第十話 裁定騎士アコース(前編)
血沸き肉躍るボス戦。
ソウルライク全開。
最後の試練が始まった。
相対する巨躯の黒騎士を注視する。
右手に持つ黒い長剣。その切っ先は下がり、左手の盾を油断なく構えながら近づいてくる。
ガチャリ…ガチャリ…。
歩みは遅いが確実に距離を詰められている。間合いに入った瞬間にあの長剣が唸りを上げるのだろう。
自分の首が一瞬で切り飛ばされる姿が容易に想像出来た。
それほどまで、威圧感が凄い。
こうやって観察しているだけで、嫌な汗がにじみ出る程に。
接近戦はマズそうだ。けどあの重そうな全身鎧と長い剣に、デカい盾。
足はきっと遅い!
素早くオーラを練りながら、部屋の入口を塞ぐ光の壁ギリギリまで跳躍しつつ後退。
着地と同時に魔術を開放する!
「霊光っ、」
右手に形成してオーラの槍を振りかぶる。
同時に、アコースさんが大きく踏み込んだ!
「閃槍!」
投擲されたオーラの槍が真っすぐに突っ込んできたアコースさんに直撃。耳を震わす轟音と眩しい光が舞い散る!
当たった! でもこれで、どれくらいのダメージが入ってるかだ! それ次第で戦術を、
舞い散るオーラの燐光の向こう側から、黒い盾が突き出された。
シールドバッシュ!?
「っ!」
ブォンっ、と風切り音すら響かせて迫る黒い盾。それを左側面に転がり込むように避ける。
そして立ち上がった直後、今度は剣の切っ先が僕の頭を狙って飛んでくるように突き出された!
首を捻って回避!
した瞬間その剣が僕の首を切り落とそうと払われる。
考えるよりも先に体が勝手にしゃがみ込むと、その反発を利用してアコースさんの後方へと跳躍。
着地と同時に距離を取るように更にバックステップ。これで試練開始時とは位置関係が完全に入れ替わった状態となった。
無意識のうちに止めていた呼吸を再開する。
今のアコースさんの連撃を回避出来たのは、エルザヴェータさんの特訓の成果だ。アコースさんの攻撃は確かに早いけど、エルザヴェータさん程じゃない。ちゃんと反応出来る。
一連の攻撃を回避されたアコースさんも、僕の動きに感心してか「ほぅ…」と呟いている。
「貴公、魔法使いのようだが素晴らしい反応と身のこなしだ。賞賛に値する」
「散々しごかれたからね。ところでその盾、ひょっとして今の魔術で傷一つ付かないの?」
やや大型の黒いカイトシールドを良く見ると――残念な事に傷一つも凹みも見当たらない。
「想像以上の威力ではあったが…かのトゥバルキン師が『ヴォルフ鋼』より打ちあげた『黒狼の盾』、半端な魔法では破れると思わぬ方が良い」
「ああ…トゥバルキンさんが作った盾、か」
ヴォルフ鋼がどういう素材か知らないけど、霊光閃槍は現在僕が使える魔術の中でも最も威力が高く――それが全く効かないと言う事は、余程固い素材なんだろう。盾に掘られた、汚れも傷もない狼のレリーフが恨めしい。
しかし、本格的にヤバいぞ。手札で最高威力の魔術が効かないとなると接近戦をするしかないかな? いやいや。冗談でしょ。この人に剣での切り合いで勝てるビジョンが全く見えない。
となると――プランB、『逃げるが勝ち』だ!
部屋の奥の石像へと一気に駆ける!
「むっ」
アコースさんが僕の狙いに気付き、走り出すが――予想通り、僕の方が圧倒的に早い。
一呼吸もしない内に、石像の元へと辿り着く。
眼前にはアイドネア様を模して造られたと思われる、黒い衣装を纏った少女の像。
その首に『使者の証』であるペンダントが掛けられていた。
これを取れば僕の勝ちだ!
しかし――気付く。
「――これ、どうやって外すんだ?」
アイドネア様の像は人の字状のヴェールによって顔が見えない。そのヴェールが邪魔をして、ペンダントを首から頭に向けて取り外す事が出来ない。
焦る僕を更に追い立てるように背後から迫る鎧の音。
くそっ、像から引っこ抜くのは無理か! いや、紐と飾り部分を繋ぐ金具を弄って取り外せ――ないか! なら、最終手段だ! 紐の部分を切って――
夜空の短剣を引き抜き、石像とペンダントの紐の間に差し入れる。そして力を入れ、紐を引き裂――けない!?
