第二話 メイド少女の神話語り
黄泉の神アイドネア様から熱烈な歓待を受けた後、信者や神官さん達に見送られながら再び大神殿の中へと戻った。
「皆、頭を上げよ。仕事を続けるがよい」
正に鶴の一声。いや、神様を鶴に例えるのも失礼かと思うけど。兎も角、神様の一声で伏せていた民は立ち上がると、皆一様に手を合わせ、各々の仕事に戻っていく。
えげつないカリスマ。転生モノって女神とか神様とかカリスマじゃなくてカリチュマな事が多いけど、この神様はガチだ。逆らおうとかする人、存在しないんじゃないか?
「ワシとセティは用がある故、今日のところはこれでお暇じゃ」
神様が僕に向き直りつつ言った。
ティアラから伸びる日本の紫色の長いヴェールは、幼い顔を隠したままだ。目の前に少女の顔が見えないだけで、目の前の存在が決して侮れず、それどころか畏怖するべき存在だと思える。
何だか反射的に、片膝をついてしまった。周りの民がそうしたのと同じように。現金で、ホントに今更な事かもしれないけど。
僅かに驚くような気配。それに続くように神様の笑いが神殿中に響いた。
「かっかっかっ! ワシの偉大さに今頃気付いたか!」
やっぱりうるさい神様だなぁ。
セティさんも僕の手のひら返しっぷりが可笑しかったのかくすくすと上品に笑っている。
「良いて! もう良いて! 頭を上げよ」
言われるがまま神様を見上げる僕の顔は、きっといつもの仏頂面をしていたのだと思う。それを見た神様は『してやったり』とした顔をしていた。いつの間にか神の幼顔を覆い隠す二枚のヴェールは少女の頭の後ろに回り、菫色の短い髪に続くように垂れ下がっている。
「いや~愉快愉快。神を敬う事も知らぬ小僧に頭を下げさせるのは痛快よな」
((神様って、結構意地が悪いですよね))
「たわけた事を言うでない。ワシほど慈悲深い神なぞ、そうそう居らぬぞ?」
くっくっく。と意地の悪そうに笑う。
慈悲深いって? 完全に悪人の顔してるじゃん。
「まあでもケイちゃん? 腐っても、文字通り腐ってもここはアイドネア様の神殿だからね? あまり迂闊な事は言わない方が良いわよ? ケイちゃんもアンデッドだから客人として、或いはアタシ達の同胞として歓迎はするけど……周りの信者達にもコワ~イ子が居るから。泣かされちゃうわよ?」
((……気を付けます。あ、ちなみに僕、これからどうすればいいんです? 肝心な事を全然聞けてない気がするんですが?))
ここはどんな世界なのか、とか。そもそも何で僕が異世界に連れてこられたのか、とか。これから僕に何をさせるつもりなのか、とか。
「心配せずとも順を追って説明してやるわい。シャンタ!」
石突きを二回打って鎌をシャラシャラ鳴らす。
何事かと思って心の中で身構え、その一拍後。
一陣の風が神殿の中を空気をかき乱した。燭台が灯した碧い炎を揺れ、僕は思わず目を閉じる。いや、霊体だから風とか関係ないのか? とか益体の無い事を考えながら恐る恐る目を開けた。
ひらり、ひらり、と目の前で黒い羽が舞っている。
鴉の羽のような艶やかな羽だ。
その向こうに、メイド服を着た少女が佇んでいた。
「お待たせ致しましたアイドネア様!」
見た目は中学生くらいの子供だ。片口まで伸びた黄金色の髪にちょこんと載ったヘッドドレス。上衣は、紫色の半袖ブラウスの上にコルセットとベストを足して割ったような黒い衣服。下はフリルの可愛い黒のミニスカートの上からブラウスと同色のハーフエプロンを着用。細い腕を包むのは薄手の真っ白なロンググローブ(アームカバー?)。同じく細い足には小悪魔チックな紫と黒の縞柄のニーソ。小さな足を飾る黒いパンプスで、丸っこくて可愛い。
