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Unholy Kingdom -ゴーストになった僕-  作者: 乙×平
第一章 光と影の姉弟
5/11

第五話 新しい体と仲魔

注意!!


今回のお話は【ガールズラブ】要素とちょっぴりエッチな【R‐15】要素を含みます!!

 広い部屋だった。

 学校の教室よりは広く、体育館より小さい程度。

 白い壁にフローリングの床。床にはグレーのマットが敷かれ、その上にパイプ椅子がずらりと並んでいた。椅子に腰かける人達は、社会人か学生か判別の付けにくい女性が大半で、年配の男性も居た。皆一様に黒い洋服を着、数珠を持っている。


 耳慣れない言葉が聞こえてくる。

 平坦で、呪文のように聞こえるそれは僧侶が唱える読経で、その合間に人々のすすり泣く声も聞こえた。

 聞くこっちが胸を締め付けられるような、悲しい嗚咽だ。

 

 ――お葬式、か。

 ぼんやりとした思考だった。きっとこれは夢なのだろう。


 視線を少しずつ上げる。

 部屋の奥、色取り取りの供花に飾られた棺があり、そのすぐ上に遺影が飾られている。

 でもその遺影は、何故か裏向き(・・・)に飾られ、故人の正体を知る事は出来なくなっていた。


 先頭に座っていた中年の女性が、棺の手前で焼香を行っている。後ろ姿で分かった。母さんだ。


 ざざっ。


 セピア色の世界に、ノイズが走る。

 棺だけが、まるでピントでも外れたかのようにぼやける。

 ずきり、と夢の中なのに頭痛を感じた。


 ぼんやりとした思考が、更に拡散していく。

 同時に、得体のしれない不安と、それ以上の確信が膨れ上がる。


 ――この光景は、見たくない光景だ。

 けど同時に、僕にとっては命と同等に大事な光景だ――

 

 そう、思わずにはいられない。


 前に進む。同時にハンカチで目元を拭う母の顔が見えた。

 母が椅子に座ると、次は僕と同じくらいの男の子が立ち上がった。


 いや、あれは、僕だ。過去の僕自身だ。

 ふらふらと、まるで幽鬼のように僕が歩いている。

 焼香台を通り過ぎ、棺に向かう。


 (ケイ)、と母の隣に座っていた父が声を上げた。

 構わず、喪服の僕は歩いていく。

 夢を見る僕は、その後を追った。

 

 棺の中に、大事な、とても大事な何かがある。


 音を立てて席を立つ父を、追い越した。

 いつの間にか読経の声が、五月蠅いくらい大きく聞こえる。

 

 喪服の僕が棺の中を覗き込んだ。

 夢を見る僕も、同じように覗き込む。


 ざざっ。


 またノイズ。同時に、がつんと頭を殴られるような衝撃が走る。

 僕がこれを見たくないのか。

 それとも誰かが見せたくない(・・・・・・・・・)のか。

 

 セピア色の世界が、今度は白黒に染まり、僧侶の読む経は耳を割るような大音量の不協和音と化していた。


 棺の中で眠るのは女性、らしき人物。

 色も音も形も歪んだ世界ではもう男性か女性かくらいの区別しかつかない。


 ――――意識が、薄れていく――――


 嫌だ。諦めたくない。

 理由は分からない。でもこれに関しては(・・・・・・・)誰にも、邪魔されたくない。

 この記憶を、『   』の記憶を、汚されたくないんだ!!


 喪服の僕が、『   』の顔に覆い隠すように掛けられた白布を、そっと外す。


 その下には、


 悪戯好きの子供が教科書に落書きをするように、


 真っ赤に塗り潰された『   』の顔が、



 ***



       うつけが むりをするでない



 そんなこえを、きいたきがした。



 ***



 黒の斑模様の白天井が目に映っていた。

 まるで大理石のような、滑らかさと強い光沢を持っていて、何処から漏れる碧い光を反射し、仄かに輝いている。


「知らない天井だ」


 呟いた僕の声は静かな部屋の中に溶け消える。上半身を起こし、ぐー、と伸びをした後に辺りを見回した。


 壁は天井と同じ素材の石。部屋の広さは10畳間――よりももう一回り大きいくらいかな。日本人の感覚からすれば寝室、いや個室にしても広すぎるくらいだ。床は明るめの木材。部屋の中心にはひし形の赤と黄色のラグ(ミニカーペット)とその上に木製のテーブルとチェアのセット。