紐が、切れない!?
同様と同時に、背後に迫るプレッシャーが大きく膨れ上がった。
攻撃を察知し、加速魔術で再び跳躍。直後に僕が居た空間を、長剣の袈裟切りが引き裂いた。
着地し、眼前を見据える。アイドネア様の像を僕から庇うように、アコースさんが立ち塞がっていた。
「気付いたかもしれぬが…『使者の証』は傷付ける事は叶わぬ。これはアイドネア様自らが創造された、神話級にも匹敵する霊格を持った神具。恐らく我が剣を持ってもしてもこの細い紐一つ断ち切る事は出来ぬだろう」
「……そりゃ、参ったなぁ…」
と、なると――実質『使者の証』を入手する事は不可能に近いんじゃ?
焦る。マズい。解決策が見当たらない。いっその事、無理は承知で接近戦を仕掛けてみるか? アコースさんの剣筋は見切れない事も無い。今の僕なら、なんとかなるかも、
――貴方はゴーストで、ハーフエルフで、剣の扱いよりも、魔法の扱いの方が長けている――
ふと、エルザヴェータさんの言葉が脳内を過ぎる。
そう、だよな。魔法しかない。恐らく剣では勝ち目が無いだろう。
しかし、彼の盾をどうにかしない事には話にならない。
……今使える魔術、霊術の中でこの状況を何とか出来るものはあるか?
ガチャリ。音を立てて、再びアコースさんが僕に向けてゆっくりと歩き出した。
くそっ、牽制だけでも!
指先にオーラを込めて、顔面へと放つ。
「容易い」
黒い長剣が翻る。ぎいん、と響く音。次の瞬間僕の頭上にオーラの光が着弾し、天井から釣り下がっていた巨大なカンテラが目の前に落下した。
オーラを、打ち返したのか!?
「貴公。その程度の魔術、足止めにもなりはしない」
カンテラの光が消え、闇が濃くなる。相対的に、バイザー奥のアコースさんの赤い瞳が輝きを増した気がした。
覚悟と決意に満ちていた心が、絶望と言う闇に飲まれそうだった。
「灯りが減り、やや暗くなったか。視界は確保出来ているか? まさか闇に恐怖を抱いてはあるまいな?」
「大丈夫ですよ。お気遣いどーも」
そりゃ僕も元々霊体だし、受肉している今でも暗闇中だって平気で戦え――
「暗闇」
ふと、光明を見出した気がした。
脳裏に浮かぶのはさっき出会ったシェイド達。
――試してみる、価値はある!
「霊光散弾!」
数十にも及ぶオーラの光。それを周囲に展開し、一斉に解き放つ!
「闇雲かっ、しかしっ」
オーラの盾を構えながら、アコースさんが僕に目掛けて突進する。同時にばら撒いたオーラが部屋の至る所に着弾した!
ドドドドドォン!!
威力だけなら、さっき単発で放ったオーラの弾丸の半分も無いだろう。けれど、充分だ。
「…暗き者シェイドよ!」
突撃してくるアコースさんにはダメージらしいダメージは無い。けど部屋のあちこちに設置された松明やカンテラは破壊され、辺りは一層深い闇に覆われた。
「…我を脅かしものに、鋭き闇を放て!」
そうして残った灯りは僕の背後にある松明が一つ。
それをその松明の光が、地面に僕の影を落としていた。
「無駄だ! 我が盾に防げぬ物などっ――」
やってみないと分からないだろ!
「【黒影長槍】!」
「――何も無い!!」
霊術成功の証である霊術陣が足元に浮かび上がる。
直後に僕の影から細い円錐状の物体が飛び出した。まるで騎乗槍を彷彿させる、長い円錐状の影そのもの。それは弾丸の如き速度でアコースさんへと肉薄し、
あっさりと黒い盾を貫通した。
「…なんと…!」
まるでバターに熱したナイフを通すように、滑らかに盾に大穴が空く。
勿論僕も驚いているけど、アコースさんにとっては想像も出来ない事態なのだろう。
始めて彼は、警戒するように僕から距離を取った。
そして呆然と穴が開いた自慢の盾を眺める。
内心、追撃すれば良かったか、と後悔する。
「…持ち手が破損したか。武器としても使えぬな」
アコースさんが、ぐらつき、不安定になった盾を放棄した。
ガゴォオンっ、と思い金属音を立てて、地面に放り棄てられた黒狼の盾。盾の象徴であった狼のレリーフは今は大穴が空き、見るも無残な事になっている。
――よし。盾を攻略できた!
