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Unholy Kingdom -ゴーストになった僕-  作者: 乙×平
第一章 光と影の姉弟
1/11

第一話 不浄の王国

 昔連載していた作品のリニューアル作品です。転生モノでしたが当時は時間ややる気や構成力や筆力や筆力や筆力が不足していて転生前に連載が止まってしまった曰く付きのシリーズです。

 プロットを見直して転生直後からスタートします。もし旧作を読まれた方がいらっしゃるならその延長のお話だと思っても問題ありません。

 長々とすみません。死と魂の物語【Unholy Kingdom】宜しければ最後までお付き合い下さい!


 その首が惜しくば、三つの首を差し出せ。

 さすれば、その拙い命も幾ばくか長らえるであろう。


       『神々の訓示-黄泉神アイドネアの章』



 ***



 山道を人影が駆けていた。

 ざあざあと激しく、煩い雨が降る中、小さな人影は走り続ける。

 ブラウンで統一された衣装にカーキ色の外套と同色のフードを目深に被った背の低い――恐らく子供だ。随分と長い間走り続けたのだろう。息は上がり、地を蹴る足にも力が無い。

 元々人通りが多い場所ではない。最早僻地と言える。山道と言っても整備は殆どされておらず、獣道を人が通りやすいように切り拓いただけのような道だ。傾斜の強さは勿論、油断すれば植物の根に足を取られるてしまう。


 唐突な突風が吹いた。子供の良く手を阻むような逆風。

 フードが外れ、人影の素顔が露になる。


 黒髪の少年だ。

 ぱっちりとした目、顔全体の輪郭はやや丸みを帯び、小顔で堀は浅い。そして少し尖った耳の先端。中性的な顔立ちをしたハーフエルフだ。


 急な強風に顔をしかめていると今度は辺りが強く光る。フラッシュでも炊いたような一瞬の閃光。その正体に勘づいた少年は慌てて両耳を抑え、地面にしゃがみ込んだ。


 腹を揺るがすような轟音が響き渡り、雷光が付近の樹木に直撃した。メキメキと音を立てながら真っ二つに咲かれた樹木が倒れる。


 ちらりと少年が空を見上げれば雲の上からゴロゴロと不穏な音が響いている。気が付けば、強い雨、程度しかなかった降雨が今やバケツをひっくり返したような様相へと変わっていた。少年の体はびしょ濡れで、風雨を凌ぐ筈のマントも何の役にも立っていない。

 

「もうちょっとなんだっ」


 小さな口から零れた声は、丁度声変わり途中の少年の物だ。

 ハーフエルフの少年は下着に染み込んだ雨と汗の感触を気にしている様子は無い。普段なら女子も顔負けするような愛想の良い表情も、今は緊張と、それ以上の固い決意で満ちている。

 雨宿り場所を探している、という訳ではない。そもそもこんな山奥に子供一人で訪れる事が不自然だった。凶悪なモンスターこそ居ないが、この子供一人絶命させるのには野生動物でも十分に事足りる。


 この少年は、それを理解した上でこの場所に居た。


 ぬかるみ始めた地面を再び蹴り、走り出す。

 フードは被り直さない。最早嵐と化した今の天候では無用の長物だと判断したのだろう。しかし、少年の体力も限界が近い。雨に濡れてぬかるんだ地面に、或いは樹木の根に足を取られ、何度も転ぶようになる。雨に体温が奪われ、寒気が全身を支配するようになる。


 全身が、重い。

 雨音と煩いが心音も煩い。ぜえはあという荒い息と共に口から心臓が飛び出るかと少年は思う。

 今はもう山道すらも外れ、ただ山林を歩いていた。枝葉を払う体力は残っていない。強い登坂に、足腰が悲鳴を上げる。

 

 ふと、視界一杯に地面が広がった。

 何度目かの転倒。地面と何度もキスをしたせいで綺麗な顔は泥と擦り傷だらけだった。うっすらと翡翠色の瞳に雨以外の物が滲み、流れる。体力はもう残っていなかった。立ち上がろうとすると生まれたての小鹿野ように手足が力なく震える。


 結論から言うと、気力だけで立ち上がった。

 少年は、どちらかと言うと大人しい性格で、諦めも良い方だった。しかし今、こんな状況になっても彼は前に進もうとしていた。


 そうしなければならない理由があった。


「――あ」


 そして、やっと目的地へと辿り着く。

 山道から外れ、歩く事小一時間。目の前にぽっかりと口を開けるのは洞窟だ。洞窟と言っても、人が十人も入らない程度の大きさだ。多くの人が雨避けには丁度良いと答えるだろう。

