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Unholy Kingdom -ゴーストになった僕-  作者: 乙×平
第一章 光と影の姉弟
4/11

第四話 存在しない少年 -ノワ-

 アイドネア様の寝所に僕は足を踏み入れていた。

 地面と床を覆う蒼い石。

 部屋を支える六本の大きな支柱。

 支柱の中腹には【篝月(かがりづき)】の光と同じ色をした炎の燭台が。

 その足元からは香のようなものが設けられ、薄い煙を音も無く吐き出し続けている。煙は吐き出された香の周りに溜まり揺蕩う(たゆたう)事は無く、意思を持っているかのように重力に逆らい上昇し、燭台の炎に触れて初めて辺りに拡散している。まるで香から燭台に向けて薄いヴェールが無限に伸びているような、不思議な光景だった。


 壁の高い位置に備え付けられた窓からは、【篝月(かがりづき)】の光が差し込み、その付近を碧く輝かせている。


 神秘的で、荘厳な光景だった。

 そうだ。ここはほんの2、3時間前に僕が目を覚ました所だ。目覚めた時は混乱していてじっくり観察する余裕も無かったけど、恐ろしい程神秘的なところだ。


 流石は、世界創世に携わった【六柱神】の内一人、【黄泉神(よみがみ)アイドネア】の御寝所。この部屋に入っただけで、この光景を見ているだけでその神聖さと威厳に畏怖と尊敬を抱いてしまう。


 黒い神官服を着たミイラ、大神官セティさんがゆっくりと進む。

 部屋の入口からは幅3メートル程の金縁の黒絨毯が奥へと延びている。低く長い段差をいくつも上った先、部屋の中央に神様は居た。僕らに背を向け、地面に視線を落としている。


 銀色のティアラから伸びる、二股に分かれた紫紺色の長いヴェール。丈が浅いケープ。フリルの付いたビスチェ状の上衣にロングスカート。小さな腕を包むのは末広がりの付け袖と三つに連なる金のブレスレット。衣装は全て黒で統一され、黄泉の世界を支配する神として相応しい印象を与える。


「やっと来おったか」

  

 古風な喋り方をした神の声は鈴を転がしたような少女のそれだ。

 振り向いた神の顔は、小学生程度の少女に見えた。柔らかさを感じる頬の膨らみや、釣り目だがパッチリとした瞳も愛らしい。しかしその瞳は右は美しい碧眼だが左目は紅く、その中心には獣のような縦長瞳孔が存在する。短い菫色の髪から覗く小さ耳も細長く、人間の元とは違う。


黄泉神(よみがみ)アイドネア】。このアンデッドの国に祀られる、偉大なる神。


 ここに来た直後は知る由も無かった事だけど、今は彼女の、その偉大さを少しは理解したつもりだ。踊り子と死神を足して割ったような服を着た、のじゃロリ少女。人をからかうのが好きで、勝手に僕を懐刀にする気みたいだけど。


 アニメやゲームで見る、主人公を手助けする所謂『駄女神』とは違う。

 この神様は――――ガチだ。

 どうしよう。取り合えず跪こうか? この、神様を前にした時の正しい作法ってどうするのが正解なの? しまったシャンタちゃんに聞いておけば良かった。ああそうだ挨拶は!? 何て言えばいいの!? 誰か異世界の礼儀作法を教えてー!?


「ごめーんアイちゃん♪ 待たせちゃった?」 


「たーわーけーが。その名で呼ぶなと言うておろうが」


 いや軽いって。

 オカマミーセティさんが怒涛のクネクネを見せつつアイドネア様に接近する。その態度はあんまりにも不敬だと思うけど――あれ? アイドネア様、あんまり怒ってる様子が無いぞ? むしろ気さくに知人友人と話すような雰囲気すら感じる。うん? 何だこれ? 神様と大神官っていう立場以上に二人は仲が良いの?