藁にも縋る思いで試した黒死長槍。
術者前方の影から高速で黒い槍を突き出し、敵を迎撃する。影精の霊術の中でも最も基本的な術。術の発生から敵を殺傷するまでの時間が一瞬で、霊術陣が出現してから回避行動を取らないと直撃する。槍を目視してからは回避出来ない程、突き出しが速いのが特徴。
更に威力も高く、鎧ごと対象をぶち抜くのも容易だ、と教本には書いてあった。
けど、こんなに強力だとは、思わなかった。
霊術は環境と、術者との相性で威力が大きく増減する、という話は間違いじゃなかったんだ。
とにかく、ここからが本番だ。盾が無いなら、魔法も通る! 逆転開始だ!
そう意気込む矢先に、アコースさんが口を開いた。
「貴公。まだ名を聞いていなかった。是非教えて欲しい」
「…ノワ、です」
「貴公、ゴーストであろう? それは貴公の本当の名か。それともその肉体の名か?」
思わず、面食らった。アイドネア様に体を貰い、『ノワ』の名前にも慣れ、この体に愛着も湧いてきた。仲魔達と過ごすうちに自分が『ノワ』である事に、疑問も違和感も持たなくなってきたのに――
まさかこの場で、元の名前を聞かれるとは夢にも思わなかった。
「……ケイ。ケイ=イズモです」
「ケイ=イズモ、か……感謝する。そしてどうか許して欲しい。私は、貴公を侮っていた。未来の同胞とは言え、人間としても戦士としても、ウィザードとしても、何よりアンデッドとしても、未熟な者だと。しかしどうやらそれは、私の度し難い思い違いだったようだ」
「そんな、大袈裟な、」
「否。断じて否。何故ならトゥバルキン師より授かったこの黒狼の盾を、たった一度でもこのように破壊された事は無かったからだ」
「…えっ?」
「貴公が、ケイ=イズモ殿が初めてなのだ。我が盾を打ち破ったのは。我が誇りである盾を打ち砕かれ、それでもなお、貴公を下に見る事など出来ようものか」
「……つまり?」
アコースさんが鎧の胸の装甲部分に手を伸ばし、弄る。
ぎぃん、と音を立てて胸部装甲が左右に割れ、それに連動するように肩の装甲部が展開し――外れる。
大きな音を立てて胸部装甲、肩部装甲、そしてそれに付随するボロボロのマントが地面に放り出された。
「故に――このアコース。今より裁定者としてではなく、一人の戦士ととして、貴公と戦わせてもらう」
それは、まさか――今まで手を抜いていて、これから本気を出すって事?
「いや、その。手を抜いたままで、結構ですよ…」
「…ふっ…」と僅かな呼吸。まるで笑い出すをの堪えるような吐息だった。
しかし、次の瞬間殺気が膨れ上がる!
彼は剣を両手で持つと、僅かに腰を落とす。右肩を突き出し、左肩を引く。
そして水平に持った剣の切っ先を僕に向けるように身構えた。
同時に黒き長剣に、菫色の光が宿る。恐らくそれは、硬化の魔術を利用した魔法付与。
胸と肩の装甲が外れ、盾も持たず軽装にはなったけど――さっきとはプレッシャーがまるで違う!
今僕の目の前にいるのは、僕を試す先輩では無い。
いくつもの修羅場をくぐって来た、歴戦の戦士だ。
短剣を握る手が、グローブの内側がじっとりと汗ばむ。元でも大きな体躯が更に大きく見える気がする。
「――参る」
僕は動揺を振り払えないまま、第二ラウンドが始まった。
***
「霊技――【鎧通し】」
「っ…!」
いきなり霊技か!?
歴戦の戦士達がオーラを込めて放つ必殺の技――それが霊技。
エルザヴェータさんの教訓その三!『霊技は死ぬ気で避けろ』!
アコースさんが動く。
地面を踏み砕き、その反動で大きく踏み込んでくる!
え、速っ――
あのエルザヴェータさんに匹敵する爆速の踏み込み。まるで鎧を着ているのを忘れるかのような鋭い踏み込みに反応が一瞬遅れてしまう。
回避が間に合わず、勢いの乗った右手突きが右肩に掠めた。
ピシリ、とダメージを引き受けてくれた厄除けの指輪にヒビが入る。
「つっ!」
右の外側上腕部で肉を裂かれる痛み。だがそれに構っている暇は無い。
突きの後に流れるように、僕の首を刈る切り払い。
屈んで回避!
すぐに返しの逆袈裟切り!