 しかしそれを見た瞬間、少年の足は駆け出した。

 体力の限界などとうに超えていた筈だった。それでもふらつきながら少年は洞窟の中へと倒れ込むように侵入し、仄暗い洞窟の奥で鎮座するそれを前に両の掌を組んだ。片膝を突き、雨と泥と涙と汗に濡れて汚れた顔を伏せる。


 稲光が空に何度も走り、洞窟の中を僅かに照らす。


 顔を伏せた少年の前には、一つの像があった。

 一体どれほどの時間が経ったのだろう。人を象ったらしきその石造は劣化が激しく、首から上が存在しない。が、その足元にいくつも存在する鳥類――鴉らしき像と、振り上げられた大鎌が何者なのかを如実に語っていた。


 ここは祠だった。

 今は廃れ、参拝する者も居なくなったが。神を崇め、奉る場だ。


「お願いします。神様。【黄泉神(よみがみ)アイドネア様】。どうか僕の村をお救い下さい」


 額の前に組まれた手が震えていた。


「僕の村は今、得体の知れない病が流行っています。全身が紫色に変色し、血を吐いて死んでしまうのです! 村の医者はお手上げで、旅商人から買い付けた書物を読んでもそのような病は記されておらず、僕らには為す術がありませんっ」


 まるで自身が血を吐くように、少年は語る。


「家畜も殆ど残っていません。つい先日、最後の馬が死んでしまい、近隣の街へ助けを呼ぶ事も難しくなりました。残っているのは雌牛が一頭のみで、それもいつ死んでもおかしくありません」


 小さな故郷を襲った絶望を、理不尽を思い出し、肩が震える。


「僕を含め、症状の軽い者も僅かに、居ます。ですが! もう、どうしようも……っ」


 気が付けば、雷鳴に紛れるように、少年の嗚咽が混じっていた。 


「お願いします! 神様!」


 振り仰いだ少年の泥だらけの顔には、心折れる絶望と、しかしそれに必死で抵抗しようとする悲痛なまでの覚悟が隠れ見えた。


「僕のこの体を! 魂を捧げます! ですからどうか! 僕の村をっ」


 そこで限界が来た。体力的な限界ではない。村の為、村の為、と思ってきた少年が当たり前のように胸の奥で抱えていた想い。

 

 唯一無二の、彼の家族への想いが溢れ出る。


「どうか僕の姉さんを助けて下さい!」



 ***



 気が付けば、見知らぬ天井を見ていた。

 ……お? どこだここ? っていうか、僕、どういう状況だ?

 上体を起こし、ふと足元を見る。

 ……何だこれ?

 僕が横になっていた地面には直径5メートル程の、魔法陣らしき奇妙な紋様が浮かんでいる。魔法陣を取り囲むように設置された蝋燭には青緑色の炎が灯っており、どこからともなく吹き込む柔らかな風に吹かれ、小さく揺らめいた。

 

 何だか、ファンタジーなゲームやマンガで似たようなシチュがあったような。怪しい宗教団体に捕まって生贄にされる一般人みたいな奴。

 どこか寝惚けていた意識が覚醒して危機感を覚える。

 いやほんとどういう状況?


 思わず辺りを見渡した。

 広い空間だ。学校の体育館くらい? 灯りが備え付けられた幾つもの柱が、高い天井を支えている。地面はやや青みがかった暗い石で、柱の明かりを反射して大理石のように滑らかな光沢を放っていた。眼下には只の段差とも言えるような緩く長い階段が伸び、その先にこの部屋の入口らしき仰々しい大きな扉が見える。


 部屋の側面を見る。地面と同じ色の壁から淡い青緑色の光が見えた。

 白と黒のステンドグラスだ。そこからは優しい、碧色(へきしょく)の淡い光が漏れ出しており、暗い石床を薄く青緑色に染めていた。よく見ると柱の足元には香炉らしきお椀状の陶磁器がいくつも設置されていて、辺り一面に薄い煙が立ち上っていた。


 礼拝堂、かな?

 ただひたすらに静謐な空間には息が詰まるような荘厳さと、どこか神秘的なイメージがある。


((いや。そもそもここどこ?))


 思わず呟いた僕の言葉はいつもとどこか違った。

 張りが無い、と言うか、薄い、と言うか。言葉に言い表す事の出来ない違和感がある。

 ……何かふわふわすると言うか、現実感が無い、と言うか。

 意識はしっかりとしている筈なのに、夢の中にいるような感じがする。


((分かった。夢だ。これは夢だ))


「否。夢にあらず。(うつつ)なり」


 どこか古臭く、それでいて荘厳な喋り方をする声だった。

 女の子の声だった。


「まあもっとも、冥府の入口でもあるここが現世(うつしよ)かどうかと問われれば返答に迷うところではあるがのう」


 ふと、荘厳な口調が一転し、悪戯っぽいものになる。

 え? 冥府? 入口?