 壁沿いには書棚と読書机が配置されていた。暗く、渋い色をした木製の書棚には『オーラの在り方と恩恵』、『世界の地理』、『魔術を始める前に』、『霊術-精霊の声を聞け』、『七生記解体新書』、『呪われし力、呪術』、『世界の神々』等など。色々なタイトルが見えた。

 書棚の反対側の壁にはクローゼットと外套掛け、あと姿見の鏡。そして武器を保管する為の木製のラックのようなモノが並んでいた。


「いや何処ここここ何処」 


 混乱している。夢でも見ているのか。


「夢…?」


 そう言えば、さっきまで夢を見ていた気がするけど。内容が全く思い出せない。


 ――まあでも、夢なんてそんなものか。


 しかしこの部屋どう見ても僕の部屋じゃないぞ。広いし、簡素だし、何よりパソコンも無いなんて。

 不安で居ても立っても居られなくなって、飛び起きる。


「うっわ。体だっるっ」


 まるでインフルにでも掛かって寝たきりの生活から復帰した直後みたいな、えげつない倦怠感に襲われる。

 気怠く、重い体を引きずりながら僕はベッドから降りる。


「――そうだ、今の僕、生身の体があるんだ」


 寝惚けていた頭が回転し始め、昨日の記憶が呼び起こされる。

 異世界に『ゴースト』として転生した事。

 六柱神の一人、【黄泉神(よみがみ)アイドネア】様の懐刀である【黄泉の使者】に選ばれた事。

 可愛い翼人のメイド少女がいた事。

 この世界に色んな魔法がある事。

 死の運命から逃れ続ける、不届き者が居る事。

 僕がその輩達を倒す為に連れて来られたと言う事。


 そして、与えられた肉体は生前の僕と瓜二つだと言う事。


 ふと思い立ち、部屋に戻ると姿見の前に立つ。

 小顔で丸みを帯びた顔。目はやや大きく、鼻が低く、堀の浅い造形。色素の濃い肌の色。鴉を彷彿とさせる真っ黒の短い髪。

 そして、人間にしては少し細長い耳。

 この体は辺境の村からアイドネア様に神頼みをした少年【ノワ】のもので、僕もこれからは【出雲景(いずもけい)】ではなく、【ノワ】として生きていく事になる。けど――


「アジア系エルフ?」


 ありなのかこれ?

 うーん、と思わず首を傾げてしまった。

 

「でもま、他人の肉体って感じ、しないんだよね」


 そう。違和感が全然しない。馴染んでいる。

 それに今気づいたけど、さっき本棚に並んでいた書物のタイトルが読めた。異世界の言葉で書かれている文字が読めたのはきっと【ノワ】の持っていた知識のお陰なんだろうな。有り難い事だ。

 でも少し背が縮んだ? かな。元々僕は母親似の中性的な顔だったのに、背が若干縮んでエルフ耳になったから、男か女かどっちだ、的な印象が少し強くなった気がする。髪を伸ばしてスカート穿いたら普通に女と間違われるだろうなぁ。


 しかし、これから先、ずっとお世話になる体だ。

 ペチン、と両頬を張って気合を入れる。アイドネア様から受けた使命、初の任務まで一か月弱。多分これから修行三昧の日々だ。気合を入れてくぞ!


「よし! やるぞ!」


 ぐううぅっ!


 同調するように腹の虫が鳴った。

 そう言えばこの体。何日かずっとご飯を食べてないんだよね?