バックステップ!
剣速がさっきよりも速い! でも、まだ対応出来てる! 僕の方が速い!
アコースは下がった僕に向かい踏み込むと、大きく振りかぶり、渾身の袈裟切りを繰り出す。
――ここだ!
腰から夜空の短剣を引き抜くと姿勢を下げ、アコースさんの懐へと――左の足元へと踏み込む。
それと同時に左手の指で宝石から刀身をなぞり、オーラの刃を展開!
「そこっ!!」
アコースさんの左足の脛を狙い、オーラの刃を薙ぎ払う!
――しかし、僕の一撃が当たる事は無かった。
狙った筈の足が――無い。
視線を上げる。そこに、袈裟切りの勢いを利用し、体を捻り、回転しながら飛び上がった鎧騎士の姿が。
その図体で跳ぶのか…!?
ほんの50センチ程の跳躍。しかし重力と回転で勢いの乗った切り下ろし攻撃は食らったら指輪二個分まとめて壊れる程の威力だと容易に推測出来た。
必死の横っ飛びでそれを回避。
なんて馬鹿力か。剣は地面を叩き砕くと、辺りに破片をばら撒いた。
「っ…!」
その様子にぞっとしながら全速力で後退する。今のに当たって居たら指輪二つどころか、真っ二つになっていたかもしれない。
やっぱり、接近戦は無理だ。勝ち目が見えない!
しかし折角距離を空けても、アコースさんの足がめっぽう速い。さっきのジャンプもそうだったけど、鎧を着ている速度じゃない!
こうしている今も、アコースさんは僕に向けて猛然とダッシュをしてくる。
接近されたら駄目だ! 今は無事でも、いつか捕まる! 距離を保ちつつ、魔法戦に徹底するしかない!
「霊光散弾!」
振り向き、こちらに接近するアコースさんにオーラの散弾を放つ。
先程松明を狙ってばら撒いたモノとは違い、拡散範囲を絞り、十数発のオーラの弾丸を文字通り散弾のように射出。
盾無しでの直撃は危険と判断したのか、アコースさんは魔術の散弾をサイドステップで回避。
しかし――そのオーラの弾丸の内一つが、最後に残った松明を捕らえ、粉砕した。
光源が無くなり、大部屋が暗闇に満たされる。
「むっ…」
「暗き者シェイドよ!」
同時に影の霊術を詠唱。それを阻止すべくアコースさんが距離を詰める! けど、こっちの方が速い!
「蛮勇なる者の背に鋭き闇を!【影潜長槍】!」
体内に巡るオーラが抜き出る感触、同時に黒と紫のシェイドの霊術陣が僕の足下に浮かび上がった。
【影潜長槍】。敵の背後の影から黒い槍を高速で突出させ、対象を背後から貫く霊術。
術者前方の影から攻撃する黒死長槍と違い、相手の死角から攻撃する術で回避が難しい。
はたしてアコースさんは、
背後から高速で突き出された影の槍を、サイドステップで難なく躱した。
背中に目でも付いているのかこの人は!?
この術のいやらしいところは、黒死長槍に比べて霊術陣が発現してから槍を突き出すまでの時間が若干遅いという事。ほんの少しだけ発動にタイムラグがあるのだ。
霊術陣の発生と同時に爆速で飛び出す黒死長槍の速度に慣れていると、発生の遅いせいで回避のタイミングを誤り、背中からグサり――といくらしいのだけど。
この人完全に、回避のタイミングを理解してる!
動揺する僕に、走り込みからの切り下ろしが迫る。
くそっ!
こちらもそれを左にサイドステップで回避。続く右方向への払い切りを後ろの転がり込んで回避。
立ち上がりと同時に後方へと大きく跳躍。
目と鼻の先を強烈な切り下ろしが掠め、地面をえぐった。
鼻先で剣圧を感じてぞっとする。前髪も数本断ち切られているようだった。
「今の術、良く避けられましたね…っ」
「そのように声を上げて術を唱えればな。何の術か分かっていれば対処も容易だ」
そうか…盾に穴を開けたのはアコースが油断していたからだ。でも今は違う。僕の魔法はすっかり警戒され、強力な霊術も、詠唱する段階でどんな魔法を使うのか分かってしまうんだ。
それじゃ、霊術は完全に役に立たない。
だったら――やっぱり、接近戦をするしかないじゃないか…!