 寝起きの頭ではどうにも状況についていけない。

 助けを求めるように声がする方向、つまり部屋の奥へと目を向ける。

 その僕の視線を遮るように、柱の陰から誰かが歩み出た。


 縦一直線に金の刺繍が施された、黒いゆったりとしたローブ。

 その下から覗く、スカートのような白い衣装。

 ローブの袖は広く短い。

 そこから露出した二の腕は肌を見せないように包帯が巻かれていた。

 また、病的なまでに細い腕には豪華な金のリストバンドがはめられていて、身分の高い人なのかな、とぼんやりと思ってしまった。

 徐々に視線を上げていくと、頭の上に乗った、五角形状の黒い帽子が目に入る。

 レストランなどでたまに目にする、帽子のように折られたテーブルナプキンを連想するような形だった。


 あ、この服。ファンタジーとかでよく見る神官とか司祭の服装を黒くしたバージョンか。


 と呑気に思いつつ、その神官様だか司祭様の顔が二の腕と同じように包帯で覆われている事に気付いた。

 そして、その包帯の隙間から真っ赤な瞳が覗き、僕を真っすぐに見ている事にも。


 その不気味さに、思わず硬直する。

 こいつは、絶対ヤバイ奴だ。

 いやちょっと待って、そもそもこの状況って、


 厳かな空間。その中央辺りに配置された魔法陣と、その上で目を覚ました僕。

 そして目の前には神官職っぽい人(闇堕ち済み+人外の気配)。

 そして謎の女の子の声は、ここは冥府の入口とか言っていた。


 あれ? 僕って、目の前のこいつの生贄が何か?


 そいつが口を開けた。

 包帯の隙間から覗くそいつの口は干からびたようにカサカサで、


 ギイイイィィイッッッ、と喉の奥から掠れた、身の毛がよだつようなおぞましい声を上げた!


((ひっ))


 逃げないとっ、食われる!

 パニック状態になった僕は後退り、立ち上がろうとする。 

 が、腰が抜けてしまったのか、体が上手く動かせない!

 何だっ、この、地に足がついていないような感覚!? まるで自分の身体じゃないみたいな、


 視界が暗くなる。

 悪意とも殺気とも思えるような嫌な気配を、すぐ傍で感じた。

 

 世界から、音が消える。

 心臓の音すら聞こえない。

 地に足がついていないような感覚が、ずっと消えない。

 これは夢なのだと、思うくらい。


 そうして、恐る恐る。ホラー映画の被害者がそうするように。

 

 ゆっくりと僕は顔を上げると、


 大口を開けたそいつが、僕に勢いよく食らいついた!


((うわあああぁぁぁぁぁっっ!!))


 頭を咄嗟に両腕で庇う。無駄だとは思うけど、せめてもの抵抗だった。


((…?))


 だがしかし。怯え、震え、うずくまる事数秒。恐れていたその瞬間は未だに訪れない。

 訳が分からず困惑していると、「くっくっく…」堪えるような笑い声が聞こえた。


「あーっはっはっはっ! 良い見世物だったのう!」

「くすくすっ。本当ねぇ。アタシ、こういうのあまり好きじゃないけど。ケイちゃんが可愛いからつい悪乗りしちゃったわ♪」


((え))


 思わず顔を上げる。さっきまで僕を脅かしていた殺気や悪意は最早微塵も感じられない。

 目に映ったのはさっきのダークカラーの神官様と、初めて見る女の子がハイタッチをしている光景だ。

 まあ女の子の背が低いせいで女の子が思いっきりジャンプしてのハイタッチになっていたけど。

 そして二人してしてやったりという顔をしながら僕をニヤニヤと見るのだ。


 ……いや、未だに状況は理解出来ないままだけど。

 何一つ解決になってないけど。

 この二人にからかわれたという事だけは分かった。


((あの。宜しければ説明をお願いできますか? 何が何やら))


「そうじゃのう。じゃがその前に」


 さっきから古風な喋り方をする女の子が僕の方へと歩み寄る。

 