「うん。まずは腹ごなしかな」

 


 ***



 それから五分もしない内に、メイド少女のシャンタちゃんが僕の様子を見に、部屋を訪ねて来てくれた。

 空腹を訴えると三分で食事を用意してくれた。

 クルトンと角切りフルーツが散りばめられた濃厚ヨーグルトと、香り豊かなミント風味ミルクティーだった。 

 ヨーグルトはスプーンで掬うと、その跡が残る程水分が少なく、密度が高い。水切りヨーグルトなんだけど味が濃厚で酸味よりも甘味が強い。更にその上から酸味強めのシャキシャキ食感の謎フルーツと、香ばしいカリカリのクルトンが振りかけられていて、控え目に言って絶品だった。

 朝食は毎日これで良いと思った。美味しすぎて二回もお代わりしたよ。

 ミルクティーもまるでジャスミンかバニラのような甘く、爽やかな香りがし、ミントのようなメントール感がする清涼感抜群のお茶だった。ノンシュガーらしく甘味は一切感じなかったけどミルクのコクのお陰で苦みや渋みは感じ無かったし、ヨーグルトがやや甘めな事も相まって、ノンシュガーで丁度良かった。


 総じて美味しい。

 神様達良い物食べてるなぁ、と僕は思ったのだった。



 ***



 食事の後、僕はシャンタちゃんに神殿を案内された。

 神殿は一階と地下一階の構造で、メチャクチャ広い。東京ドームくらいあるんじゃないかなぁ。

 で構造としては中央棟、西棟、東棟、神様の御寝所、とざっくり四つに分かれている。

 中央棟は催事や祭事を行う場所でだたっ広い。東棟は資料室や食堂、博物室なんて物まであるらしく、信徒や一般人向けの公共的な施設が密集していた。

 そして西棟はまるっと神官や使者達の居住空間となっている。北側に存在する御寝所近くには使者達の個室。南側は住み込みで働く神官達の部屋があてがわれていた。

 しかし広い上に似たような光景が続くから慣れない内は迷子になるかも。

 嬉しいのは地下に大き目の風呂場がある事。共用なので一人でゆっくり入る事は出来ないが、それでも有難たい。


 そして今は――


「あの、ノワ様? また、今度にされますか?」


「大丈夫。挨拶くらい、するよ」


 とある部屋の前で固まっていた。

 僕は新人だし、同じ黄泉の使者である仲魔に挨拶に来ていたのだ。

 でもめっちゃ緊張している。ノックをしようとする手がプルプル震えるくらい。

 だって僕は元々戦闘能力ゼロの一般人だし、足手まといになるのが確定してる。そんな新人相手に、英雄だとか、歴戦の猛者達などと言われている同僚達が快く受け入れてくれるだろうか?


 ごくり、と生唾を飲み込む。


 木製のドアには、滑らか質感の暗く蒼い石のネームプレートに【エルザヴェータ】と部屋の主の名前が刻まれている。女性、の名前だろうか。

 ゾンビか、スケルトンか、マミーか、ゴーストか。はたまた僕の知らないアンデッドか。

 怖い人だったらどうしよう。新人いびりとかあるのかな。こんな弱い奴が仲間だなんて認めない、とか言われないかな。

 頭の中で不安要素がグルグル回る。回れ右したい。やっぱり明日にする、って言いたい。


 でも僕は知っている。生前で散々学んだ。


『いつかやる』や『やっぱり明日にする』は、『やっぱり止める』と同じだって事だ!


 ――コン、ココンッ。


 とても下手くそなノックだったと思う。


「――どちら様でしょうか?」


 僅かな沈黙の後、ドア越しに返って来たのは流麗な声をした大人の女性の声。その事務的な声に思わずこちらも背筋が伸びる。


「昨日、新たに黄泉の使者となりましたケ、」

 

 ケイ=イズモと自己紹介をしようとして慌てて言葉を飲み込む。


「失礼しました。【ノワ】と申します。これから同じ仲魔となるエルザヴェータさんに挨拶に来ました」  


 言葉遣いメチャクチャじゃん! 恥ずかしさのあまり脳内でゴロゴロと転がり回る。恥ずかしい。


「ああ、貴方が……少々お待ち下さいませ」


 気配がドアから遠ざかっていく。

 今、思ったけど。今の女性、エルザヴェータさん本人じゃないよね。喋り方、すごい丁寧だったし。シャンタちゃんと同じメイドさんかな。


「シャンタちゃん? 今の女性の人って…」


「【アンナ】様ですね。エルザヴェータ様の専属の使用人でございます」


「やっぱりメイドさんなんだ――あれ? でもシャンタちゃんが黄泉の使者のメイドをやってるって言ってなかったっけ? エルザヴェータさんは何で自分専属のメイドさんを持ってるの?」


