B・G『何物』(ベタ・ギャグ)
○夕餉の支度……
「トントントントントントントントン、あら、健一お帰り。どうしたの? 早かったわね」
「今日は部活急になくなっちゃってさ」
「あらそう。トントントントン……」
「晩ごはん何?」
「カレーよ」
「やったね」
「美味しくつくるからね~。トントントントン……」
「わーい」
「トントン、そういえばテスト返って来たんじゃないの?」
「いや……まだだけど」
「そう? ちゃんと見せなさいよ」
「わかってるってば。ねえ」
「トントン、ん? なんか言った?」
「晩ごはん何?」
「カレーよ、トントントントン……」
「やったー、じゃあ外で遊んで来るね」
「宿題あるんじゃないのっ、まったく。トントントントン……」
「ただいまー」
「トントン、あら、美絵。そろばんもう終わったの?」
「うん、今日は早上がりだって、先生急用らしいよ」
「そう」
「晩ごはん何?」
「カレーよ」
「わーい」
「楽しみにしてなさいよ」
「うん。じゃあお散歩いっちゃおっかな~」
「あら珍しい」
「今日早く帰っちゃったからやることないし。シナモンは?」
「さあ、いつも匂いにつられてキッチンに来るんだけど、きっとリビングで寝てるんだわ」
「ああソファか。じゃあ行ってくるから」
「うん、お願いね」
「晩ごはんまでには戻ってくるから。今日晩ごはん何?」
「カレーよ」
「じゃあいってきます」
「はーい。トントントントン……」
○
「トントントントン……」
「ピンポーン」
「トントン。あれ? 誰かしら、はーい……どちら様でしょうか」
「新聞代を徴収にお伺いしました」
「ああ、ガチャ。ちょっと待っててくださいね」
「ええ……」
「ええと新聞代新聞代と、あった……ごめんなさいねエプロン姿で」
「いえいえ」
「中に入ってるから」
「はい、いただきました。領収書出すのでお待ちください」
「はーい」
「今日晩ごはん何ですか?」
「カレーよ」
「わー、いいですね~」
「お兄さん実家暮らしなの?」
「最近家出ちゃって、家庭料理が懐かしくなりましたよ」
「へえ、出たんだ。でも近所なんでしょ」
「まあ歩いて帰れるくらい近いですけどね~」
「じゃあご飯だけ食べに行ったらいいんじゃないの?」
「いやいやなかなか……」
「それもそうよね」
「お腹空いて来ちゃいましたよ。今日晩ごはん何ですか?」
「カレーよ」
「へ~、美味しそうだな~、僕も実家に食べに行こうかな」
「そうするといいわよ」
「はい、こちらが領収書ですね、じゃあありがとうございました」
「はーい、こちらこそ~」
○
「ジャージャージャー……あれ健一、帰って来たんだ」
「うん、みんな塾だってさ」
「そうよ、来年受験なんだし、早く宿題しなさい」
「はーい。晩ごはん何?」
「カレーよ」
「いい匂いだー」
「炒めてるところよ」
「うーん美味しそう。晩ごはんなんだっけ?」
「カレーよ」
「ああ、早く出来ないかな~」
「宿題をなさい、いっつも後回しなんだから」
「わかったよ。晩ごはん何?」
「カレーよ」
「わーい、やったー」
「炒めてるところ。ちゃんと宿題しなさいよ」
「はーい。晩ごはん何?」
「カレーよ」
「やったね! カレー大好き」
「美味しく作るからね~」
「晩ごはん何?」
「カレーよ」
「やったー」
「もう炒めおわったから、あとは煮込むだけよ、ジュ―――」
「晩ごはん何?」
「カレーよ」
「やったー、じゃあ宿題してくるね」
「そうそう、偉いわよ」
「ただいまー」
「美絵おかえり、ちゃんとお散歩できたの?」
「うん、シナモンも喜んでたよ」
「そう、それは良かったわ」
「晩ごはん何?」
「カレーよ」
「わーい。あ~、お腹空いちゃったなー。晩ごはんまで暇だな~」
「宿題しなさい」
「えー、ご飯のあとでいいって」
「も~う」
「晩ごはん何?」
「カレーよ」
「やったー大好物」
「今煮込んでるのよ、そろそろ沸騰してきたわ、グツグツグツグツ……」
「よし、リビングでシナモンと遊んでよう」
「ご飯のあとに宿題しなさいよ」
「わかってるって、お風呂のあとね」
「も~、ダメな子ね。後回しばっかりじゃない」
「だって~。それよりお腹減った。晩ごはん何?」
「カレーよ」
「わーい、楽しみ~」
「グツグツグツグツ……しっかり煮込んで味を染み込ませないと」
「よーし、シナモーン。あ、来た来た」
「美絵とあんまり遊べてないからたっぷり遊んであげて」
「うん。晩ごはん何?」
「カレーよ」
「やった。あ、シナモン」
「ワォン」
「カレーよ」
「ワォン」
「晩ごはん何?」
「カレーよ」
「やったー」
「ワォン」
「カレーよ」
「じゃあリビングで遊んでくるね。晩ごはん何?」
「カレーよ」
○
「グツグツグツグツ……あらアナタお帰りなさい。早かったわね」
「ああ、今日は定時で上がれたよ」
「そう、お疲れ様です。まだ出来てないけど待っててくれる」