 小さくて可愛らしい子だ。小学生か中学生くらいに見える。

 が、少し変わった格好をしていた。


 菫色の短い髪には銀の頭冠ティアラ

 その後側から薄紫色のヴェールが長髪のように垂れ下がり、風を受けたように僅かに靡く。 

 成長途中の少女の肢体を包むのは野暮ったいローブではなくセパレート型の衣装だ。

 肩口と胸元を覆う、脇が見えそうになるほど丈の短いミニケープと、臍が見えるほど丈の短いビスチェ。

 二の腕には某同人弾幕STGに登場する巫女がしているような超末広がりの付け袖。

 更に手首には金のリングを三つ連ねたブレスレット。

 ボトムスにはフリル付きの黒いロングスカートを着用。

 その裾からはミュールを履いた小さな足が覗いていた。

 右手には彼女の身の丈を優に超える大鎌。


 黒い衣装と相まって、少女の姿は死神を連想させるけど。

 それにしてもチラ見えする脇や丸出しのお臍など露出は高い。『死神風踊り子』と言った方がしっくり来る。


 少女が大鎌の石突き(刃が付いて無い方の棒の先端)で床を打つ。

 刃の根元辺りに、錫杖のように連なった三連の金のリングが、しゃらん、と不思議な音を奏でた。


「挨拶の代わりじゃ、ワシの事、そしてお主自身の事、どこまで覚えてるか話してみい」


 いやどこまで覚えてるか、って、人を記憶喪失みたいに。

 僕は回り始めてきた脳みそを更に回転させ、記憶を掘り起こす。


 ((僕は……ケイ。出雲景(いずもけい)。日本在住の高校生です。……確か家族は、両親と僕の三人家族。いじめの経験もあるし、友達も多くは無いですね。人よりも霊感が強くて、たまーに幽霊が見えたりしますが、それ以外は普通の学生です))


 いやそれ普通か? 

 心の中でつい自嘲気味に自問自答してしまう。 


「ふむ。ワシの事は覚えておるか?」


 少女が距離を詰める――って近いんですが。

 密着距離で上目遣いで見上げてくる少女。

 ふっくらのほっぺ。やや釣り目の童顔。エルフのように、細く尖った耳。

 そんな愛らしい少女の顔。

 しかしその中でも、特徴的なのは左右で違う色をした瞳だ。

 右目は澄んだ海のような青い色をしているのに対し、左目は真っ赤な血の色をしている。更に真っ赤な瞳の中にあるのは獣のような縦長瞳孔だ。瞳の色と合わせて、左目だけならまるで悪魔のような印象を受ける。まるで天使と悪魔を同居させているようなイメージだ。

 

 ええと。どこかで見た事があるような。

 ロリエルフで青と赤のオッドアイ。現実世界では勿論の事、仮に夢の中で会ったとしてもそうそう忘れる事はないだろう。


((う~ん))


 僕が顎に手を当てて考えていると少女の顔が徐々に不愉快そうに歪んでいき、


「あのなぁ。頭が高い。頭を下げんか」


 少女はジト目をしながら、大鎌を片手で軽やかに翻した。


((づあっ!?))


 突如頭頂部を襲う痛みに思わず頭を抱えて悶絶。

 少女が鎌の石突きで僕の頭を叩いたのだ。


((くおおおおおおおっ!))


 座り込み、思わず涙目になりながら情けない声を上げてしまう。

 

「かっかっかっ。ショック療法じゃ。これで思い出すじゃろう」


 対照的に女の子は歯をむき出しにしながらニヤニヤと笑っている。

 いやこの子、結構容赦無いな! それに妙に態度が偉そうだし。もしかして、偉い人か?

 でも、どうしても思い出せない。確かに何処かであった気はするのだ。でも何処でどういう風に会ったかが全然思い出せない。


「ふむ。思い出せぬか?」


 痛みで伏せていた顔を上げる。

 まさに眼前。互いの吐息が掛かるほど直ぐ近くに、少女の顔があった。

 青い人間の瞳と、紅い人外の瞳。

 神々しさと禍々しさを同居させたような一対の瞳に、吸い込まれそうな気がした。


 この特徴的な瞳は、やっぱり知っている。


((黄泉神(よみがみ)、アイドネア様))


 喉元まで出掛かっていた彼女の名前が、やっと出てきた。

 そうだ、確か、そんな名前だった筈だ。


 僕が答えると少女――アイドネア様はいつも通り、顔に似合わない不敵な笑みを作り、立ち上がる。


「ほぅ、思い出してきたようだのぅ」


((はい。でも名前だけです))


「まあ、構わんて。ワシら顔を合わせたのもほんのひと時の間じゃ。名前を思い出しただけでも十分よ」


((はあ。有難うございます?))