 ――あ、そう言えば僕がここで目を覚ました時も二人一緒に居たな。


「ほれ。お主も何時まで呆けておる? こっちに来んか」


((は、はい…っ))


 萎縮しながらも小走りで二人の元へと向かう。


「小僧。お主、シャンタから【黄泉の使者】の話は聞いたかの?」


((アイドネア様の私兵、と聞きました。そんな大役を僕に任せるなんて、突然でビックリしましたよ))


「安心せい。只の学生(・・・・)であったお主にいきなり切った張ったの大立ち回りをせよ、とは言わんて」


 僕の心境を見透かしたように『只の学生』の部分を強調した。でも、だとしたら、尚更僕に何をさせる気なのか。

 またしても僕の心を読むようにアイドネア様は言葉を紡いだ。


「【黄泉の使者】の為すべき事は主に三つじゃ。一つ。【黄泉神(よみがみ)アイドネア】名を世に知らしめ、我に更なる信仰を呼び寄せる事。二つ。優秀な死者、つまりアンデッドを見付け、シェアルに引き入れる事。三つ。愚かにも『死の定め』から外れた者を誅する事。この三つじゃ」


 ええと。一つ目は布教活動。二つ目は優秀な人材アンデッドの勧誘。三つめは――何だ?


「その世の全ての命には、その終わりが決められておる」

 

 アイドネア様の右手に、淡い青紫色の粒子が集う。この光はシャンタちゃんがさっき見せてくれた、この世の霊的な力、【オーラ】の光だ。


「それは生命の終わりを示すものだけではなく、魂の終わりすら決められておる」


 しゃん…と鈴が鳴るような音と共に、収束した【オーラ】の光が花火のように散華する。

 神の右手に、古びた洋書が現出していた。


「世に三つ存在する、【星魂録(スピリット・レコード)】と呼ばれる神器。そのうちの一つじゃ」


 分厚く、革?と金属質に見える何か装丁された立派な本だ。

 でも表題は入ってないし、よっぽど年季が入ってるのかボロボロだった。


「【星魂録(スピリット・レコード)】には、この世界のあらゆる生命と魂(・・・・・・・・)の誕生と終焉、そしてそれまでの経過が記されておる。この【星魂録(スピリット・レコード)】は誰が、いつ、何処で、どのようにして死ぬのか、その終焉のみが記された物じゃな。アンデッドも例外ではないぞ。じゃから生命と魂(・・・・)と言った」


 つまり、生者であれ死者であれ、その本を見れば誰がどうやって死ぬのか予知出来る訳だ。


((え? 凄くないですか?)) 


 僕の言葉に気を良くした神様が「そうじゃろうそうじゃろう」と見た目の割には立派な胸を反らして言う。

 ドヤ顔で。


「まあ、これのお陰で誰がいつポックリ逝くか、ワシは把握出来る訳じゃが……稀にな、例外が居るのよな」


((例外?))


「そうじゃ。何らかの方法で自身の死を察知し、それを回避する者がおる。【星魂録(スピリット・レコード)】は破滅の運命そのものであり、自身の破滅を事前に知ったとしても回避するのは容易ではない。回避したと思っても最終的には【星魂録(スピリット・レコード)】に記された運命へと収束していく。それが普通なのじゃが」


「ここ最近、その【星魂録(スピリット・レコード)】の運命から逃れる(・・・)ヤツが出て来てるのよ」


((……それって珍しい事なんですか?))


「不可能では無い、じゃが現実的では無いの。破滅の運命を回避するにはいつ、どこで、どのように死ぬかを知った上で、その対抗策となる手段を講じる必要がある。人間が行う占いなどではそこまで子細に自身の破滅を知る事など出来ぬし、対抗策を取るにしても限度がある」


((限度、ですか。でも死因が分かってるなら対策出来るのでは?))


「ケイちゃん。例えばの話よ? とある兵士が『今日』『どこかの戦場』で『斬殺』とする。それを事前に――まあ一週間前としましょうか――知ったとして。それを回避するにはどうすれば良いと思う?」


((……戦場に行かなければ良いじゃないですか))


「強制的に連れていかれるだけよ」


((隠れるとか))


「見つかるわよ」


((逃げ、))


「られると思う?」


 戦場に行く前から詰んでるじゃん!? 


((ちょっと待って下さいよ。こんなの無理に決まってるじゃないですか。そもそも対抗策自体が取れなかったり上手くいかないって事でしょ?))


「そうじゃ。『運命が収束』する、というのはそう言う事じゃ。もしもそれに抗うというのなら、『幸運』を引き上げた上で対抗策を講じるべきじゃな。神器などの道具で幸運を得れば運命の収束からも一時的に逃れる事が出来よう。その間に――そうじゃな。この場合どこか戦場から遠く離れた地まで逃亡するのが良かろう」


 成程、理不尽とも言える運命の収束は幸運を引き上げる事で対処出来るのか。でも、

 

((【星魂録(スピリット・レコード)】の運命から逃れる為には、自分が、いつ、どこで、どのように死ぬのかを知った上で、幸運を飛躍的に上昇させ、然るべき対処を取らなければならないといけない、という事ですか))


「普通は無理じゃろ?」


((……ちなみにですが。それを達成する為に必要な未来視や幸運を上昇させる道具って、どの程度希少な物なんですか?))


