっけ? 正面から突いたり刺したりするんじゃなくて、鎧の隙間にねじ込んで刺したりとか、急所にピンポイントで突き刺して敵を倒す――補助的な武器、だったと思う。
「それでも重いか?」
「いえ、全然……僕でも振り回せそうです」
滅茶苦茶軽い。所謂普通のロングソードとかって2キログラム程度らしいけど、これは500グラムくらいだと思う。柄のデザインもシンプルだし、特徴と言えば柄の中央部にはめ込まれたアメジスト色の丸い宝玉くらいだろうか。宝玉は不思議な質感で、見る角度や光の反射などで青にも紫にも見えた。
「宝玉に指を添えてから、そのまま切っ先に向けて刀身の上を滑らせてみろ。勢いよくだ。ああ、指を切るようなドジはするなよ。それと剣先は真上に向けろ」
「え? ええと」
言われるがまま剣先を天井へと向ける。
それから宝玉に指を添えて、勢いよく――刀身を滑らせる。
ヴィイン!
「うわっ」
刀身に指を滑らせると、バイオレット色の輝く光の剣が形成される。
光の剣は細く短い実刀身を覆うように形成され、紫色に輝く刀身は70~80センチ程度。リィィンと虫の音と耳鳴りの音を足して割ったような音を響かせている。
これは、見た事があるぞ。昨日修行場でシャンタちゃんが見せてくれた、オーラの剣と一緒だ。
「【夜空の短剣】。宝玉に予めオーラを蓄積させておく事で任意にオーラの刀身を形成できる。刀身の形成時間は宝玉に指を添えた時間と比例する。不意打ちで使う分には指を添えるのは一瞬でいいが、がっつりと切り結ぶんだったら宝玉にできるだけ長く指を乗せてから滑らせろ。それからオーラの最大充填時で刀身の最大形成時間は2分しかない。使い終わったら宝玉にオーラの補充をするのを忘れんな。いざって時使いもんにならなくなるぞ。何か質問は?」
「えっと、ありません…」
「よし」
「へえ。予めオーラを貯めておける、っていうのは便利ね。魔術が苦手でもオーラによる近接攻撃が出来る。軽くて取り回しも良さそうだし、近接職のサブウェポンとしても魔法職のメインウェポンとしても使えそうだわ」
「おう。汎用性を追求した新作だ。刀身にもメナク鋼を使ってっから、腕の良い奴が使えばオーラの刃を出さなくても生半可な鎧くらいならぶち抜ける」
「あの、メナク鋼って何です?」
「軽い割りに硬ぇ金属だ。鉄や鋼程度じゃ相手にならねえよ」
軽くて頑丈とか、チタン合金かな?
「高性能なのは頼もしいけど、今揃えたばかりの装備一式よりも高くなりそうね。さて。その綺麗な短剣、おいくらかしら?」
「そうだな、ざっと――46万マモンだ」
「いっ!?」
思わず右手に持った【夜空の短剣】を凝視した。
今買ってもらった装備一式の約2倍!? これ一本で!?
「う~ん。流石に懐が寂しくなってしまうわね。分割にして頂けないかしら? 前払いで半額。一月後の任務の後に残り半額を支払うわ」
「……いらねえよ」
そっぽを向きながらのトゥバルキンさんの呟きに、僕もエルザヴェータさんも目を丸くした。
「え? 只、って事ですか?」
「馬鹿やろう! 脳味噌入ってんのか!? 勘違いすんじゃねえぞボウズ!! そいつは自信作だが試作品だ! 使ってみて始めて分かる事もあんだろう! だからテメエが最初に使ってその使用感をちゃんと俺に報告しやがれ! それが代金の代わりだ! 分かったか!?」
それってつまり、試作品のモニター役って事か。
「え、ええ。はい……」
「ならいい。ほれ。用が終わったんならさっさと出ていけ。俺はまだ仕事がある」
「――ありがとうございました。報告は、きちんとさせてもらいます」
深々と頭を下げてお礼をする。
「報告はあたりめぇだ。あとついでに言っておくがな。一月後の任務、間違ってもヘマこいて逝っちまうんじゃねえぞ。何と為にお前に大事な試作品を渡したのかわかんねえからなぁ。絶対に、お前、本人が、俺に、報告を、しに来い」
――試作品のモニター役? いや、これは――違うんじゃないか?
今のトゥバルキンさんの言葉だって、僕には「生きて帰って来い」って言っているようにしか思えない。
そして正面からそんな事を言うのが恥ずかしいから、それがお前の仕事だ、と言うような口ぶりになっているだけじゃないのだろうか。
トゥバルキンさんは僕に釘を刺した後、ガシャガシャと足音を立てながら店の奥へと引っ込んでしまった。
そしてそれを見送った後、僕とエルザヴェータさんは顔を見合わせて同時に、ぷっ、と噴出した。
「彼、言葉遣いも乱暴で怖いけれど、優しいスケルトンでしょ?」
ああ、やっぱり。僕の勘違いじゃなかった。トゥバルキンさんは見た目も言動も怖いけど、その中身はとても優しい大人の男性だ。
「はい。僕の世界じゃ、ああいうツンケンしていて実は優しい人の事ツンデレって言うんですよ」
「ツンデレ、ね……面白い響きね。気に入ったわ♪」
「クソガキ共聞こえてるぞコラあああぁぁぁぁっっ!!!!! そこに並びやがれェ! その青臭いケツを俺様のハンマーでしばき倒してやるゥ!!」
「ひえっ!? ごめんなさいぃ!!」
怒鳴り散らしながら走り寄ってるくトゥバルキンさんから逃げるように、僕とエルザヴェータさんは店から飛び出したのだった。
ありがとうございます、トゥバルキンさん。
夜空の短剣、大事に使わせてもらいます。
次回の投稿は1/25(土)AM8:00の予定です。