 でも何となく状況が掴めて来た。

 僕は今、故郷の日本とは違うどこか別の場所、異世界? にいるらしい。


 ははぁ。転生トラックにでも跳ねられたか。

 なんて自嘲気味に笑う。まあ、現世に対し未練は無い。と思う。友達も全然居なかったし、やりたい事も見つからず、延々と繰り返される高校生活に自分の価値も人生の目的も見付ける事は出来なかった。


 その筈だ。うん。心残りは無い。

 強いて言うなら遺してきた父さん母さんが気掛かりな事、か。僕にとっては別に好きでも嫌いでも無い両親だけど。あの人達は、自分よりも先に死んでしまった子供をさぞ悲しんでいる事だろう。

 しかし、ちょっと現実感湧かないな。


「じゃが……まあ、改めて名乗っておくかの」 


 大鎌を翻し、石突きが蒼い地を打つ。三つ連なった金のリングがシャラン、とどこか耳心地の良い音を奏でる。


「我が名はアイドネア。死と魂と奈落を司る六注神が一。黄泉神アイドネアである!」

「ははー」

 隣に佇んでいたミイラが仰々しく、でもわざとらしく少女に平伏する。少女は気分が良いのか絵に描いたようなドヤ顔だった。

 アイドネア様、死神のような恰好をしているけど、実際は只の死神よりも偉い神様なのかな。六注神とか言ってたし。


「……むぅ。反応が薄いのう」


 ジトり、と可愛い顔がむくれっ面に代わる。


「まあまあ。ケイちゃん、異世界の子なんでしょ? この世界の事もそうだし、神様の事だって分からなくても不思議じゃないわ」


((その辺りの事、説明して頂けると助かるんですが。))


「長くなるからそれは追々、ね。それじゃ、アタシも自己紹介しておこうからしら」


 包帯ぐるぐる巻きの黒い神官――さっき僕を襲おうとした奴だ。

 っていうか何こいつ。こんな喋り方なのに声はどう聴いてもオッサンなんだけど。

 オカマじゃん。キモいんだけど。


「アタシはセティ。大神官としてアイドネア様の補佐を務めているわ。宜しくねケイちゃん♪」


 シナを作るなシナを!

 とても立派そうな肩書と服を着てるのにやたらとクネクネしながら話をするセティさん。

 これ、オネエ系だ。切れたら男言葉になって狂暴になる奴だ。


「ちなみにこやつはキングマミーという奴でな。まあ性格はあれじゃが力も強い。名実共にワシの右腕と言った所じゃ」 


((え、キングマミーって、アンデッドじゃん。キモ。))

 

 包帯から覗いた真っ赤な目や、カサカサになった口の中を思い出す。

 だってミイラだよ。ゲームやマンガで出てくる、ゾンビやスケルトンとかゴーストとかの仲間だ。


「え? ちょっと、ケイちゃんどうして引くの!? アタシ怖くないわよ!? さっきは怖がらせちゃったけど普段は優しいお姉さんだからね!?」


((いや、怖くないです。キモいです))


 半分は嘘だった。さっきの僕を怖がらせたのが演技だと分かっていても、普通の人間である僕とは完全に異質な存在だ。

 怖いに決まってる。


 しかし、今更だけど、セティさんのような存在が居るって事は、やっぱりここはもう日本ではないのだろう。


((ここは、異世界なんですね?))


「そうじゃ。ここはお主が居た世界では無い。ここは【デューミリア】。お主の居た世界と違う。人間は飽きずに戦争を繰り返し、魔法とモンスターが存在する世界じゃ」


((モンスター、か))


 無意識にセティさんを盗み見る。

 視線に気付いた彼(彼女?)は真っ赤な目を^^の形にして「怖くないわよ~♪」と両手を振る。

 うん。良い人っぽい。けどその異質さは消えない。


「ふぅむ。ケイよ、人外の存在が恐ろしいか?」


((そりゃ、まあ、僕の世界には幽霊くらいしかいませんでしたし。それも人に危害を加える事なんて在るのか無いのか分からないくらいでしたから))


 白状するとアイドネア様とセティさんは顔を見合わせた。


「あの。ケイちゃん? ちょっと言い難いんだけど」


 セティさんがおずおずと話しかけてくる。 


((はい?))


「ケイちゃんだって今はアタシ達アンデッドのお仲間だからね?」


((え))


「ケイよ。お主、肝心な事を忘れておるぞ」


((肝心な事?))


「自分の体、良く見てみなさいよ?」


 セティさん言われて視線を落とす。

 上はベージュ色のタートルネックセーター。下はシンプルなジーンズ。

 スニーカーを履いてモッズコートを羽織った、冬用の外行き服だ。

 別におかしな所は無いと思うんだけど――あ。


((僕の体、透けてるんですけど))


 体の下の地面が見える。灯りに手をかざすと手が見えなくなるくらい、()い。


 いや、頭のどこかで理解はしていたと思う。

 地に足がついていないような感覚。

 ずっと聞こえない自分の心臓の音。

 張りの薄い、僕の声。


「お主はとっくに死んでおるぞ? 今や立派な死霊じゃな」


 いや、死んでいる事には気付いていたけど。

 何となくそうなんだろうな、とは思ったけど!