「ああ。晩飯は何だ?」
「カレーよ」
「おおー、テンション上がるな」
「も~。子供みたいね」
「ははは、もう40越えたオッサンだけどな」
「グツグツグツグツ……今煮込んでるからもう少し待っててね」
「ああ。晩ごはん何だ?」
「カレーよ」
「おお、うまそうだな」
「今煮込んでるからね」
「晩ごはん何だ?」
「カレーよ」
「おお、うまそうだな」
「グツグツグツグツ……今煮込んでいるの」
「晩ごはん何だ?」
「カレーよ」
「うまそうだな、テンション上がるよ」
「しっかり煮込んで美味しく作るわよ、グツグツグツグツ……」
「今日は早く上がれて良かったよ」
「最近残業続いてたものね」
「まあ繁忙期だったからな、でも今日みたいにしばらくは定時で上がれるかもしれないよ」
「そう、よかったわね」
「ああ。晩ごはん何だ?」
「カレーよ」
「おお、うまそうだな、やっぱいくつになってもカレーは美味いよ。晩ごはん何だ?」
「カレーよ」
「おー、考えるだけで美味しそうだ。晩ごはん何だ?」
「カレーよ」
「おお、美味しそうに煮込んでるな。晩ごはん何だ?」
「カレーよ」
「野菜もとろけてきてる。晩ごはん何だ?」
「カレーよ」
「おお、いくつになってもカレーは美味しい。晩ごはん何だ?」
「カレーよ」
「おお、楽しみだ」
「グツグツ……あ、お義母さん帰ってらしたんですの?」
「ええ、美紀さんの支度に遅れたら悪いからねぇ」
「この前遅れていらしたじゃないですか。べつにお気にかけていただかなくてもいいんですけど」
「そういうわけにはいかないわよ。毎回毎回老人が遅れてばっかりだといけないわ」
「なにをおっしゃるんです? この前一回遅れただけじゃありませんか」
「ふん、私もそう思っているけれどね、べつに根にもっているわけじゃないわ。美紀さんだってそうよね」
「ええ」
「俺、リビングにいくから」
「ええ、そうしてください」
「晩ごはん何だ?」
「カレーよ」
「おお、待ってるからな」
「ええ、煮込んでますから、グツグツグツグツ……」
「ところで美紀さん。晩ごはんは何かしら?」
「カレーです」
「カレーねえ……」
「なにかお気にさわられました?」
「いや、べつにね。でもカレーったってどうせカレールー溶かすだけの簡単なものでしょ」
「いけないんですか?」
「あたしの時代はカレーっていうのは小麦粉からちゃーんと炒めて作っていたからねぇ」
「そりゃあ戦後とは違いますから。充分美味しいですわ」
「失礼ね。戦後はまだ幼かった頃の話だよ」
「そうですか、勘違いしてすみませんこと」
「ああいまいましい。晩ごはんは何かしら?」
「カレーです」
「どうせカレールー溶かしただけでしょ」
「悪いんですか? 今の時代はこれが普通ですわよ。インドじゃあるまいし」
「べつに構いやしないけどね、すいませんね、小言の多い姑で」
「それともインドの香辛料を使ってお義母さんだけ本格的なカレーに仕上げましょうか」
「そんなもん食べれないよ、あたしは平凡な日本人だから、美紀さんの作るような平凡なカレーでいいよ。晩ごはん何かしら?」
「カレーです」
「きっと美味しいんでしょうね」
「そりゃそうですとも、味付けはメーカー任せですから」
「そりゃ誰でも美味しくできるわね。晩ごはん何かしら」
「カレーです」
「まあカレーなんて煮込んでルーを入れるだけだからね」
「ええ、手抜き料理ですわ」
「そんなもんで料理といえるのかねえ、あたしの時代はちゃあんと小麦粉から炒めてカレー作っていたけどね、晩ごはん何かしら」
「カレーです」
「どうせ簡単なものでしょ」
「ええ。いまからルーをいれますから、ぽちゃん、ぽちゃん」
「ああ、いい香りだこと、晩ごはん何かしら?」
「カレーです」
「美味しそうね、じゃあ楽しみにしてるわよ」
「ええ、首を長くしていてください。コトコトコトコト……」
「ただいまー」
「健一。いくらなんでも遅すぎるわよ、もう外真っ暗じゃないのよ」
「ごめんごめん、でもいい匂い~。晩ごはん何?」
「カレーよ」
「やったね」
「今ルーを入れたところだから、もう少し煮込めば出来上がりだからね、コトコト……」
「やったー、カレー大好き~、晩ごはん何?」
「カレーよ」
「やったね、晩ごはん何?」
「カレーよ」
「やったー」
「カレーよ」
「へえ、晩ごはん何?」
「カレーよ」
「やったね。晩ごはん何?」
「カレーよ」
「やったね、晩ごはん何?」
「カレーよ」
「ねえ、お母さん、さっきから会話がひとつずれてるんだけど気づいてた? 正直バリエーションの限界だよ。だってさ。カレーよ、のあとにどう返していいのか難しいから会話放棄しちゃったじゃないか。どうすればよかったのかな、わかんないよ、ねえ、母さん、こんな時ってどうすればよかったんだっけ?」
「カレーよ」
あれっ、健一が二回も……ま、いっか。