「エルザヴェータ様ご本人の強い要望でございます。ボクは多数の使者の方々のお世話をさせて頂いておりますので、どうしても手が足りなくなる事もございます。ですから使者の方々が専属の使用人を持たれる事はおかしな事ではございませんよ?」


「成程」 


 何より黄泉の使者はここシェアルでは英雄と同義らしいし。そんな偉い人達が専属の使用人を持とうがどうしようが些末な事なのかもしれない。


「ちなみにエルザヴェータさんってどんな人なの? 名前からして多分、女の人と思うんだけど」


「エルザヴェータ様はですね! 使者の方々の中でも特に武力の才能に恵まれた一流の戦士でございます!」


「…戦士」


「はい!【血の貴婦人】、【レディ・ブラッド】、【真紅の悪魔】と言えば地上でも大変恐れられております! それほどエルザヴェータ様はお強いお方なのです! ボクも一度エルザヴェータ様が戦っている所を拝見した事があるのですが! それは!! それはもう! 勇猛で! 情熱的で! でも美しく! ただただ圧巻されたのでございます! うやん!」


 うやん!

 興奮気味に答えるシャンタちゃん。

 うん。エルザヴェータさんが強いのは分かった。多分、黄泉の使者の中でも『エース』なんだろう。

 そしてそんな人と、僕は肩を並べて戦うのか。まじか。


 なんて事を考えていると入口のドアが開いた。


「お待たせ致しました。どうぞお入り下さい」

 

 目を見張るほど綺麗な女性だった。

 年は二十代半ばくらいだろうか。まるで白人モデルのように美しい顔立ち。艶やかな藍色の髪。知的さ思慮深さを湛えた新緑色の瞳。

 すらっとした長身を包むのは黒いワンピースとロングエプロンというクラシックスタイルのメイド服。

 メイド服には華美な装飾も無く、長く綺麗な髪も一本結びにしただけの、おしゃれと言うには程遠い衣装だけど、アンナさん本人の素の魅力のせいで野暮ったさを全く感じなかった。


「ああ。シャンタ様もご一緒でしたか」


「はい! ご無沙汰しています!」


 二人は顔なじみらしい。アンナさんは事務的な態度はそのままだけど、どこか空気が柔らかくなったような気がした。

 

「……ノワ様? 私の顔に何か?」


 ドア越しではない肉声も美しく流麗で、事務的だがシャキッとした発声は耳に心地いい。

 っていやいや。ぼんやりしている場合か。


「ああいえっ……まだお名前を聞いてなかったなと」


 まさか見とれていたとは言えず、とっさに言い訳をした。案外上手な返しじゃない? いやお互い名前は知っているけど、初対面だしね。


「これは失礼致しました」


 アンナさんは右足を一歩後ろに引き長いスカートを摘まみ僅かに引き上げる。そして膝を曲げると、深々と頭を下げた。確かカーテシーと呼ばれる挨拶だったかな。あれと似てる。


「【アンナ】と申します。エルザヴェータお嬢様にお仕えする人のメイドでございます。どうぞ今後ともお見知りおきを」


「【ノワ】です。こちらこそよろしくお願いします」


 ゆっくりと頭を下げた。


「……」


 顔を上げると少し驚いたようなアンナさんの顔が見えた。


「アンナさん?」


「いえ。ノワ様は、変わっておられますね。私達のような使用人に、頭を下げる必要はございませんよ」


「え。でも初対面なのに失礼だと」


 アンナさんは何も言わなかった。ただ端正で知的だと思っていた綺麗な顔を柔らかく崩し――ほんの少しだけ微笑んだ。勝手に、クールな人だな、と思い込んでいたので少し面食らってしまう。


「さあどうぞこちらへ」


 アンナさんが先を歩く。ピンと伸びた背筋や淀みの無い歩調。

 その姿勢も綺麗だった。


 案内された部屋は僕の部屋と同じ――じゃなかった。

 部屋に入ると地面一杯に赤い絨毯が敷かれている。絵画や観葉植物、頭上には可愛らしいミニシャンデリアなどインテリもあっておしゃれな感じだ。入口付近はやや広めの空間になっていたけどそれを過ぎると一本の通路がおくまでずっと続いている。

