なんとなく書いてみました、読んで頂けたら幸いです。
――悪魔とは、残忍卑劣で人の欲望につけこみ魂を奪っていく悪しき存在である。――
誰もが動くことを止め寝静まる深夜3時、ここ被頑町に住む河内 海斗はその日、悪夢を見ることになった。
夏真っ盛りな蒸し暑い8月10日布団をかけずに大の字で寝入る海斗はその日、夢にうなされていた。
真っ暗な、自分しかいない世界で一人その場にうずくまり、何かがひっそりと自分へ近づいてくるのをただ眺めるのだ。
生物なのかそうじゃないのかも判らない何かが、暗闇の向こうからズリズリ…ズリズリ…と一定のリズムで近づいてくる。
「…………。」
夢の中で自分は何もできない。動くことも叫ぶこともできないまま、ただじっと何かが自分のもとへやって来るのを待っている。
朝になって目が覚めるまで、自分は近づくものを待つ。頭の中で近づいてくる何かを待たなければならないと、何故か強く思っているから。
『…………ぁ』
耳に何かの音が届く。
どくん。
海斗の心臓がはねあがった。
だがこれはいつものことだ、闇に変化はない。だが何かが、自分の側に来た気配がした。
そして耳元に。
『み……た…ぁ』
微かな声量の歓喜の声が届いた。
「うわああああああーーっ!!!」
海斗は跳び起きた。
脂汗が全身に滲み、夏の蒸し暑さと相俟って全身がびっしょりと濡れていた、粗い息づかいで自分の回りを見渡し今のが夢だったのを確かめる。
「夢……だ」
安心し大きく深呼吸する。肺の中の空気を完全に出しきってやっと落ち着いた。
まだ心臓がばくばくとうるさい。ベタつく下着を脱ぎ、朝日の射し込むカーテンを勢いよく開ける。
海斗の人生で一番騒がしい一日が始まった。
いつもと同じ風景、いつもと変わらない場所、なんて安心するんだろう。
ジリジリと暑い太陽の下、バイト先に向かいながら海斗はそんなことを思って日々の生活のありがたみを噛み締めていた。
海斗は現在17歳だが高校には通っていない、アルバイトをいくつか掛け持ちしてアパートを借り一人暮らししている。
大家さんはかっぷくのいいオカンだが、海斗が高校に通っていないことを悪いこととは思わず、むしろ「バイト頑張んな!」と会うたびに応援してくれる優しい人だ。
バイト先の従業員も気のいい人達ばかりで、幸運な環境に恵まれて海斗は日々バイトに励み生活をたてていた。
そんななか最近見るようになった悪夢が朝の清々しさを気持ちよく思わせないようにしていた、体力的なことなら別に問題ないからバイトも普段の生活も平気だ、だが精神衛生上によろしくない。
夢を見始めてからというもの、3日目で隈が出始め1週間目の今日で完全に眼が死んでいるのを自分でもわかった。
心配してくれる回りの人に相談してもカウンセリングを勧められるくらいで、実際行ってみたが効果は皆無だった。
「なんなんだよ、あの夢……」
何時になったら視なくなるのだろうかとしょげる。
最初は夢を視ていることにも気づかなかった、暗闇のなかでただじっとしているだけの夢なんて視ると思ったこともない。
だがだんだん夢に変化が表れ始めた。
何かが自分のもとへ近づいてくるのに気づいたのはいつからだったか、引きずる音と微かな息遣いが耳に届き、知らず戦慄が走った。
それからは毎日、寝ると必ずあの夢を視るようになり、とうとう昨夜視たものは何かが自分の隣まで来ていた。
『…み………たぁ…』
不気味な男かも女かも判断できない声音。
何と言っているのかはいつも解らない。だが、聞き取ってはいけない気がする。
解ってしまったら、何かが壊れる気がしてならないから。
だから一刻も早くなんとかしなければならないのだが、解決作がない以上、眠ればまたあの夢を視るのだろう。そしてうなされて隈がくっきりした顔で朝日に挨拶、の繰り返しなのだ。
「はぁ…どうしろってんだよーっ!!!!」
通行人が行き交うなか、たまらずに海斗は叫んだ。あの夢を視なくなるならなんだってしてやるのに、そんな気持ちのモヤモヤを一旦断ち切るために。
突然の大声にぎょっとする大人達を無視して海斗はズンズンとバイト先に向かった。