「ケイちゃんって、【オーラ】と【霊格】の話はシャンタちゃんから聞いた?」


【霊格】? また知らない言葉が出てきた。


((【オーラ】は教えてもらいましたけど))


「【霊格】は【オーラ】をどれだけ沢山宿しているかの指標よ。下から【格無し】、【民話級】、【伝説級】、【神話級】、【起源級】に分類されているわ。例えばアイちゃんなら【起源級】の【霊格】を持っているし、アタシの【霊格】なら、まあ【神話級】かしらね。ちなみに今のケイちゃんは生前なら【格無し】。今ならギリギリ【民話級】になったかならないかくらいの【霊格】かしら」


「この【霊格】は植物や武器・道具にも当てはめられる。大きく古い樹ほど【霊格】を持っておるし、曰く付き道具や名高い刀剣も同様じゃ。まあ難しく考えずともよい。【霊格】は単純な強さ、偉大さ、希少さを表す只の目安じゃ。この【星魂録(スピリット・レコード)】は【起源級】じゃな」


 ああ、そう言えば、シャンタちゃんが建物や武器なんかにも【オーラ】が宿るって言ってたけど、【霊格】はそれがどのくらいの量なのかを大体(・・)表しているのか。


((成程))


「それでさっきのケイちゃんの質問だけど……【星魂録(スピリット・レコード)】が示す破滅の定めから逃れる為には最低限【伝説級】の力を持つ『未来視』と『幸運』が必要ね」


「一般に流通している物はせいぜいが【格無し】、良くて【民話級】程度じゃからのう。道具なら国宝級の物を。能力なら神、とまではいかぬが竜や上位精霊、上位アンデッド程度の力が必要じゃな」


 無理すぎる。伝説の勇者クラスの人しかそんなのに巡り合わないんじゃないか。 


「じゃが、破滅の定めから逃れる者が何人も現れておる。大体、月に一人くらいの頻度かのぉ」


 さっきの条件をクリアした人間が、月に一人出てくるっていうのか。


「ちなみにそいつら皆、特にお金持ちって訳でも無いし、大した【霊格】を持っている訳でも無いのよ」


「まあ、そういう訳じゃ。話を戻すが【黄泉の使者】の三つ目の使命は、【星魂録(スピリット・レコード)】の定めから逃れた者に引導を渡す事じゃ」 


((【黄泉の使者】の仕事に関しては理解出来ましたが……))


 それでも、腑に落ちない事がある。それは、


((何故『僕』なんですか?))


 話を聞けば、尚更この仕事に僕が向いているとは思えない。そんな僕を【黄泉の使者】に引き入れる理由は何だ。


「問題が発生してるのよ」


((と言うと?))


「使者達が返り討ち(・・・・)に遭っておる。それもあっさりとな」


 ――ん? 使者って【黄泉の使者】の事だよね。それが、返り討ち? え、だって使者ってアイドネア様が選んだ、凄腕の猛者達何だよね? シャンタちゃんも【黄泉の使者】はシェアルでは英雄だって言ってたし。それが、返り討ち?


((え、使者の方々って実は弱かったりします?))


「たわけ。そんな訳があるまい。確かに直接的な戦闘が得意ではない者もおるが、敗れた者は皆歴戦の戦士達ばかりじゃ」


((それだけ、敵が強いって事ですか?))


「敵の強さが問題じゃないの。対策を取られてるのよ(・・・・・・・・・・)。まるで誰が来るか分かっているみたいにね」


((それは、アンデッドである黄泉の使者が来ると分かっているから、浄化の魔法で対抗したりとか))


「そんな次元じゃないわ。戦士を向かわせたらトラップで動きを封じ込められてから袋叩きにされたり。火の霊術が得意な魔法使いを送り込んだら相性の悪い水の霊術で迎撃されたり、戦う前からこっちの手の内がバレてるみたいなのよ」


((その、こんな事を言いたくはないですが、))


「言っておくが内通はありえぬぞ。ワシが選んだ者達じゃ。ワシを裏切る事はありえん」


「そうね。それよりも未来視でどんな刺客が送られるか、予め察知していたと考えた方が自然ね」


 そうか、手の内を読まれているのか。それはきっついなあ。

 対戦ゲームで戦う前から相手だけこっちの情報を知っているようなものだよね。基本的に勝ち目が無い。


「そこでお主の出番じゃ」


((――――――――――え))


 全然意味が分からないんですが。


「全く…あほ面を晒しおって。よいか? お主は何処から来た?」


((何処って、異世界、からですが))


「そうじゃ。お主の魂はこの世界で生まれた物ではない(・・・・)。この意味が理解出るかの?」


((……いえ))


「ならばもう一つ。占いなどを始めとした未来視というのはの、【星魂録(スピリット・レコード)】に部分的に干渉する事で行うものじゃ」


 ――あっ。そうか!


