B・S『女房がヘビに噛まれた』(ベタ・シリアスギャグ)
「は~お腹いっぱい」
「美味かったよ。君上手だね、サンドイッチ最高だったよ」
「あらそう、嬉しいわ」
「えぇっ!」
「なによいきなり。びっくりするじゃないの」
「へ、ヘビだ~」
「ええーっ」
ガプッ!
・・・・・・
あの人どこ行っちゃったんだろう、ズキズキうずくわ。
「おーい、見つけたぞー」
「なにがよ! もう毒回っちゃうじゃない」
「見つけにいこうかと」
「なにをよ。ひとがヘビに腕噛まれてるのにいきなり叢に走り去るなんて」
「これこれ」
「はっ、それわたしが唐揚げ用に用意してたお魚の醤油入れじゃないの」
「そうそれ、正式名称なんだっけ……ランチャーなんとかって……」
「ランチャーム!」
「そうそれだ! よくわかったね」
「ググれば一発」
「ありがとう、思い出せなくてイライラしてたんだ」
「もっと大事なことで焦ろ。ていうかアナタこそよく知ってたわそんなどうでもいい名称」
「どうでもよくないったら」
「……はぁっ、くだらない」
「どうしてだよ! 正式名称のランチャームが必要な一大事があるかもしれないのに」
「そんな一大事あるわけないでしょ、今別の意味で一大事なんだから」
「あ、ごめんなさい」
「しかもランチャームが必要ない一大事だから」
「ああーええと……」
「だいいち『ランチャー』までたどり着いててなんで『ム』が出てこないの」
「洗いに行ったんだ」
「はっ?」
「ランチャーム。お醤油残ってたから」
「どうして!」
「君がヘビに噛まれた時とっさにオシッコかけなきゃって思ったの」
「意味わかんない」
「解毒作用があると思ったから」
「恥ずかしいわ、迷信じゃないのよ。で、なんで叢なの」
「思いついたんだよ」
「なにが!」
「火事場ですごい力が出るっていうでしょ」
「だから?」
「まあヘビに噛まれた状況は火事場じゃないけどね」
「頼むから会話しろ!」
「追い込まれたの! それですごい発想だったなって自分でも驚いてるの」
「叢が?」
「検尿に使うスポイドを探そうと思って」
「はっ、そんなものいらないし! そもそも叢にあるわけないし」
「だから叢には洗いに行っただけだから」
「はっ、なにをよ」
「ランチャーム。お醤油残ってたから」
「それがなんの役に立つわけ?」
「だから火事場の発想だよ、我ながら驚いてるの」
「そんなものでイチイチ驚いてんじゃないわよ! こっちは一大事なんだから」
「ごめんね」
「でそれがなんなの」
「そう、だからね、お醤油さえ洗えたならランチャームをスポイドに代用できるかなって」
「そんなしょうもないことでひとのこと放置して叢へ?」
「……うん」
「この一大事に!」
「……そうだよ」
「は~。ため息しかでない……」
「でもね、水道がなくて」
「はっ?」
「それでね、水をたどってずっとうろついてたんだよ」
「なにそれ」
「何往復もしたんだ」
「叢をか?」
「そうなんだ」
「あ~あ、あきれた。アナタ傷だらけよ」
「あービックリしたー、自分でも今気づいた」
「鈍感すぎる!」
「じゃあ戦利品だね」
「馬鹿じゃないの……で、どうやったのよ、水道もなしに」
「紫陽花が咲いてたから朝露を集めたんだ」
「もう昼間だけど」
「そう! ビックリした。案外朝露って寿命長いんだって思ったよ」
「こっちは死にかけてるけど」
「あ、ごめん……」
「認めんなや!」
「じゃあ尿を採ろうか……はっ」
「……」
「オシッコを入れる袋がない!」
「ちょっとストーップ」
「ん?」
「なんできびすを返したわけ」
「え……だから叢に駆け込もうかと」
「なんで困ったら叢に直行するのよ、駈け込み寺か」
「……ええと、たぶんお寺はなかったはずだよ」
「知ってる!」
「どうしよう」
「あきらめれば? あ~あ、アナタが待たせ過ぎるからもう腕パンパンよ、紫に変色しちゃってるし……」
「あー、どうしよう……」
「吸いなさい!」
「えっ」
「腕に吸いつきなさいよ、毒を抜くの!」
「ええーと……イキなりだとアレだから触れるところからでいいかな」
「なに言ってんのよこのマヌケ」
「だって恥ずかしいじゃん、青空だし」
「うるさい! 別にそういう気持ち持たなきゃいいだけでしょ」
「でも……」
「あ~もうダメだクラクラしてきた、たぶん毒が脳まで達したわ」
「ええー!」
シュルシュルシュル……
現れたのは女房を噛んだ張本人だった。驚くべきはそれはヘビではなく『ロンマベマ・ビルブルマン』だった!
「……ヘビ、じゃなかったみたいだね」
「……そうね」
「……ロンマベマ・ビルブルマン、だったね」
「……そ、そうね」
『ロンマベマ・ビルブルマン』はヘビのような姿形をしているがまったくヘビとは異なっていた。『ロンマベマ・ビルブルマン』に噛まれた者は小一時間もすれば『ロンマベマ・ビルブルマン』自体へと変態を始めていき、意識もその姿形同様に『ロンマベマ・ビルブルマン』のものへと飲まれていってしまう。女房はもう、人間へと戻ることはできないのだった。悲しいかな、紫に変色した患部からすでに鱗が形成されつつある……そして紫色はもはや、全身に向かって猛スピードで広がっているのだった……
「アナタ? わたしが人間じゃなくなったら真っ先に脳の病院に行きなさい」
「えっ。病院……」
「ちょっと、なにしてるのよ!」
「病院っていうのがわからなくなったから辞書で調べようと思って……探したけどなかった」
「ググれや!」
女房はすでに変態をとげてしまった。処置の度重なる不手際も助長してか、アナコンダと見まごうそれは大蛇級の『ロンマベマ・ビルブルマン』であった。
「ムシャムシャばりばりムシャムシャ……」
「ギャー! なにをするー! し、死ぬ~……」
「ベッ。こんなになったというのに相変わらずの食えない野郎だな…………」