((えぇ!? 僕、死んだままなのー!?))



 ***



 いや普通転生モノってさ、異世界で新しい肉体が合って生前の記憶を受け継いだまま第二の人生が始まるのが普通だよね。それがまさか死んだままでのスタートとは、恐れ入った。っていうか凹む。

 

((あの。アイドネア様? 一つ聞きたいんですが。))


「おう。何でも言うてみぃ」


((この世界に僕が来た際に、アイドネア様からチート的な能力。つまり何か特別な力を授かったりしていますか?))


 僕の言葉にアイドネア様は露骨に眉を顰める。声に出さなくても表情を見れば分かる。「何を甘ったれた事を言ってんのコイツ?」って顔をしていた。


「たわけ。甘えた事を言うでない」


 やっぱりね。


「貴様は今や只の死霊と何ら変わらん。異世界より来た、というだけじゃ」


 へぇ。チートも無しの死んだままスタートって事。

 さしずめ今の僕は『種族ゴースト。レベル1』ってとこか。

 何それ笑えるんだけど。


((帰っても良いですか?))


「帰れるものなら帰ってみぃ。ワシは手伝わぬぞ?」


「そもそも幽霊のまま帰ったとして、向こうのケイちゃんの世界で何か出来るものなの?」


 仮に何か出来たとして、心霊写真を量産するくらいじゃないかな。


((逆に聞きますけど、今のクソ雑魚ナメクジみたいな僕に、ここで何が出来るっていうんですか? さっきも言いましたけど生前は只の学生ですよ? 平和な国ですから人と殺し合う事は勿論、殴り合いだってした事もありません。こんな僕に何が出来るって言うんです?))



「お主にしか出来ぬ事がある」



 はっきりと、少女の姿をした神は言った。

 嘘を吐いているようには見えない。青と赤、神と魔を宿した愛らしい瞳には疑いようの無い真摯な表情が宿っていた。


「ワシにも出来ぬ事が、お主には出来る。まぁ正確に言えば、異世界から来た者にしか出来ぬ事、かのぅ」


((それって一体どんな…))


「ちょっとややこしい話になるのよ。だからそれも追々、ね♪」

「案ずるなケイよ。お主の力が必要なのは事実じゃよ。じゃが、その前に我が聖域を軽く案内しよう」


 過大評価し過ぎじゃないの? という疑問だが不安だかよくわからない物で心が満たされる。少なくとも僕は、異世界の神様の期待に応えられるような大層な人間じゃない。

 能力的にも、性格的にもだ。 


 だけどそんな僕の心境なんて構わずアイドネア様とセティさんは扉に向かって歩き出す。


 僕も覚束ない足取りで、二人の後に付いていく。

 あれ? 霊体、だよね。今のこの体。普通に地面歩いてる。生身の体で歩く感覚とは違って、踏み締める感触は薄い。その代わりに足裏が地面にやんわりと吸いつくような感触がある。

 体もやけに軽い。試しに軽く地を蹴ってみるとフワリと体が宙に浮いた。まるで水の中にいるような浮遊感。そして水の中ほど抵抗は感じない。これはあれだ。夢の中で空を飛ぶ感覚に似てる気がする。


 いやでもこれ、降りるのどうするんだ。浮いてるのも悪くないんだけど地に足が付いて無いと落ち着かないだよ。歩きたいんだけど。


 なんて思った瞬間、地面に足が吸い付いた。

 思わず、お、と声を上げてしまう。

 扉に向かって歩き、気が向いたら浮遊する。浮遊した状態で前進したい、と思えば音も立てず透けた体は前に進んだ。


 何これ面白いんだけど。


「ほう」

「へえ、やるじゃないの」


 扉の前に到着していた二人が感嘆の声を上げていた。


「お主実は以前にも死んだ事があるのではないか?」


((いや無いですから))


「にしては初めての霊体でもかなり自由に動けてるじゃない。普通は混乱してグルグル回ったり、怯えて固まったりするものなのにねぇ」


 幽霊初心者はグルグル回るのか。


「どうやらワシの見込んだ通り、将来有望のようじゃな」


((買い被り過ぎですよ))


 宙に浮きながら、照れ隠しにそっぽを向く。


「それはどうじゃろうなぁ?」


「ふふっ。ケイちゃんってば照れちゃって可愛ぃい~♪」

  