((僕はこの世界で生まれた者じゃない。異世界から来た))


「故に【星魂録(スピリット・レコード)】にお主の記述は無い。既に確認済みじゃ。ケイ・イズモのケの字も載っとらんわい」


 つまり、未来視で、僕の動向を知る事は出来ない。

 でも、それでも。


((僕の世界には、数え切れないほどの人間が住んでいますが……その中には僕よりも賢く、強い人がいくらでもいた筈です。どうして僕なんかを……))


「あえて言えば……運命を感じたから、かの」


((え? 運命、ですか?))


「馬鹿馬鹿しいと思うか? しかし、これを見ても同じ事が言えるかの?」


 アイドネア様が足もとへと視線を落とす。

 その先に、長方形の立体物が存在した。部屋の中央、僕がこの世界で覚醒した場所と同じ位置。そこに、長さ2メートル程度、幅1メートル弱、高さ50センチ程度の箱が鎮座している。箱はこの部屋の床や壁と同じ素材で作られているらしく、暗く、深い青色をしていた。

 この大きさ、まるで人一人が入れるくらいの大きさだけど――棺か、これ?


「いざ異世界へと赴こうとした日――ほんの三日前の話じゃ。北方の大陸いくつか存在するワシの祠にな、一人の小童(こわっぱ)が訪れおった。その辺りは寒い地域でな。自然は多いが街からは随分遠い所じゃ。まあ、僻地じゃの。神としては情けない話じゃが、人も居らんから祠もすっかり寂れてしまってな。ここ数百年、その祠に供物を捧げられた事は一度も無かったわい」


 神様が箱に手をかざすと、上部の蓋部分がゆっくりとスライドしていく。


「そんな辺鄙な場所にある祠に、その小童(こわっぱ)は訪れおった。その時は雨が酷くての。寒い地域じゃから、小童(こわっぱ)もさぞかし凍えた事じゃろうて。しかし、小童(こわっぱ)は来おった。寒さや疲れなど物ともせぬ、必死の形相でな」


((――神頼み、ですか?))


「当たりじゃ。小童(こわっぱ)の村では奇病が流行っておるようでな。このままでは村が無くなってしまう。どうか助けてくれ――という話じゃ」


 それと僕がどういう関係が? と尋ねようとした時だった。

 石棺の内側に入っていたモノの一部が覗き見えた。


((え?))


 思わずそれを見て間抜けな声が漏れてしまう。

 石棺の中には、少年らしき人物が横たわっていた。短い黒髪と、エルフのようなとんがった耳。衣服はベージュ色の長袖の上衣に茶色いベストを合わせ、下はベストと同色のシンプルな長ズボンだ。

 問題は、顔。


((何で…? 僕と、そっくり))


 小さめで丸みを帯びた顔。色白のイメージがあるエルフにしては、やや濃いめの肌の色。鼻が小さく、低く、全体的に彫りが浅い顔の形状。

 アジア系、というか日本人の顔立ちだ。顔の作りが小奇麗でやや中性的なところなんかは、母親似だった僕とそっくりだ。


 世界には同じ顔をした人間が三人居る、なんて言葉を聞いた事がある。でもまさか、異世界に来て、自分と瓜二つの者と出会うとか。


「驚いたじゃろ? ワシも驚いたわい。異世界に赴いたらつい先程神頼みをした小僧と同じ顔をした小僧がおるんじゃからな。ワシはそれに運命を感じたのじゃよ。これぞ【穂志神(ほしがみ)スピカ】の思し召し、とな」


 それで、僕を選んだのか。

 能力でも、性格でもない。その出会い、運命こそが僕を選んだ理由だった。

 

 ――あ、そう言えば、僕に新しい体を与える、って言ってたけど、このエルフっぽい子がそうなのかな。でも、そうだとしたら、


((あの、神様? 彼は、生きているんですか?))