服のデザインはディアンドルと呼ばれる衣装に似てる。色は白と黒の正統派のゴシックスタイルと比べて紫と黒を基調に、リボンなどの装飾に黄色を散りばめているのでハロウィンチックに感じる。
しかしフリルもりもりの丸っこく可愛らしいパフスリーブとロンググローブの間に覗く二の腕とか。
ミニスカートとニーソの間に覗く絶対領域とか。
メイド服にしては、ちょーっと小悪魔ちっくだけど。
「シャンタ、到着致しました!」
ややたれ目のパッチリとした瞳はアメジストのような鮮やかな紫色。神様に負けないくらいの愛らしい幼顔には『花が咲いたような』という言葉がこの子の為にあるのでは、と思えるほど明るく清々しい笑顔が浮かんでいる。軽く小首を傾げれば、その動きに合わせて綺麗な黄金色の髪がまるで流水のように揺れた。
シャンタと呼ばれたそのメイド少女はまるで、アンデッドの聖地の中に咲く、一輪の花のように愛らしく、可憐だった。
やばい。めっちゃ可愛い。ここってアンデッドの総本山っぽい所だと思ってたけど、こんな可愛い子もいるのか。
高校生活で色気のある話が無かった僕だが、流石にドキリとする。神様だって十分可愛い。黙ってれば。
「何か御用でしょうか?」
でもこの子は違う。物腰柔らかく、言葉遣いは丁寧で謙虚。それでいて明るく快活だ。ややハスキーな声も可愛らしい。
そんな、可愛い女の子の理想を詰め込んだ、メイド少女だった。
「ああ、じゃがその前に」
更に特徴的なのは背中に生えた翼だ。真っ黒でしっとりとした翼にはひし形上の黄色い飾り――石? みたいな物が散在していて綺麗で、神秘的だ。
礼儀正しく、可愛く、明るく、でもちょっと小悪魔ちっくなメイド服を着た女の子。
それが、この、シャンタちゃんだ!
「床に散ったお主の羽を片付けんか」
「あわわわ!? ボクとした事がまた! た、只今片付けますぅ!」
何処からともなく取り出した箒とチリトリでザッザと床を掃除し始めるシャンタちゃんだった。
――――うん。
ボクっ子属性とドジっ子属性も追加かな。
***
「えー。それでは僭越ながら、このボクがお話させて頂きますね」
ここは地下王国シェアルの中央に位置する大神殿、その応接間らしい。床や壁、天井に至るまで大理石のような艶やかな光沢を持つ白い石材で作られており碧色の炎を反射して淡く青緑色に輝いている。取り付けられた窓からも、【篝月】だっけ? 優しい碧色の光が差し込んでいる。
地面には赤と黄色の絨毯が部屋に対してひし形状に敷かれており、その中心に丸いガラステーブル、更にそれを囲むように四つのソファーが添えられていた。
どうやらここで、異世界人である僕に必要な情報を色々と教えてくれるらしかった。
僕はソファの一つにちょこんと腰掛ける。うわ、沈み込む。そして霊体なのにどうして普通に座れるのか。何か仕組みでもあるのか。
「ん、んんっ」と可愛らしい声。シャンタちゃんが気を取り直すように咳払いをしている。
「え、ええと。それでは改めましてケイ様。ボクはシャンタ。この大神殿でアイドネア様と【黄泉の使者】の方々のお世話をさせて頂いている使用人でございます。ケイ様も、何か困った事などがあればボクをお呼び下さい。すぐに参りますので」
シャンタちゃんは、ふっくらほっぺを未だに紅潮させながらも見事なスマイルを見せてくれる。でも、早速知らない言葉が出てきたよ。
((【黄泉の使者】?))
「はい――そうですね。簡単に申し上げますと――アイドネア様直属の私兵、と言ったところでしょうか」
え? あの神様の――直属の私兵?
((それって滅茶苦茶凄い方々では?))
