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S・S『土俵入り』(シュール・シリアスギャグ) 

 神社の硬い石畳を静静と重くゆったりとした足取りで踏み鳴らして横綱はギャラリーの中央へやがて鎮座する。


 キン…………キン…………


 柏木の音と低く唸るようなどよめきが入りまじり気配は崇高なまでに漲っていた。

 どっしりと太く垂らされた綱を腰へと巻き遥かな巨体は優雅で柔かく強靭な肉をまとって豊饒な畏怖さえ喚起させていた。

 向かって左手後方に太刀持ち、右手後方に露払い、その隣には行事の蹲踞そんきょ。さらにその隣りには高く積まれた座布団に乗った和服姿のお婆ちゃんの鎮座……

 威風を醸し静かに躍り出る、紫の壮麗な化粧まわしをはらはらと風に揺れギザギザの白い紙垂しだが踊る、憂いを帯びた表情、天下を睥睨する鋭いまなざしを交えて。


 ぱちん! ぱちん!


 一挙手一投足。気迫のオーラ、崇高な天よりの便り宿し肉は鬼気せまり流麗なかたにじっくり動かして。


 よいしょ…………よいしょ…………


 剛強に風立って幾重もの座布団がふわっとお婆ちゃんごと一絡げに宙へ高々と浮び上がり、はたと着地する。お婆ちゃんは涼しげに何事もない有り様で湯呑の茶をすする。

 左右の足が地面を擦ってぱたぱたと器用に開いて閉じてを繰り返し下肢は力強く流動してじんわり前方へ、左手は綱へ据え右手は天高く日輪を差している。荘厳なるせり上がり、雲竜型である。


 キン…………キン…………


 柏木のかん高い鳴り、座布団に高く乗せられたままお婆ちゃんは複数の呼び出しに引かれて神社から捌けていく。

 土俵入りは絶対的であった。


「皆の者控えい!」

 どよめきが立ちギャラリーが割られていく、奥からは煌びやかに装飾された神輿を担いだ下僕どもの一糸乱れぬ足取りに運ばれて、豪華な衣服に身を包む王子の姿が近づいて。

 道中。神輿は国道の中央を威風堂々と行脚していった。

 途中、死に瀕した重症患者の乗った救急車がかち合うものの神輿を優先させる以外なかった。

 土俵入りは絶対的であった。


 わっせ、わっせ、わっせ……


 朦朧とした意識のなか患者は救急車の車内で静かに息を引き取った。土俵入りは人命より重く何よりも絶大であった。

 神輿は蹲踞する行事の隣りへと下ろされた。


 よいしょ…………よいしょ…………


「へへへっ……」

 王子が笑った! 心の病を抱え笑いを失ってしまっていた王子がついに笑ったのである。


 キン…………キン…………


 柏木は鳴る。神輿は再び下僕から抱えられて神社から消え去った。

 土俵入りは絶対的であった。


 イーーーーーーーーン……


 モーセの十戒の海のごとく美しく割られたギャラリーの淵へと再び何物かが運び込まれた。大型トラックのコンテナが大仰な音を立て見事に開いた、けたたましい警報音を鳴らしてもう一台大型のフォークリフトが近づくとパレットに乗せられた透明な巨大なケースを動かして、蹲踞する行事の隣りへと下ろされた。

 密室にされた透明な立方体の中には研究者が光学顕微鏡を使い繊細な作業に集中している。

 土俵入りは絶対的であった。


 よいしょ…………よいしょ…………


「あ~ん、もう……」

 繊細な作業は横綱の強烈な四股しこの振動に妨げられて研究は失敗に終わる。


 キン…………キン…………


 柏木。巨大なケースは研究者の失敗をよそにコンテナへと戻されやがて神社を後にした。

 土俵入りは絶対的であった。


「アンタが浮気するから悪いんでしょ!」

  痴話喧嘩中のカップルがギャラリーの淵を過ぎて蹲踞する行事の隣りで第二ラウンドを開始する。

 土俵入りは絶対的であった。


 よいしょ…………よいしょ…………


「別れる!」

「どうしてだよ、いくら俺が悪いからってお前だってこれ見よがしで他の男と寝やがったじゃないか、だったら別れるってのは話が違うだろ、お互い様じゃないか、そんなの酷いよ」

「ふんっ。それだけあたしが傷ついたってことでしょ」

「だけど……」


 キン…………キン…………


 柏木が高鳴る。

「もう頭に来た」

 女が呻き声を上げる、すると空が急激に暗くなり雷鳴、そして強い雨音が。天変地異が起こっていく。そして女の本性が顕わになる。さらなる呻吟が轟く。女の肉が裂け内奥からは深緑色をした新たなおぞましい肉体が現れる。べとべととした粘液に全身を覆われてどろどろと地面に垂らしている、膚はミミズのような血管が隈なく浮びあがっている、女の顔は巨大な丸々とした顔面を飛びだした眼球を備えた、昆虫に似た醜いような美しいような奇抜な造形で、触覚ではなく二つの長い角をたたえていた。


「お前を滅ぼそうか、それともお前ごと世界を滅ぼしてやろうか」

「うへえ……」

「うりゃあああああああああいっ」


 刹那。世界は眩さに満ち直ぐ様あり得ない高温と圧力に見舞われていた、男の全身からどろどろに溶かされていき、やがて世界も溶けていった。

 土俵入りは絶対的であった。

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