 小さな寮、みたいだ。通路には左右それぞれ三つ、計六つの部屋が存在する。僕の個室部屋と大きさも間取りも全然違った。


 ふと。鼻先が甘く、かぐわしい香りを捕らえた。

 いやアンナさんの匂いじゃないからね。神殿内の至る所に香が焚いてあって、その匂いはお線香とかああいう系の匂いなんだけど、この匂いは違う。女の子が好きそうな、とても甘く、ほんの少し酸味を帯びた匂いだ。

 通路を進み、一つ、二つと木製のドアを通り過ぎ、一番奥の三つ目のドアの前でアンナさんが立ち止まる。そしてノックをすると部屋の主へと声を掛けた。


「お嬢様。ノワ様をお連れしました」


「入っていいわよ」


 ドア越しに聞こえたのは、やや素っ気ない、女の子の声。ソプラノボイスのその声には、ドア越しにでも判るくらい、尊大さと傲慢さに満ちていた。


「失礼致します」


 アンナさんがドアを開け、入室する。僕も腹を括ると部屋に入った。


 甘ったるい香りが、鼻を突いた。


「んひゃんぅっ♪」


 甘ったるい声も耳を打った。


 正面に見える天蓋付きの豪華なベッド。


 その上で、二人の女の子が体を重ねていた。



 ――――――――――え?



 性格には、赤髪のツーサイドアップにした女の子が、黒髪パッツンの女の子に後ろから抱き着いている形だ。

 問題は、その服装。

 二人とも寝巻姿――アンダーバストから膝上まで覆う、スッケスケのうっすい生地+ブラ+ショーツ――っていうかほぼ下着じゃん。これ、ベビードールって奴じゃなかったっけ。


「いらっしゃい。新人君。昨日異世界から来たばかりだって聞いたわよ? それなのに挨拶だなんて殊勝な事ね。感心するわ」


 ツーサイドアップにした赤髪の女の子が笑顔を浮かべながら言う。

 見た目だけなら高校生か、大学生くらい。今の僕よりも多分頭一つ分くらい背が高い。

 恐らく彼女が僕と同じ黄泉の使者の【エルザヴェータ】。

【血の貴婦人】なんて呼ばれている彼女は、アンナさんに負けないくらい綺麗な女の子だった。

 真っ白い肌。釣り目だけどどこか愛嬌のある顔立ち。アンナさんが美人モデルなら、エルザヴェータさんは美人可愛いアイドルってところか。

 でも、その表情の端々に野生の獣めいた、獰猛さが見え隠れしているように僕は感じた。


「始めまして。異世界から来た【ノワ】です。足を引っ張るかもしれないけど、どうかこれからもよろしく」


 頭を下げる。少し震えていた。


「へぇ? ホントに殊勝ねぇ」


 言いながら、つつ、エルザヴェータが黒髪の女の子の――柔らかそうな二の腕に指先を這わせる。

 んん、と色っぽい声が響いた。

 思わずドキリとする。心臓がバクバク言っていた。

 

 いや! いやいやいやいや! ヤッバい所に来てしまった!!!

 エルザヴェータさんがっつり肉食系女子か!!!?


「そ、その子は?」


 思わず目線と話を反らす。


「あら? 見てわからない?」


 分かるかっ!? 黒髪の子、不憫だよ!? 人が挨拶に来てるんのに何堂々とイチャついてるの!?


「この子は【カタリナ】。私のペットよ。可愛いでしょ♪」


 すぅっ、と太ももを撫でられて黒髪の女の子【カタリナ】さんは「ひゃん♪」と子犬のような甘い声を上げた。

 いや、ペットって何!? 人間じゃん!?

 ぎょっとして、思わずシャンタちゃんを見る。


「あわわわわわっ…!」


 シャンタちゃんは何も見ていませんとばかりに両手で顔を覆っていた。

 指と指の間にばっちり隙間が見えてるけどね!!