「それはもう! このシェアルでは英雄とほぼ同義でございます!」
シルクのような質感の手袋に包まれた掌を、ぽむっ、と可愛らしく合わせる。まるで自分の自慢話でもするようにシャンタちゃんは嬉しそうだった。
そんな凄い人達を普段世話しているメイドさんが僕を歓待してくれているとか、何だかとても申し訳ない気持ちになるんだけど。
「それでケイ様? 一体何からお話致しましょうか? この【デューミリア】とは異なる世界からいらっしゃった、とアイドネア様からお伺いしましたので、きっとご理解出来ない事も多くあると存じ上げます」
((そうだな……))
何から聞こう。聞きたい事が多すぎるんだよね。魔法はあるのかー、とか。篝月の仕組みとか。どうやってこのシェアルを作ったのか、とか。アンデッド以外にどんなモンスターがこの世界に存在するの、とか。どんな武器があるの、とか。戦争ばかりやってるって聞いたけど世界情勢どうなってるの、とか。人とアンデッド一緒に住んでトラブル無いの、とか。
眉間に思いっきり皺が寄ってるのが自分でも分かるくらい、思いっきり悩む。その様子を見兼ねたシャンタちゃんが助け船を出してくれた。
「ええと……それではこの世界の成り立ち、などはいかがでしょうか?」
((って言うと?))
「この世界に遥か昔か伝わる、世界創生にまつわる最古の伝承というものがございます。【七生記】と呼ばれているのですが」
((へえ。面白そう。長いお話なの?))
「書物にした物がございますが……『読破する前に腰を痛めてしまった』と信者の方からお聞きした事がございます。ですから今からお話させて頂くものは、子供用に理解しやすく、簡略化された物の一部となります」
それなら異世界人の僕でも理解できるかな。
((うん。お願い出来るかな))
「かしこまりました♪」
いつものように元気よく返事をするとシャンタちゃんは「んんっ」と小さく、可愛らしく咳払いをすると、それからゆっくりと語り始めた。
***
この世界が誕生する前のお話です。
その昔、空の向こう側に【穂志神スピカ】と呼ばれる巨大な力を持った神様がいました。
でも神様は寂しがり屋でした。神様は孤独を感じる暇も無いくらい沢山の生きものが暮らす世界を作ろうと思いました。
最初の日に、神様は星を創造し、その後、子を一人生み出しました。ですがその子は息が出来ずに死んでしまいました。
二日目に神様は空を創造し、星を象りました。その後、子を二人生み出しました。ですが二人とも空で凍えて死んでしまいました。
三日目に神様は奈落を創造し、星の中心としました。その後、子を三人生み出しました。ですが
三人とも奈落に落ちて死んでしまいました。
四日目に神様は大地を創造し、足場としました。その後、子を四人生み出しました。ですが四人とも凍えて死んでしまいました。
五日目に神様は炎を創造し、子達の暖としました。その後、子を五人生み出しました。ですが炎はすぐ消え、皆凍えて死んでしまいました。
六日目に神様は風を創造し、炎を保つようにしました。その後、子を六人生み出しました。ですが飢えと渇きで皆死んでしまいました。
七日目に神様は水を創造し、子達に恵みを与えようとしました。するとどうでしょう。木や動物達が生まれ、星は命に満ち溢れます。
神様は七人の子達を生み出しました。子達はあっという間にその数を増やし繁栄していきます。賑やかになった星を眺め、寂しがりの神様はやっと孤独から解放されたのでした。
でも神様の子達はいつまでたっても殺し合いを続けています。
神様は、それがとても悲しく思えました。
***
((怖いわ))
開口一番。正直な感想を述べた。
今話してくれた内容が真実だと仮定して、何人自分の子供を無駄死にさせる気だこの世界の神様は。無能か。それともあほか。
まあでもそれ以上に。人為的に、生命が存在する星を一つまるまる作ったっていうのは驚きだ。異世界の神様ならではの奇跡と言ったところか。
それとちょっと思ったのは、
((スピカっていう神様、なんか子供みたいだね))
寂しがり屋なところとか、ずっと続く戦争を見て悲しいだとか。怖いと思ったのは、こんな子供みたいな神様が世界を創造した、という事もある。
「そのように分析されている方もおられますね。ですが、このお話ではもっと重要で、意義のある事実が存在するのです!」
((と言うと?))