「ノワ、というハーフエルフじゃ。肉体は生きておるが、そこに魂は無い。ワシが預かっておるからな」


 仮死状態って事か。


((預かっている(・・・・・・)、というのは、どういう事です? 貰い受けた、とかではないんですか?)) 


 す…、と神様の目が細められる。同時に、とんでも圧を感じた。

 これは、見た事がある。確かこの部屋から出る時だ。


「この小童(こわっぱ)はな、村を助ける代価として自身の体を差し出した。そしてワシは偉大なる六柱神、黄泉神(よみがみ)アイドネアとして、必ずやその願いを聞き届けると約束し、それが終えるまでその魂を一時的に預かる事にした。じゃが、」


 右手に持つ【星魂録(スピリット・レコード)】が意思を持ったようにバラバラと捲れ――止まる。小さな右手が、僅かに震えている事に僕は気付いてしまった。


「この、終焉を記した【星魂録(スピリット・レコード)】に、小童(こわっぱ)の村人の名が連なっておる。今よりおよそ四週後、村の者が皆、死ぬ事が決まっておるのじゃ」


 それは、黄泉神(よみがみ)アイドネアの力不足(・・・)を意味していた。世界創世の頃より存在する偉大なる六柱神の内の一人が、だ。それも今から約一月後の事態に対して、何も出来ない。


 ――どんな、屈辱だろうか。


 神様の怒りが、膨れ上がる。 

 ばん、と音を立てて【星魂録(スピリット・レコード)】が閉じられた。


「このような事、絶対にあってはならぬ!!」


 息を、呑んだ。

 蛇に睨まれた蛙のように、体が動かない。神の怒りか。アイドネア様の小さな体から紅く、黒いオーラが立ち昇っている。


「……アイ」


 穏やかな声はセティさんが発したものだ。いつも通りの、優しい声色で般若のごとく形相をしたアイドネア様の怒りを鎮める。彼女の赤黒いオーラが溶けるように消えると、取り乱した事を恥じ、隠すように、僕らに背を向けた。

 その背に向けて、ふと思いついた事を尋ねてみた。


((アイドネア様。僕の思い違いかもしれませんが。彼の村の住人が助からない事、ひょっとしてさっきお話に出てきた【星魂録(スピリット・レコード)】の死の定めから逃れる者と関係があるのでは?))


 これだけ力を持った神様が、村一つ救えないなんて考えられない。それも明日や明後日の話じゃなく一月後の話だ。何かしらの妨害がされると勘ぐるのが普通だ。


「当たりじゃ。その村の近辺に、【星魂録(スピリット・レコード)】の死からずっと逃げ続けておる者がいる。恐らく、ワシがこの村を救おうと行動する事も予知されておるだろうな」


 そうか。これで全ての話が繋がった。

 どうして僕が異世界から連れてこられたのか。どうして黄泉の使者に選ばれたのか。

 全ては、【星魂録(スピリット・レコード)】から逃れる者を制裁する為。

 小さな村に住む人々を、救う為。

 

 そして何より、たった一人の男の子の願いを叶える為だ。


 僕としては正直たまったもんじゃない。完全に巻き込まれた形だ。

 でも、このアイドネアと呼ばれる少女の姿をした神様は、とても優しい神だと思った。


 背を向けたアイドネア様が振り向く。


「あと一月じゃ。お主はそれまで、可能な限り鍛練し、己を磨き上げよ!」


「アタシや他の使者達も協力するわ。分からない事があれば、何でも答えてあげるし。困った事があったら、どんどん頼ってね♪」


 正直不安も多い。いや、不安ばっかりだ。きっと戦いは避けられないだろうし、只の学生だった僕が、神様でも手を焼くような相手に何が出来るとも思えない。でも、アイドネア様、セティさん、シャンタちゃん。きっと他にも頼りがいのある立派な人達がいるのだろう。

 その人達の力を借りれば、僕も、何か出来るかもしれない。

 なんて、柄にもない事を思ってしまった。 


「ケイよ! お主はこれより【ノワ】と名乗れ! お主は存在しない者! 映らざる者よ! 彼の愚か者どもに裁きを下すがよい! なあに、先程も言ったがお主に切った張ったの大立ち回りを期待はしておらぬ。せいぜいにっくき奴らを引っ掻きまわしてやればよいわ。さすればワシの優秀な僕が何とかしよるわい」


 先程の怒りは何処へやら、いつの間にか偉大なる神の幼顔には、いつもの不敵な笑みが張り付いていた。




次回の投稿は1/19(日)AM9:00の予定です。

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