 ニヤニヤ顔の神様とクネクネするミイラ。まるで井戸端会議中の主婦様方にひっ捕まって弄り倒されてるような気分だった。いやほんと勘弁して欲しい。転生した事も、死んだ事も、現実感は無いけどショックと言えばショックだ。正直心の整理をする為に暫く一人にさせて欲しい。

 

 ――そう言えば、僕、どうやって死んだんだ? 死ぬ前後の記憶がすっぽり抜けてる気がするんだけど。


((神様? 僕、何が原因で死んだんですか? 全然思い出せないんですけど))


 アイドネア様の表情が、陰る。


「無理に思い出す必要もなかろう」


 小さく言い放つと、扉を小さな手で空ける。右手を軽く添えただけで全高三メートル以上の巨大な石? の扉が重い音を立てながら真っ二つに割れ、左右に開いていく。すごい。めっちゃファンタジーしてる。こんなの見たら語彙力が無くなる。


「死因だけで言えば――そうじゃのう。凍死と…それから腹部からの出血死じゃな」


 何それ恐い。っていうかどんな状況でそうなるのさ。

 そもそも日本で凍死って。いや、確かに東北の、それも山に近い場所に住んでたけど。凍死なんて真冬の海に飛び込むくらいしかぱっと方法が思いつかないんだけど。それに加えて腹部の出血って、どんなだ。


「惨たらしく。そしてどこまでも愚かな死じゃったな」


 神様を先頭に、僕とセティさんが並んで神様の後に続いて歩く。

 気のせいだろうか。呟くように言った神様の声はどこか悲しく、そしてそれ以上に僕に対しての憤りを感じた。いやもう明らかに全身から怒ってますよオーラが出ている。何ならそのおこオーラが視える。

 こう、赤紫色の煙とも光とも言えないものが無音で立ち上っている。

 思わずぎょっとして隣を歩いていたオカマミーに助けるように目を向けた。オカマミーはやれやれと言った様子で肩を竦め、

 

「そう言えばケイちゃん。ここがどこだか分かる?」


 僕は歩きながら辺りを見回した。

 大きな通路だ。ぱっと見、広場かと思うほど広く、そして天井が高い。大きな柱が散在し、柱には碧色の炎を灯した燭台が備え付けてあった。ふと後ろを振り返ると扉の脇には帯刀した軽装の衛兵らしき人が二人、片膝を付き、神様へと頭を下げていた。


 特徴的なのはオオカミ(犬?)の頭を模した黒いヘルメットだろうか。チェインメイルの上から黒いショートマントを羽織り、腕には金の手甲(ガントレット)。足にはグラディエーターサンダルを履いていた。剥き出しの上腕や二の足にはマッチョマニア垂涎ものの筋肉が見え、思わず「おぉ…」と声が漏れる。カッコいいし強そうだ。


 周りを見渡せば似たような恰好をした衛兵が同じようにアイドネア様に頭を下げている。いや、他にもオカマミーのような神官職らしき人も居て、皆一様にして先を歩く神様に頭を下げている。中には神様の姿を見て感激の声を上げて平伏する人まで存在した。


((神殿、ですか?))


「そう。ここは地下王国シェアルの中央に存在する大神殿。我らがアイドネア様を奉る、この世界で最大の神殿であり、アイドネア様が住まう御寝所でもあるの」


 成程さっきの広い部屋は、神様の寝床か。

 立派な建物だし、平伏する人々の様子を見ればアイドネア様がどれだけのカリスマを持っているかよそ者の僕でも理解出来る。

 っていうか僕メチャクチャ浮いてるじゃん。場違いにも程がある。ここに居る皆は神様とついでにオカマミーに頭を下げてるんだろうけど、二人と一緒に歩いてる身としては僕にも頭を下げてるような錯覚を受ける。自意識過剰かなぁ?


「そわそわしてないで、堂々としてればいいのよ」


 動揺する僕を見兼ねたんだろう。

 小声で。でも人を安心させるような、優しい声でオカマミーがそっと僕に耳打ちした。

 え。メチャクチャ優しいんだけど。ちょっとキュンとしたんだけど。

 僕が思わず横を歩くミイラを見上げるとパチン♪と、とびっきりキモいウィンクをくれた。

 ……いや、そういうところだよ。セティさん。ほんとなんでオカマなの……

 

 なんて事をしてる間に入口へと近づいてきたらしい。

 視界の先から、光が漏れてくる。

 光? 地下、だとさっき聞いた。地下王国って。それなのに進む先からは目を細めたくなるような光が差し込んでいる。当たり前だけど太陽の光じゃない。陽の光よりも碧く、優しい光だった。


 僕達はその光に足を踏み込み、神殿の外へと出た。


 眩しい。神殿の中にも灯りはあったが、外はそれとは比べ物にならない程明るい。驚いた僕は思わず目を閉じ、ゆっくりと、恐る恐る開いていく。



 そして、驚愕した。


 

((え? 広い――いや何だこの広さっ?)) 