 助けを求めるように今度はアンナさんに視線を送る。頼むからご主人様の暴走を止めてください、と。


 我関せず、と言わんばかりにそっぽを向いていた。 


 アカン。


「ひゃうん♪」


 再び甘い声。思わず視線を戻せばエルザヴェータさんは今度はカタリナさんのうなじに舌を這わせていた。

 いや。いやいやいやいや。アウトー。もう見てられません。帰ります。

 失礼します、と喉元から言葉が出てくる直前、エルザヴェータさんが口を開いた。


「この娘はペットであり――そして私の食料(・・)でもある」


「え?」 


 食料、って聞こえたんだけど。気のせいかな。

 舌が這った後、唾液で淫靡に光るカタリナさんのうなじ。

 そこに噛みつくように、エルザヴェータさんが大きく口を開ける。


 そこに、肉食獣を思わせる凶悪な牙が覗いていた。


「――いっ、っ…!」


 うなじに牙が突き立てられ、カタリナさんの顔が苦痛に歪む。


 っ!? エルザヴェータさん、吸血鬼か!?


 首筋から溢れ出るカタリナさんの血液を、エルザヴェータさんが喉を鳴らして飲んでいる。

 しかし思ったよりも出血の量は多い。飲み切れなかった血が首筋から胸元へと伝わり、垂れ落ち、真っ白なベビードールを赤く汚していく。


 はぁ、はぁ、とカタリナさんが痛みに堪えるような荒い気を上げている。逆に牙を突き立てたエルザヴェータさんは――顔を紅潮させ恍惚の笑みを浮かべていた。

 日本ではありえないその異質な光景に思わず絶句する。


「はっ、はっ……ふぅーっ、んん…っ」


 気が付けばカタリナさんの顔色が悪い。貧血になってるんじゃないのか。


「お嬢様。それ以上は」


 アンナさんの制止の声と同時に、エルザヴェータさんの吸血行為が終わる。カタリナさんの首元に空いた二つの穴を労わるように舐め始めた。


 優しく。じっとりと。何度も。


「んんっ…はぁ…あ…っ♪」


 さっきまでの辛そうな表情から一転して、カタリナさんが蕩けた顔を見せていた。

 顔色は蒼くなっているのに、どこか幸せそうで――言葉にしようの無いエロスを感じる。


「カタリナ。いつもありがとう。大好きよ」


 ちゅ、と放心気味のカタリナさんの頬に優しい口づけ。

 それがとどめになったらしく、カタリナさんは「エルザヴェータ様ぁ♪ 私もぉ♪」と蕩けた声を返すと、ヘブン顔をしたまま動かなくなった。


 ――え。死んでないよね?


「くす。死んでないわよ。そんな馬鹿な事する訳ないじゃない」


「っ。心が読めるの!?」


「あはは、そんな訳ないじゃない。貴方の顔が分かり易かっただけよ。アンナ。カタリナをお願い」


「かしこまりました。お嬢様」


「さて。こんな格好でごめんなさいね」


 こんな格好と言うのは、すっけすけの破廉恥な寝巻の事を言っているのか。

 それともそれがカタリナさんの血でべっとり汚れている状態の事を言っているのか。


「ふふふ。そうよねぇ。様にならないわよねぇ」


 だから勝手に人の思考を読まないで。僕ってそんなに顔に出るのか。


 ぱちん、とエルザヴェータさんが指を鳴らす。


『キキッ! キキキキッ!!』


 何処からともなく、大量の蝙蝠が突然現れ、エルザヴェータさんへと収束していく!


「私の趣味じゃないけど、取り敢えずはこれで格好はつくかしら?」


 大量の蝙蝠は一瞬で姿を変え、赤い裏地に暗い紫色のクロークとなりエルザヴェータさんの全身を包んでいた。

 そしてクロークの真ん中辺りを摘まみ、僅かに引き上げると、先ほどアンナさんがしたようにカーテシーを披露する。

 アンナさんのカーテシーに比べればお辞儀の角度も、膝を曲げる角度も浅く、あまり誠実なイメージを受けなかったけど。その代わりにエルザヴェータさんのカーテシーは軽やかで、優雅で、どこか淫靡にも感じた。


「エルザヴェータ=バーソリー。偉大なるバーソリー家の末裔にして誇り高きノーブル・ヴァンパイアよ。これから宜しくね? 可愛らしいゴーストさん?」


 

次回の投稿は1/22(水)AM8:00の予定です。

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