でも、絶対に一筋縄ではいかない。そもそも剣の腕で負けているし、あの硬そうな鎧越しに堅実にダメージを与えるにしても、夜空の短剣のオーラの刃では少し役不足かもしれない。
それでも何かを狙うと言うなら――
オーラの刃を展開した上でのカウンター、はどうだ?
そう。例えば――高速の突進攻撃に対して、刺突攻撃によるカウンターを合わせる事が出来たなら――鎧越しにでも充分なダメージを与えられるんじゃないか?
試してみる、価値はある!
「霊光散弾!」
懲りずにオーラの散弾を放ち、距離を取る。
アコースさんはサイドステップで難なく回避するが、構わない。今は兎に角距離を空ける。
誘え! あの霊技を【鎧通し】を! そこに、渾身のカウンターを叩きこむ!
「霊光散弾!」
更に後ろに下がりながら同じ魔術。
アコースさんが回避し、僕は後退する。
二人の距離が離れる。
今だ!
「暗き者シェイドよ!」
距離が空いたのを確認すると詠唱を開始する。
唱える術は【潜影泳鮫】。影の中に潜み、泳ぐ黒い鮫を召還し、数秒間敵にけしかける。
黒い鮫は光の届く所へは移動できず、日の下では殆ど機能しないけど、光源の無くなったこの空間では自由に活動出来る。巨大な鮫による攻撃は凶悪で、初級の影霊術の中でもかなり強力な魔法だ。
欠点は詠唱がやや長く、大きな隙を晒す事。
そう。大きな隙だ。必殺の一撃をぶち込むにはもってこいの。
「影に潜りし巨大な顎と化して――」
「霊技――鎧通し」
アコースさんが霊技の構えを取った!
「地を這う我が敵、その全てを食らい尽くせ!!」
詠唱が完了すると同時にアコースさんが地を蹴った。
脚力の余りの強さに剥き出しの岩盤が砕け、破片を彼の背後に撒き散らす。
エルザヴェータさんの踏み込みに匹敵する恐ろしい突進速度。
黒い刀身を覆うオーラの光が。
剥き出しの殺意を湛えた赤い眼光が。
テールライトが残光を描くように、虚空に赤と紫の光を残す。
今だ!
「潜影!」
と言ったところで発動を破棄。夜空の短剣を構え、アコースさんへと踏み込む!
爆速の踏み込みから、渾身の右手の突きが繰り出される。
臆するな! いけ!
懐に眼前に切っ先が迫る。それを紙一重で内側に掻い潜りながら、短剣からオーラを解き放った!
「ああああっっ!!!」
がら空きになったアコースさんの腹。そこに向けて、渾身の突きを繰り出した!!
――バシンっ。
乾いた布を強く叩いたような、打撃音。
「…え…?」
両手で放った僕の渾身の突き。
それがアコースの左手で外側に振り払われた。
まるで赤子の手を捻るように、あっさりと。
「…あ」
まずい。隙だらけになったのは僕の方だ。速く態勢を立て直さないと。
しかしそれを実行する前に、
アコースさんの剣が僕の胸を突き刺した。
とす、と分厚いステーキにナイフを差し込むかのように、長い刀身が僕の体を貫通する。
ばきんっ、と大きな音を立てて一つ目の厄除けの指輪が砕け散った。
「鎧通しに突きを合わせるとは…貴公のその胆力、やはり魔法使いではなく、戦士のものだ」
僕に剣を突き刺したままアコースさんは賛辞の言葉をくれた。
しかし、その殺気は露程衰えていない。
「しかし――」
僕の腹まで突き入れられた剣の柄を、更に突き込まれる。
バランスを崩し、押し倒されるように仰向けに転がる。
追い打ちとばかりに地面に縫い付けるように剣を突きこまれた。
硬い地面に刀身が易々と食い込み、鳩尾に剣の柄が押し込まれる。地面と剣の柄に体が挟まり潰される。
痛みは――無い。頭が混乱している。
ただ焼かれるような熱と衝撃を腹に感じると、げはぁっ、と血反吐を吐いた。
「貴公の剣は、軽過ぎる」
剣を地面から、僕の体から引き抜く。
びしり、と二つ目の指輪が悲鳴を上げる。
余りの衝撃に、体も脳も動かない。まるで力の抜けた人形のようた。
そんな僕の胸倉ををアコースさんが左手で掴み上げると、剥き出しの岩壁に目掛けて放り投げた。
一瞬の浮遊感。
景色が流れる。
アコースさんとの距離が急速に離れる。
その光景も、岩肌に叩き付けられると同時に暗転した。
前後編続けて投稿します。
後編は本日(2/1)AM9:00投稿予定です。