 地下王国と聞いて、正直ピンと来なかった。少なくとも僕が知っているアニメやゲームで同じ、或いは似たような物を見た事が無かったからだ。でも、これは――


 眼下を除けば壮大な景色が目に映る。

 神殿は小高い丘に建てられおり、正面に城下町らしきものが見える。大通りを中心に網目状に路地が広がり、木材ではなく石材で作られているらしい、白い家屋が敷き詰められるように建てられている。大通りには露店を始めとして色んなお店があるらしい。大勢の人が集まりひしめいている。ちょっとした城下町だ。いや。ちょっとした(・・・・・・)だって? とんでもない。一体何人いるんだ? 都内の某スクランブル交差点とか、某府内の祭りレベルじゃないのか?


 そして遥か遠方には巨大な城壁が街を取り囲むように存在している。その外側には森林が広がりその向こうには――何があるのか良く見えない。

 

 あまりに壮大で壮観な光景。

 そしてそれを更に助長するかのように、頭上から降り注ぐ光。


 街の遥か上方、大きく振り仰げば、それが見える。



「碧い、月…?」


 碧く輝くまん丸の球体。

 それが、広大な地下空間を照らす光の正体だった。


 太陽光ほど明るくは無く、しかし夜の月ほど暗くもない。

 青緑色の、包み込むような優しさを持った、不思議な光だ。


 思わず、吸い寄せられるように。

 馬鹿みたいに見上げてしまう。


 この光は、凄い。太陽の光のように、温かさを感じる。

 眼下の壮観な景色よりも、頭の上に浮かぶ碧い月一つの方がよっぽど素晴らしく、偉大な物に思えた。


 あれは一体、何だ?


「【篝月(かがりづき)】じゃ」


((【篝月(かがりづき)】…?))


「黄泉神アイドネア様、或いはその力の象徴よ。あの月、そしてそこから注ぐ光自体が力を帯びているの。膨大な力よ。ここに住むアンデッド達全てが、飢えずに済むくらいは、ね」 


((そうですか……))


 ん? アンデッド達全て?

 僕が間抜け顔を晒しているとセティさんが呆れたように目を丸くした。


「ケイちゃん? ひょっとして気付いてないのかしら? アタシとアナタ以外にもアンデッド沢山居るわよ?」


((えっ))


 慌てて辺りを見渡す。

 ホントだ。オカマミーみたいに包帯グルグルの人もいれば明らかに骨だけの人もいる。肌が緑色の人も居るんだけど。あれスケルトンとゾンビか?


 しかも驚くべき事にそんな、見た目明らかなアンデッドなモンスター達と普通の人間っぽそうな人達が一緒に生活をしている。露店を開いている肌色のヤバいゾンビな店員さんと綺麗なエルフのお姉さんが談笑しているのが見えるし、恰幅のいいおば様が武装したスケルトンと笑い合っているのも見えた。


 僕や神様を取り囲み崇める人達の中にも、人間に混じって骨やら死体っぽい人達が大勢居る。いや、むしろ――


((アンデッドの方が、多い…?))


 思わず呟きが漏れた瞬間、今まで街を見下ろしていたアイドネア様が振り向いた。大鎌を翻し、石突きで地を打つ。シャランという音と共に神様の姿にどよめいていた民が一斉に口をつぐんだ。


「ようこそ異界から来た少年よ!」


 こちらを向いた少女の姿をした黄泉の神。銀のティアラから伸びた二枚の長いヴェールが幼顔を隠し、その表情は窺い知る事は出来ない。


「ここは不死者が集いし我が聖地!」


 けれど、高らかに声を上げる神様は狂気すら感じる程、嬉しそうだ。


「不浄なる王国、シェアルである!」


 醜く、汚らわしいとされるアンデッド達を――そう、まるで我が子を自慢する母のような姿にも見えた。


「彷徨える哀れな死霊よ! 我は、いや、我らは! 其方が汚らわしいアンデッドである限り、心から歓迎しよう!」


 その神の声がまさしく天啓であるように。


 僕の体は、魂は打ち震えた。



読了お疲れ様でした。宜しければ今後もお付き合い下さい。

次回は1/8(水)の8:00に投稿予定です。

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