S・G「回転する髑髏」(シュール・ギャグ)
辺りは闇に包まれているが無機質なのっぺりとした質感の白は浮び上がっていて、窪みの陰翳と稜線なすオウトツに帯びた黒のコントラストで不気味に美しく映しだされてその一箇所だけは照らされているのだ。
髑髏が回転する。
回転式の掃除当番の早見表の要領で髑髏の回転は三分割された節を時計回りに動いていき一周する。
髑髏が回転する。
頂点から右斜め下方の向きへ、髑髏は傾げた。
髑髏が回転する。
右斜め下方から左斜め下方へと傾げる。
髑髏が回転する。
左斜め下方から。髑髏は頭頂部を頂点へと合わせ、まっすぐに正面を見据える。
髑髏が回転する。
「妙な話を聞いちまったぜ」
「…………」
一方の男、片目は赤い水風船のようにぱんぱんに膨れ上がり顔を優に飛びだしてしまっている。瞳孔はあさってを向き確認できないが、さらに妙であるのは白目の充血が過ぎているせいで瞳の全体が余す所なく真っ赤に塗られてしまっていることだった。晒され続けているにもかかわらず痛みはすでに風化しているのだろうか、ニヤケ顔で隣を見つめるばかりだった。
もう一方の男、大袈裟ではなく樹木のようにそびえているのだった。天井に頭がすれすれなのから察するように身長は3メートル近くあるようだった。どこかの民族衣装のような上着を羽織っている、生地は地味な色合いであったが金の幾何学模様の刺繍のせいで奇抜な派手さを醸している。暗い無表情、口は緩慢に半開きだった。
「○丁目に高層ビルがあるだろう」
「…………」
「びかびかの鏡みたいな光沢のよう、いっつも窓ふきがクレーンに吊られて清掃しているよな」
「…………」
「まあ窓ふきはこの話には関係ないがな」
「…………」
「あそこは100階以上あるんだってな」
「…………」
「そこのエレベータが故障で止まったことがあるらしくてよう」
「…………」
「運悪く閉じ込められた人間がいたらしいんだよ、今はもういなくなっちまったけどな」
「…………」
「何時間も閉じ込められたままだったらしい。監視カメラにも記録されているんだが、突然そいつは消えちまったんだと、まあ消えたんじゃなくバナナが床に転がっていてな、だから突然そいつはバナナになっちまったのさ。妙だと思わねえか」
「…………」
「まあそのバナナにしてもオランウータンに食べられてなくなっちまったけれどな。つまり残ったのはバナナの皮だけってことさ。ずいぶんと妙な話だろ」
「…………」
「何が妙って何時間も故障中だったエレベータの扉をよりによってオランウータンがこじ開けちまったんだからさ」
「…………」
「それだけならまだしも宙吊りのエレベータはフロアにはたどり着いていなかったんだと、つまり階と階の間の空洞にオランウータンが潜んでいたってことだ」
髑髏が回転する。
少年は帰り道を急いだ。青ざめながらお腹を押さえてできうる限りの力で走っていた、しかし限界が迫っていた。
地蔵……少年は覚悟を決め野糞をすることにした。誰か見ていないか心配だがそうは云っていられないほど切羽詰まった状況だ、地蔵を掴んでどうにか登ることができた、それほど高くはないが足場がぎりぎりでふらふらと危険な状態だ、急がなければ落ちてしまう。ズボンを脱ぎふんばってみる、一瞬見下ろした地蔵に気を取られてしまったが、墓に先祖の好きだったビールなどをかけている光景を目にした記憶を思い出して罪悪感は消えていった。地蔵の好きな少年のウンコをぶりぶりとかけてあげたら先祖もきっと喜ぶに違いない。
ぶりぶりぶりぶり……
髑髏が回転する。
「アナタ! 何よこれ、一体」
「ちっ……」
「車に落ちていたわ」
女はもさりと髪の毛の束を持ち上げて男に示す。
「知らないよ、お前の車なんだからお前の髪の毛じゃねえのか」
「はっ? しらを切るつもりなの! こんな長い髪の毛……云わなくても分かる通り、アタシ、ショートよ」
「だから知らねえって、お前が通勤に使ってる車だろうが、一度も乗ったこともねえよ」
「アナタひとの車使ってオンナ連れ込んだんでしょ!」
「んな訳ないだろ! 云っとくがカビみたいにどんどん生えてくるんだからな。最初は短い髪の毛一本だからってほっといたけど、どんどん伸びてくるわ気づいたら束になってるわでホント気味悪りいんだって」
「はぁ~、なによその言い訳……」
「何が言い訳だよ、お前が張本人だから一番知ってるだろうがよ! 束になるだけならまだしも、生えてきた髪の毛がヘアバンドみたいになって自らグルグル巻きになってるの目撃しちまった時は、これ以上ないってくらいにゾッとしたわ!」
「云いたいことってそれだったの」
「知るか! 気味悪いからお祓い行こうと思って運転してたら生えるわ生えるわ止まらなくなってそれがみるみる人のカタチに寄せ集まっていってよ」
「何が云いたいのよ!」
「とうとう人のカタチが完成して出来たのがお前じゃねえか! ひょっとして忘れたのか」
「……ひ、酷い」
「どうしてだよ! 俺は事実を述べたまでだ」
「アナタ私の車なのに勝手に運転したのね……」
髑髏が回転する。
「ねえ、潮騒……美しいよね」
「……」
「ほら」
少女は巻貝を拾った、息を注ぎこんだら綺麗な音色がしそうなオカリナみたいな美しい桜色の貝殻だった。
少女はそれを耳に当てる。
「ねえ、聴こえる? 貝って不思議よね、こうして耳にあてると中から浜辺の音がするの」
「……」
「……潮騒の音が」
「えっ」
「なによ、聞いてなかったの、音よ、音、潮騒の音が聴こえるの」
「ここが浜辺なのに?」
「そうよ、いけないかしら」
「浜辺なのに巻貝の中も潮騒の音がするの?」
「ダメなの! 酷い……あなたがそんな冷たいひとだってしらなかった」
「…………」
「だってここは外も潮騒、中も潮騒。それに聴いている本人の私だって潮騒なのよ、オンナは潮騒、子宮は海、海に浮かんだ胎児だって海に生まれ海より育つ海、そう考えるとこの世の全ては潮騒なの、なぜって子宮を目指して泳ぐ精子という稚魚から全ては始まっていくの、次元を内へ、内へと奥まっていたら、永遠の、逃れようのない潮騒に、全ては閉じ込められてしまうわ……ほら、あの髑髏を見て!」
少女が指差した海に浮かんだ古材のようなものは潮騒に同調してくるくると回転しているのだった……ドクロ大に見えるそれは、白い、一匹の巨大なオタマジャクシであった…………
最後は不気味なピザになってしまいましたね。
今月は久しぶりでしたがいいピザをお届けできたと実感しております。
また来月もお楽しみに。