「穂志神様はこの創生の七日間で、星、空、奈落、大地、炎、風、水の七つを創造されましたが、これらの七日間を『週』として今では利用しています。『星の日』から始まり『空の日』、『奈落の日』、『大地の日』、『炎の日』、『風の日』、『水の日』というように【七生記】に沿って『週』を巡っております」
月火水木金土日の七日間で一週するのと同じか。
((でも『奈落の日』って、こう……不敬かもしれないけど、縁起が悪い感じがする))
「あぁ……『凶日』と呼ばれる事もございますね」
やっぱりか。
「他にも『奈落の日にはアイドネアの鎌に気を付けろ』という言葉もございまして。出掛ける時や危険な事をする時には黄泉神様に魂を持っていかれないように気を付けよ、という意味がございます」
((成程。でも『奈落の日』なんて縁起の悪い名前だからって、アンデッドの国の偉い神様と勝手に結び付けるなんて失礼な事じゃない?))
「いえ。合っているのです。【七生記】において穂志神様は奈落を創造しましたが、その奈落こそが黄泉神アイドネア様そのものだと伝えられております」
((え?))
一瞬、思考が止まった。
いや、ちょっと待って。世界を創造したと言われる【穂志神スピカ】による【七生記】。その三日目にスピカ神が創造した『奈落』がイコールで『黄泉神アイドネア様』って事でしょ?
((ちょっと待って。じゃあアイドネア様って世界創造の瞬間から今までを生きてきた、とんでも神様って言う事?))
「左様でございます♪」
((……嘘でしょ))
「事実でございます♪」
それがマジなら僕はさっきまでとんでもない人と、いや、神様と話をしていた事になる。でも同時に、アイドネア様に対する信仰の深さとそのカリスマ性の高さにも納得出来た。そりゃ、そんな凄い神様なら信仰したくもなるよ。
((――あれ? 奈落の日の誕生がアイドネア様の誕生と同義って事なら、他の六日間でも偉い神様が誕生しているって事?))
「左様でございます♪ 一日目の星の創造はそのまま穂志神スピカ様の存在を表していますが、二日目の空の創造は【想羅神カエィラス】様を。三日目の奈落の創造は黄泉神アイドネア様を。四日目の大地の創造は【乳牡神ガーエャ】様を。五日目の炎の創造は【陽野神ヘーリオ】様。六日目の風の誕生では【渦在神エイザー】様を。最後の目の水の創造では【優深神ポータス】様を、それぞれ表しております。七生記で穂志神スピカ様より生み出されたこの六人の偉大なる神々を【六柱神】として我々は崇め奉っております」
「申し訳ございません。少しお話が長くなってしまいましたね」とシャンタちゃんは少し困ったような顔をする。でも、【六柱神】の話をしているシャンタちゃんはまるで自分の事のように、誇らしげだった。
((それってつまり、アイドネア様みたいな世界の創造に関わった古い神様があと五人も居るって事?))
「左様でございます♪」
すげぇ世界に来ちまったよ僕。
そして【七生記】を聞いて、ずっと疑問だった事が更にその重みを増した。僕はアイドネア様に必要だと言われた。お前にしか出来ない事があると。
((ねえ、シャンタちゃん))
「はい。如何されましたか? ケイ様?」
((僕、生前は特に何の取り柄も無い学生だったんだけど……アイドネア様は一体僕に何をさせたいんだろう?))
僕の言葉を聞いてシャンタちゃんはパッチリたれ目を何度か瞬かせる。まるで「え?何でそんな事も知らんの?」とでも言いたげな反応だ。
何となく、嫌な予感がした。
「あぁ。ご存じ無かったのですね。ケイ様には、『【黄泉の使者】の一員となりワシに尽くしてもらう』とアイドネア様が仰っておられましたよ」
((……))
一瞬、思考が停止した。
ええと。【黄泉の使者】って確か。
((黄泉の使者って、さっきアイドネア様直属の私兵、とか言ってなかった? それを僕にやれと?))
「はい♪ 左様でございます♪」
一瞬の間の後、
((はああああああぁぁぁぁぁぁっっ!?))
応接間に霊体の、エコー掛かった僕の悲鳴が響き渡った。
次回投稿は1/13(月)AM8:00の予定です。