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ステラクロス   作者: 蒼井 奏
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ACT,1 旅の始まり①



 小さな村の古びた買い取り屋さん。そこに、お客さんは一人もいない。

 でも、かえって都合がいい。

 わたしは背伸びをし、少し高めに設置された木製のカウンター上に取り外したばかりのアクセサリーを数点置いた。ことことっとした音に反応し、店主と思しき老婆が上から顔を覗かせる。


「あの……これを買って下さい……」


 買い取りを済ませてお店を出ると、百万Zt(ゼルツ)というお金が手に入った。たかが百枚の紙束である。

 これで何が買えるんだろう?

 これで紅国こうこくガストニアまで行けるのかな?

 てかこれ……どうやって使うの?

 産まれて十五年目にして初めて手にしたお金を前に不安は募る。しかし、これしきのことで立ち止まるわけにはいかない。

 わたしはそれをぐっと握りしめ、まずは服屋に入った。何日かかるかもわからない旅に薄汚れたドレスじゃ怪しまれるし、王女という身分を悟られるわけにはいかない。

 とにかく地味にしなくちゃ。と、わたしの要望に応じて店主のおばさんが差し出してきたのは、生成りのフード付き膝丈ワンピース。(

 うぐっ……。これでもわたし、十五なんですけど……。

 一瞬手を引っ込めそうになったが、年のわりに低身長(145……ー2cm)で、小柄なわたしに似合いそうなのはこれくらいだった。

 念のため、ということで一応試着(悪足掻き)もさせてもらったが、オーダーメイドですかと疑いたくなるほどにピッタリサイズ。わたしは深い溜め息を吐き、そのうち大きくなるさ、と願いを込めてお金を渡した。


「…………」


 紙幣を扇形に広げ、両眼を見開くおばさん。彼女はお金を持ったまま呆然とした顔をわたしに向け、突然奇声を上げた。


「うひゃぁーーー! お、おったまげたぁ!!」


 おばさんは両手を挙げ、ドスンと尻餅を付いた。その拍子に受け取った百枚の紙束が宙を舞い、ひらひらと頭上に落ちてくる。わたしはその中の一枚を取って宙に透かした。

 やっぱり、こんな紙っぺらで買い物なんかできるはずなかったか。

 紙幣に描かれた偉そうなおじさんを指ではじく。すると眼下の机に手がかかり、おばさんがどっこしょと言って立ち上がった。


「あんた、なーに考えてんだべ? こんな大金出されても、おばさん困っちまうよぉ。ドッキリなら他所の店でやっとくれ」


 集めた紙幣をわたしの掌に押し付け、シッシッと店から追い出そうとする。

 もちろんドッキリを仕掛けたつもりは毛頭ない。わたしはお札を胸に抱き、大真面目に言った。


「わ、わたし、お金を使ったことがないんです……。よかったらその……使い方を教えてくれませんか……?」


「………はあ? 何だってぇ??」


 方耳に手を当て、バカにしたように訊き返す。

 プチッと込み上げて来る怒り。しかし、ここで声を荒げるわけにはいかない。

 わたしはぐぐっと怒り沈め、適当な与太話を開始した。するとどうだろう。同情したおばさんは涙を浮かべ、お金の使い方以外にもいろいろとレクチャーしてくれたではないか。

 帰り際、改めて服のお代千Zt(ゼルツ)を支払い、九十九万九千Zt(ゼルツ)が手元に残った。


「きぃつけてなぁ」


 振り返ると、おばさんはお店の入り口で手を振っていた。わたしはありがとうを言って手を振り返す。いやはや、良い人に出会ったものだ。

 しっかしあれだな――継母に苛められて屋根裏部屋から一度も出してもらえなかった――なんて超有名な物語からぱくった話しをああも簡単に信じてくれるとは……これは使える。

 わたしはにやりとほくそ笑んだ。

 そこから更に武器屋と道具屋に立ち寄り、最低限必要そうなものを見繕った。二度、三度と繰り返せば、買い物なんてちょろいちょろい。

 こうして最後にやってきたのは乗合馬車の停留所。といっても、目印は腐りかけた木が地面に刺さっているだけで、乗り合わせる人もいなさそうだ。


「お嬢ちゃん、家出じゃないだろうね?」


 五十そこそこといった立派な口髭を蓄えたおじさんが顔を覗き込んでくる。わたしは真新しいフードを被ったまま、小さな声で、でもハッキリと答えた。


「家出じゃありません。追い出されたんです」


 それだけ言うと、おじさんは片手を上げて首を横に振った。もう何も言うな、ということか。おそらくは違った意味に捉えたのだろうが、深くは気にしない。むしろ計画通りである。

 程なくして馬車は出発した。

 わたしは軋む窓を開け、遠ざかる故郷を眺めた。平野の先に聳え立つ山々。それを越えたところにあるのがわたしの産まれ育った国。でも今は………。

 ギュッと唇を噛み締めるのと同時に風でフードが脱げ、銀色の長い髪がばさりと靡く。

 わたしは雲一つない空を見上げた。


「みんな……絶対に元に戻してあげるからね……」


 ポツリと呟いた言葉は誰の耳に届くわけでもなく、春の風に溶け込み、消えた。 



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